-搔き鳴らせ存在を ここにいると
新たな旅が今 始まる-
‐✟1 Part1 少年と精魔−
「うわあぁぁっ!」
叫び声を上げ、少年はガバッと飛び起きた。近くで寝ていた少年を見守っていた一匹のウサギも、少年の大声に驚いたのかビクっと身を震わせる。だが、逃げはしなかった。
ここは……?
少年は辺りを見回した。同時に、記憶の糸を手繰らせて、昨日の夜何をしていたかを思い出そうとする。
(うぁ…、思い出せないや。まいったな……)
少年は頭をかく、短めに刈り込んではいるが、なかなか綺麗な黒髪の持ち主だ。
とりあえず眼前に広がるのは、小奇麗な小道と青々とした草っぱら。自分が大きな樹の根元にいるのも分かった。しかし一番肝心な、どうしてここにいるのかが思い出せない。
まぁ単純に頭がぼーっとしているだけなのだが、悪い夢の後はいつもこうなるので、少年は妙な夢が煩わしかった。
しょうがない、”麒麟”に訊くか。
少年は自分の”内(なか)のもの”へと意識を集中させる。封印されたての頃は難しかったが、今では向こうも協力してくれるので割と楽だ。
〔ふむ、朝っぱらから派手な起きようだったではないか煌。お早う〕
少年の内のもの―、精魔”麒麟”は少年、煌を見るなりそうなじった。
ここはいわば煌(正確には一人と一匹であるが、ここではそうしておこう)の意識の世界である。そしてそこには、彼に封印されている精魔、”麒麟”が住み着いている。
〔うん、お早う。いきなりだけど、何で僕たちこんなところにいるんだっけ?〕
それを聞くと、麒麟はわずかばかり呆れたような顔つきをしてみせた。
〔えーっ!何その顔、相手が君だけにすっごい腹立つんだけど!〕
〔その様子だとまた良からぬ夢を見たようだな?ふむ。最近は少し多くないか?〕
〔えっ……?そう、かな……〕
煌は少し考え込むような表情をしてみせたが、やがて麒麟にかみついた。(噛み付くように言った。ということだ。念のため)
〔って!話をはぐらかさないでよ……〕
麒麟はハハハ……、と笑った。
話は反れるが、あなたは”尾獣”というものをご存知だろうか?麒麟は、いわばそれに似たようなものである。それを説明するためにも、少し昔話が必要だろう。
かつての第四時忍界大戦終結時、尾獣を封印していた”外道魔像”が逆賊、マダラの手によって破壊された。彼の言う”七体の尾獣の力の”集合体も、忍連合軍の決死の勢いに僅かながら能わなかったのである。
マダラにとっては、外道魔像が忍連合軍の手に渡るのが一番危険であった。それが忍連合の手に渡れば、如何にマダラといえどもその心臓をつかまれたも同然。彼自身が破壊してしまえば、少なくともその脅威の力が敵に渡ることは避けられるのだ。
また自身、そしていわゆるペインが苦心して練った計画の骨子、それが外道魔像でもあったから、それが敵の手に落ちるのは屈辱でもあった。
故に彼は、失意の末に外道魔像を破壊した。その時に、かつての十尾の一件のようにその膨大なチャクラがあちこちに分散されたのだ。
六道仙人ならばそれを的確に分割させることも出来ただろうが、力を失っていたマダラには無理なことだった。十幾つかのチャクラが、外道魔像が存在した周辺の地域にことごとくばら撒かれた。
そのばら撒かれたチャクラは、やがて尾獣のように獣の形を成し、意思を持った。といっても、その当初は小動物くらいの大きさだったのだろう。
だがそれらは人目を避け、自然界のチャクラを利用して徐々に成長をしていったのである。
何十年かの時が経ち、その獣たちは人々に認知されるようになった。そのようになるだけの力が、備わったのだ。
元締めである尾獣には及ばずとも、強大な力を持った獣―。いつしかそれは”精魔”と呼ばれるようになった。(”尾獣”でないのは、尾のない精魔もいるためと言われている)
幾匹かの精魔はその力で、人間を助けたこともあった。尾獣にしてもそうだが、精魔の”意思の形”は人間のように多彩であった。
そのため、精魔は人間に崇められる存在になっていった。忌み嫌われた尾獣とは対照的に。当時の時代背景(木ノ葉隠れの火影”疾風のナルト”を始めとした若き長による平和政権の維持)も影響していたようだ。
しかし、歴史は繰り返す。
そのうち幾人かの忍が、かつて”人柱力”を造り上げた要領で、精魔を人に封印させ、コントロール化に置こうと考え始めたのである。
第四次忍界大戦後、時代は永き平和の道を歩んできた。ほとんどの人々はそれを喜んだが、わずかに、忍たちはそれを(平和な時が過ぎるにつれて―)良しとしなかった。
平和な世に、忍者の存在価値は薄れる。平和な世界には、軍事力である忍は金喰い虫の邪魔な存在であった。
そのために忍の人数は次々と減らされ、第四次忍界大戦から百年の時が経過した現在では、忍は基本的に、名家の一族、そして里の自警のために数人しかいなくなったのである。
里を守るために軍事力を向上させるだけなら、忍びでなくタダの自警団地味たもののほうが費用の都合も良かった。忍一人を育成するのにかかる費用も、案外バカにはならないのだから。
忍たちは危惧した。このような状況では、いつかまた戦争が起こったときに瞬く間に里は壊滅する。それに、忍によるテロが起こったらどうなるのかと。
そこで、精魔を人に封印させることで、秘密裏にかつ資金いらずで力を手にしようとしたのである。考えてみれば、これもしかたなかったのだろう。
実際、精魔は尾獣の3分の2ほどの力しか持たなかった(それでも大きいことは非常に大きいのだが)し、人間に敵意を抱く物も少なかったため、かなり容易に人に封印させることができた。
だが、精魔にとっても、封印を施された者、(いわゆる人柱力)にとっても、これは望ましいことではない。そんなはずはない。
事実、封印を施された煌は、そのショックでそれ以前の記憶をほとんど失ってしまったのだから。
〔思い出せないのは記憶喪失のせいではなく、お前の頭が寝惚けているからではないのか?〕
麒麟がそうツッコむ。まあ、そうなんだけどね、とうなずいて返す煌。
麒麟は長い溜め息をついた。
〔私は忠告したのだがな。今やお前も実力はどうあれ”十忍十色”だったか?その一員。そして私を封印している。この世の中、単純に忍者というだけで命を狙われてもおかしくないうえ、お前は特に狙われやすいのだから、街に入って休め。とな〕
煌はポンと手を打ち、ああそうだったそうだった!などと笑顔でうなずいている。まったく……。
〔お前、初任務でいきなり命を落としたりするなよ……。私の手助けにも限界と言うものがある〕
〔うん!一つしかない命、大切にしないとね!〕
その言葉を聞いて、麒麟はまた、長い溜め息をついた。
鼻歌を歌いながら、のんびりと煌は歩いていく。空は快晴で、絶好の散歩日和だった。少なくとも、本人はそう考えているようだ。本当は散歩が目的ではないのだが……。まあ、麒麟がいるから大丈夫だろう。
心配になった麒麟がたずねる。言葉をやりとりするだけなら、意識を集中しなくてもできるのだ。
〔道はきっちり頭に入っているだろうな」
〔大丈夫!問題ないよ!〕
それならいいだろう……。麒麟はとりあえず安堵した。幸いなことに、煌は頭の良さに恵まれていた。
世話の焼ける宿主ではあるがな……。
麒麟はそうつぶやいた。煌には聴こえていないようだ。
「しばらく歩くともう見えてくるはずだよ。最近野宿ばっかりだったからねぇ〜。よかったよかった!」
麒麟との会話は大抵実際に口に出してはいない。だがこれは、本人の気分もあったのだろう。完全な独り言だった。
〔野宿が嫌なら、途中にあった小さな宿場に泊まれば良かったではないか。別に夜更けになっても歩きたかったわけではないだろうに。〕
もっともな言葉に、煌は少し考えていたが、こうまとめた。
〔だってほら、宿に泊まるにはお金がかかるじゃない?まぁ”忍びの家”からもらった資金はけっこうあったけど、お金は節約して使わなきゃ〕
〔ほう、言うではないか〕
〔そういうことに関する記憶がなくなったわけじゃないのは不幸中の幸いだったよね……。何とか最低限の生活は送っていける〕
〔………〕
しんみりした雰囲気が流れる。煌としてはこうなるのは極力避けたかった。雰囲気を変えるべく、続ける。
〔まぁ!ボクには寝巻き”ゲロ寅くん三号”もあるからね!〕
〔フン……〕
煌が雰囲気を変えようとしているのは麒麟も察したのか、記憶の話はその後振らなかった。
「ああん!?何だぁ?こんなチャチな物3袋にここまでの値段つけるのかよ!?」
もうすぐで街に着くという時に、こんな怒鳴り声が聴こえてきた。相変わらずのんびりと歩いていた煌はこの声を聞いて鼻歌を歌うのをやめ、前方を睨んだ。少しばかり遠くに、二人の男が向かい合って立っている。
一人は重そうな箱を背負っていて、もう一人は何と言うか、いかにもチンピラ的な感じであった。待ち行く人々に「チンピラとはどんな感じの人ですか?」とか言って絵を書かせたら、100人中90人くらいは、あんな顔を書くのではないだろうか?
煌は物陰に隠れ、様子を見てみることにした。
〔まっとうな判断だな。ほとぼりが冷めるまで隠れよう〕
麒麟はそう言ったが、煌は首を振った。
〔ううん、事情を把握しないまま話に介入しちゃうって、あまりに無鉄砲じゃない?〕
〔……〕
麒麟は疲れた。まぁ、いつもの事だから仕方ないのだが……。
チンピラっぽい男は大声でまくしたてる。ここが街の外だから良いものの、中だったら周りに迷惑がかかることは確実だろう。
「オレはな!この辺りを根城にしている”クロガネ山賊団”の一員だぞ!そのオレの言ってることがわかんねぇってんなら、お前らの街ごとつぶしてやってもいいんだぞ!?」
チンピラと向かい合う男は何か言いたそうだったが、チンピラがそれを許さない。
「こいつの値段を下げやがれ!百五十両だ!譲らねえぞ!」
可哀想に向かい合う男は、チンピラが繰り出す”唾マシンガン”を顔面に連続ヒットさせられている。ズバリ、命中精度100%、破壊力ある意味最大。と言ったところだろうか。
〔やれやれ……、大方問題が何かは察しがついたな……〕
麒麟が呆れたように言う。煌もうなずく。
〔うん、品物が何かは見えたけど、どうもあれって兵糧丸みたいだね。袋に書いてあった。〕
〔呆れたチンピラだな……。確か兵糧丸は、一袋でもそれなりに値段の張るものではなかったか?煌〕
〔そうだよ。どんなに安くても一袋一千両はカタイね〕
それを、あのチンピラは3袋百五十両と言っているのである。物の値段の概念が分かっていないのだろうか。あまりにも常識とかけ離れすぎている。
これでは、商人であろう男も取引できないというものだ。
〔ところでさ、麒麟〕
〔何だ?〕
〔あのチンピラの格好って、スゴくセンスないと思うんだけど、気のせい?〕
少しの間。そのあと、苦しい発言が放たれた。
〔気のせい……、ではないと思うぞ。〕
〔そっか!やっぱりね!〕
うんうん、とうなずく煌。麒麟は含み笑いを漏らした。が、それも束の間。
「ちっ……、いい加減にしやがれ!」
口でダメなら暴力に訴えかける。まさに王道パターンといえよう。商人が手を前に出し、あわてる―。
「ねえ!そこのセンスなさすぎるお兄さん!」
この一言が飛んできたため、チンピラは拳を止めて、声のしたほうを見やった。
そこには当然、煌がいた。
「何だぁ!テメェケンカ売ってんのか!」
そりゃ事実とはいえ、いきなり見ず知らずの少年にそんなこと言われたらそうなるわな。煌は歳の割に背も小柄だし。
だが、男は次の言葉を発することができなかった。いや、
何が起きたかも、理解できていない。商人も、まったくわけが分からなかった。
チンピラの言葉が終わったとほぼまったく同時に、少年の姿が数十メートル遠くからチンピラと商人の間に割って入った。
何…、だこいつ……。
チンピラは自分の背筋を冷や汗が伝うのが分かった。煌が声を張り上げたこと、そして前方をわざわざ”睨んだ”ことからも考えて欲しい。
煌と他の二人の間に、いったいどれだけの距離があったか。
「そうじゃなくて、話し合おうと思っただけだよ。アンタとさ」
TO BE CONTINUED・・・・・・