アニメ投稿小説掲示板
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今回から本格的に、アニメとは異なる展開を描いていきます! ポケモンコンテスト・アサツキ大会で起こる事件とは……・ゲストキャラクターイザナミ イメージCV:門脇舞以 前回ガブリアスを送り込んだ主である、シスターを髣髴させる風貌を持つ少女。その正体はギンガ団の残党と戦うためにこの世界に現れた、そうぞうポケモン・アルセウスの分身。 無邪気な性格ではあるがその意識はアルセウスそのもので、かつて自分を救ったサトシの事も覚えている。この姿でもある程度アルセウスの力を使う事ができ、生身でも普通のポケモン程度なら軽く倒せるほどの実力を持つ。見た目によらず万能で、いかなる物事にも高い実力を発揮する。ヒルコ イメージCV:進藤尚美 イザナミの仲間で、ギンガ団の残党と戦うためにこの世界に現れた、はんこつポケモン・ギラティナの分身。和風の法衣を着た少女の姿をしている。 ぶっきらぼうで、一人称は「アタイ」。一見、不良少女のような印象を与えるが、根はお人よしな偽悪家。この姿でもある程度ギラティナの力を使う事ができ、生身でも普通のポケモン程度なら軽く倒せるほどの実力を持つ。ディアルガ、パルキアが動けない中で、イザナミを補佐する唯一の存在となっている。ウララ(アニメ登場キャラ) アケビ大会でヒカリと優勝を争った、ポケモンコーディネーターの少女。 外観はお嬢様的な雰囲気を持つ可憐な少女だが、それ故か高飛車で負けず嫌いなため、協調性に欠ける一面がある。しかし、1次審査をなかなか突破できなかったらしく、アケビ大会でヒカリと対等に戦えるほどの実力をつけるまで、下積みを重ねていたという苦労人でもある。「ミクリカップはまぐれで優勝した」とヒカリの実力を認めておらず、ライバル心をむき出しにしている。 手持ちポケモンはガバイトとミノマダム(すなちのミノ)、プラスル、マイナン。わざを繰り出す前には独特のポーズを取るのが特徴。
あたし、ヒカリ! 出身はフタバタウン。夢は、ママみたいな立派なトップコーディネーターになる事! パートナーはエンペルト。プライドが高くて意地っ張りだけど、進化して頼もしいパートナーになった。そして、シンオウリーグ出場を目指すサトシと、ポケモンブリーダーを目指すタケシと一緒に、今日もあたし達の旅は続く。 これは、そんなあたしが旅の途中に経験した、ある日のお話……SECTION01 ポケモンコンテスト・アサツキ大会! 私は今、イザナミという名の人間の姿を借りて『この世界』にいる。 私は『この世界』の意識そのもの。だから『この世界』は、時間・空間・影を司る私の分身達と共に、私の意思で育んできた。そのためか『この世界』に生きる人間達は、私の事を『世界を創造した神』と呼んでいる。 目の前にあるのは、1冊の本。そこには、『この世界』の生命の設計図と言えるものが書かれている。人間はこの本の事を、『アカシックレコード』とでも呼ぶでしょう。ここには、『この世界』の生命が、どのように繁栄していくかが書かれている。だけどこれはあくまで『設計図』に過ぎない。実際にどんなものが『この世界』にできあがるのかは、実際にできてみないと私にもわからない。だから私は、『この世界』に生まれる生命の姿に、何度も驚かされた。 特に驚いたのは、人間。 知識・感情・意志の3つを持つこの生命は、限りなく私達『神』に近い存在だった。だけど彼らの『心』には、それまでの生命が持ち、私達にはない『欲望』も併せ持っていた。だから人間は『この世界』の支配者となっていくに連れて、次第に自らの欲望のために醜い争いを繰り返し、そして『この世界』をも破壊していくようになった。だから私はそんな人間を正し、導く存在として、私と同じ力だけを持つ生命、人間が後に『ポケットモンスター』と呼ぶ存在を送り込んだ。それでも人間の暴走は止まらず、一時は私も、情けをかけた人間に裏切られ、止めようのない怒りに駆られた事があった。 だが、そんな私を救ったのは、同じ人間だった。彼らは善意を持って私を救い出し、悪意を持つ人間を裁いた。その人間は 知識・感情・意志を司る湖の3匹に選ばれた人間だった事が、後になってわかった。人間誰しも、欲望のためにその理性を振るう訳ではなかった。理性を持つ故に、その行動の正しさや間違いに気付く事ができ、正しい行動を選ぶ事ができる。「これだから、人間は素晴らしい!」 私はいつか、そう思うようになった。だからこそ、私は善意を持つ人間を導き、悪意を持つ人間を裁かなければならないと思った。だから私はここにいる。世界を自らの力で破壊し、都合のいい新たな世界を創り直そうとしている人間達を裁くために。そして、それによって私達にも迫る危機を防ぐために――「よっ、待たせたなイザナミ!」 不意に、耳に声が入った。私ははっと我に返って、顔を上げる。そこには、1人の人間の少女がいる。彼女は灰色を基調に、赤と黒のアクセントが入った和風の法衣を身に着けている、黄色の髪と赤い瞳を持つ少女。その服装とは裏腹に、顔付きはどこか品行が悪い印象を与える。「ヒルコ」 私は、その少女の名前を言った。 彼女も私と同じく、人間の姿を借りて『この世界』で活動している、現状で私のただ1人の協力者。もちろん、ヒルコという名も仮の名。正体を隠すために私達は、人間の姿を借りている間は仮の名で呼び合うようにしている。だけど彼女は、その見た目通り性格に問題があるのも事実。何せ私が一度、『この世界』から追放しているほどだから。現に今も、呼び出しからかなり時間が経った所でやっと現れた。当然、私も怒らずにはいられない。「待たせたなって、よくそんな事が平気で言えるわね。どれだけ私を待たせたと思ってるの?」「悪い悪い。人間の世界ってさ、結構面白いもんだからさ、いろいろ寄り道してきちゃったんだ」 ヒルコはいたずらな笑みを見せながら、私の前で両手を合わせて謝る。私ははあ、とため息を1つついた。「全く、やる事はちゃんと忘れてないでしょうね?」「そりゃとーぜんだよ、イザナミ。アタイは別にふざけるつもりはないさ。『あいつら』は奴らのせいで今動けない状態なんだ。アタイがいなきゃ、誰がイザナミを助けてやれるんだ? それに、奴らをほっ飛ばしておいたら、こっちにも影響は出るんだ。やる時はちゃんとやるって」 ヒルコは軽く笑ってから、ぶっきらぼうな口調で私の問いに答える。 私も、ヒルコが私の言葉を全く受け付けない訳ではない事はわかっている。彼女は見た目こそ不良のように振る舞っているけど、その本質は善人な偽悪家。しかしやはり、その態度にはどうしても苛立ってしまう。まあそれも、彼女らしいとは思う所はある。「で、アタイを呼び出したのは何の用なんだ?」 ヒルコは、遊びの誘いに呼ばれた友達のような態度で質問した。それを聞いた私は、やっと本題に入る事ができた。「あなたにお願いがあるの。サトシ達の所に行って、彼らを補佐して欲しいの」「あのサトシ達の所に、か?」「ええ、もうすぐ奴らも動き出すわ。サトシ達が狙われるかもしれないから、護衛を頼みたいの」「そうか、わかったよイザナミ。アタイに任せな」 ヒルコは、あっさりと承諾した。そして、私に背中を向けると、白金に輝く正八面体の宝石のようなものを手に取り、何度も器用に投げ上げながら一言つぶやいた。「あいつには、借りもあるしな」 * * * 遂に明日に迫った、ポケモンコンテスト・アサツキ大会。 今回のコンテストは、いつものコンテストとは違う。それは、2匹のポケモンを同時に使ってパフォーマンスを行う、『ダブルパフォーマンス』のルールで行われるから。2匹のポケモンによる演技には、1匹でやる以上に高度なテクニックが求められるから、グランドフェスティバルでは基本ルールになっている。あたしはそれを知って、このアサツキ大会で5個目のリボンを狙う事にした。あたしは前に、ヨスガ大会でこのダブルパフォーマンスに挑戦したけど、失敗して1次審査で落ちている。グランドフェスティバル出場権が手に届きそうな今、このダブルパフォーマンスの自信をつければ、グランドフェスティバルもダイジョウブ! って事。 そんな訳で、あたしはここ、アサツキタウンのポケモンコンテスト会場に向かっていた。今日は、あたしのテンションは高かった。あと1つゲットすればグランドフェスティバルに出場できるけど、前の2回のコンテストじゃ優勝する事はできなかった。だから、次はこのコンテストで絶対優勝するために、しっかり練習しようって思って。マンムーとヒノアラシによるパフォーマンス『フレイムアイス』もあと少しの所まで調整が進んでいる。そういえば、『三度目の正直』って言葉もあったっけ。「いよいよだな、ヒカリ!」「本番まで、最高の『フレイムアイス』に仕上げたい所だな」 あたしの両隣にいるサトシとタケシが言った。2人の他にも、あたしの後ろにはエンペルトと、ヒノアラシをキバに乗せたヒノアラシが、のっしのっしと歩いている。「ええ、みんな、明日に向けてしっかり練習しましょ!!」「エンペルッ!!」「ヒノ!!」「ンムーッ!!」 あたしが言うと、3匹は元気に返事をしてくれた。3匹共やる気充分って事ね。 道を歩いていると、コンテスト会場の前にある、練習場に着いた。そこはちょっとした公園ほどの広さがあって、たくさんのコーディネーター達がポケモンのパフォーマンスを練習するのに、充分な広さがあった。練習場にはもう、たくさんのコーディネーター達が集まっていて、明日の本番に向けて練習している。 ポケモンの前でしゃがんで、何か言っている誰か。 ポケモンのパフォーマンスを見て、声を上げている誰か。 ポフィンを上げて嬉しそうにしているポケモンを見て、笑みを浮かべている誰か。 そんなコーディネーター達を見ていると、あたしもやらなくちゃ! って気持ちになる。両手が自然と握られた。 練習場の置くにあるのは、明日あたしが立つ舞台がある、コンテスト会場がある。周りの建物の中でも目立つ、赤と黄色のカラフルな色をしているコンテスト会場を見ると、いよいよコンテストが始まるんだ、って気持ちになる。 ふと、あたしはコンテスト会場の屋根に、何かがいる事に気付いた。最初は何かの像かな、って思ったけど、それは本物のポケモンだった。白いすらりとした体を持つ、4足歩行のポケモン。その顔の横には、鎌のような形のツノが生えている。そのポケモンの姿には、見覚えがある。 わざわいポケモン・アブソル。現れた所には、災いが起きるって言われているポケモン。その特徴的なツノが災いを感知する力があるとして狙われたから、山奥に逃げて数が少なくなった、って話も聞いた事がある。だけど、アブソルはその災いを知らせるために現れているだけで、何も悪気はないポケモン。あたしもずっと前に出会って、それを知った。 アブソルはあたし達を、練習場をじっと見ている事がわかった。遠くにいるから、どんな目付きをしているのかはわからないけど、その視線を何だか妙に痛く感じた。まるで、あたし達を見て何かを感じ取っているかのように。 ――まさか、ここで何か災いが起きるって事? アブソル自身に悪気はないのはわかっているけど、その姿を見ると、どうしても不吉な予感が頭から離れなかった。せっかく5つ目のリボンがかかる、大事なコンテストだって言うのに。「ヒカリ、どうした?」 視界にいきなり、サトシの顔が入ってきた。あたしはびっくりして、少しだけ声を上げちゃった。「あ、ごめん、何でもないの」 あたしはとっさに笑顔を作ってごまかしてから、もう一度だけコンテスト会場の屋根に目を向けた。 そこには、いつの間にかアブソルの姿が消えていた。まるでそこに、最初からいなかったかのように。風の音だけが、不気味に響いていた。 今のは幻だったのかな? でもそれにしては、はっきりとその姿が見えていたし…… ま、こんな事考えてても仕方がないか。あたしは顔を戻して、練習場所を探そうとした。だけどその中に、あたしはピカチュウによく似た赤と青の小さな体を持つ、あたしにとって見たくないポケモンが2匹いた事に気付いて、背筋に寒気が走った。 思い出されるのは、あの時の嫌な記憶。 あの2匹は昔、あたしが『ピカリ』と呼ばれるようになったきっかけを作ったポケモン―― それは、アブソルが現れて知らせた通りに、あたしに災いが降りかかった瞬間だった。 * * * おうえんポケモン・プラスルとマイナン。 その名の通り、全身から火花を出して仲間を応援する習性があるポケモン。2匹が揃う事によって、力が最大限に発揮されるポケモン。 いや、そんな事はどうでもいい。この2匹は、あたしにとって二度と会いたくないポケモン。だって、『ピカリ』って呼ばれるきっかけを作ったポケモンだから。 それは、あたしが幼稚園にいた頃の話。幼稚園の頃の記憶が曖昧になった今でも、あの時の出来事は忘れられない。 ある時あたしは、幼稚園で飼われているポケモンの世話をする『ポケモン係』に選ばれた。その時幼稚園にいたポケモンが、プラスルとマイナンだった。いつだったか、あたしはそんなプラスルとマイナンを、小屋の掃除の邪魔にならないように抱いて抑えていた事があった。その時あたしは、プラスルとマイナンとは仲がいいって勝手に思っていたから、2匹を抱く力を強くしすぎていた事になんて、全然気付いていなかった。そう、プラスルとマイナンが、嫌がって電撃を放つほどまでに。 そしてあたしは、2匹の電撃をもろに受ける事になった。それは、あたしが初めて味わったポケモンの電撃だった。あの時全身を通り抜けた電撃の痛みは、今でもはっきりと覚えている。 電撃が止まった時、あたしの髪の毛は完全に逆立って、更にピカピカと輝いていた。それを見た同じポケモン係のケンゴが、笑いながらこんなコメントをした。「きょうからおまえは『ピカリ』だ!」 ケンゴの隣でその言葉を聞いたユモミは、うまいね、なんて言って納得していた。その時あたしは、初めて感じた電撃の痛さで泣き喚いたような気もするし、何が起こったのかわからなくて、ぽかんとしていたような気もする。 だけどケンゴが呼んだ『ピカリ』って言葉は、後になってあたしの耳に次々と突き刺さっていった。どういう理由だったのかはもう思い出せないけど、あたしの逆立ってピカピカに輝く髪は、そのまま放置されていた。当然、あたしは他のみんなから視線を集めていた。そこでケンゴが『ピカリ』って名前を言って冷やかしたもんだから、『ピカリ』という名前はたちまち広まっていった。周りから聞こえてくるみんなの笑い声を聞いたあたしは、なんでこうなったの? って思って泣き出しそうになった。後でママにこの事を言ったら、ポケモンはもっと丁寧に扱いなさい、下手したら怪我どころじゃ済まないのよ、って言われたような気がするけど、そんな事はどうでもよかった。 こうしてあたしは、『ピカリ』って呼ばれるようになって、『ピカリ』って名前が嫌になった。 そんなプラスルとマイナンが、まさかこのダブルパフォーマンスで出てくるなんて。しかも運が悪い事に、2匹はよりによってアケビ大会でも会った、あのウララのポケモンだった。ウララはあろう事か、2匹の演技をあたしの目の前で披露してみせた。『ピカリ』の事が強引に蘇らされたあたしは、自然と意識が遠ざかっていった。ウララはどこか嫌味な所があるけれど、これは間違いなく本当の嫌味だって思いながら。5つ目のリボンとダブルパフォーマンスの自信がかかったアサツキ大会は、よりによって最悪のシチュエーションになっちゃった。 だけど、目が覚めてからサトシとタケシにプラスルとマイナンの事を話したら、2人はあたしを励ましてくれた。「過去を振り払う絶好のチャンスじゃないか」 そう言われたあたしは、こんな所で逃げる事なんかできないって決意を固めた。もし逃げなんかしたら、本当に笑い者にされるだけだから。神様は乗り越えられる試練しか与えないってよく言うし。 * * * そして、いよいよコンテスト本番の日がやってきた。 会場にはいつものように、たくさんの観客で賑わっていた。サトシとタケシも、会場にいるはず。もちろんこのコンテストは、テレビでママも見ているはず。 ウララは当然、プラスルとマイナンを使ってくるはず。だけど、だからと言ってこんな観客達の前で、恥ずかしい事はできない。 私とポケモン達は、ヨスガシティでダブルパフォーマンスに挑戦した、あの時とはもう違う。あれからいっぱい勝って、いっぱい負けて、いっぱいレベルアップしてきた。だから今日は、思いっきり楽しんで行こう!「ダイジョウブ」 ドレスを身に着けたあたしは、自分にそう言い聞かせながら、ボールカプセルに入れたモンスターボールを2個手に、ステージへと足を運んだ。 あたしの名前が呼ばれた事を確かめて、あたしは開かれたカーテンを潜ってステージに出る。眩しいばかりの照明の光と、観客達の心地よい歓声が、あたしを出迎えた。それを体中に浴びたあたしの心に、スイッチが入った。 やるんだ、いままでがんばってきた自分を信じて! そして、5つ目のリボンを絶対あたしの手に……! あたしはそんな決意を胸に、手にしている2個のモンスターボールを強く握った。そして、思い切り天井に向かって投げ付けた。「エンペルト! ミミロル! チャームアーップ!!」 2個のモンスターボールが開くと、飛び出てきたのはたくさんの泡。それが2つにまとまると、それが破裂する。その中から、エンペルトが堂々と、そしてミミロルがかわいらしくステージに登場した。客席から歓声が巻き起こった。その中から、がんばれ、とサトシの応援する声も聞こえたような気がした。 エンペルトとミミロルは、特徴も得意とする動きも全然違う。だけどこれから披露するのは、その2匹の個性を合わせたパフォーマンス。『鋼の紳士』と『雪の精』のコラボレーション。その出来には、自慢じゃないけど自信がある。「エンペルト、“バブルこうせん”!! ミミロル、“れいとうビーム”!!」 指示すると、まずエンペルトが斜め上に向かって“バブルこうせん”を発射する。“バブルこうせん”の泡は、ステージの上にふわふわと風船のように浮かぶ。そこに、ミミロルが“れいとうビーム”を放つ。泡は“れいとうビーム”によって凍らされて、浮いたまま綺麗に輝き始める。普通に凍らせるだけじゃ、こんな事はできない。表面をほんのりと凍らせる事には、結構調整を加えた。 そこに、ミミロルが飛び出す。ミミロルは飛び石のように、ほんのりと凍った泡の上を飛び跳ねていく。泡は弾力を持っていて、ミミロルが乗っても壊れる事はない。氷の上の演技が得意な、『雪の精』ミミロルならではの演技。それだけじゃない。ミミロルが泡の上を飛び跳ねる度に、楽器のように音が音階を作ってステージに響く。それはまるで、ステージだけが別の空間になったような錯覚をあたし自身も受けた。その幻想的な風景を目の当たりにした、観客達のボルテージが上がったのが歓声を聞いてわかった。「エンペルト、“アクアジェット”から“ふぶき”!!」 さあ、パフォーマンスは次の段階。あたしの指示を受けたエンペルトが、水を全身に包んで飛び上がった。それと同時に、エンペルトは“ふぶき”を放つ。すると、エンペルトを包んでいる水が、みるみる内に凍っていって、遂にエンペルトは大きな氷柱になった。それを見た観客達が、驚きの声を上げたのがわかった。 そう、『氷の“アクアジェット”』。元はブイゼルとミミロルのコンビネーション技だったもので、ブイゼルがサトシのポケモンになった後も引き継がれたもの。この時は、“アクアジェット”で飛ぶブイゼルが、外からの“れいとうビーム”を浴びるというものだった。だから、ブイゼルは自力でこれをやる事はできなかった。だけどエンペルトは、“アクアジェット”に加えて“ふぶき”を自力で使えるから、このように『氷の“アクアジェット”』を1匹で使う事ができる。これに気付いた時は、あたしも驚いたけどね。 氷柱となってステージを飛ぶエンペルトに、ミミロルがタイミングよく飛び乗る。そしてそのまま、流れ星のようにステージに浮かぶ泡を砕いていく。砕かれた泡は照明に照らされて綺麗な光の粒となって、ステージに降り注ぐ。全ての泡が砕けた時には、会場を降り注ぐ光の粒の中を、ミミロルを乗せたエンペルトの氷柱が、まるで流れ星のように会場を飛ぶ、幻想的な風景がステージという名のキャンバスに描かれた。その瞬間、会場が拍手に包まれた。 フィニッシュは、ミミロルを下ろした後に、エンペルトが自力で氷柱を砕く。そして、エンペルトの両手から刃が伸びる。“はがねのつばさ”を長く見せると同時に威力を高める、名付けて『ウイングセイバー』。それを使って、エンペルトは氷の破片を剣士の如く、瞬時に切り裂く。すると氷の破片は、一瞬にして細かな氷の粒に変わって、照明の光でキラキラと輝きながら、着地したエンペルトとミミロル、そしてあたしに降り注いだ。そのままあたしと2匹は最後のポーズ。その瞬間、あたし達を観客達の盛大な拍手が包んだ。「いやあ、見事でした。エンペルトのかっこよさとミミロルのかわいさが融合した、まさにダブルパフォーマンスにふさわしい演技でしたね」「いやあ、好きですねえ」「エンペルトとミミロルの個性が、うまくミックスされた演技だったと思います」 3人の審査員が、それぞれコメントする。練習通りの成果が出せた。手応えは充分だった。「ありがとう、エンペルト! ミミロル!」 あたしは2匹をちゃんと褒めてあげる。するとエンペルトもミミロルも、笑顔で答えてくれた。 こうして、あたしの1次審査は無事に終わった。 * * * 控え室。1次審査の結果発表がスクリーンで行われた。 前に1次審査を突破できなかった経験があるから、少し緊張しちゃったけど、あたしは無事に1次審査を突破できた。そして、1次審査を突破したコーディネーターの中には、ウララの姿もあった。ウララのガバイトとプリンの演技も、なかなかのものだった。レベルアップしているのは、あたしだけじゃない。ウララや他のコーディネーター達も、レベルを上げているんだって事を感じ取った。 いよいよ2次審査――コンテストバトルの組み合わせがスクリーンでランダムに決定される。あたしとウララを含めた顔写真がシャッフルされて、ランダムにトーナメント表に並べられる。そして―― あたしとウララの顔は、隣同士に並んでいた。 そう、1回戦の対戦相手は、ウララ。 ごくり、と息を呑んだ。 1回戦の相手が、ウララだったなんて。「果たして勝てるかしらね、私の約束された勝利のポケモン、プラスルとマイナンに」 ウララはうわべだけの笑顔を見せて、あたしを挑発してくる。 約束された勝利、って言うからには、相当な自信があるに違いない。だけど、あたしも負けてられない。あたしだって負けないんだから、って言い返してやると、ウララの背中からいきなりプラスルとマイナンが飛び出してきたもんだから、驚いて尻餅をついちゃった。そんなあたしを見たウララは、クスクスと笑っていた。「そんな調子じゃ心配ね。ま、せいぜいがんばる事ね。ピ、カ、リ、さん」 最後の嫌な名前を強調して言うと、ウララはあたしに余裕の視線を浴びせる。勝つのは私。その目ははっきりと主張していた。数秒続いた無言の主張の後、ウララはあたしに背中を向けて、もう勝利を確信しているように堂々と控え室を後にした。 ウララはなぜか、あたしが『ピカリ』って呼ばれていた事を知っていた。どうしてなのかはわからない。聞いてもさあね、と流すだけだったから。少なくともウララは、あたしの弱みを握っているようにしか見えなかった。そうじゃなかったら、あんな場面でプラスルとマイナンを隠していたはずがない。ウララのそういう嫌味な所が、あたしは嫌だった。前に比べて威張るような素振りは減ったけど、そこは何も変わっていない。だけど、コンテストバトルでぶつかる以上、逃げる事はできない。 あたしは不安になった。 コンテストで不安になったのは、いつ以来だっただろう―― * * *「ヒカリ、絶対に負けるなよ」 廊下で偶然会ったサトシに不安な事を言うと、サトシはそう一言言って、あたしを優しく抱き締めた。「えっ」 予想外の行動に、あたしは驚いて声を裏返しちゃった。胸の鼓動が一気に高鳴る。いくら周りに他の人がいないからって、応援のためにこんな事をするほど、サトシはキザな人じゃないって思ってたけど、本当にするなんて。 だけどそれは、純粋に嬉しかった。その体の暖かさは、サトシがあたしの事が好きだからこそ、あたしの事を心配してくれている証だったから。そんなサトシの姿を、ピカチュウは遠慮がちに離れた場所からじっと見ていた。「俺が言うのも変かもしれないけどさ……このコンテストバトルは、ただリボンをゲットするためのものじゃない。自分との戦いだよ」「自分との、戦い」 サトシにしては、珍しくカッコイイ事を言った。あたしは、顔の見えないサトシが目を閉じながら言ったと勝手に思った。 自分との戦い。確かにその通り。これは、プラスルとマイナンを怖がっている、『ピカリ』っていう名前を怖がっている、自分自身との戦い。コンテストバトルよりも前に、まずは自分に勝たなきゃ意味がない。それを乗り越えなきゃ、リボンはゲットできない。「自分には絶対に負けるな。そうすれば、ヒカリはもっと強くなれるから。俺も、応援してるから」 サトシの手が、あたしのまとめた髪をそっと撫でた。「サトシ……」 口から自然と、そんな言葉が出る。あたしの両手は、自然とサトシの背中に回されていた。 あたしの体が、サトシの体から少し離れる。そして、間近にあるサトシの顔を見る。 がんばれよ。 サトシの瞳は、無言でそうあたしに言っていた。そして、サトシは帽子の唾を横に向けた。 あたしはそんなサトシの顔に、顔を近づけて目を閉じる。多分、サトシも同じ事をしたと思う。サトシがまた、あたしの体を抱き寄せたから。 そして、あたしとサトシの唇が優しく重なった。 あたし、自分に負けない。 その誓いを、あたしはキスでサトシに伝えた。 大人の味が、口中に広がる。 あたしはサトシを強く抱き締める。サトシもあたしを強く抱き締める。 そしてしばらくの間、あたしはサトシと唇を、舌を絡めあって、その味を堪能し続けた。「ん……っ」 サトシの唇を、名残惜しくだけど離す。本音を言うと、いつまでもこの味を味わっていたかったけど、無理は言えない。試合の時間は迫っているから。「……行かなくちゃ」 サトシを抱く手を解いて、あたしは一言言う。そして、サトシに背中を向けた。 サトシは何も言わなかった。だけど、やり取りはいらなかった。やり取りはもう、さっきのキスで済ませたから。 勇気をもらって、ステージに向かうあたしを、サトシは静かに見送っていた。 * * * 再びあたしを、照明の光と観客達の歓声が出迎えた。 だけど1次審査の時と違うのは、それは目の前にいる別の人――ウララにも浴びせられている事。 そう、これはコンテストバトル。2人のコーディネーターが互いの技をぶつけ合うポケモンバトル。先に進めるのは、どちらか1人だけ。 バトルスタートの言葉を合図に、ウララが、ボールカプセルに入れたモンスターボールを投げ上げた。その中から飛び出したのは、大きな桜の花びら。その中から可憐に現れたのは、プラスルとマイナン。 その姿を目にしたあたしの足が、反射的に後ろに下がって逃げそうになる。だけどその足を、自分の力で押さえ込む。 逃げろ、という無言の囁きが聞こえてくる。だけどそれには耳を貸さない。 あたし、自分に負けない……! その言葉を、頭の中で繰り返す。 ここで逃げたら、リボンなんてゲットできない。前には進めない。 ダイジョウブ…… ダイジョウブ!「マンムー! ヒノアラシ! チャームアーップ!!」 逃げる気持ちを吹き飛ばすように、あたしは叫んだ。そして、手にしている2個のモンスターボールを思い切り投げ上げた。 2個のモンスターボールが開くと、中から小さな雷がいくつかステージに降り注ぐ。その中に現れる、マンムーの巨体。そしてその上に、ヒノアラシの小さな体が現れる。ヒノアラシはマンムーのキバの上を滑り台のように滑って、飛び上がると1回転して着地した。 マンムーとヒノアラシ、プラスルとマイナンが対峙する。 制限時間は5分間。 あたしとウララのコンテストバトルが、今始まろうとしていた。 だけど、あたしは気付いていなかった。 このコンテストバトルに、このコンテストそのものに、不気味な影が忍び寄ろうとしている事に。TO BE CONTINUED……
コンテストは2次審査に入った。 2次審査は、優勝者が決まる重要な場面。観客達も盛り上がっているでしょう。 攻撃するには、今が絶好の機会……SECTION02 アサツキ大会、壊滅す!?「マンムー、“こおりのつぶて”!!」 先に指示したのはあたしだった。マンムーは指示通りに、“こおりのつぶて”を作り出す。 ウララはまだ指示を出さない。じっとマンムーの動きを見つめている。あたし達の動きを様子見してから、指示を出すつもりなのかもしれない。 マンムーは、“こおりのつぶて”を投げ上げる。そしてマンムーは、投げ上げた“こおりのつぶて”を追いかけて飛び上がった。マンムーの巨体が宙を舞う姿に、観客達もウララも驚いている。 驚きの視線を集めながら、マンムーは“こおりのつぶて”を一口で飲み込んで、ステージを大きく揺らして着地した。その背中からは、トゲのような氷の柱がいくつも生え始める。マンムーは、溜め込んだ力を開放するように強く吠えた。 前回のコンテスト、スイレン大会でも使った、“こおりのつぶて”を飲み込んでパワーを高める演技。これは、サトシのハヤシガメが偶然、放とうとした“エナジーボール”を飲み込んだ結果、パワーが大きく高まったって出来事をヒントにしたもの。 スイレン大会では、最初こそ成功したけど、1発勝負な演技だから、ファイナルでは通じなくて結局リボンはゲットできなかった。だから今回は、使う場面を慎重に選ぶようにしていた。2次審査の1回戦でいきなり使うつもりはなかったけど、ウララはこの演技を使うにふさわしい相手だと思ったから、この後使えないってリスクを背負ってでも、使う事を決心した。「マンムー、“とっしん”!! ヒノアラシ、“スピードスター”!!」 続けて指示を出す。マンムーが飛び出したのと同時に、ヒノアラシが口から“スピードスター”を放つ。“スピードスター”の狙いの先は、飛び出したマンムー。黄色に輝く星の流れは、マンムーの体の周りをいくつかの円を描いて回り始める。相手への攻撃にも、華麗さを見せるのがコンテストバトル。「プラスル、マイナン! 華麗にかわして!!」 だけど、向こうも当然、黙っていない。ウララの指示で、プラスルとマイナンは向かってきたマンムーを飛び上がってかわした。だけど、周りを回る“スピードスター”に引っかかって、バランスを崩した。何とかうまく着地したけど、これはウララの減点になる。少しだけスクリーンに目を向けると、ウララのポイントを示すゲージが減っているのがわかった。「やってくれるわね……」 ウララは歯噛みしていたけど、その目はなぜか笑っているようにも見えた。あたし以上の反撃を見せてやる、とでも言っているように。「プラスル! マイナン! “アンコール”!!」 ウララが指示すると、プラスルとマイナンは揃って、かわいらしくマンムーとヒノアラシに何かをリクエストするような行動をした。あたしにとって“アンコール”ってわざは初めて見た。だけどマンムーとヒノアラシは、ぼう、と体が何かの光に包まれているように見える事以外には、特に異常は見られない。「マンムー、“めざめるパワー”!! ヒノアラシ、“かえんぐるま”!!」 あたしはすぐに指示をした。 だけど、信じられない事が起きた。マンムーもヒノアラシも、なぜかさっきと同じ“とっしん”と“アンコール”を使った。そこにはもう、コンテストバトルのコンビネーションはない。2匹の攻撃を、軽くかわすプラスルとマイナン。「ええ!?」 あたしは目の前の光景が信じられなかった。指示したはずのわざを、マンムーとヒノアラシが使わない。まさかこんな時に、言う事を聞かないはずはない。一体何が起こってるの!? どうしてこうなったのか考えてみるけど、答えは出て来ない。あたしの動揺が大きくなっていく。 そうしている間にも、マンムーとヒノアラシはワンパターンな攻撃を繰り返すけど、プラスルとマイナンに軽くあしらわれて、体勢を崩すだけ。ペースは完全にウララのものになっていた。あたしのポイントも、減っていく一方。「フフフ、あんた“アンコール”も知らないの? “アンコール”はね、前に相手が使ったわざと同じわざしか使えなくさせるわざなのよ。これでもう、あんたは思い通りの演技はできない!」 ウララは堂々と、真実を暴いた名探偵のようにあたしを指差した。それを聞いて、あたしは愕然とした。まさか、使うわざの柔軟性を封じるわざがあったなんて。柔軟性がなくなる事は、ポケモンバトルだけに限らず、どんな物事でも不利な事以外の何物でもない。 どんな指示をしても、1つのわざしか使えなくなるなんて。どうすれば……!? そう考える時間を、ウララが与えてくれるはずはなかった。「プラスル! マイナン! “スパーク”!!」 ウララが指示すると、プラスルとマイナンの両手が電気で覆われて、火花のボンボンを作り出す。それは、プラスルとマイナンの特有の能力。2匹がその両手を合わせると、プラスルの体が黄色い、マイナンの体が青い火花に包まれる。威力がアップした事が、目に見えてわかった。プラスルとマイナンの特性『プラス』と『マイナス』は、一緒に戦うとパワーが上がるというものだけど、それをうまく活かしている。そして2匹は同時に飛び出して、流星のようにマンムーとヒノアラシに向かっていく。 何を指示しても、“とっしん”と“スピードスター”しか使えないんじゃ、指示のしようがない。戸惑っている間に、プラスルとマイナンの攻撃がマンムーとヒノアラシを襲った。 でんきタイプのわざが効かないマンムーでさえも、体勢を崩すのに充分な力を持っていた2匹の突撃。2匹はあたしの目の前に弾き飛ばされてきた。途端に、プラスルとマイナンの火花が花火となって爆発した。その時、あたしの顔にも火花が走ったような気がした。 顔を起こすとそこには、体勢を崩して倒れているマンムーとヒノアラシの姿があった。そしてあたしも、髪の感触が何だかいつもと違うような感触がした。 まさか、と思ったその時。ウララの言葉が耳に入った。「あーら、それが『ピカリ』って奴?」 ウララはあたしをからかうように、笑い始めた。 ピカリ。その言葉を聞いてあたしは、すぐに髪を触って確かめる。するとあたしの髪はやっぱり、ぼうぼうに逆立っていた。鏡がなくても、髪がピカピカと光っている事は簡単に想像できちゃった。 脳裏に蘇る、あの時の嫌な記憶。 初めてポケモンの電撃を味わって、今と同じように髪が逆立ってピカピカと光った様子をからかわれた事――「いやああああああっ!!」 あたしは思わず、自分がステージに立っている事も忘れて、頭を抱えて屈み込んで、声を上げた。 ――プラスルとマイナンを抱いた時に浴びた、あの電撃。 まさかこんなあたしの姿を、コンテストで見せる事になっちゃうなんて。 ――髪が逆立って、ピカピカと光るあたしの髪。 しかもこんなあたしの姿が、テレビでシンオウ中に流されているなんて、これほど恥ずかしい事はない。 ――きょうからおまえは『ピカリ』だ! 会場中の、そしてテレビを見ている人達の視線が集まった事を感じたあたしは、顔を上げる事ができなかった。 あたしは完全に、負けを確信した。 泣き出しそうになった。すぐにでもステージから逃げ出したい衝動に狩られた。 ああ、あたしは完全に笑い者。 シンオウ中の人達が、あたしを『ピカリ』って呼ぶ光景が嫌でも脳裏に浮かんでくる。 こんなんじゃ、もう二度とステージに立てなくなっちゃうかもしれない。 ああ、これが夢なら、悪い夢なら早く覚めて……!「ヒカリ!! 落ち着け!! 落ち着くんだ!!」 その時、サトシの呼びかけが聞こえた。 多くの人達が歓声を上げる観客席からの声のはずなのに、なぜかその声だけがはっきりと聞こえた。「自分には絶対に負けないって、約束したじゃないか!!」 続けて聞こえてきた声で、混乱していたあたしの心が、水をかけられたように目を覚ました。 ――このコンテストバトルは、ただリボンをゲットするためのものじゃない。自分との戦いだよ。 ――自分には絶対に負けるな。そうすれば、ヒカリはもっと強くなれるから。俺も、応援してるから。 ……ああ、そうだ。 あたしはあの時、サトシと誓った。 自分には絶対に負けない。あたしはその事を、サトシとキスをして誓った。 サトシからいっぱい勇気をもらって、あたしはここにいるんだっけ……「根性出すんだ!! 根性で自分に打ち勝つんだ!!」 根性。 いつもサトシがポケモンに対して使う言葉が、あたしの背中を強く後押しする。 あたしはこの時、サトシに応援されて戦うポケモンの気持ちを味わえたような気がした。 あたしの心で、サトシからいっぱいもらった勇気が、燃料となって燃え始めた。 あたしの心を覆っていた恐怖心を、焼き払うほどに――「ヒカリッ!! 負けるなあああっ!!」 その言葉で、あたしの心のアクセルが一気に踏み込まれた。「プラスル! マイナン! “チャージビーム”で決めちゃって!!」 ウララの指示で、プラスルとマイナンが、手を合わせて電撃を放った。2匹のパワーが合わさった電撃は、激しく、そして綺麗に輝きながらマンムーとヒノアラシに襲いかかる。「ヒノアラシ、回りながら“スピードスター”!!」 あたしはとっさに思い付いた指示を、思い切り叫んだ。指示通り、ヒノアラシは飛び上がって横回転をしながら、唯一放てる“スピードスター”を放つ。黄色に輝く星の流れが、ヒノアラシの周りで円を描いて飛ぶ。 そこに飛んでくる“チャージビーム”だけど、ヒノアラシの周りを回る星の流れに逆に跳ね返される結果になった。跳ね返った“チャージビーム”は、いくつもの小さな雷となって、プラスルとマイナンに降り注いだ。雷の雨に晒されて混乱するプラスルとマイナンの周りで、さっきと同じように火花が花火となって爆発した。観客達が揃って驚きの声を上げた。 あたしの思った通りにうまく行ってくれた。攻撃わざを回転しながら放つ事で、攻撃わざのバリアを張って相手の攻撃わざを跳ね返す、攻防一体の戦法。その名は『カウンターシールド』。元はあたしがカンナギ大会の時にエテボースで偶然使ったものをヒントにして、サトシがジム戦用に改良したもの。そう、サトシが考えた戦法だった。 あたしは気が付くと、逆立った髪を整えて立ち上がっていた。心にあるのは、優勝するために絶対に勝とうという決意。それだけ。さっきの恐怖心も目に溜まっていた涙も、不思議なほどまでに消えていた。 観客席に目を向ける。ステージを見る観客達の中に、サトシがいる。サトシはあたしの顔を見て、嬉しそうな笑顔を見せていた。サトシの思いは、はっきりと伝わった。あれほど人の応援が心に響いた事なんて、初めてだった。あたしはそんな応援をしてくれたサトシに、笑顔を返す。「ありがとう、サトシ。あたし……もうダイジョウブ」 そうつぶやいて、あたしはステージに顔を戻す。ウララがあたしを、目を白黒させながら見つめているのがわかる。「……くっ、そんな小細工を使ったって、まだ“アンコール”の効果は続いてるんだから!! プラスル!! マイナン!!」 唇を噛みながら、ウララは指示を出そうとする。だけどそれよりも先に、あたしは指示を出していた。「ヒノアラシ、もう1回回りながら!!」 ヒノアラシはもう一度、回転しながら“スピードスター”を放つ。今度は星の渦になってプラスルとマイナンに降り注いで、2匹の周りを回り始める。星の渦に閉じ込められた2匹は、困惑して動きが取れない。「今よ、マンムー!!」 あたしが叫ぶと、マンムーは迷わずに飛び出した。唯一使える“とっしん”で。逃げ場をなくしたプラスルとマイナンが、マンムーの突撃をかわす事はできなかった。星の渦と一緒に、マンムーはプラスルとマイナンを跳ね飛ばした。同時に星が散らばって周りで炸裂して、光の粒がステージに降り注ぐ。「そ、そんな……どういう事!?」 ウララが目を丸くしている。 そう、ふと気が付いた事。“アンコール”は使えるわざを固定する。だけど、組み合わせ方は1つじゃない。だったら、固定されたわざの組み合わせ方を変えればいいだけ。そうすれば、柔軟なコンテストバトルはできる。 ウララはカッとなったのか、畳みかけるように攻撃してくる。だけどあたしはそれに、“とっしん”と“スピードスター”の組み合わせをパズルのように考えながら、落ち着いて対応した。 1回目は、“スピードスター”を集めて大きな星を作って、“チャージビーム”を防ぐ。 2回目は、最初と同じようにマンムーに“スピードスター”を纏わせて、“とっしん”。 3回目は、“スピードスター”を2匹の前に放って止めて、“とっしん”で演技を妨害。 気が付いたら、ポイントの優劣は最初と同じようにあたしに傾いていた。同じわざの組み合わせの違いに、観客達も驚いている。 すると、マンムーとヒノアラシを包んでいた光が消えた。“アンコール”が解除された事がすぐにわかった。制限時間はもう迫っている。また変な事をされる前に、そろそろ『あれ』を使って決める時だ。あたしは指示を出した。「ヒノアラシ、“かえんぐるま”!! マンムー、“こおりのつぶて”!!」 ヒノアラシは自ら火の玉となって、マンムーの上に飛び出す。その間に、マンムーは “こおりのつぶて”を作り出す。ヒノアラシがちょうどマンムーの真上に来た時、マンムーは“こおりのつぶて”をヒノアラシに向けて放った。吸い込まれるように飛ぶ“こおりのつぶて”が、火の玉に命中して白い煙が包む。 その煙の中から出てきたのは、大きな氷の塊。中では、饅頭に入った具のような形で、火の玉が燃え上がっているのが見える。これが、あたしがこのアサツキ大会のために練習した、マンムーとヒノアラシのコンビネーション。「行っけえ! 『フレイムアイス』!!」 あたしはその演技の名前を、思いっきり叫んだ。それに答えるように、氷の塊から炎がロケット噴射の如く飛び出して、炎を宿した氷の塊はプラスルとマイナン目掛けて加速していく。「プラスル! マイナン! “まもる”!!」 まずい、って顔をしたウララは、とっさに指示を出す。プラスルとマイナンは揃って両手を突き出して身構えると、2匹の周りを透明な光のドームが覆った。 そこに落ちてくる、炎を宿した氷の塊。光のドームに、氷の塊は止められる。だけどそれでも、氷の塊から噴き出す炎の勢いは止まらない。正面からの攻撃は全て防ぐ“まもる”をも打ち破らんとするほどに、炎の勢いは増していく。その勢いに、プラスルとマイナンは押されているようにも見える。 炎を噴き出す氷の塊が押し切るか。“まもる”が耐え凌ぐか。 そう思った時だった。タイムアップを知らせるブザーが鳴り響いたのは。「ここでタイムアーップ!!」 司会の声も一緒に入ってきた事で、あたしは現実に引き戻された。短いようで長かった5分間。氷の塊が炎で完全に溶け切って、ヒノアラシがステージに着地するのと同時に、プラスルとマイナンの“まもる”が解除された。 すぐにスクリーンに目を向ける。ゲージの減り具合を見てみると、ウララの方が減り具合が大きかった。「今回の激しいコンテストバトルを制したのは、ヒカリさ――」 あたしが勝った事が告げられようとした瞬間、司会の言葉は遮られた。 突然響いた、何かが爆発する音。それと同時に、激しく揺れる会場。 観客の歓声が、困惑した声に変わる。同時に響き渡る、火災報知器の音。「な、何!?」 何が起こったのか、あたしにはわからなかった。音がした方向を見てみると、観客席の入り口の方から、煙が上がっている。 火事、かと思ったけど、すぐに違うと直感した。煙の中に、何かうごめく影がいくつか見えたから。 煙の中から現れたのは、ポケモンだった。 しかも、1匹じゃない。次から次へと、いろいろなポケモンが会場に押し入ってくる。 ラッタ、ワンリキー、ゴローン、レアコイル、カイリュー、アリアドス、モココ、キマワリ、ハッサム、デルビル、グラエナ、ダーテング、バクーダ、カクレオン、メタング、レントラー、ロズレイド、ドーミラー、ドサイドン、リーフィア……とにかくいっぱい出てくる。数えていたらキリがない。少なくとも言えるのは、みんな敵意を剥き出しにした目付きをしている事。 そんなポケモン軍団を目の当たりにして、観客達は一斉に悲鳴を上げて逃げ出す。ポケモン軍団は一斉に、逃げ惑う観客達に思い思いのわざで攻撃してくる。会場はもう大パニック所じゃない。わざと爆発音が飛び交い、次々と観客達がポケモンの攻撃に倒れていくその光景は、完全に地獄としか例えようがなかった。 動揺して動きを取る事も忘れている間に、ポケモン軍団がステージにいるあたし達にも襲いかかってきた。ポケモンの種類を判断している暇はない。あたしは反射的にその場から逃げ出そうとしていた。 マンムーとヒノアラシが、すぐに反応する。マンムーが“めざめるパワー”で、ヒノアラシが“スピードスター”で向かってくるポケモン達を薙ぎ払う。だけど相手は、すぐに2匹の攻撃に反応して、反撃してくる。複数のポケモンのいろんな攻撃に晒されて、さっきのコンテストバトルで消耗していた2匹はすぐに押し込まれる。タフなマンムーはまだしも、ヒノアラシはすぐに退けられちゃった。「ヒノアラシッ!!」 あたしは思わず叫んだ。だけどその時、あたしの目の前に何かが立ちはだかった。それがモジャンボだって気付いた時には、あたしの体はモジャンボのツタにたちまち捕まっていた。「ああっ!!」 強く締め付けられて、体が持ち上げられる。すぐに解こうともがくけど、ツタが締め付ける強さが、あたしの体に力を入れる事を許さない。それに、体のあちこちにツタは撒き付いていて、手足を動かす事もままならない状態だった。 その時、体から何かを強引に吸い取られるような痛みに襲われた。体の力が急激に奪われていく。「ああああああっ!!」 自然と悲鳴が出た。これは、“ギガドレイン”……!? だったら、早く解かないと……だけどどんなにもがいてもツタは解けなくて、もがくのに使う力もどんどんなくなっていく。マンムーがすぐにあたしの所に行こうとするけど、他のポケモンの攻撃に阻まれて来る事ができない。そうしている間にも、あたしの頭がだんだんふらふらしてきた。目の前も暗くなってきているような気がした。このままじゃ…… その時、何かの小さな影が、モジャンボのツタを切り裂いた。同時に、どこから飛んできた冷たい風がモジャンボを飲み込んで、モジャンボはたちまち氷の塊と化した。 ツタから解放されたあたしの体が、ステージへと吸い込まれていく。だけどそんなあたしの体に来た衝撃は、意外と強くなかった。「大丈夫か、ヒカリ!」 目の前に映ったのは、サトシの顔だった。あたしの体は、サトシの両手でしっかりと受け止められていた事に気付いた。すぐ隣には、観客席に一緒にいたピカチュウとエンペルトがいる。サトシはあたしの体を、そっと床に立たせる。「サトシ……!!」 あたしは嬉しくなって、体力を奪われた体を委ねるように、サトシに抱き付いた。サトシはあたしを優しく受け止めて、抱き締めてくれた。サトシの体の暖かさを感じて、あたしはサトシに助けられた事を実感した。 だけどその感触も、長く味わってはいられなかった。 あたしに、今度はザングースが襲いかかった。あたしとサトシが気付いた時には、ザングースは爪を振りかざして、今まさにあたし達を切り裂こうとしていた。 だけどその爪は、振り下ろされる事はなかった。 別の影が、ザングースに横から攻撃を浴びせた。ザングースはたちまち弾き飛ばされて、ステージから突き落とされる形になった。何かと思ってみてみると、あたし達の前にいたのは、ガバイトだった。という事は……「こんな時にいちゃついてられるなんて、幸せ者ね」 そこに駆けつけて来たのは、さっきまであたしとコンテストバトルをしていた、あのウララだった。ウララは深刻な表情をして、あたしを見つめている。「ウララ……!?」 やっぱりガバイトは、ウララのポケモンだった。あの嫌味な所を見せるウララがあたしを助けてくれたなんて、あたしは意外に思った。「……何よ、あたしが助けない方がよかったかしら?」 ウララは顔をしかめる。変な風に思われてしまったみたい。「そ、そんな事はないよ。ありがとう、ウララ」 あたしはすぐに謝って、お礼を言った。わかればいいわよ、って言っているように、ウララはあたしから顔を逸らした。向けられた視線の先には、ステージを上がってきてじりじりと迫ってくるポケモン軍団の姿が。ガバイトはウララの前で攻撃態勢になったと思うと、ポケモン軍団の中に飛び込んで行った。「ヒカリ、立てるか?」 サトシが、あたしに聞いた。あたしは立ってみようとしたけど、足に力が入らなくて、体が自然と床に落ちる。その前に、サトシが両手であたしを支えてくれた。「ご、ごめん。ダイジョバないみたい……」「わかった。なら……」 するとサトシは、あたしの体を、両手でひょいと持ち上げた。あたしの腰と両足を支えた状態、所謂『お姫様抱っこ』の形になる。「あ」 あたしの口から、自然と驚きの声が出た。「サトシ、平気なの?」「平気さ。ヒカリを抱いて逃げる事くらい」 自身をもってそう言うサトシが、とても頼もしく見えた。やっぱりサトシは、こういう時には頼りになる。そう、あたしに何かあったら、サトシは必ずあたしを守ってくれる。あたしはすぐに自分の体を、サトシに委ねる事にした。「だけどサトシ、あたしも一緒に戦う。あたしにはまだ、エンペルトがいるから。ね!」 あたしは、近くにいるエンペルトに声をかける。するとエンペルトは、ペルペールッ、ってポッチャマの時と変わらない言葉を、胸を張りながら掛けてくれた。「わかった。じゃ、しっかり捕まってろよ!」 サトシの目付きが鋭くなって、ステージに上がってくるポケモン軍団に向けられた。あたしはうん、ってうなずいて、両手をサトシの首に回す。そんなあたし達の様子を、ウララが横目で見つめながら、幸せ者、って言ってるように小さな笑みを浮かべていた。 あたしも、ポケモン軍団に顔を向ける。まず、さっきのコンテストバトルで消耗しているマンムーを、モンスターボールに戻す。それから、サトシと一緒に指示した。「行け、ピカチュウ!!」「エンペルト、お願い!!」「ピカッ!!」「ペルッ!!」 ピカチュウとエンペルトが、一度下がったガバイトと合流して、あたし達の前で身構える。「ヒカリ、今はあんたに合わせるわ」「ええ」 ウララの言葉にあたしはうなずく。思えば、ウララと組んで戦う事になるなんて、初めての事。そもそもそんな事自体、一度も考えた事がなかった。だけど、共通の敵を前にして、あたしとウララは一緒に戦う事になった。『昨日の敵は今日の友』って言うのはこういう事なのかもしれない。 おっと、そんな事をあれこれ考えている余裕はない。ポケモン軍団が一斉に3匹に襲いかかってきた。「ピカチュウ、“10まんボルト”!!」 サトシの指示で、ピカチュウはポケモン軍団に向けて自慢の電撃を放った。何匹ものポケモン達が、一斉に電撃で痺れさせられた。それでも、また現れるポケモン軍団。「エンペルト、“バブルこうせん”!!」 続けてあたしも指示する。エンペルトは口から“バブルこうせん”を発射して、向かってきたポケモン軍団を次々と薙ぎ倒していく。 すると、エンペルトの前にヤンヤンマが飛び出してきた。ヤンヤンマはエンペルトに向けて“シグナルビーム”を撃った。だけどエンペルトは動きを止めて、えへん、と言わんばかりに胸を張る。そこに、“シグナルビーム”が命中するけど、エンペルトには全然効いていない。逆にエンペルトは、腕を一振りして簡単に払い除けちゃった。そして、“バブルこうせん”で反撃されたヤンヤンマは、あっさりと墜落した。 そう、エンペルトははがねタイプを持っている。はがねタイプは、ほとんどのタイプに対して防御面での相性が有利。そんなタイプが追加されたエンペルトの耐久力は結構ある。だからこうやって、相手の攻撃に耐える事もできる。「ガバイト、“ドラゴンクロー”!!」 続けてウララが指示する。ピカチュウとエンペルトの攻撃でポケモン軍団が怯んだ所で、ガバイトは一気に飛び込む。そして、パワーを込めた爪で次々とポケモン達を倒していく。「エンペルト、続けて!! “はがねのつばさ”!!」 あたしはエンペルトをガバイトの後に続けさせる。エンペルトは腕の羽から光る刃を伸ばして、ガバイトに続けて飛び込む。そして、ガバイトと一緒にポケモン軍団を片っ端から薙ぎ倒していく。 初めてコンビを組んだにも関わらず、エンペルトとガバイトの息は見事なまでに合っている。足を止めたエンペルトとガバイトは、お互いにやるな、って言っているような視線で、横目でやり取りを交わしていた。「ふんっ、意外とやるのね、あんたも。いや、あんたのエンペルト、って言えばいいかしら?」 ウララが、小さな笑みを浮かべてあたしに横目を向けた。その表情は、ウララが今まで見せなかったものに見えた。「ウララのガバイトこそ」 あたしもそんなウララに、笑みで答えた。そしてすぐに、顔を戻して戦いに気持ちを集中させる。 3匹が何体ポケモンを倒したかわからなくなってきた時、ポケモン軍団の群れが真っ二つに割れた。見るとそこには、グレッグルを連れたタケシの姿が見える。グレッグルは、向かってくるポケモン軍団を片っ端から手で打ち倒していっている。「サトシ!! ヒカリ!! こっちだ!!」 タケシはそう叫んで、手招きしている。それを見てあたしは、タケシが逃げ道を見つけたって事がわかった。 サトシとウララは、ポケモン達と一緒にタケシの元へと駆け出していった。NEXT:FINAL SECTION
あちこちから煙を上げ、逃げ惑う人々が壊れた水道管のように飛び出す、混乱したコンテスト会場を、彼女はじっと見つめていた。 襲撃そのものは大成功と言った所だが、会場内部ではまだ果敢に抵抗しているトレーナーの姿がいる事に気付く。 いくら襲撃は成功したといっても、それを妨害されてしまっては意味がない。この襲撃は、人々を恐怖させてこそ意味があるのだ。 そう思った彼女は、駒を置くように更に呼び出すポケモンの数を増やしていく。 地面に一筆書きの模様が次々と描かれると、その中からポケモンが浮かび上がるように出現する。まるで、魔法使いが魔法陣から召喚するように。 1匹、また1匹。 次々と増えていくポケモン達に人間達が恐怖する姿を想像して、彼女は小さく笑ったのだった。 隣にいる、パートナーのアブソルと共に。FINAL SECTION 対決! VSライコウ! コンテスト会場の廊下の中を、あたしを抱えたサトシはタケシ、ウララと一緒に駆けていく。 途中で立ち塞がったポケモン達は、ピカチュウとエンペルト、ガバイト、グレッグルが片っ端から追い払っていく。そうやって道を切り開きながら、あたし達は非常口を目指している。 だけど今まで戦ってきた中で、おかしな事に気が付いた。 あたし達を襲ってくるポケモン軍団の登場のし方が普通じゃない。 どこが普通じゃないのかと言うと、いきなり何の予告もなく地面に一筆書きの模様が描かれて、その中からポケモンが浮かび上がるように現れる。そしてそのポケモンが倒されると、呼び出された時の一筆書きの模様がまた現れて、沈み込むように消えてしまう。まるでファンタジーの魔法みたいなポケモンの呼び出し方は、見た事がない。それはまるで、誰かがポケモンをどこからか転送してきているようにも見える。 そんなポケモンが、倒しても倒しても次から次に出てくるものだから、ポケモン達は苦しい戦いを強いられている。今は攻撃が激しすぎて、非常口を前にして足止めされている状態になっている。「くそ、キリがないぜ! 何なんだこいつら!?」 こんな数任せの攻撃の前には、さすがのサトシも歯噛みしている。「ポケモン無双もいい所ね……それにしても、あんたのエンペルトはタフじゃない、ヒカリ」 ウララが、羨ましさと嫉妬が混じった目付きであたしを見つめてくる。 ポケモン達の中でただ1匹、エンペルトは次々に現れるポケモン軍団の攻撃を受けてもものともしないで果敢に攻撃を仕掛ける。エンペルトの“はがねのつばさ”で作られた剣『ウイングセイバー』は、ポケモン軍団を侍のごとく次々と薙ぎ倒していく。そして同時に、苦手としている攻撃も刃の一振りで簡単に跳ね返しちゃう。その動きは、『カウンターシールド』の原型になったエテボースの尻尾で攻撃を跳ね返す動きに似ていた。いつの間にそんな動きを覚えていたのかはともかく、はがねタイプを持つエンペルトは、ほとんどのタイプに対して防御面での相性が有利だから、その耐久力は結構なもの。そして、“はがねのつばさ”には防御力が上がる追加効果があるって聞いた事があるから、それも効いているのかもしれない。「エンペルトははがねタイプを持っているからな、攻撃の耐性は多い。最終進化系でもあるし、今の戦いじゃエンペルトが頼りだな」 タケシがその事を、簡潔にウララに説明した。それを聞いたウララは納得したように顔をあたしから逸らしたけど、それでもじと、とあたしの顔を横目で見つめていた。 そんな時、あたしとサトシの目の前にヘドロポケモン・ベトベトンが現れた。あたし達が驚いている間に、ベトベトンは口を開けると、体と同じヘドロの塊“ヘドロばくだん”を撃ってきた。「わっ!!」 サトシは反射的に“ヘドロばくだん”をかわしたけど、あたしはその勢いで体を思い切り投げ出された。床に落ちて、強い痛みが体中を通り抜ける。 そのまま、ベトベトンがあたしに迫ってくる。体力を奪われていて動けないあたしは、立つ事ができない。だから、ベトベトンがあたしを狙っていても、逃げる事ができない……! ヒカリ、ってサトシが叫ぶ声がしたけど、それよりも前に、ベトベトンはあたしに向けて“ヘドロばくだん”を撃ってきた。 よけられない。そう思ったあたしは、思わず顔を両腕で隠して目を閉じた。 だけど、“ヘドロばくだん”はあたしに当たらなかった。 何が起きたのかと思って見てみると、そこにはエンペルトが立っていた。エンペルトが、あたしに代わって“ヘドロばくだん”を受けていた。「エンペルト!?」 まさか、あたしをかばってダメージを、って思ったけど、エンペルトはちょっと気持ち悪いと思っているような顔を見せながら、体に付いたヘドロを払い除ける。そして、何事もなかったかのように身構えると、“バブルこうせん”で反撃。ベトベトンをあっさりと退けちゃった。 そうか、はがねタイプには、どくタイプの攻撃は効果がないんだ。だからエンペルトは、ベトベトンの“ヘドロばくだん”を受けてもちょっと気持ち悪いと思っただけで平気だったんだ。「ヒカリ、大丈夫か!?」 サトシがすぐに慌てた様子で駆け付けてきた。「うん、ダイジョウブ。エンペルトが助けてくれたから」 あたしが答えると、サトシはよかった、と言ってるように笑みを浮かべながら、あたしをまた『お姫様抱っこ』の形でひょいと抱き上げた。 エンペルトは尚も、ベトベトンに対して“バブルこうせん”で攻撃を加えている。そして遂に、ベトベトンをノックアウトした。するとベトベトンの足元に一筆書きの模様が現れて、ベトベトンはその中に沈んでいくように消えていった。「それにしても……何か前にどこかで見た事があるような気がするんだが……」 タケシがバトルの様子を見つめながら、そんな意味あり気な事をつぶやく。「見た事があるって……何が?」「あの一筆書きの模様だよ。ポケモン呼び出す事ができるあの模様、どこかで見た事があるような気がするんだ……」 サトシの質問に、顔を向けないまま答えるタケシ。するとその疑問は、意外な所から答えが出た。「レンジャーサイン」 その聞き慣れない言葉を発したのは、ウララだった。あたし達の顔は、一斉にウララに向けられた。そのリアクションが意外に見えたのか、ウララは一瞬、目を見開いた。「レンジャーサイン、って……?」「……ほら、ポケモンの力を借りて自然を守る『ポケモンレンジャー』って仕事があるでしょ? それが最近導入したってヤツ。スタイラーを使って一筆書きの模様を地面に描いて、既に心を通わせているポケモンを、空間を超えてどんな場所でも呼び出す事ができるっていう魔法みたいなシロモノ。この間ニュースでやってたのに、知らないの?」 あたしの疑問に、ウララは面倒臭そうな顔をしながら、あたし達に説明した。 それを聞いたタケシは、それだ! って思い出したように声を上げた。「あのポケモンが現れる時に出る模様、そのレンジャーサインに似すぎているから、変だって思ったんだけどね……」 ウララはそうつぶやきながら、顔を戻した。 じゃあ、これはポケモンレンジャーがやっている事なの、って一瞬思ったけど、ウララはスタイラーを使って描くって言っていたから、すぐに違うとわかった。ポケモン軍団が現れる時に出てくる模様は、それこそ魔法みたいに何も使われないで描かれていた。それに、ポケモンレンジャーがこれだけ大量のポケモンを呼び出すなら、手間だって尋常じゃないはず。そんな事が、目の前で違和感なく起こっている。まるで誰かが、駒を置くように簡単に。 考えはそこで途切れた。戦いの音が、急に止んだから。 見ると、エンペルト達の周りにいるポケモン達は全ていなくなっていた。だから、非常口への道が開けている。「道が開いた! 行くぞ!」 タケシの一声で、すぐにあたしを抱えたサトシはウララと一緒に非常口に向かっていった。 非常口を出ると、ようやく青い空が見えて、一安心する。 ある程度離れてからコンテスト会場に振り向くと、ポケモン軍団の攻撃によってあちこちから煙を上げている無残な姿になった会場が見えた。中ではまだ、ポケモン軍団が暴れている音が聞こえる。そこにはもう、さっきまでの賑やかな光景はなくなっていて、ただの壊れている建物以外の何物でもなかった。 あたしは会場に着いた時、屋根の上にわざわいポケモン・アブソルがいるのを見た事を思い出した。アブソルが現れた場所には、必ず災いが起きる。その言葉通り、このコンテスト会場は謎のポケモン軍団に襲撃されて、こんな有様になってしまった。もしかするとアブソルは、この事態を知らせるために、現れていたのかもしれない。目を離した隙にいなくなっちゃったから、気のせいだとあたしは思っちゃったけど、あたしがアブソルの伝えようとしていたメッセージに耳を傾けていたら、こんな事にはならなかったのかもしれない。そんな後悔が、頭を過る。「やっぱり、アブソルが災いを察知していたのは本当だったんだ……」 自然とその言葉が、小さなつぶやきとなって出た。 その時。 突然あたし達が出てきた非常口が、大きな爆発で吹き飛ばされた。その爆風はあたし達を吹っ飛ばすほどじゃないけどこっちにも伝わってきて、視界が煙で遮られた。思わず顔を腕で隠す。その時、やな感じー! って聞き慣れた声が聞こえて何かが空に飛んでいったような気がした。 同時に煙の中から聞こえてくる、低くて重い遠吠え。その鳴き声は、今までのポケモンとどこか違う事を直感で感じた。 煙の中に、何かがいる。「今度は何だ!?」 サトシ達もポケモン達も、その感触に気付いたのか、戸惑いを隠せない様子だった。 煙がゆっくりと消えていくと、その姿が少しずつ映し出されていく。 4足歩行の、がっしりとした力強い体付き。黄色と黒の縞模様の体。背中にある紫色の雲のようなもの。そして、見る者全てを威圧するような、鋭い表情。そのポケモンは、見ただけで普通のポケモンとは違う事を体で表していて、威風堂々という言葉がふさわしいオーラを出している。「あ、あれは……!?」 ウララが、驚いた声を上げる。「ライコウ!?」 サトシが、そのポケモンの名前を言った。 ライコウといえば、聞いた事がある。ジョウト地方で有名な伝説のポケモン。念のため本当かどうか確かめようと、あたしはポケモン図鑑を取り出した。それくらいの体力はある。『ライコウ、いかずちポケモン。雷と共に落ちてきたと言われている。背中の雨雲から雷を撃ち出す事ができる』 図鑑の音声が流れた。画面に映っているポケモンの姿は、紛れもなく目の前にいるポケモンそのものだった。あのポケモンは紛れもなく伝説のポケモン、ライコウだった。 ライコウはあたし達を鋭い眼差しでにらみつける。それは、あたし達を狙っている事をそのまま表していた。そして、また低くて重い声で吠えた瞬間、ライコウの体から強烈な電撃が放たれた。それは何本も、こっちに向かって飛んできた。 みんなは反射的に、体を屈み込ませる。あたしも屈み込んだサトシの体に、しっかりと捕まった。ライコウの電撃は、あたし達の真上を通り過ぎる。そのまま、周りにある木を次々と破壊していく。凄まじい威力の“ほうでん”。それはもう、サトシのピカチュウでも比べ物にならない。さすがは伝説のポケモン……そんな敵が目の前にいる事を知ったあたしの背中に、寒気が走った。こっちをにらむライコウの『プレッシャー』が、真っ直ぐ伝わってくる。 ライコウは続けざまに、今度は1本の太い電撃を放った。その狙いの先には、エンペルトがいた。「まずい、“かみなり”だ!!」 タケシが叫ぶ。あんなもの受けたら、電気に弱いエンペルトはひとたまりもない。 エンペルトはすぐに、『ウイングセイバー』を作って電撃を受け止める。だけど、電撃のパワーは凄まじすぎる。エンペルトは完全に受け止めきれずに、そのまま突き飛ばされたように弾き飛ばされた。地面に落ちても、地面を削るほどまでにエンペルトは地面を滑り続けた。エンペルトがようやく止まった時には、地面がスプーンですくったようにえぐられて、エンペルトが滑った跡を形作っていた。「エンペルトッ!!」 あたしは倒れたまま動かないエンペルトに向かって叫んだ。だけどライコウは、あたし達にエンペルトに構わせる時間を与えなかった。ライコウは、今度はあたし達に目掛けて“かみなり”を撃ってきた。極太の電撃が、こっちに飛んでくる。当たると思ったあたしは反射的に、サトシに抱き付いた。サトシもあたしを守るようにあたしを抱き締めた。「ガバイト!!」 だけどその時、ウララが声を上げた。 するとガバイトが、電撃の前に立ち塞がった。腕を組んで防御体勢になって、電撃を体で受け止める。エンペルトの時と違って、ガバイトは電撃を耐えきって、組んでいた腕を広げて電撃を打ち払った。傍から見たら凄く見えるけど、ガバイトはでんきわざを一切受け付けないじめんタイプだから、こういう事はできて当然の事。「ガバイト、“ストーンエッジ”!!」 すぐにウララは反撃に出る。ガバイトはライコウに向けて、“ストーンエッジ”を放った。無数の尖った岩が、ライコウに次々と命中した。ライコウは怯んでいる様子。「今だピカチュウ、“ボルテッカー”!!」「グレッグル、“かわらわり”だ!!」 すかさずサトシとタケシが指示を出した。2匹は真っ直ぐライコウに向かっていく。ピカチュウは得意の“ボルテッカー”を、グレッグルは“かわらわり”のチョップをライコウに浴びせようとした。 だけど、ライコウは動きを止めなかった。真っ直ぐ向かってくるピカチュウとグレッグルをにらむ。2匹は怯まずにライコウに向かっていくけど、ライコウは今まさに攻撃を炸裂させようとした2匹を、前足のひと振りだけで跳ね飛ばした。あっけなく弾き飛ばされる2匹。「ガバイト、“りゅうのいかり”!!」 続けてウララが指示する。その通りにガバイトは口から“りゅうのいかり”を放つ。放たれた炎は真っ直ぐライコウに向かっていくけど、ライコウには当たらなかった。それは、ライコウが飛び上がったから。いや違う。飛ぶ時に足に力を入れる様子もなくて、足先に火花が走ったと思うと、宙に浮き上がるように飛び上がった。あれはジャンプじゃない。「あれは“でんじふゆう”!?」 タケシが叫んだ。磁力を活かして、宙に浮くわざ、“でんじふゆう”。この間は、特性『ふゆう』と同じように、じめんタイプのわざを一切受け付けなくなる。 宙に止まったように浮いて、あたし達の上手を取ったライコウは、また“ほうでん”を繰り出した。何本のもの強烈な電撃が、3匹に降り注ぐ。ガバイトはでんきわざが効かないからダイジョウブだったけど、電撃はピカチュウとグレッグルに容赦なく命中した。そして、あたし達にも。みんなは反射的に、体を屈み込ませる。あたしも屈み込んだサトシの体に、しっかりと捕まった。頭の上を通り過ぎる電撃。聞こえてくるピカチュウとグレッグルの悲鳴。顔を上げると、そこにはぐったりと倒れているピカチュウとグレッグルがいた。「ピカチュウ!?」「グレッグル!?」 サトシとタケシが声を上げる。だけど、2匹は答えない。完全に戦闘不能。さっきまでのポケモン軍団との戦いでの疲れが響いてそうなった事は、誰の目にも明らかだった。これで、ライコウの前にいるのはウララのガバイトだけになる。「く……なんて強さなんだ!?」「さすがは伝説のポケモンだ……」「能力がけた違いじゃない……!!」 サトシもタケシも、ウララも歯噛みするしかない。 すると、ライコウが急に吠え出した。すると、背中にある紫色の雲が、急に空に向けて伸び始める。すると明るかった空は、たちまち黒い雲に覆われた。そして顔に、水滴が落ちた事を感じた。その感じはどんどん全身に広がる。それは、雲から雨が降り始めた印だった。傘なんて持っていないあたし達は雨に打たれてずぶ濡れになるけど、今はそんな事を気にしている場合じゃない。「まずい、“あまごい”だ!! “かみなり”が必ず当たるようになるぞ!!」 タケシが叫んだ。 その言葉通り、雨が降っている状態で“かみなり”を使えば、相手に必ず当たるようになる。つまりこれからあたし達が繰り出すポケモンは、“かみなり”の一撃を避けられない事になっちゃう。 さあ、どうする? って問いかけているように、宙に浮くライコウはあたし達を見下ろしている。不利になる一方の状況に、3人は歯噛みするしかなかった。雨が地面を叩く音だけが、空しく響く。 あたしは、そんな3人に加勢できないのが悔しかった。でんきを防げるポケモンなら、マンムーがいるけど、マンムーはコンテストバトルとポケモン軍団との対決で消耗している。力はフルに発揮できない事は明白。他のポケモンじゃ、ライコウのパワーには対抗できない。どうしたら……「ペル……ッ!」 その時、エンペルトの声が聞こえたのを、あたしは聞き逃さなかった。弱いけど、強い意志を秘めたような声。エンペルトがいた場所に目を向けると、そこには、ぎこちない動きだけど立ち上がるエンペルトの姿があった。その姿に、みんなが視線をエンペルトに集める。「エンペルト……!?」 あたしは驚いた。さっきの“かみなり”の一撃で、やられちゃったと思っていた。 ……そうか、あの時『ウイングセイバー』で電撃を受け止めたお陰で、致命傷を避ける事ができたんだ。あたしは確信した。 ライコウの顔が、エンペルトに向く。エンペルトは、そんなライコウをにらんでスクッと強い姿勢で立ち上がる。そして、叫んだ。「ペルペールゥゥゥゥゥゥッ!!」 ダイジョウブ。あたしがよく言う言葉を引き金にして、エンペルトの体は青いオーラに包まれた。それはポッチャマの時よりも、消せないほど激しく、そして何物をも跳ね返すほど強く燃え上がっていた。そしてエンペルトは、さっきまでのダメージが嘘のように力強いフォームで身構えた。「『げきりゅう』……」 あたしはつぶやいた。 特性『げきりゅう』。ピンチの時にみずタイプのわざがパワーアップする特性。その発動を目の当たりにしたあたしの心に、希望が湧き上がってきた。 まだあたし達は戦える。本当の勝負はこれから! あたしは両手をぐっと握り締めた。「ヒカリ!!」 その時、不意にウララの声がした。振り向くと、ウララが真っ直ぐあたしに顔を向けている。「エンペルトが『げきりゅう』を発動させたなら、そのパワーでライコウを地面に叩き落として!」「え!?」 突然告げられた指示に、あたしはウララが何を考えているのか、一瞬わからなかった。何か勝てる策があるって言うの?「地面に叩き落とせば、あいつを倒せる方法があるわ! だから……!」 やりなさい、って命令的な目をしているけど、それはあたしに動きの同意を求めるものだった。タッグバトルは、トレーナーが息を合わせる事が大事。だから、1人の勝手なやり方で勝つ事はできない。 確かに、今のエンペルトなら『げきりゅう』に加えて、雨の力で更にみずタイプのわざの威力がアップする。だけど問題は、ライコウの“かみなり”。あれを繰り出されたら、今度こそ一巻の終わり。「でも、もしライコウに反撃されたら……」「あたしがあんたに合わせるから、あんたはライコウを叩き落とす事だけ考えればいいのよ!!」 ウララの言葉はいつもと変わらない強い態度のものだったけど、その言葉には、エンペルトの事はちゃんとあたしがフォローする、という意味を表している事に、あたしはすぐに気付いた。「……ええ!」 あたしはうなずいた。どんなやり方かは知らないけど、今はウララを信じてみよう。そうしなきゃ、タッグバトルはできない。 そんな時に、青いオーラに身を包んだエンペルトが、ガバイトの横に出る。そして、ガバイトと一緒にライコウを強くにらみつけながら、身構えた。あたしとウララも、一緒にライコウをにらむ。ライコウも、あたし達にいつでも来い、って言ってるように鋭い視線を送っている。「エンペルト、ライコウを地面に叩き落として!!」 あたしはすぐにエンペルトに指示を出した。指示を聞いたエンペルトは、力強く吠えてライコウに真っ直ぐ向かっていく。 当然、ライコウも黙っていない。ライコウが吠えると、黒い空から極太の“かみなり”が落ちてきた。エンペルトはこれをかわせない。ウララは何か策があるみたいだけど、どうするつもり?「ガバイト、“かみなり”に“つばめがえし”!!」 ウララは、すぐに指示を出した。ガバイトは、エンペルトに落ちようとしている“かみなり”に向けて飛び込んで、“つばめがえし”を放った。“かみなり”はガバイトの体に受け止められて、エンペルトに届く事はなかった。 そうか、必中の“つばめがえし”。必中になった“かみなり”に、同じ必中のわざで対抗するって事なのね。それなら、“かみなり”を怖がる必要はない。「今よ、エンペルト!!」 あたしの指示を受けたエンペルトは、一気に地面を蹴ってジャンプした。 でもそれは、ただのジャンプじゃなかった。ただのジャンプにしては凄く勢いがあって、空に飛んでいくロケットのよう。それに、その体からはジェット噴射のように水しぶきが飛んでいる事が、雨の中でもはっきりとわかった。あれは……わざ?「あれは、“たきのぼり”だ!!」 タケシが声を上げた。 あたしは驚いた。“たきのぼり”ってわざは初めて聞いたけど、確かにその姿は、滝を登っているようにも見える。こんな時に、新しいわざを覚えたなんて……! あたしは不思議と、負ける気がしなかった。 エンペルトはあっという間に、ライコウの真上を取った。すると、両手の羽から光る刃が伸びる。“はがねのつばさ”で作り出すものよりも長い。するとその刃が、腕ごと水の渦に包まれて、水の力を持つ剣へと変化した。エンペルト、ここでも『ウイングセイバー』を応用して……!「行っけえ! “たきのぼり”!!」 あたしはエンペルトが新たに覚えたわざを叫んだ。その声をそのまま力にしたように、エンペルトは両手の剣を振り上げる。するとエンペルトの体は、ライコウに向かって落ちていく。そのまま重力もプラスして、ライコウに剣を振り下ろした! ライコウが初めて悲鳴を上げた。エンペルトの一撃を受けたライコウは、真っ直ぐ地面に落ちていく。「今よガバイト! フルパワーで“じしん”!!」 それに合わせるように、ウララが指示を出した。ガバイトは両手に力を込めると、それでハンマーのように地面を激しく叩く。すると、地面から凄まじい衝撃波が飛ぶ。それは、ライコウが地面に落ちたその瞬間に、ライコウに直撃した。効果は抜群! そのままライコウの体は、爆発に包まれる。その爆発の前で、エンペルトは着地した。「やったぞ!!」「効果は抜群だ!!」 サトシとタケシが、声を上げた。地面に叩き落としてとウララが言ったのは、この“じしん”を使わせるためだった。そうしないと、じめんわざが効かないからね。 だけど煙の中で、ライコウの影が動いたのが見えた。まだやられてない!? あれだけの攻撃を受けたのに、まさかとは思ったけど、煙が晴れるとそこには、未だ健在なライコウが、あたし達をにらんでいた。「嘘……!? まだやられてないの!?」 あたしは目の前が暗くなりそうになった。あれだけの攻撃を受けてもやられないなんて、これが伝説のポケモンの力…… ライコウはしばらく、あたし達をにらんだまま動かない。そのまま、あたし達としばらくの間にらみ合いを続けた。 だけどその時、ライコウの足元に一筆書きの模様が現れた。ライコウの体は、その模様に沈み込むように消えていった。 模様が完全に消えた瞬間、暗くなっていた空が晴れ、雨が止んだ。 同時に、コンテスト会場の中で騒ぐ音も聞こえなくなる。コンテスト会場での戦いが、終わった瞬間だった。 * * * こうして、事件は無事に解決した。 だけど事件は歴史的なほど大きなものになったらしくて、多くの死傷者が出たらしい。事実、全てが終わった後のコンテスト会場には救急車が殺到していた。コンテストそのものは当然の事ながら中止。結局アサツキ大会は、優勝者が出ないまま終わる事になった。こんな大事件があったのなら、仕方がないとは思うけど。 そしてあたし達は、とんでもない話を聞いた。 この事件が起こった直後に、この事件の犯行声明がテレビで流れたって話を。 この事件は、れっきとしたテロ攻撃だった。しかもそれをやったのは、壊滅したはずのギンガ団。ギンガ団が未だ健在である事を世に知らしめるために、今度こそ新世界を作るために活動を再開する事を知らしめるために、このテロ攻撃をしたって話。つまりこれは、宣戦布告。 ――ギンガ団の生き残りを倒して。あんな事が、二度と起きないように。 イザナミにそんな事をお願いされた事を思い出す。 あの時は、承諾はしたけどまず何から始めたらいいのかわからなくて、警察に話しても全然相手にされなくて、仕方なくいつでもギンガ団との戦いになってもいいように気を付けながら、旅を続けていた。 そんな時に、ギンガ団の攻撃が目の前で起こった。イザナミが言っていたギンガ団の生き残りが、動き始めた瞬間だった。 それは、あたし達に新たな戦いの始まりを告げる鐘の音。 何をしようとしているのかはわからないけど、あたしのコンテストを滅茶苦茶にするなんて、許せない。こんどこそ絶対に、ギンガ団を倒さなきゃいけないと、あたしは思った。それは、サトシ達もきっと同じはず。『我々はまだ、倒れた訳ではない! アカギ様が成し遂げられなかった理想を、我々「新生ギンガ団」の手で成し遂げ、新世界を作り上げるのだ!!』 テレビの中で演説のような事をしている緑色の髪を持つ男の人は、ギンガ団の制服を身に着けていた。前のアカギとは違う、新しいリーダー。 そしてその奥には、なぜか赤いロングヘアーに赤い瞳、黒いワンピース姿をした女の人が立っている。その隣にいるのは、わざわいポケモン・アブソル。 そのアブソルの顔を、あたしはなぜか見た事があるような気がした。それも、コンテスト前日のあの時に。STORY38:THE END