「菌状息肉症」って何だろな?
この掲示板で「菌状息肉症」と診断された人や、
家族、友人の情報交換の場となればいいのですが・・・
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返事が遅くなってしまい、すみませんm(_ _)m
もう入院されてしまいましたかね?? 参考にならないことなんて、とんでもないです。いつも投稿して下さり、とても助かってます(>_<)本当にありがとうございます♪ 移植ですか。。。 私も自家移植は受けた事がないので、あまり詳しくはないですが、お役に立てる事がありましたら、何でも遠慮なく聞いて下さいね☆
今までの経験上、あまり色々なことを深く考えすぎない方が良いように思います。どんどん深みにはまっていってしまうので…
私なんて単純なんで(;^^A嫌な告知をされた日は、病院内の喫茶店へ行ってチョコレートバフェを頼み、食べて幸せを感じて♪明日は明日で何とかなるさ~!って感じでした。 ちょっとのんき過ぎますが。。。 そんな感じで何か好きなものでまぎらわせることも大事ですよ☆
またの経過報告、お待ちしています(*^^*) 是非、よろしくお願いしますm(_ _)m
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パソコンやっと復活しました! 携帯での投稿はなかなか難しく(>_<)返事がかけなくてすみませんでした。
ようちゃんさんへ
もしかして、もう退院されましたか?? 返事が遅くなってしまい、すみませんでしたm(_ _)m そちらフランスでも重症化する患者さんって少ないのですね?!いつもとっても参考になります。ありがとうございます♪
私も初めはかなりの乾燥肌でした(>_<)女性にとって、もちろん男性でもそうでしょうけど、見える部分にできてしまうのは本当に辛いものですよね(;_;)いつも何故か朝起きたときの気分が最悪で、鏡を見たくありませんでした。私も毎日足と手に絆創膏を張り替えていたので、仕事していた時期は休みの合間に替えたりで、私は一体何をやっているんだろう?…と… 初めて入院した時には、やっぱり看護師さんに処置してもらい、どんなに楽で助かったことか。。。だから良~く気持ちがわかります(>_<)…とはいっても、私は元気になった今、思い出すことはできても本当のようちゃんさんの辛さは、ようちゃんさんご自身にしかわからないものだと思います。
精神的な世界、考えるいいチャンスだと思いますよ!あまり深く考え過ぎるのは良くないと思いますが(;^^A 私はある人にピンチの時こそチャンスなのだと教わりました。初めはその意味がわからなかったけど、私も病気をして精神的な面でも色々勉強させてもらいました^^
でもホント、思い返してみると色々考えさせられる病気ですよね! 私もまだまだ未熟者で、偉そうなことは言えませんが、お互い学びながら、乗り越えられる日が必ず来ると信じましょう!!
また色々な思いは、この掲示板でぶちまけちゃて下さい(^▽^)/ これからも、よろしくお願いします☆
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亡くなった時の母の年齢は58歳です。 もともと農家をしてましたし、体を動かすのが大好きなので体力にはかなり自信があったようです。(娘の私より体力はありました) それに加えて、体力を失わないようにと、7階の病棟でしたが、毎日1階の売店、2階の耳鼻咽喉科医(耳の中にも腫瘤ができてました)と上りは階段を利用していました。 そして、どうしても食べれない時以外は、食事も残さず食べていたようです。 最後の方は好きなものばかりを私が作っていってました。 少しづつ思いだしはじめました。 私にとってつらいつらい2年間だったので、今まで封印していましたが、こうやってあらためて思いだしてみると、母が私にメッセージを送っているようです。
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| No.2532 はじめまして! |
| NAME:mina |
めりにゃんさん、はじめまして! 投稿ありがとうございました♪
あすなろのパパさんもおっしゃっているように、患者本人ではない方の投稿もたくさんいただけるようになり、有難く心強い思いでいっぱいです。
治療中にもかかわらず、1階から7階の病棟まで階段でのぼれてしまうなんて驚きました(+_+)きっと、とてもパワフルなお母さんだったのでしょうね^^
最後の最後まで生きる事を諦めずに治療を頑張られたお母様を心の底から尊敬します!
お母様のこと、思い出して下さって本当にありがとうございます!お母様の頑張りが、きっと皆さんの励みになることと思います!
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こんにちは。 返信有難うございます。 このサイトを読めば読むほど、母の時にこのサイトがあったらどんなに心強かっただろうと思います。 母は10年前の6月に亡くなりましたので、いまでは詳しい治療方法の方はなかなか思いだせないでいます。 入院、治療の時に書いていた手帳を探してみますが、見るとつらくなって処分してしまったような記憶もあります。 ただ、ここにも書いてありましたCHOP療法、オーガンマの治療は受けていました。 母の場合、菌状息肉症という病名がわかるまで4件の病院を通院しました。 亡くなる10年前程に皮膚の赤い発疹が胸、腕などにでき、少し大きい病院の皮膚科に行ってたそうですが、そこでは乾癬だろうという事で対処療法みたいのものしか受けてなかったようです。傷みもなく、多少のかゆさだけだったので通院を途中で止めてしまったようです。 最後に母が入院していた病院の主治医の先生によれば、その時に何かしらの治療をきちんと続けていたならば、インターフェロンからの治療を始められたのにと最初に言われました。 病名がわかってから最後に入院した所では、菌状息肉症の研究をしていらした先生、そして主治医の先生、その他の先生看護士さんでチームを作ってくださり、治療にあたってくださいました。 入院した時はもう手遅れの状態で、3か月ももたないのではないかと、亡くなったあとで聞かされました。 しかし、最初の入院から2年もがんばってくれました。最後までつらい治療を耐え、生きて家に帰り、私の仕事を手伝いたい(化粧品店)、孫の世話をしたいという思いが強くさせていたようです。先生達は2年も頑張った事に驚いていらっしゃいました。 入院した時点で、顔、手の甲以外は全身に紅斑、そして背中には直径20cm程に浸潤、正直言って匂いもありました。 最初にCHOP療法を3クール程したと思います。その時に背中の方もかなり小さくなり他の紅斑も薄くなりました。その時が半年程の入院だったと思います。 その後、3か月程週1度の通院、そしてまた入院と入退院を3回程繰り返しました。 最後の入院の時は始まったばかりの癌治療という事でピンポイントに細胞に打撃を与える治療という事でしたが、治療の症例が少ないため、何がおこっても何も言わないというような誓約書を書かされたと記憶しています。
その治療は効果なく、肺に転移して最後は敗血症で亡くなりました。 記憶をたどりながら、大まかに書きましたが細かい事がわかったなら、また書き込みします。
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はじめて投稿させてもらいます。 10年前に母を菌状息肉症で亡くしました。 なぜだがふっと菌状息肉症という病名を検索したくなってこのサイトを見つけました。 皆さんの書き込みが胸に響い、て母の闘病生活を思いだしています。 あの頃、母の病気の事を知りたくてPCを購入し、必死で情報を集めましたが、国立癌センターにたどりついた位の情報しかありませんでした。 幸いにも主治医の先生他、チームで母を支えて下さり手探りの中私も先生達に支えられて、毎日過ごしていました。 まだまだ、他の癌に比べて情報が少ないようですね。 私には何一つ力になる事ができませんが、皆様が少しでも笑顔で毎日を過ごせますようにお祈りしています。 また、時々おじゃまさせてもらいます。
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| No.2526 ようこそ!めりにゃんさん |
| NAME:あすなろのパパ |
はじめまして、あすなろのパパと申します。 この掲示板を立ち上げたのが2004年1月で、それからめりにゃんさんで96名の方の参加となります。 最初minaサンと 「この掲示板で「菌状息肉症」と診断された人や、 家族、友人の情報交換の場となればいいのですが・・・」 と言うことで手探りでスタートしましたが、 先のくろかめさんや今回のめりにゃんさんのような、患者本人ではない方の投稿もたくさんいただけるようになりました。 これは私たち患者にとって本当に心強い思いでいっぱいです。 お母さんのこと、お話いただける範囲で結構ですので経緯等お教えいただければと思います。 どうか今後ともよろしくお願いします。
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ご無沙汰しています。なぎさです。 現在、週1回ほどのペースでオーガンマとナローバンドの治療しています。
オーガンマの製造中止で不安な思いをしていますが、 私の通っている病院の先生から今後の治療について少しお話がありましたので 書き込ませていただきます!
現在、オーガンマに代わる新しい薬をなんとか認可してもらおうと皮膚科学会でも先生方が大変努力されているようです。 オーガンマと違う種類のインターフェロン(海外でこの病気で使用されている)や、またインターフェロンではない全く新しい薬での治験も行われていて大変成果がでているものもあるそうです。 いずれにしても、オーガンマがなくなっていしまい治療が途切れてしまうことがないよう 先生方も必死だっとおっしゃっていました。
私の通っている病院では、同じ病気の患者さんも多く 情報も入りやすい気がします。 また何かわかりしだいカキコミします。 よろしくお願いします!!
ようちゃんさん、tomsonさん、入院生活頑張ってください!応援しています!
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貴重な情報、いつも本当にありがとうございますm(_ _)m☆
返事が遅くなってしまい、すみませんでした(;^^A メール出しましたので、よろしくお願いします!
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久しぶりです~6月の末からCHOP療法を3クール行ったのですが~皮膚生検の結果、T細胞が残っているという事で~効果がないので中止になりました。結局、私も自家抹消血幹細胞移植?をするというような事を担当のDrに言われました。その件に関してはminaさんに詳しく教えて頂きたいと思っています。よろしくお願いします。 それと、掲示板の方ではフランス在住のようちゃんがオンタックのT細胞の治療薬を試したようですが、効果がないよう事で~副作用がなくても効果がないのも?どうかとも思いますが~ そして、高知大学の事も話題になってますが、私は高知大学でこの病気を診てもらっているのですが~皮膚科でも放射線治療は進められた事はないのですが~それも、症状によって違うのかもわかりませんが~ 結局、何の参考にもならない事を書きましたが~私も9月より、入院して新たな治療をするので、その前に近況を書きました。 また、何かあれば、書き込みをと思います。
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すごい回復ぶりですね!読んでいてこっちも嬉しくなりました!
私は、月曜日から新しい治療薬を投与し始めたので、その副作用やなんかの様子を見るために、5日間の入院生活をしているところです。
薬は朝にご飯と一緒に4錠飲むだけで、今のところこれといった副作用もなく平和に過ごしています。
骨髄移植についてこちらの先生に話してみたところ、どうやらフランスでのこの病気の治療方針には骨髄移植は含まれていないとのこと。珍しい病気の上に、重症化する人がそれほどいないからでしょうか、とことん抗がん剤の種類をとっかえひっかえして戦うようです。 聞いたときにはがっかりしましたが、minaさんの病院でも成功した唯一のケースだとしたら、やはりそれは先生にしても大きな賭けだったのでしょうね。それを見事に克服したminaさんはすごい!絶対にその前向きな気持ちが病気をやっつけたのだと思います。ほんとに、見習わなくちゃいけないことばかり、、
私の薬「ゾリンザ」は、腫瘤に栄養を行かないようにして結果的に殺してしまうのが目的だそうです。結果が見えてくるのは一ヶ月ほど先、なので今のところ体調の変化はまったく無い状態です。
とにかく今は、明日が今日よりも良くなっていますように、と願いながら眠りに付く毎日です。
この病気、上手く付き合いましょうといわれても、目に見えるところに症状が出るのは精神的に辛いですよね。私の場合は極度のドライスキンになってしまうので、そのせいで皮膚の皮がめくれたりひびが入ったりして、その痛みも伴うので日常生活にかなり支障をきたしてしまいます。
今は看護婦さんが絆創膏を取り替えてくれて、ご飯も持ってきてくれるので、それだけでもありがたいな~と思う毎日です。
時間ばかりはあるので、この病気になったことの意味、それがもたらす学びは何か、なんて精神世界のことまで考えてしまいます。 なんかきっとそうでもしなきゃ、乗り切れないんでしょうね、自分自身が。 こんな思いをしなきゃいけないジレンマと戦うすべなんでしょうかね。 とにかく色々と考えさせられる病気です。
では、またそのうち状況報告しますね。
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ようちゃんさんへ
書き込みまたまた遅くなってしまって申し訳ないですm(_ _)m
私は骨髄移植からその後、3年がたち現在4年目になります!今は2・3ヶ月に1度の診察と血液検査のみで治療という治療は一切してません。薬もアレルギーと胃薬のみになりました。ただ未だにGVHDとも再発ともとれない皮疹が所々に出ては消えてを繰り返していますが、担当医いわく再発だったとしても消えてしまえば問題ないそうです(;^^A
あとは移植時の全身放射線の影響で移植から1年半くらいたった時、唾液線癌が発覚し、摘出手術をおこないました。そちらも調べてびっくり?!悪性度の高い癌だったのですがリンパ腫同様、半年に1度のCTでも今のところは再発の心配はないそうです!
どちらも5年を目指してます!5年を過ぎれば再発しないという訳ではありませんが、その可能性がかなり低くなるそうで、完治とはいかず寛解になります。
この病気で移植を受けなければならない状態までたどり着き、ましてやその移植を成功させた例はこの病院でも初めてですから・・・とこないだ先生に言われ、改めて私がどれだけ幸運で恵まれていたか実感しました。
私の場合、ありとあらゆる治療に病気が反発した結果、あくまで最終手段として移植を行ったもので(_ _;)あまり参考にはならないかと思いますが・・・
ようちゃんさんは、もう新しい治療は始められましたか?日本で行われている治療とは違うものなのでしょうか?通院でされるのですか?やっぱり新しい治療に入る時って本当に色々と不安になるものですよね(>_<)私もそうでした。 でも副作用だって、起こりうる可能性の1つとして沢山書かれてはいるものの、全て起こらない可能性だってあるかも知れないですしね^^b でもホント今までの経験上あまり深刻に悩んでしまうと、どんどん深みにはまっていってしまうので、あまり深く考え過ぎない様にリラックス♪リラックス♪で行きましょう!
また近況報告お待ちしています!貴重な情報いつも本当にありがとうございます。助かりますm(_ _)m
くろかめさん お返事、ありがとうございました!そうでしたか。 わざわざ投稿して下さり本当にありがたいです! 医学の進歩は凄いですね!菌状息肉症は血液の癌ですので根本的な治療とまではいかなそうですが、皮膚にできてしまった腫瘤を今までの様に抑えるどころか消してしまえるのなら、どんなに助かる事か・・・もの凄くありがたい話です(>_<)♪ また良い情報がありましたら、是非是非、宜しくお願いしますm(_ _)m
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NHK高知放送局で、特集が組まれ、かなり詳しい内容が発表されました。もともとは、癌組織の標本作成のため、消毒としてオキシドールを用いた際の変化に注目したものです。癌組織がもつ抗酸化作用をどのように弱めるのかを考えていた際、大量の泡を吐き出す癌標本を見て思いついたそうです。人の体内には、もともと過酸化水素は生体反応過程で発生するので、体内で気泡を生じないのなら毒性は弱いのです。しかし、ひとたび血管内で気泡ができると、血管をふさぎ、人を死に至らせます。そのため、血管内とは関係のない皮膚がんでの治療から始まったのです。次に、血管内で問題ない濃度の過酸化水素水を検証。体内で長期間効果がある状態を保つため、ヒアルロン酸と混合しました。その後、腫瘍の近くに注射してから放射線を当て治療するのです。 現時点では、大学病院などが内部の倫理委員会で承認を得て、大学病院内で処方するしかありません。 この方法が幅広い悪性腫瘍治療にいかせることを望みます。 現在、開発者の小川氏は国際的な学術誌に発表し、全国にこの方法が広がることを目指しています。
2009年08月23日 (日) 02時18分
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| No.2519 ありがとうございます。 |
| NAME:あすなろのパパ |
くろかめさん、毎回情報をありがとうございます。 いろいろな職業があるものですね。 今までは参加者のほとんどが患者か家族だけでしたが、くろかめさんのような方に参加をしていただけ、大変に心強い想いです。 本当にありがとうございます。 今後ともよろしくお願いします。
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