[275] 黒衝動 |
- マロン - 2006年08月20日 (日) 09時23分
1 余波
帰りの時刻を知らせるチャイムが鳴った。 と、とたんに授業中の静けさは消え去り、学校中が人間の声で溢れかえった。 教師の声が轟いた。それが結構恐れられている教師だったため か、そうでないかは定かではないが教室に静寂が舞い戻った。 日常、何の変哲もない話を聞き流し、帰路についた。 5:30。家への方向が西の方角だったため、夕日が目に染みた。 四方八方に散らばるクラスメイトを一瞥し、自転車を走らせた。 ふと、橋の下に目をやった。そこには灰色とも黒とも茶ともつかぬ色の服を着た、それと同色の肌を持った人間が地面にビニールシートを敷いて寝ていた。クラスメイト ーいや、恐らくこの近隣の住民全てが、その人種に対して嫌悪感を抱いている。 そして、軽侮の眼差しを向けていた。 毎日毎日、すでに見飽きている景色を網膜全体で受け止めながら自転車をこいだ。
「ただいま」 僕が主題をしていた時、父が帰ってきた。手には大きなスーツケースらしいものがあった。 「おかえり」 僕は常識ともいえる返事を返した。 父は某運送会社に勤めている。結構な地位に席を置いているようだが、僕は興味がなかった。 「母さんが死んで、もうすぐ2年か…」 父が仏壇の前で手を合わせながら呟いた。ここはアパートなのだが、仏壇だけは持っていきたいという父の強い願いがそうさせた。 父は仏壇に向かって今日の出来事を話していた。 もう2年もたつのか。僕は時の流れの速さに改めて気づかされた。 父は紙袋の中から饅頭を二つ取り出すと、仏壇の前に置いた。 もう一度手を合わせ、そこを離れた。 僕は父を、僕が見ていることを悟られないように見た。 顔色がよい。どこかしら元気もあるような顔つきだ。会社で何かあったのか。 それとも女が別にできたのか。 僕は思考を停止した。そんなことより、目の前の宿題を片付ける方が先だ。 「修、ケーキ食べるか?」 父が唐突に聞いてきた。僕は動揺を隠し、食べる、と返事を返した。 「問5:因数分解」を終わらせ、居間へ向かった。
|
|