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[15] 悠久の部屋
ティア - 2008年02月01日 (金) 12時57分

ここは過去の思い出話が置いてある場所です

[16] 笑顔の一日
ティア - 2008年02月01日 (金) 13時04分

「・・・チェックメイトです!」
「しまった・・・まいりました」

伽夜とロートスはチェスをしていた。
少し前までロートスの家には皆がいた。
そのときはトランプをしていたのだが、二人とも意外と勝負に強いということ気づき、では、違うもので勝負してみよう・・・ということになって、二人になってからチェスを始めたのだ。

普段ロートスはその人の才能などを見抜く力に長けている上、相手の技量を測って勝負することもできる。だが、女性に対してはたまには負けることも必要ではないのか?
そんな事を悩みながら打っていたのでは、本気でかかっている伽夜にさすがに敵わず、王手を取られてしまったのだ。
しかもこの戦いにはお互い相手の言う事を聞くという賭け事つきだ。
さて、伽夜は何を望むのだろうか?

「さすがにお強いですね。では、何をお望みになりますか?俺は何でも大丈夫ですよ」

伽夜ならば無謀な願いを言う事もないという安心感からか、ロートスは気軽に請け負った。

「では・・・・・では!明日のお休み一日私の言う事を全部聞いてください!」

伽夜は少し悩んでからそう言った。
多分、買い物に付き合えとか、お菓子の作り方を教えろというところだろうか?


「もちろんです、ミス。では明日は二人で楽しく過ごしましょう」


ロートスは笑顔でそれに答えた。
そうやって伽夜の我侭な一日は始まったのだった。

<<翌朝>>

朝起きると伽夜はもうロートスの家に来ていた。
普段の衣装とは違い、薄いピンクのワンピース、そしてほんのりとつけた化粧・・・。
その気合のいれように、ロートスは少し驚いた。
〜なんで今日はこんなにお洒落をしているのだろうか?もしかして出かけるのかな?〜
そんなロートスに向かい、伽夜は大まかな一日のスケジュールを話す。
内容はだいたいこんな感じだ。

1、まず買い物。一日中家にいれるように先に買出しをしておこうとのこと
2、一緒に料理、教えてもらいたいらしい
3、そのあと部屋で映画を見る。見たい映画があるらしい
4、その日の終わりまで家にいることを許してほしい、これはロートスが普段はなるべく夜更けになる前に家に帰すからで、今日はそれは嫌だということらしい

おおまかな内容は上記のものだが、こまごました願いは更に続いた。

「一日中私の事を呼び捨てで呼ばなきゃ返事しません」

「今日出すお茶は全部ミルクティにしてください」

「買い物いくとき、手をつないで欲しいんです」

「ロートスさんの泳いでいる姿がみたいから、昼食後泳いでくださいね」

「抱えるほどのポップコーンを持って映画を見たいです」



ロートスはもう少しで噴出すところだった。
なんといっても、その願いの全てが自分からみればそんなに対したことじゃないからだ。
まったく、舞踏会以来の彼女のいう我侭はなんというか、見た目、もしかするとそれ以下の少女が願う我侭ばかりだ。

しかも、1つ願いをいうたびに嬉しそうに、だけど顔を真っ赤にしていう伽夜は本当にこういう我侭に飢えていたんだというのも彼は見てとれた。

〜俺にだけいう我侭というのも嬉しいものもあるな。しかも相手は我侭なんて縁がなさそうな伽夜だし〜

大笑いしそうな顔をどうにか我慢しながらロートスは伽夜の願いを1つ1つ叶えていった。

映画を見るとき、伽夜はロートスの膝の上で見たいと言った。
そんな可愛い我侭もいいものだ。そう思いつつ、ロートスはそれを実行する。

自分の胸元に頭を持たれ、両手いっぱいのポップコーンを抱えて映画を見る伽夜は本当に嬉しそうで、見ている自分すら嬉しくなるような姿だった。

この映画が終わって2時間もすれば、今日が終わる。


「あの・・・今日はありがとう」


ロートスを見上げながら伽夜が微笑んだ。

「いえ、俺も面白い一日でしたから。たまにはこんな日もいいですね」

「ええ、また明日から急がしくなりますから」

そうだ、明日からまたお互い冒険の日々が続くのだ。
あと少しだけだから・・・

伽夜への最後のサービスにと、ロートスは伽夜を背後から優しく抱きしめた。


[17] 那咤倶伐羅
ティア - 2008年02月01日 (金) 13時13分

<伽夜の章>

「あのね、ちょっと困ってるの」

るきなは伽夜に悩みを打ち明けた。
何を悩んでいるのかというと、今行っている祝福についてらしい。

るきなはロートスにナラクーバラの復活に手を貸して欲しいと頼まれていた。

ナラクーバラ、元の剣は柄のみしか残っておらず、その形だけは仲間のまぜんだがなんとか整えた。
だが、これだけではただの剣だ。
ナラクーバラは妖剣とも言われ、その剣自体が持ち主を選ぶ意志のある剣であった。
しかし、現在ナラクーバラの意志は消えていた。
それをるきなの祝福で取り戻そうとううことなのだが・・・・。

「呼んでも反応が小さいの。もしかすると失敗するかも・・・」

るきなはしゅんとして伽夜に話を続ける。
要約してみるとこんな感じだった。
少しでも能力ある武具には魂があるという。
それに呼びかけることにより、さまざまな能力を引き出すことができるのだと・・・。

だが、ナラクーバラの魂は何か悲しみに閉ざされていて、呼びかけに応じてくれないらしい。
もう少し強い力で呼びかければ何か反応があるかもしれないが、彼女の高い能力でもそれはとても難しいことらしい。
だから時間もかかるし、成功するかわからない、どうしようということだった。
きっと自分の主人を自分が亡くしたということをこの剣は知っているのかもしれない。
そして心を閉ざしてしまったのかも・・・・。

相談を受け、るきなが自分の部屋に戻ってから伽夜は自分に出来ることを考えた。
古い文献で伽夜は術者の能力をあげる稀少アイテムを見つけた。
それは不老不死になる前の巫女の時代にある人にもらい、一度だけ見て利用したことがあるものだった。
だが、それは滅多に見つからず、またそのアイテムの側には強いモンスターが多数いることもわかった。
しかし・・・・今ナラクーバラの復活がなければ、あの柄に残っているナラクーバラの魂ともいえる能力すら全て消えてしまうだろう。

伽夜はナラクーバラの壊れる前の姿を思い出した。
本当に生き生きと輝き、「光の剣」と呼ばれるにふさわしい剣とその持ち主・・・。
新しい持ち主のためにも、自分自身があの剣の復活を願うことからも、伽夜は一人旅の支度をし始めた。


それからの数日がどんなものだったかわからないが、不老不死の体を持っている彼女がボロボロの状態になりながらるきなに1つの品物を手渡した。

「これを・・・・もちながらもう一度あの剣を・・・・」

るきなに小さな結晶を渡し終わると伽夜は倒れるように意識を失った。




<るきなの章>

伽夜ちゃんはあたしに小さな結晶を渡したあと倒れちゃった。
煉獄くんが言うには「あまりの疲労で倒れただけだ。彼女なら少し落ち着けば治るだろう」ってみてくれた。
ティアちゃんとちぎらちゃんが看病をしてくれるからちょっと安心かな。

でも・・・・。

あたしがあんなこと相談しなければ良かったのかも・・・。
だけど、あたしの能力だけじゃ、あの剣は呼びかけに答えてくれないし、答えてくれない剣の力は呼び出せないんだもん・・・・。

「伽夜ちゃんごめんね。でも、あたし頑張る!」

この結晶が力をくれてるのがわかる。きっと今度は大丈夫!伽夜ちゃんのためにも、ロートスさんのためにも、あたし、頑張るんだ!!


数時間後の剣の祝福しなおしのとき、ロートスさんも復活する剣の姿が見たいってやってきた。
伽夜ちゃんはまだ倒れてから寝たままだけど・・・。

きっとできる、あたしはできる・・・。
だって、伽夜ちゃん(の持ってきてくれた結晶)とロートスさんがついてるもん。
二人の思いはちゃんとあたしとこの剣がわかるはずだもん。

「むにむに・・・・」

いつもみたいにお祈りを始める。
それで剣の魂に呼びかける。
ココに来て、あたしの声を聞いて。
あたしは結晶を持って一生懸命お祈りした。ちょっと魂があたしに興味を持った気がする。
もっとこっちに・・・・。
でも、なんかが足らない。何が足らないのかわかんない。
どうしよう・・・・

「ふぇ・・・ロートスさん・・・」

あたしは泣きそうになって側にいる唯一人の人を呼んだ。
ロートスさんは側にきて、あたしの頭に手を載せてナデナデしてくれた。
その時、ふと剣の魂があたしにもうちょっと近づいてきた感じがした。

「ロートスさん!もっとナデナデして!」

慌ててあたしはロートスさんにお願いしてもう一回剣に呼びかける。
お願い!
この人がアナタのこと、大事に使ってくれるから。
前のご主人さんの子供さんなんだよ?
いいことに使ってくれるから心配しないでこっちにきて!!
結晶を力いっぱい握ってロートスさんの手の感触を感じながら今までの中で一番強くお祈りした。
ロートスさんの手から何かが伝わって、それが剣に届いた気がした瞬間、剣に変化が起きたんだ。



ぴかっ!!!



剣が光った。
魂が・・・この剣の魂が答えてくれた!
これでこの剣は復活できた!
あたしは嬉しくてロートスさんに抱きついちゃった。

「これで復活したよ!あたし頑張ったよ!」

ロートスさんはニコニコしながらあたしを抱きとめてくれて、頭をナデナデしてくれていた。
伽夜ちゃん、あたし、伽夜ちゃんのおかげで頑張れたんだよ。
あたしは結晶をみながら伽夜ちゃんにもありがとうって思ったんだ。





<ロートスの章>

「ナラクーバラを復活させるため、もういちど祝福をする」

るきなからそういう連絡をもらってロートスは慌ててるきなや伽夜が住む家に向かった。
そこの家の庭にある一角に彼女達職人用のアトリエがある。
急いでそこに入ると、真ん中に台座がある場所にるきながいた。
台座の上にあるのは形だけできあがったナラクーバラ。
もう少し、もう少し、るきなの祝福でこの剣は蘇る・・・。
小さな頃からあこがれていた父の姿、その側にいつもあったこの剣・・・。
色々な思いが交錯しては思い浮かぶ。
しかし、それはるきなの突然の声に中断された。

「ふぇ・・・ロートスさん」

やはりこの剣を復活させるのは難しいのだろうか?
少しでも彼女には頑張って欲しい。
もし、剣に魂があるというのが本当ならば、俺のこの気持ちが少しでもこの剣に届けばいいのに・・・。
彼女の頭を優しくなでながら強く、強くそう願った。

「ロートスさん!もっとナデナデして!」

突然るきなの声が力強く変化する。
それは希望の言葉に聞こえた。
きっと彼女なら大丈夫だ。
彼女は多分「運命を廻すもの」だから・・・!
お願いだ、ナラクーバラ、俺も父さんみたいに正義にしか使わない。
だから・・・お願いだからお前の力を俺に貸して欲しい!

るきなを優しくなでながらロートスも力いっぱいそう願った。
その時・・・・


ぴかっ



剣が光った・・・
この輝き・・・・これは・・・・!


彼女が言わなくても剣の復活がわかった。

ナラクーバラ復活・・・・
その念願の姿をみてロートスは感動していた。


[19] ダブルデート
ティア - 2008年02月01日 (金) 13時33分

「たまにはロマンチックなデートでもしてらっしゃいな!え?何?ヒマがない?そんなの作らないとないに決まってるでしょ!ほら、明日は一日銀さんとほたるさんの工房もあたしが見といてあげるから!ちゃんと女の子に恥かかさないデートしておいで!


夜中にきまぐれ喫茶の店内に呼び出された銀とハヤツキは例によって例の如く(?)ティアに叱られていた。
普段は気さくな彼女が彼らに怒る原因はほとんど1つだった。

それは銀とハヤツキが奥手なので二人の彼女のほうが行動を強くしないと中々進展しないということだ。
そしてその二人の彼女はさすがにたまには男性陣にリードして欲しいとティアに愚痴をこぼしていたのだ。

それを聞いたティアは二人の彼女(ネルフィア・るきな)の話を良く聞き、彼女達はほとんど自分の彼氏と二人きりでのデートを
したことがないこと、軽く抱きしめてもらった程度しか普段から進展がないということ、しかもそれも自分達のほうが行動するこ
とが多いこと等をを聞き出し、このままでは進むものも進まないと二人の彼氏を叱咤激励するために呼び出したのだ。

「まったく、聞けばキスもこないだ皆の前で会ったときにして以来してないとかで・・・。いや、それ以上の進展はといえば私は
関与しないけどさ、さすがにね、彼女達だってキス位彼氏のほうからゆっくりとして欲しいと思うんじゃないかなあ・・・・それ
に二人きりでのデートも中々ないんでしょ?コレあげるから、四人でいっておいで。といっても、入り口から先は銀さん達とハヤ
ツキさん達別々なデートコースに進んでもらうけどね♪」

ティアは小さな地図と手紙を二人に1セットづつ渡し、銀とハヤツキが悩んで何か言う前にと、うろたえている彼らに素早く明日
出かけることを確約させ、二人を工房兼自宅へと送り返した。

「さてと、あたしにできるのはコレくらいとネルちゃん、るきちゃんの呼び出し、あとは明日のお弁当の準備くらいかな?そこか
らは四人の努力だよねえ・・・」

小さな苦笑いをしつつ、ティアは喫茶店から徒歩15分の距離にある自宅へと帰っていった。

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★ハヤツキ&ネルフィア編(1)

「わぁ、綺麗な所ですね。バラの木で出来た迷路なんて初めてみました♪」
ネルフィアは目を輝かせて周りを見回した。
ティアから呼び出しを受け、前日るきなの部屋に柚子と三人で泊まっていたのだが、翌朝早くにティアが呼びに来て

「あ、ネルちゃん、これお弁当♪え?何って今日はダブルデートだよ?いってらっしゃい♪」

とるきなと共に1セットずつお弁当を手渡され、たどり着いたのが此処だった。
ちなみに、銀とるきなの二人はこの迷路の隣にあるハーブ摘み放題の温室に行ったようだ。

「結構近場にこんな良い穴場があったんですね。ティアさんに後でお礼にいきましょう」

「そうですね」

「コースが2種類に分かれてますよ。カップルで一緒に進むコースと別々に進み、途中で合流するコース、どっちにしましょうか?」

「どちらも面白そうですね。ハヤツキさんはどちらがいいですか?」

「今日はネルフィアさんの好きなほうを優先しますよ」

ハヤツキもニコニコとネルフィアに声をかけた。
確かに自分の行動には奥ゆかしすぎて歯痒い部分もあって彼女のネルフィアに切ない思いをさせていたのかもしれない。
ティアに昨日呼び出されたあと、自分に反省をし、今日はなるべく自分がリードをできるように頑張ろうと心に決めていた。

〜ネルフィアさんのこんなに喜ぶ姿を見れたことですし、更に喜ばせられるように今日一日努力してみましょう〜

そっとネルフィアの細い手を握り、ハヤツキとネルフィアの二人は自分達の胸元あたりまでの高さのバラの迷宮へと進んで行った


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★銀&るきな編(1)

「るきなはん、こっちのラベンダーも摘んでおこか?」

銀は一生懸命ペパーミントを摘んでいるるきなに声をかけた。

「えっとね、もうちょっとコレ摘むから待っててね♪」

一生懸命小さな籠に、これまた小さな手でペパーミントを摘んでるるきなを見て銀は微笑む。

〜さすがティアはんやな〜

途中まで一緒だったハヤツキとネルフィアはバラの迷宮と呼ばれるバラの生垣で作った迷路へ向かった。
迷宮は150センチ前後のバラの生垣で出来ているので迷路の道筋は簡単にはわからないままだが巨大迷路のような閉鎖感がなく、
そして今の時期はバラの香りで情緒溢れる場所となっている。

さらに途中に小さい休憩所、恋人の鐘と呼ばれるベルなどがある場所があり、20歳過ぎの恋人達にはもってこいの場所であった。

そして自分達のいるハーブの温室、ここは籠単位での摘み取りが可能で、出口の側には摘み取ったものでハーブティやお菓子を作
れたりする場所もあるという。
そこで料理やお茶の入れ方を彼女に教えてあげながら親密になってこいということなのだろう。

話が得意なハヤツキにはバラの迷宮、お菓子作りが得意な銀にはハーブの温室と二人の男性の特性が活きるよう設定された中々洒
落たデートコースだった。

「しろがねさん?ラベンダーはどれがいいかな?」

気がつくと銀の目の前に籠を持ったるきなが首をかしげた可愛い姿で待機していた。
銀は慌ててるきなの頭を軽く撫でてから片手を差し出した。

「あっちにいっぱい咲いてるとこがあったんよ。いってみよか?」

その声と差し出された手にるきなは満開の笑顔で飛びついた。

「うん♪」

銀とるきなは色々なハーブを堪能しながらラベンダーの群生してる場所まで手を繋いだまま歩いていった。

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★ハヤツキ&ネルフィア編(2)

薔薇の噎せ返る薫りが幻想的なムードを更に高めていた。

「ここの薔薇はオールドローズが多いですね。オールドローズは香りが高いのですよ。もちろん花も美しいですが、混合種のほう
が花自体の色や形は綺麗になってるんですよ」

「ハヤツキさん、物知りですね。」

「ココほどではありませんが、シイセ家の庭園の一部も薔薇を扱ってますから今度ご案内しましょう」

「えええっ?い・いいんですかっ???」

「もちろんです。ネルフィアさんさえ宜しければですが」

和やかな会話をしながら休憩所で二人は食事を済ませた。

さっさと片付けて次へと進もうとするネルフィアの腕をハヤツキはくいっと掴んで長椅子に座らせる

「ハ・ハヤツキさん?」

きょとんとするネルフィアの膝にハヤツキは横になった。

「ええと・・・少し休憩させてください」

少し赤くなりつつも、なんとか二人で歩いている時に考えていたセリフを口にする。



”ネルちゃんの前でたまには気さくな姿を見せること!”


お弁当と一緒にティアに手渡された手紙にはそう一言書いてあり、ハヤツキは何をしたらいいのか悩んだ末、膝枕とかなら適度に親密な感じで自分が他の人に見せない気さくな姿なのでは?と思いついたのだ。
料理とかも良いかと考えたが、大事な恋人に怪我をさせるのも困る。
というわけで、ハヤツキは昨日の夜から考えていた膝枕を実行した(笑)

そんな葛藤を知ってか知らずか、ネルフィアは数秒オドオドしていたが、気持ちよさそうに自分の膝の上で目を瞑っているハヤツ

キを見てふわりと柔らかい笑みをこぼした。
普段は自分より大人びているのハヤツキが少しだけ幼く見え、そっとハヤツキの髪を優しく手で梳く。
こうやって一生懸命自分を大事に思ってることを態度で表そうとしてくれているその優しさが嬉しく、触れる度に愛おしさが増し
ている気がする。

1時間ほどそうやって過ごしていただろうか?
ネルフィアはハヤツキの髪を梳きながらその端整な顔立ちを幸せそうに眺めていたその時、ふと目を開けたハヤツキと視線が交差
した。

「・・・っ!!」

「・・・ネルフィアさん・・・」

ゆっくりネルフィアの膝から起きたハヤツキは何か言おうとして、少し赤くなって

「あの、顔洗ってきます。ネルフィアさんはココで待っていてください。」

そう言ってハヤツキは脱兎の如く休憩所の端にあった水道まで向かっていった。
なんのことはない、こういう恋愛のムードに慣れてなくて、どうしたらいいのか悩んだだけの行動だったのだが、もう少し自分を
持ち直すまで、と、ハヤツキは水道で顔を洗いながらこの後をどう進んで行けばいいのか悩んでいた。

「・・・ハヤツキさん、遅いですね・・・」

噎せ返る薫りと一人でいることが少し辛くなってきてネルフィアはハヤツキを探しに行こうと「そこで待っていてください」とい
われた言葉を無視してハヤツキを探しに歩き出した。
地図はハヤツキが持っていて、ここが迷宮と呼ばれていることも忘れたままで・・・。

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★銀&るきな編(2)

「これ、なんのハーブ?」

「ああ、これはカモミールや。お茶にするといいんやで」

「じゃあこれは?」

「これはバジル。スパゲティやサラダにれると美味しいから今度るきなはんに作ってってあげる」

「わぁ・・・あのね、すっごい楽しみにしてるねっ♪」

和やかに二人の時間は過ぎていく。
気がつくと庭園もいろいろな所を巡っていたようだ。
ハーブの温室も1つだけではなく、数種類あってそこを二人は移動しながら摘んで歩いた。


大分籠の中もいっぱいになってきたが、お菓子に使う分とお土産用の分を考えると少し足りないような気がする。

「るきなはん、ボクもう一籠もらってくるからココでまっててな?」

銀はるきながハーブを摘みながら頷くのを確認して温室入り口にある籠売り場まで向かった。
籠の中をいっぱいにしてるきなは銀の帰りを待っていた。
温室の入り口に向かう分には問題ないだろうと思い、先ほど来た道を歩き出した。
途中、まだ入っていない今までの温室より小さな温室をみつけた。

「あたしが沢山別のハーブ摘んでったら、しろがねさん、喜んでくれるかなぁ?」

るきなは小さな声でつぶやくとその温室に入っていった。
その温室の中の草木は地味なものが多く、花の香りも少なくてハーブと呼ぶにも疑問が持たれたが、そこまでハーブに精通してい
るわけでもない彼女にはその違いがわからなかった。

その中で少しだけ目立つ花があった。
他の花とは違い、少し明るく大きめの花を咲かせている香りも雰囲気もバラに似ている花。
違うのはもっと茎が細く、花もバラよりはひとまわりからふたまわり小さいことだった。
るきなは棘を指にささないように慎重にその花を摘んだ。
数本摘んだ後、油断して棘を2・3指と手のひらに刺してしまった。

「ふにゃ!」

るきなは慌てて手を離したが、小さな手のひらにポツ、ポツと小さな血が滲み出た。
それを慌てて口に咥えて止血する。

「もう!このお花じゃないやつ探そっと」

その場を離れ別の花を物色しているとき、事件は起きた。
クラリ・・・と眩暈のようなものを感じ、るきなはその場にしゃがみこんだ。

「あれ・・・?なんかくらくらする・・・ふに・・・しろがねさ・・・」

視界に手をやろうとしたが、るきなの意識はそこで途絶えた。

銀が籠を受け取って戻ってくると小さな彼女は側におらず、近くを探していると一回り小さいまだ入っていなかった温室を見つけ
た。
そこかと検討をつけて探してみると、るきなが温室の一角で倒れているのを発見した。

「るきなはん!」

慌てて銀は駆け寄りるきなを抱き起こした。

「ん・・・」

小さな声をあげるけれど、るきなは目を覚まさない。
そして触れている体が普段より熱を帯びている感じがし、慌てて籠をその場に置いたまま、銀はるきなを抱えて入り口にいる案内人の元へ向かった。

「もしかして医療用の温室に入られたのでしょうか?」

医療室へ移動し、るきなをベットに寝かせた後、案内人が銀に問いただした。
彼女がいた場所が小さな温室だというと、案内人は頷きながら、そこが医療用の温室で毒草を扱う場所だと答えた。
そして案内人はるきなの病状を見て、彼女の小さな手にある刺し傷から何が原因かを突き止めた。

「これは・・・カラクレマリスですね。バラに似たかわいい花をつけるのですが、棘に毒があるんです。ただ、この毒を薄めて使
うと血液障害の方の血液をサラサラにする効果があるんです。ただ、棘から出た原液そのままで利用すると意識が低迷し、熱と昏
睡が続き、放っておくと死に至る事もあります。一応研究用にですからあの温室の出入り禁止の札をつけてたはずですが、昨日の
強風で飛んでしまっていたのでしょうか・・・」

死に至る・・・その言葉を聞いて銀はぞっとした。
自分は大事なこの彼女を失ったら生きていれるだろうか?

「対処法は何かないんですか?」

「あります。これを中和する薬草があの温室の中にあるんですが、あの温室の管理者が数日出かけていて今日ここにいるものたちではわからないんです・・・ですが急がないと彼女さんの体も・・・」

「じゃあ、すいません、連絡を取るか調べるかして中和する薬草を見つけておいてください。ボクは温室にいって草木についてる
案内文読み漁って何かヒントはないか見つけてみますから」

銀はそういうと先ほど入った小さな温室へ大急ぎで向かっていた。


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★ハヤツキ&ネルフィア編(3)

噎せ返る薫りと似たような薔薇の道にすっかりネルフィアは迷子になっていた。
何度も何度も薔薇の道を彷徨い、疲れてその場にぺたんと座り込む。
遠くから寄せてくる風の音が一人でいる心に染み込む。

“ネル、私今度見合いするんだ。素敵な相手だと嬉しいがそう上手くいくかが問題だな”

もういない過去からの声が聞こえる。

“何で殺したかって?俺がアイツが少し可愛いから付きあってやっただけなのに、あいつは結婚はいつしてくれるんだ?ってばっ
か聞いてくるからさ。体の付き合いができた=結婚なんて考え古いよな”

私が殺したあの人の声・・・。
大事な大事な親友のカレン。ぶっきらぼうだけど、とても愛情に溢れていた優しい子だったのに・・・。

“・・・何故俺が殺され・・・・”

気がついたら血まみれになったあの人と自分がいた。
今でも時々フラッシュバックする過去の一番つらい記憶。
忘れていたはずなのに、忘れようとしていたはずなのに、時々こういう一人の時に思い出してしまう闇の部分・・・。

「・・・ねがい・・・もぅ、忘れたい・・・・っ」

両手をついて座り込んだ地面を瞳から落ちた雫が濡らしていく。

“・・・かないで、いかないで、銀兄様!行くなら私もっ・・・!”

従兄弟が冒険者になる前に自分も連れてって欲しいといったのに・・・。
銀だけではない。知り合いはどんどん冒険に行ってしまった・・・自分を置いて・・・。

「・・・っ・・・ふっ・・・」

涙が後から後からこぼれてきた。
また、今もハヤツキは自分を置いてどこかへ行くのだろうか?
誰にしろ、自分の前からいなくなることに今度はもう耐えられそうにない。
その時、

「ネルフィアさんっ!やっと見つけました!」

背後からガサゴソと音がしてハヤツキが自分に向かって駆け寄ってきた。
少し片足をひきずるように、そしてそれでも一番早く自分に向かってこようと一生懸命に。

〜足!ハヤツキさん少し具合が悪いのに!〜

ここまで探しにくるのにも大分歩かせてしまったはず。
少しバランスを崩して歩くハヤツキにネルフィアは慌てて立ち上がり、すばやく駆け寄って抱きつく。

「良かった・・・っ・・・心配したんですよ」

「ハヤツキさん!足!!大丈夫なんですか?」

「平気です、それよりネルフィアさん、怪我などはしてませんね?・・・良かった・・・」

ハヤツキの腕が柔らかく、そして優しくネルフィアを包む。
その優しさと探しに来てくれる人がいるということが体の安心感より心の安心感へ繋がり、先ほどとは違う意味で涙が溢れた。

「ああ、泣かないでください〜」

ハヤツキは少し慌ててハンカチでそっとネルフィアの涙を拭っていたが、少し躊躇った後そっと涙を舌で拭う。
驚いて顔を見上げたネルフィアにそのまま優しく温かい口付けをする。
最初はどう対応していいかわからなかったが、どんどん自分の中で愛しい存在になる彼女を少しでも愛してるとわかるよう、今の

自分ができる最大限の行動で示す為に。

優しい唇の感触にネルフィアの瞳から出ていた涙も止まった。
奥手なハヤツキがこれだけ行動するのに、どれだけ勇気を出したか・・・
それを考えるとネルフィアは嬉しかった。自分の為にこれだけ動いてくれた恋人に感謝していた。

〜ハヤツキさんが側にいてくれるなら、きっと辛い過去も忘れられる〜

こうやって幸せな時間が増えればきっと・・・。
長いような短いような口づけを終え、ハヤツキははにかんだ笑顔をネルフィアに向けた。

「そろそろ帰りましょうか?銀達も出口の所で待ってるでしょうし」

その言葉に頷き、また二人は手を繋いでバラの迷宮を歩き出した。
帰り道はほとんど会話がなかったが二人とも言葉などいらなかった。

繋いだ手の温もりを感じながら二人は出口で銀とるきなを待っていた。


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★銀&るきな編(3)

倒れたるきなを発見してから1時間程になる。
銀は温室で薬草を探しに来たが、しかし、これといったヒントも見つからないまま時間だけが過ぎていた。

「これも違う・・・・これも・・・どうしたらええんや・・・」

無意識に胸元にいれた小さな鈴を握っていた。



リン・・・


何もしていないのに鈴がなった気がした。

「・・・伽夜はんの鈴・・・?」

自分の持ってるのではない、しかし同じような鈴の音がどこからか聞こえる。


リン・・・


聞き間違いではないようだ。銀は自分の鈴を握り締めながら鈴の音がするほうを探した。


リン・・・・リン・・・・


音はどんどん近くなる。



リン、リン、リン・・・リン!



地味なよもぎに似た葉のある所でその鈴の音は何度か響いて消えた。


〜伽夜はんはこの鈴が二人を守るいうてくれた。もしかしたら・・・〜


銀はそのよもぎに似た葉をかき集め、るきなが休む医療室へ向かった。


「ああ、丁度いい所に!今資料が見つかったんです。」

案内人がほっとした顔で銀の目の前で中和剤になる薬草の資料を開いた。
そこには先ほど摘んだよもぎににた葉が載っていた。


「この草をせんじて飲ませると一応中和されるようです。早く見つけにいきましょう」

「いや、それなら今もってきたんですわ」

銀は両手でつかめるだけその薬草を持っていた。

「え?どうしてわかったんですか?」

不思議そうに問いかける案内人に銀は


「そんなことはいいから、早くコレ煎じてください!」

と薬草を押し付けた。

煎じた薬をもらって銀はるきなを抱き起こた。
口元へコップに入った薬を流し込むようにするが、それはとても苦いらしく、少し含んだだけでるきなは口を閉ざしてしまった。

「るきなはん、おねがいだからコレ飲んで」

「ん〜・・・」

意識が朦朧としていながらもるきなは拒否反応を示す。
抱きかかえてる彼女の体の熱さに銀はもどかしさと病状の悪化を恐れ、コップに入れた煎じ薬を自分の口に含んだ。
躊躇う間もなく、抱きかかえたるきなの口へ口移しで薬を飲ます。

「ふ・・・んっ・・・」

嫌がりながらもるきなはしぶしぶ薬を飲み込み、そのままゆっくり眠りに落ちた。

30分程すると、るきなが目を覚ました。
ベットの上でぼうっとしているるきなに銀は優しく声をかけた。

「るきなはん・・・大丈夫?具合わるぅない?」

優しく髪を撫でられながらるきなは自分が何故ここにいるのか思い出していた

「あれ?あたし温室にいたのに・・・?しろがねさん?泣いてるの?」

るきなに言われて銀は初めて自分が泣いている事に気づいた。
それを見て慌ててるきなが起き上がる

「あかんよ!急に起きたら・・・」

「だって、しろがねさんが・・・あたしが何かしちゃったんだよね?ごめんね。泣かないで」

るきなの小さな手が濡れた頬をぬぐっていく。
側にいた案内人がるきなが毒草に触れて倒れたこと、そして銀がその中和剤になる薬草を一生懸命探したこと、そして目覚めるま
でずっと手を握ってるきなを見ていたことを話した。

「しろがねさん・・ごめんね・・・もう泣かないで?」

るきなは銀の首筋にかじりつくように抱きついて銀の頭を撫でた。
そうやって触れていれば自分の彼氏の痛みが取り除けるとでもいうように。
自分は大事なものを失わずに済んだ、銀はるきなに抱きしめられながら、なくさないように、しっかりと小さな体の感触を両手で
、そして全身で受け止める。

「ほんまに・・・よかった・・・」

銀はそっとるきなの頬に触れ、優しくキスをした。
大事なものの感触を確かめるように、今のこの安心感が現実のものであると実感するように自分が納得できるまで長い時間をかけ
て優しい口付けは続いていた。

唇を離すと今日は真っ赤にはならず、いつもより大人びた視線でるきなは銀を見ていた。

「しろがねさん、大好きだよ」

花が開くような微笑をしてるきなは銀に抱きついた。
るきなにとっても、銀にとっても大事なものを教えてもらった一日となった。

「大分遅くなっちゃったけど、ハヤツキさんたち待っててくれるかなあ?」

「どうやろう?でも二人なら待っててくれるんちゃう?」

まだふらつく彼女をおんぶしながら銀はるきなに話しかけた。

「お土産、明日取りにくることになっちゃうね。しろがねさん、ごめんね」

「いいんや、明日もまたデートできるんやから」

穏やかな会話をする二人の前に見慣れたハヤツキとネルフィアの姿が見えた。
4人は来た時と同じように再度合流すると、今日の楽しかった話をしつつ、銀とほたるの工房兼自宅へとゆっくり向かい始めた。

そんな四人に分け隔てなく夕焼けが今日の一日の終わりが近いこと示しながら柔らかい日差しを与えていた。
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[20] マギカ学園-教頭と応援団長編
ティア - 2008年02月01日 (金) 13時48分

いつからだろうか?
早朝の応援団の朝練で団員の誰よりも早く学園にたどり着いたロートスは最近良く見る光景を見ていた。

それは教頭の伽夜が礼拝堂の入り口前でじっと扉を見つめている姿。
それは30分ほど続き、そしてその後礼拝堂には入らずに来た道を戻る寂しげな姿。今日もまた彼女は扉を見つめたまま立っていた。
声をかけようかと思いつつ、毎回その機会を逃していたが、今日こそ話かけてみよう。

「伽夜先生、入らないのですか?」

そう声をかけると伽夜は肩をびくっと震えさせてロートスを見た。

「あ、ロートスくん。あの・・・」

そう言ったきり、それでも扉を開けようともしない伽夜を押し入れるようにロートスは礼拝堂の中に引き入れた。
伽夜は初めてみるように、入ったばかりの室内を食い入るように見ていた。

「あれ?教頭先生の伽夜先生が初めて入った・・・なんてことないですよね?」

ロートスはいかぶしげに尋ねた。
その問いに伽夜は頬を染めて実は初めてなんです、と答えた。

「なんとなく礼拝堂って神聖な場所って感じがして入れなくて・・・でも、今日こうやって入れて、今度からは一人でも入れそうな気がします。ありがとうございます。」

にこりと微笑んで伽夜はお先に、と一言言うと礼拝堂から出て行った。

*******************************

初めて礼拝堂に入ったのは3ヶ月前だった。
扉の前から先に進めず、立ちすくんでいた私を扉の中へ招き入れてくれたのは一人の生徒だった。
応援団長をしている三年のロートスくん。
体育祭に向けて応援団は少し前から早朝練習の時間を早めていたみたい。
だから普通なら生徒がいないからと私が安心していた時間に彼が学校にいたようだ。

初めて入った礼拝堂はステンドグラスが沢山使われ、壁は美しい宗教画で彩られていた。
まるで、そこにいるだけで自分の罪が許されるような場所。
美しい贖罪の場所。

私は過去あまり人に言えないようなことをして過ごしてきた。
だから、礼拝堂という神聖な場所へ入っていいのか戸惑っていた。
何度も入りたくて足を運んだけど入れなかった。
その戸惑いを何の苦もなく破ってくれた人。
あの礼拝堂の扉を開いてもらったときから私はロートスくんを気にしだしていたのかもしれない・・・。

神様、こんな罪深い私でも人を好きになることは許されるのでしょうか?

気がつくと私は礼拝堂に掲げられた神像に懺悔を請っていた。


*******************************
「サン・サン・ナナビョーシ、ハジメ!」

大きなロートスくんの声と3・3・7の拍子で吹かれるホイッスルと太鼓の音がする。
昨日、久しぶりに昔の断りきれない仕事をしてきてしまった。
こうやって学校に平然とした顔で登校してきているだけでも私はかなり罪深い人間なのではないかと思ってしまう。
日課にしている礼拝堂に足を入れてから、それを思い出し、戸惑いが生じる。
過去の罪悪だけではなく、昨日犯した大罪を思うと、この場にいていいのだろうかと思う気持ち、それでも許しを請いたいと願う気持ち。
二つの気持ちが交差して揺れる。

私は・・・
私は・・・・・・。

そのとき、扉が開いた。
まぶしい日差しとともに見えたのは見覚えのあるマゼンダピンクの髪の毛。
くらり、と視界が歪む。
日差しが逆光になり、ロートスくんのシルエットが輝いて見えた。
そのシルエットが不意に私のほうへ駆け寄ってきている。

「・・・ごめんなさ・・・」

何故かロートスくんに向かってそう呟いていた。
いろんな戸惑いや交差する感情の激しさについていけず、彼が私の腕を掴んだ時には私の意識は消えていた。

*******************************

誰かが優しく髪を梳いている。
目を開くと保健室に寝ていた。
傍らにはロートスくんが見える。

「私・・・・?」

「伽夜先生、礼拝堂で倒れたの、覚えてますか?」

優しい声でロートスくんが教えてくれた。

「ごめんなさい、迷惑かけたみたいで・・・」

体を起こそうとする私を彼は少し厳しい表情で諫めた。

「もう少し寝ていないとダメです。」
「私・・・もう礼拝堂に入れない・・・」

彼の声とかぶさるように話す自分の声が聞こえる。

「私は・・・とても罪深い人間なんです。だから・・・神聖な場所で許しを請えるような人間じゃない・・・」

話ながら溢れる涙を止めることは出来なかった。

「私は・・・」

震える声で話す私の唇を優しい指がふさいだ。

「先生、どんな罪深い人だって改心することができるし、そうやって改心していくことによって許されることもあります。ましてや、そうしないと何も変わらない。」

「だから、先生も大丈夫、ちゃんとやり直すことだってできる。救いを得ることもできると思います」

ロートスくんのその言葉を聞いたときこそ、私は救われた気がした。

「ありがとう・・・ございます。」

私は泣きながら彼に感謝の意を伝えた。
上手く言えなかったけど、なんとなく彼には伝わった気がする。

少しだけ心に光が見えた気がした。
小さな光だけど、暗闇に見える一筋の光が。

ここまで泣き顔や恥ずかしい姿を見せてしまったのだから、と泣き止んだ私は火照る頬を自覚しながら目の前の生徒にもう1つだけ、我侭を言うことにした。

「あの・・・」

ロートスくんの学ランの裾をつかんで私は深呼吸をした。

「もう少し・・・私が眠るまで・・・ここにいてくれませんか?」

その問いに柔らかい笑顔と声が降り注いだ。

「もちろん、貴女が落ち着くまで側にいますよ」

と・・・。

[21] 永遠と死
ティア - 2008年02月02日 (土) 19時15分

伽夜は解呪に使用できうる唯一の剣についての記述を読んだ。
それは自分にとっては辛い選択になる内容が書いてあった。
細かい内容は他にもあるが、だいたいの内容はこんな感じであった。

「この剣は100年に一度人間の生気を奪う。
その時期までは神殿の一角に深く突き刺さり、抜こうにも抜くことすらできない。
ただし、気をつけるべき点は、100年に1度、数日間だけ剣を神殿から取り出すことができるという点だ。
その時期こそ、魔剣の能力が発動する時期でもある。
ただし、この魔剣が抜ける時期には、魔剣を作成した神が造りたもうたガーディアンが現れる。
ガーティアンの守護により、魔剣を抜くことは困難である。
また、ガーディアンを倒せたとしても、神殿内で利用しない限り、剣の効力は発動しない。

このことからも、研究者の間では何故この剣が100年に一度、数日しか効力がないのか、そして何故神殿内でしか効力がない剣なのか、更に何故その効力が生気を吸うというものなのか・・・それについて研究は進められたが、その答えを知ることができたものは未だにいないのだ」

伽夜は深く溜息をつく。

この内容をそのままロートスに伝えることはできない。
そうすれば彼はきっと別の方法を探すか、そんなこと出来ないということがわかるからだ。
けれど、どんなに文献を探しても、多分これ以上有力な望みのある解呪方法はないだろう。
しかし、生気を奪われてばもちろん自分はその場で命が尽きるだろう。
自分は滅びるしか、不老不死から逃れることはできない・・・。
生きたまま、また永遠をさまようか、このまま魔剣に命を吸わせるか・・・。
しかも魔剣の発動する100年目が丁度今年。
そしてその発動期間まで半年あるかないか・・・。
これを逃したら100年後まで選択をまた待たなければならない。
しかし、100年後には確実にロートスはいないだろう。
自分は一人で魔剣のガーディアンを倒せる気力を保っていられるだろうか?
ロートスのいない世界で、次の100年後まで魔剣に命を渡しても良いという考えを持ち続けていられるだろうか?


多分ムリだろう。
彼の存在がなければ、きっとガーディアンを倒す意思も、自分の生を終わらせようと強い意志を持ち続けていることもできないだろう・・・。
この歪んだ永遠から解放されたいと思うのも、彼の生き様を見ていれるからなのに・・・。

どうしよう・・・。

剣を手に入れるまで・・・それまでは詳細については私の胸だけに秘めておこう。
そう思いながら伽夜は古文書を静かに閉じた。

[22] 那咤倶伐羅-その後1
ティア - 2008年02月02日 (土) 19時18分

気がついたときは自分の寝室だった。
覚えているのはるきなに結晶を渡した所まで。
でも、ちゃんと渡すのを確認するまでは意識を保っていたはず。

数日の旅の間、ずっと一人でモンスター達と戦っていた。
それ自体はそんなに対したことではなかった。
結晶を守っていたものから、なんとかそれをもぎとった時には、もうるきなの術を行う日の前日になっていた。

小さな手のひらに包み込める多角形の結晶。
これはあまり知られていないけれど、持つものの能力を高めてくれる。
ただ、結晶が持つ力にも限界がある。
私はその限界能力を上げる方法を知っていた。
巫女になりたての頃の私に巫女長がくれたことがあるから。

「伽夜、あんたは聡い子だが、人間には限界がある。それを知り、逆に利用できるようにならないと力に溺れる人間になるよ」

ただ、ひたすらに力を使うこと、そしてなじむ事だけをしていた私に優しく諭してくれた人だった。
村の祭りの前日、奉納舞を練習していた私に巫女長はそれをくれた。
そしてこの結晶の使い方とあまり知られていない能力について教えてくれた。

「いいかい、この結晶は持つものの力を引き出してくれる。だが、石が持つ力で引き出すもの以上はだせない。だがね、この石は力を蓄えることもできるんだよ。あたしたちみたいな神聖魔法を持つものの力を注ぎ込んでやれば、この石の力は更に上がる。だからより高い能力を使うことができる。ただし、石に力を与えるということは、自分の命を削るようなものだから、滅多にやってはいけないよ。そしてこの石の秘密はあまり他言してはいけない。巫女や神聖魔法を使うものたちに悪さをするものも出てきてしまうからね」

そう言い、巫女長自らが力を加えてくれた結晶を私にくれた。
最初の舞の儀式が失敗しないように、と。

そんな事を思い出しながら結晶を片手に私は慣れない馬に乗り、急いでみんなの元へ向かった。
せっかく見つけても明日までに戻らなければ意味がない。
結晶に力を送りながらの乗馬は思いのほか、体力を削られた。
力を送ることを優先にしていたので、何度も落馬もした。
でも、その甲斐があり、真夜中には懐かしい家にたどりついた。
そう、そしてるきなにそれを手渡して・・・。
ちゃんと手渡せたのだ・・・。
私は天井を見上げていた瞳を閉じた。

あの剣は結晶などなくても、あの人の思いとるきなの力だけでも大丈夫だったかもしれない。
でも・・・。
何かしたかった。
私ができることを何かしたくて・・・。

疲れた。
今は何も考えたくない。
もう少し、落ち着くまでは。
戦う時間まではもう少しこのままで・・・。

気がつくと、意識はまた薄れていた。

[23] 那咤倶伐羅-その後2
ティア - 2008年02月02日 (土) 19時20分

薄ぼんやりする視界の中、マゼンダピンクの髪が見える。
ああ・・・
あの人の名前を呼ぼうとしたけれど、その側にある複数の影を確認し、私は言葉を飲み込んだ。
ティアとるきなが一緒にいるのね・・・。
私は体を起こそうとした。

とたんにロートスさんが慌てて私の肩を押さえつけた。

「何してるんですか!まだ起きてはいけませんよ。今の姿がどれだけひどいか、わかってないでしょう?何したらこんなに傷だらけになるんですか!本当に貴女は・・・俺らがいないところで無理しないでください」

「そうだよ、伽夜ちゃん、あたしたちかなり心配してたんだからねぇ!」

「うんうん。ティアちゃんなんて、伽夜ちゃんが起きたら何食べさせたらいいかって、ご飯いっぱいつくったんだよぉ♪」

「あっ!るきちゃん!それは言わないでっていったのに!」

にぎやかな雰囲気、ここに戻ってこれた安心もあり、私はベットの中からくすりと微笑んだ。
そういえば、ティアの様子がいつもより明るく感じる。
なんていうんだろう、何が違うかといわれると答えることは出来ないけれど、その違いが私には見えた気がした。

「ティア、良かったわね・・・」

つい、呟いた言葉にティアが驚いたように目を見開いた。
でも、その少し後に納得したように、少し照れ笑いをした。
この子には珍しく、照れた笑い。

「・・・そか、伽夜ちゃんにはわかったんだ?あのね・・・あたしある人と付き合う事になったんだ。伽夜ちゃんにも紹介するから今度一緒に出かけてね」

ある人・・・それだけは私にもわからなかった。
ティアは自由奔放でいながら、誰も求めていなかったし、誰かを求めようにも、誰を求めればいいのか悩んでいた。
でも、その誰かがこんなに早く見つかるとは思えなかった。
そして悩んでる彼女を知っていても、私ではどうすることもできないのならば、見ないフリをしていることが一番だと思っていたから。

でも・・・人目を気にせず好きなの・・・と呟くティアはとても可愛かった。
そして、私には羨ましくも見えた。
私にはいえない言葉。
持てないもの。
それをあっさりと彼女は手に入れていた。
けれど、ティアには今のまま幸せになって欲しい。
私のような恋愛をして欲しくはない。
この子は、この子達はなるべく辛い恋じゃない恋愛を味わって欲しいから。
私は毛布の中で、そっとお守り袋を握りながら、また瞳を閉じた。
今の自分の想いが誰にも気づかれないように・・・と。

[24] 那咤倶伐羅-その後3
ティア - 2008年02月02日 (土) 19時22分

月を、見ていた。
窓辺から見える薄い三日月。
カーテンと窓を開けたままなので、淡い光が電気を消した部屋を優しく包む。
そよそよと吹く風を感じながら伽夜は月を眺め続けた。

今頃ロートスさんの家でお祝いが行われているはず。
私もお祝いしたかったけれど、今の姿を見せれば集まった皆さんに逆に気を使わせてしまう。
それにさすがに今は他の人を持て成してあげたり、気を使ってあげれる事ができない。
ふらつかないように、気を失わないようにしているのがやっとの状態だから。

結晶へ力を注ぎ込むことが不老不死の体でさえこんなにも辛くなるものだとは思わなかった。
けれど、お見舞いに来てくれたあの人の腰に下がっていたあの剣を見て、そしてあの人の嬉しそうな姿を見て、自分がした事がどんなに些細なことでも、あの人の、あの剣の役に立てたことが嬉しかった。

そう思っている筈なのに。
何故今こんなに切ない気持ちを持ってしまうのだろう。
何故、こんなに辛いと思ってしまう気持ちがあるのだろう。
自分の気持ちも行動の全てに後悔してるわけでもないのに。
迷っているわけでもないのに。

枕に頬を埋める。
ツッ・・・と頬の一部が痛む。
落馬したときに出来た傷。
別に容姿を気にしているわけじゃないから傷なんていくら出来てもいい。
でも、あの人がきっと気にしてしまう。
この傷は自分のせいだ、と。

だから、早く治さないと。
体調も、体の傷跡も。
きっとこんな考えをしてしまうのも、体が弱っているからだろう。
回復すれば、きっとこんな気持ちは忘れられるはず。
だから
そのためにも、今は休もう。
月が見守っていてくれているうちに。

[25] 那咤倶伐羅-その後4
ティア - 2008年02月02日 (土) 19時24分

何度も笑顔を向けながら、でも、申し訳なさそうに、大丈夫ですか?
とあの人が聞く。

私は答えに迷い、視線を伏せたまま、はい、とだけ答える。
どういう状態とも、どういう心境だとも答えることができないまま。

優しい人だから、傷が癒えるまで毎日見舞いに来る気でいるのが見なくても気配でわかる。
その事が私の胸を痛ませた。
こうやってこの人を縛り付けるつもりはないのに、何故いつもこの人を束縛するようなことしかできないのだろう?
伏せた睫毛が軽く震えるのがわかる。
泣いてはだめ。
更に・・・ロートスさんを縛り付けてしまう。

疲れたので、そろそろ寝ます、と、無理やりあの人を追い返した。
こんな演技、見破られているだろうけれど、それ以上言う言葉を見つけれなくて、慈しんでくれる視線に耐えられなくて・・・・。

窓からあの人が帰るのを見送った。
影が見えなくなるまで、ずっと。
涙で視界がゆらいでいても、それすら気にせずにずっと見ていた。

影が消えた後、私は一枚の手紙を書いた。
”少し療養してきます。今度は怪我をする場所もないし、養生するだけなので心配しないでください”
その手紙を机に置くと、私は何も持たずに部屋を抜け出した。
どこへ療養へ行くとも、いつ戻るとも書かなかった。
ほんの少しの安堵が心に広がる。
でも、これであの人は追いかけてこれない。
私の居場所がわからないのだから。そして居場所は今から考えるのだから。

だから、私が戻るまであの人を束縛するものは何もない。

馬にも乗れず、歩いていることもできず、途中で車を拾い、少し遠い場所で海が見える町へ、と運転手に声をかけて薄らぐ意識と格闘していた。
車は町からどんどん遠のいていく。
こうすることでしか、あの人の束縛を取れない自分が少し切なかった。
体はどんどんあの人のいる場所から遠のいているのに、逃げることができるのに、心だけは体がどんなに遠くに移動しても、あの人から逃げ切ることなどできなかった。
それだけは魂の奥深くに刻まれてしまっていたから。

この愛しさと切なさだけは消すことが出来ないまま、気がつくと私は今から向かう所はどこなのだろうと、ぼんやりそんな事を考えていた。


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何日経ったのだろう?
月明かりも見えないような晩、あの人と初めて出会った湖に来ていた。

湖のふちにある平たい石に上半身をもたれかけ、片手を水の中につける。
ひんやりとした冷たさが心地よい。

そろそろ家に戻らないといけない
頭ではわかっているのに、足が動かず、ついここに来てしまっていた。

この湖は到達するまでの道筋が結構見つけにくいので滅多に人がいることがない。
だからこそ、あの人がここで音楽を弾いていたのを見つけた時にはどれだけ驚いたことか・・・。
そして、あの時から私の運命は大きく変わった気がする。

それが自分の破滅を示すような運命だとしても、私は多分同じ運命を欲しがってしまうだろう。
こんなにも、あの人が愛しいと思う気持ちを失いたくないと願ってしまうのと同じように。

あの人のことを思い出すだけで、こんなにも胸が震える。
優しい瞳、明るい笑顔、全てを見透かすような綺麗な瞳、いつも身にまとっているパドミン香の淡い香り。

こんなに恋焦がれているのに、何故私はあの人から逃げてしまう時があるんだろう?
多分、あのまっすぐな瞳と意志の前に、自分の弱さや汚い部分を隠したいからなのかもしれない。
そんな事、無理なのに、あの人はこんな私にだって気づいてしまっている筈なのに。

でも、行動せずにいられない自分がいた。
こういうとき、不老不死の体が恨めしく思う。
体を切り刻もうと、心臓を貫こうと生を止める事ができない自分。
迷いながら、闇を抱えながら生きるしか出来ない自分。
逃げ込める場所さえほとんど持ってない自分・・・。




私にとっての楽園は遠い。
今はまだ・・・・。

もう少ししたら家に帰ろう。
もう少し強い気持ちを持ってから。
水面を見つめながら、そう思って過ごしていた。

[26] melty love
ティア - 2008年02月04日 (月) 22時34分

「いつから、こんなに好きだったんだろう・・・。」

小さな呟きと共に伽夜はロートスを気にしだした時期は何時だったのか思い出そうとした。


二人が出会ってからもう半年になる。
ロートスの家には良く人が集まるので、伽夜も遊びに行っているうちに、いつの間にか彼を補佐し、もてなしの手伝いを請け負えるほど親しい間柄になっていた。
最初はなんとなく、どんな人なのだろうと気になっていた彼を異性として意識しはじめたのも、思い出してみればこの家の中でだった。

〜・・・そう、あれは1月前のお客様が皆いなくなった、あの時からかもしれない・・・〜

前日の昼から延々あったお客がふと誰もいなくなり、その日は珍しく次の客が来るまで2時間ほどの時間があった。
次の客を迎える準備の為、伽夜は食器の片付け、ロートスは部屋の掃除をしていた。
その日のその時間ことを伽夜は詳しく思い出していた。

〜そして一段落したときに、ソファーに寝ているあの人を見たんだわ。また少し後にお客様もいらっしゃるし、少しでも仮眠を取ってもらおうと思って毛布をかけた時、寝ているあの人の姿を見て”少しでも私にできることをしてあげたい・・・”と思った。その時にあの人が何か呟いていて、何を呟いたのかと思って・・・〜

伽夜は自分がその後したこともハッキリ思い出していた。

〜寝顔を見ているうちに、あの人の唇に触れたくて指でつい触れてしまって・・・〜

伽夜はかがんでロートスの唇をそっと指でなぞっていた。
指先に触れる温かく、柔らかい感触は伽夜にとって初めての感触だった。
人差し指の先にある未知の温かさ・・・
気がつくと伽夜はぬくもりと感触の残るその指をそっと自分の唇に押し当てていた。

〜私・・・。この人のことが好きなんだ・・・〜

その時初めて伽夜は自分の気持ちを強く意識した。
しかし、彼の気持ちが自分にだけ向かない事も側で見ていて知っていた。

〜多分、この人が私だけを好きになってくれることはない。でも、今はこの人のそばにいたい。例えどんな結果が待っていようとも、この人が少しでも必要としてくれるのならば、それだけで充分・・・充分幸せだから・・・〜

伽夜には予知めいたことができる。
毎回できるわけではないが、それは巫女としての資質が消えていないからか、昔から伽夜が持っていた能力の1つだ。
その資質がロートスとの今後は波乱が待ち受けていること、また未来がいくつにも別れているが、二人だけで幸福な未来を迎える事はほとんど不可能なことを感じさせていた。

〜それでもいい。今の二人だけのこの時間、この瞬間はきっと一生忘れないから〜

そう思いながら伽夜はまた台所に向かったのだ。
お客の準備をするために。そして今の自分をロートスに見られないために・・・。

[28] 七夕
ティア - 2008年02月04日 (月) 22時50分

伽夜に柚子が呼び出されたのは少し調子を崩した七夕の晩だった。
そこは伽夜がよくくる古木の桜の木がある渓谷だった。
川の水の流れる綺麗な音だけが周辺に響いていた。

「あの・・・・こんばんは」

ふわりと優しい微笑を浮かべ、伽夜はどこから話せばいいのか悩みながら柚子に声をかけた。

「こんばんは〜♪伽夜さんからお誘いって嬉しいけど、ちょっとびっくりしちゃいました。今日は他の人たちは誰もいないんです
ね?」

にこにこと微笑みながら柚子は伽夜に声をかけた。
実際この人物とこうやって二人で会話することは滅多になく、何故自分だけが呼び出されたのか皆目検討もつかないところだった


伽夜は少し考えた後、一度瞼を閉じてから柚子に再度声をかける。

「お兄さんに・・・会いたくありませんか?」

その一言で柚子の表情が一変する。
にこにこした笑顔から少し切ないような驚愕の表情へ・・・。

「お兄さんに会いたくないですか?柚子さん」

繰り返して伽夜は尋ねる。
そして何故こんなことを言い出したのかということを説明しだした。

伽夜は元巫女だ。
だから巫女としての能力のほとんどは消えないまま不老不死になっている。そして年齢を重ねるにつれ、大きくなる能力と消えて
いく能力があって、その大きくなった能力の一つに、年に一度だけ、そして一人だけ半日程度条件が会えば死者と対面する場所を
作れるようになったという。

ただ、条件はかなり重ならなくてはならず、対面するにふさわしい場所があること、また対面を願うだけ強い気持ちを持つ相手が
いること、そして伽夜の能力が発揮できる条件があること・・・これが揃ってやっとできることだというが、柚子の強い願いがあ
り、そして七夕という皆が願いをかけやすい今日は霊力の強い場所ならば死者との対面が叶う・・・それで柚子を此処に誘ったの
だという。

「え・・・?おにいちゃ・・・?」

少し戸惑った柚子は伽夜の言葉を飲み込むのに時間がかかっていた。
しかし、その言葉の意味することが理解できると、伽夜の両腕を掴んで強く揺さぶった。

「お兄ちゃんに会えるの……?でも、お兄ちゃん、死んじゃったんだよ…?お兄ちゃんはもういないのに……ほんとに会えるの…
?」

いつもより少し幼くなった口調で真剣に伽夜にすがる柚子に伽夜はこくんと小さく頷いた。

「お兄ちゃんに会えるならなんだってする!死んだっていいの!お願い、会わせて!!」

柚子は今にも泣きそうな必死な表情で伽夜に懇願した。

〜お兄ちゃん・・・もう一度だけでも・・・会いたい!ずっと、ずっと願ってた。そのためなら悪魔と契約したって、誰を殺して
生贄にしたっていいって思うくらい、ずっと・・・ずっと・・・!!!〜

それが叶うという。

「貴女の強い願いがあるなら・・・会えるでしょう。ただし、これからを強く生きれるよう、もう会えない人と会わせてあげるの
です。それを忘れないでくださいね?」

話している伽夜も少し辛そうな顔をして柚子にそう伝えた。

「お兄ちゃんに会えるなら、ゆず、なんだってするから・・・っ」

柚子のその言葉を聞くと、伽夜はゆっくり舞うような仕草をしながら呪文を唱えた。
少しすると桜の古木の下がうっすら輝き始め、それはどんどん人物へと姿を変えた。
その人型が水瀬鴻平、その人の姿に代わるのにそう永い時間はかからなかった。
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「この鈴の音が聞こえたら対面時間は終わりになりますから・・・」

それだけ柚子に言うと伽夜はその場を離れていった。


それは懐かしい姿だった。
従兄弟のファイベルと似ているが、それよりもう少し体型がしっかりとしているし、たまに強い意志を感じる黒曜石のような瞳。
そして自分を呼ぶ少しだけ低く、甘く優しい声・・・。

「ゆず・・・?」

少し驚いたような、そして自分を見るときいつもする鴻平の優しい表情。
会えなくなる前と同じその態度と言葉に柚子は鴻平に走りよって抱きついた。

「お兄ちゃん!おにいちゃん!!」

死者だというのに、生きていた時と同じ暖かさや香りまでする。
柚子はその大きな胸に抱きついたまま何も言えず泣いていた。
誰よりも何よりも大きな存在だった兄、それが今数時間とはいえ、また自分の側にある。

鴻平は生きていた時よくしていたように柚子の髪をほどき、片手で梳きながらもう片手で柚子をぎゅっと抱きしめた。

「ゆず、大きくなって、綺麗になったな」

何度か髪を梳き、柚子の顔を両手ではさみながらその成長した姿を眺めて微笑んだ。
少し泣き止んでから柚子は伽夜が数時間だけ死者を会えるようにしてくれたこと、その詳細などを伝えた。

「そっか、その友人さんには感謝だね。時間は限られてるけど、ゆずにもう一度会えた。お兄ちゃんはそれだけでも嬉しいよ。」

巨木にもたれかけて座り、その膝に柚子を乗せながら鴻平は話しかけた。
今はどうしているのか?ちゃんと朝は起きれるのか?ファイベルとはケンカしないでいるのか・・・
鴻平がいなくなるまでずっとあった日常と同じものがそこには再現されていた。
甘えん坊な柚子、低血圧でボーっとして従兄弟に叱られている柚子、泣きたい時は自分がいなくなった後は一人で夜泣いている柚

子、友人の前ではある程度しっかりしてる振りをしている柚子・・・。

「成長して綺麗になっても中身はあの時から変わってないんだな」

鴻平にはそれが少し嬉しくもあり、切なくもあった。
このまま大切な妹は甘えるより周りの友人に甘えられて過ごしていくのだろうか?
自分が辛いとき、誰にもいわず、一人で泣いて過ごすのだろうか・・・?
それを思うとまた離れ離れになることが辛かった。

「ゆず、ちゃんとお兄ちゃん以外に大切な相手を見つけないとダメだぞ?」

「だって・・・だって、ゆず、お兄ちゃんが一番大事だもんっ」

「今はそうでも・・・これから・・・お兄ちゃんは護ってあげることができないから、ちゃんとお兄ちゃん以外に頼れる相手を作
るって約束してくれないか?」

穏やかな時間を過ごしてやっと涙が止まっていた柚子の瞳にまた大粒の涙が溢れていた。

「なんでそういう意地悪いうの?あたし、お兄ちゃんがいればいいっ!一緒に連れてって!ゆずもお兄ちゃんのいるとこに行く!
!」

純粋で必死な気持ちを柚子は兄にぶつけた。
兄はいつもブツクサ言いながらも自分のワガママを聞いてくれなかったことはない。
だから今度だって・・・・。

「ゆず、それだけはダメだ」

鴻平は柚子を抱きしめながら片手を頬に当て優しく頬に流れる涙を拭う。

「他のワガママなら幾らでも聞いてやる。だけど、ゆず、お前だけは生きて幸せになってくれないと」

「お兄ちゃんがいないのに、ゆずだけ・・・ゆずだけ幸せになんかなれないもんっ」

「それでも・・・ゆずが生きててくれることがお兄ちゃんには大事なんだ。だから、今回はお兄ちゃんのワガママをゆずがきいて
くれないか?お兄ちゃんがゆずにワガママ言うことなんてなかったよな?」

「・・・うん」

「たった1つのお兄ちゃんのワガママだから、ゆずは聞いてくれるよな?」

「・・・・う・・・んっ」

「これからも生きて柚子が幸せに暮らしてくれること、それだけが願いだから」


二人が刹那の会話をしているとき、その音は遠くから聞こえてきた。


・・・チリン・・・・


小さいけれど、自分達の所まで響いてきた鈴の音。

「もう、時間みたいだね、ゆず、少しだけでも会えて嬉しかったよ」

「いかないで!お兄ちゃん!!やだよ、またゆずを一人にしないでっ!!」

泣いて自分にしがみついたままの柚子の両手を鴻平はゆっくり解き放した。
そっと柚子の額に口付けをする。

「ゆず、もう会えなくても、どこにいてもお兄ちゃんはゆずを愛しているから、だからさっきの約束、忘れるんじゃないぞ」

その言葉が終わった時、鴻平の姿は光の粒となって消えていった。

「おにいちゃん!!」


光の粒を手のひらに抱きしめるように握りながら柚子は泣いた。
手のひらの光の粒が消えても長い間柚子の泣き声が途絶えることはなかった。


「柚子さん・・・」

大分時間が経ったあと、そっと柚子に声がかかった。
自分と兄を対面させてくれた伽夜から。
柚子は何をいったらいいか分からず何度か口の中で呟いてはやめ、せめて感謝の気持ちを伝える為に伽夜に抱きついた。
そんな柚子を伽夜は無言で抱きしめながらずっと頭を撫でていた。

----------------------------------------------------------------------------------------
兄にあった日から数日、柚子は部屋に引きこもったままでいた。
夜も寝ず、何も食べず、ぬいぐるみだけを抱きしめたまま。
そんな柚子に訪問客が来た。

「何も食べず、過ごされているそうですね・・・」

伽夜は寂しそうに呟いた。
「私は・・・柚子さんの為にと思ってしたことでしたが、しなかったほうが良かったのでしょうか・・・」
そう呟いて寂しげに微笑んだ。

「ううん・・・伽夜さんにはすごく感謝してるの。でも・・・今は・・・」

そこまで言った柚子の手に伽夜はそっと小さな包みを取り出して載せた。
柚子はその包みを開き、瞳を大きく見開いた。

「これ・・・」

「はい、ツテを使って取り寄せました」

包みから出てきたものは色とりどりの金平糖だった。

「お兄さんが柚子さんは苦い薬や辛いことがあったあと、褒めながら金平糖を食べさせてあげてたから、また何かあったら食べさ
せてくれ・・・本当はパンプディングがいいんだけど、それはもう作ってあげられないから・・・と・・・」

柚子はその懐かしいお菓子を1つ口に含んだ。


”薬苦いから飲みたくないよぉ”

”頑張った子にはお兄ちゃんが金平糖もらってきてやるぞ〜”

”え?じゃあゆず、我慢してみる♪”

懐かしく、優しい記憶。
そうだ、兄と幸せになるって約束したんだ・・・。

「・・・ごめんなさい。明日から元気になるから・・・っ」

〜だから今日はもう少しこのままで・・・〜


飲み込んだ言葉もちゃんと伽夜には通じていた。

「金平糖を食べて、また明日から元気な柚子さんになってくださいね」

ふわりと優しく柚子を撫でたあと伽夜はそっと部屋から出て行った。

金平糖を数個食べてから窓辺にもたれながら柚子は呟いた。

「お兄ちゃん・・・できるかどうかわかんないけど、ゆず、色々頑張ってみるからね・・・」

金平糖の入った包みを握り締めながら空を見上げ、柚子は兄に自分の決意を伝えていた。
兄が抱きしめてくれるときと同じような、優しく暖かい夏の日差しがそっと柚子を包んでいた。

[29] イタズラの一日
ティア - 2008年02月07日 (木) 23時58分

〜しあん姉、待っててにょ、オイラが助けに行くからね!〜リップルは手紙を握りしめて全力疾走で某宿へ向かった。



★★★


ことの起こりは一通の手紙だった。
お付き合いをしているしあんの姉、まぜんだが持ってきた手紙。

「ティアさんにこの時間に渡して欲しいといわれたんです。私もちょうど出かけ先がこの先なので」

そう、一言言い残して緋色の少女は姿を消した。
あまり良くない不安というのは当たるもので、その手紙には
”しーちゃんを預かった。返して欲しかったらしーちゃんの家においで♪”
と一言書かれていた。
そこでリップルは慌てて現地へと赴いた。


★★★


到着後、二階の窓からしあんの部屋を確認する。
ティアとしあんの二人が何やら話しているが、しあんの態度は困っている、という風情だ。

〜またティア姉、しあん姉を困らせているのかな?〜

そっと窓に超小型集音機を取り付ける。
あっという間に室内の声が鮮明に聞こえるようになった。
機械に耳をつけていないと音は聞き取りにくいため、窓の中を見ることは出来なくなったが、
まずは現状を知るため、とリップルはイヤホンに耳を傾けた。


「でも・・・恥ずかしいです・・・」

「何言ってるの!前皆で温泉行ったりして裸同士の付き合いだってしたじゃん」

「お風呂の時は他の方もいましたし、今回みたいな恥ずかしいことはなかったので・・・」

「だって・・・自分ではしたことないんでしょ?私は慣れてるから任せてよ!」

「あ、あのっ・・・・でも・・・皆している事なんですか?」

「皆ってわけじゃないと思うけど、大半の人はやったり、してもらったことあるじゃないかな?」



・・・かなり聞いているとピンクのスポットライトが当たりそうな言動が飛び交っている。

〜ええっ!ティア姉、何する気なんだにょ?まさか、しあん姉とイケナイ関係な・・・〜

オロオロしているリップルの耳に、更に二人の声が聞こえてくる。
シュル、という着物の帯がすれるような音と、しあんのか弱い”きゃ”、という声が聞こえる。

「ティアさん、ダメです。やっぱり恥ずかしいです・・・っ」

「いいから、たって、裾持ってて・・・フフ♪しーちゃん、綺麗な肌してるねー♪」

「そんなっ・・・あの・・・きゃっ」

「ごめん、指冷たかった?」

「いえ、冷たくはないですが、急に触れられたので・・・んっ」

「たってると、光の加減で見えにくいなあ・・・もう少しは奥まで見たいのに」

「えっ?もっと奥まで見られちゃうんですか?ダメですっ、恥ずかしいですっ」

「今更だし・・・えいっ!」

「きゃっ」

「ほら、ベットに横になったら見えやすくなった。そう、そのままじっとして」

「ティアさぁん・・・」


泣きそうなしあんの声を聞いた途端、リップルの我慢の限界も切れた。
慌てて窓の鍵をはずし、二人のいる部屋に入った。


「ティア姉!ちょっと待ったー!オイラのしあん姉になにするんだー!!!」


突然の侵入者に二人は一瞬行動を止めた。
その一瞬でリップルは二人の姿をじっと見た。
ティアの片手には綿棒、片手にはベビーオイル、しあんはベットに横たわり、服のお腹の部分だけ肌が見え、残りの下半身は布団で隠されていた。
沈黙を破ったのはティアだった。


「何って・・・今度海行くんでしょ?セパレーツとか、ビキニ着てもいいように、おへそのゴマ取りだけど?」

ティアがにやにやして答える「あの・・・・ええと・・・リップルさん、どうしてここに?」

ささっと露出部分を全て布団で覆いつつ、真っ赤になりながらしあんが尋ねた。


「え・・・ええと・・・散歩!おっと、3分たったから宇宙に帰らないといけないにょ、しあん姉、またね」

そういうとリップルは慌てて部屋から飛び出した。

〜くそう、ティア姉に一本取られたにょ!あのセリフだって、オイラに聞かすためにわざと怪しい言い回ししてたんだ!くぅ〜!!!〜

次回はオイラがあっと言わすことしてやる!と硬く心に誓いながらリップルの長い一日は終わってゆくのであった。
                  (終)

オマケ?
しあんちゃんの着物がゆるやかにはだけた艶かしい姿を思い出し、リップルくんはその夜青少年らしい(?)モンモンとした思いを持ったまま眠れぬ一夜を過ごしたとさ♪(ちゃんちゃん)

[30] 桜と月の魔法
ティア - 2008年02月13日 (水) 19時17分

今夜は満月。

普段は黄色みがかった月が今夜はやけに白く見える。
こういう月の日のこと、その有様を紙の月になぞらえる。
薄っぺらで現実味がなく、そして幻想的なその様子から幻の月、紙で作った月だ・・・と。

仄かに白い月明かりの下、薄紫の髪と瞳を持つ少女が一本の巨大な桜の木の下に来ていた。
もう、桜は散り始め、風が吹くと花吹雪が辺り一面を幻想世界へと誘う。
儚げな少女の姿は花吹雪のために、何度も見え隠れし、それがまた幻想的な様子をいっそう際立たせていた。

少女はそっと両手を月にゆるやかに掲げた。
月から何かをもらうように
そして月へ何かを渡すように

その両手からほんのりした光がこぼれる。
桜の花びらと同じような、蛍の光を淡くしたような、薄紫の少女のように儚げな光。

「・・・・ ・・・・ ・・・・」

少女が何かを呟くと、その光は花びらのように飛び散り、そして何処かへ消えていった。

少女が行ったこと。
それは満月の晩にしかできない神聖魔法。
眠りの呪文の上級編のようなもので、その光を受けたものに安らかな、そして幸せな夢を見させる満月の晩だけの特別な魔法。

「どうか、この魔法が届きますように・・・」

そんな優しい一言だけが桜吹雪の中から微かに聞こえていた。

[32] 悲しき対決1
ティア - 2008年02月13日 (水) 19時28分

伽夜の家に白い封筒が届いた。
差出人も何も書いていないその封筒を伽夜は自分の部屋に持っていった。


…また…来たのね。


未だに伽夜の元に届くその白い封筒は、空けると金色のコインが一枚だけ入っていた。
ツタ模様の縁取りにユニコーンの姿が刻まれて、光の反射を受け、そのコインはキラキラと光っていた。

伽夜は傭兵仲間に数日家を空ける旨を伝え、街にあるラ・メルテというバーに入っていく。


「…いつものを」


ユニコーンの刻まれたコインを渡すとバーテンはそれを確認し、伽夜の前にコースターを置いた。
その後リズミカルな音をさせながら薄紫色のカクテルをコースターの上にそっと乗せた。
少しの間、伽夜はその美しい飲み物を眺めていたが、ゆるゆるとそれを口元へ運んだ。
そしてコースターの裏を見る。


「○○日、 △邸、 XXXXX=XXXX(46)、XXXX=XXX(44) XXX=XXXXX(53)…」


暗殺すべき相手のリスト。その後に小さく文字が追加されていた。


「A:マイトレーヤ」
Aはアラート、注意せよ…の意味だ。

マイトレーヤ・ディスタッヴァ、その男は数多の戦士を生み出すギッジャクータ山の頂点として暗黒街に恐れられていた。
弟子らはそれぞれも名を馳せる覇者、志士の国ナタナエルの代表的な武術道場と言えば、その筋の人間はここを挙げた。
彼は中でも、その指導の中核に当たる者なのである。

またその腰には、「光の剣」として知られる妖刀・ナラクーバラが携えられていた。
妖しげなその剣先には神の加護すら宿り、魔を根絶する刃とまで言われている。
まさに正義に生きるマイトレーヤに相応しい代物であった。

悪人からは疎まれ、庶民達からは慕われる途方も無い武器…如是「光の剣」。
秘境で伝説の武術を導き、あるいは冒険者として人々を救い、新聞やニュースで勇者と称えられるその男に伽夜も興味を引かれ少

し調べてみたこともあった。

彼は妻帯し、子供もいる。敵は多いだろう、しかしそれ以上に、彼には守れるだけの「力」と周りの「人徳」を備えていた。

正直に伽夜は彼のことが羨ましいと思った。
自分は、守るべき者のために手を汚したというのに、この男は守るべき者を守る手段に正義を使えるのだ。

そのマイトレーヤが、この依頼を、自分を阻止しに来る…。
伽夜は複雑な思いに駆られていた。

自分にとって、本心での憧れは彼に向けられていた。
今の自分の立場が違っていたら、もしかしたらマイトレーヤの弟子になるよう志願すらしていたかもしれない。
その生き方に畏敬し、理想を重ね、共に悪を切り裂くために強さを求める。
魔に打ち勝つためだけに己の剣を磨き合い、良い意味でのライバルにさえなりえただろう。
しかし、一度闇に手を染め、また義理からとはいえ、まだ闇から抜けられない自分には彼と共に正義の為に生きることは夢より理

想より遠い話だった。



…そう、あの人が出てくるのね…



心は彼を羨望していても、悪と善という立場に立つもの同士、必ずどこかで会うとは思っていた。
しかし、まさか本当に会う機会が来てしまうとは。
伽夜は自分の瞳と同じ色の飲み物を一気に飲み干した。


…いいえ、迷いなんて捨てているはず。誰が来ようとも私は負けないわ…。


伽夜はコースターとグラスを元に戻し、数日後に迫った対決の日を待っていた。

*******************************************

対決の日は来た。
伽夜は容姿を傭兵らしく変え、仲間の一番前に出る。
仲間は全員で15人、この規模の暗殺にしては多い人数だが、相手はマイトレーヤ、失敗すれば捕まる可能性も大きく、依頼自体失

敗する確立も高い。


「いい?この間話した通りの配置で。もし自分が失敗したと思うときは渡してある笛を吹く事。
そして周りにいる仲間の誰かがそこを手伝いにいくこと。ただし、今回は無事帰れるかわからないかもしれないから、まず自分の

命を大事にしなさい。どうしても無理な場合は一度引き返す、依頼はやり直しも聞くけれど、命はやり直しがきかないものよ。こ

れも生き残るために大事なこと。いいわね?」


いつもの姿からは想像もつかないほど厳しい表情と口調で伽夜は仲間に伝えた。
普段は各自で請け負う依頼も今回のように背後に大人物がいるときは数人規模で行うこともある。
伽夜は自分の仲間を見た。
Sクラスが2人、Aクラスが5人、BクラスとCクラスが残りという、戦力から言えば弱いメンバーだ。
SSクラスの自分が指示役、Sクラスの2人がほとんどの依頼を片つける。
悪いが残りの連中はマイトレーヤの弟子達の気を引くためのおとり用…
そう考えてこのメンバーに決めた。

各自が配置位置につくと、伽夜も傭兵用の薄い服の上にパーティドレスを着た。
布地は普段より少ないので着脱が簡単だからというのもあるし、パーティドレスは一種の隠れ蓑になるからだ。
特に伽夜の容姿はそれだけでも武器とすることができる。
それを見越しての準備だった。
伽夜は他のメンバーが動いている時に、なるべくパーティ客の中から動向を探るべく、会場の中へ静かに入っていった。

******************************************

あれが、マイトレーヤ…。
赤い髪の毛と逞しい肢体、そして腰に下がっている「光の剣」…。
伽夜はマイトレーヤを確認し、飲み物を探しに行くフリをして彼に近づいた。

彼の横を通り過ぎると、フワリと優しい香りがする。
…かつて嗅いだことの無い芳香…。しかし不思議だ。
戦士という職にある者が香りを身につけるのは、敵をおびきよせ、姿を隠すのにも危険であり、良いことではない。
だがこの男は、人徳をして身を守ってきた存在だ。
その香りすら味方につけていることに、伽夜はいささかの驚きも覚えた。
厳しい視線、弟子達に話す口調、そのどれもに威厳とカリスマ性が見える。


今回の依頼は難しいかもしれない…。


そう思いながらも、伽夜は自分もある程度評価される能力を持つものとして、彼と戦ってみたい、という欲望を感じていた。
その時、視線を感じて顔をあげると、険しい表情のマイトレーヤと目が合った。
心臓がはねあがる。

あれは意図的な視線。

…何の意図が?

…マイトレーヤほどの人物だ、見破られた可能性がある。
自分がどう隠しても、何か感じるものがあったのでは…





「きゃーーーー!!!」
一人の若い女性の叫び声で和やかだったパーティ会場は混乱に包まれた。
側には、血まみれで倒れた一人の男性。
とりあえず、一人、成功したようだ。

伽夜は自分も青ざめ、マイトレーヤから逃れるように具合が悪くなったフリをしながら中庭へ移動する。
後ろからマイトレーヤの弟子達が何かを叫びあいながら走っていく音が聞こえる。


「捕まえたぞ!」

「はなせえぇぇぇ!」

そんな声が聞こえてきた。あの声はBクラスの一人の男…。
確か1歳になる子供がいるといっていた…。
伽夜はそれにも平静を装い、中庭の一角にもたれていた。


「あと数人、どうしても…」


草むらの中から声が聞こえる。Sクラスの仲間だ。


「…私も手伝いましょう」

小声でその声に答え、伽夜は再度パーティ会場に戻った。

[33] 悲しき対決2
ティア - 2008年02月13日 (水) 19時29分

ターゲットはいた。
少し小太りの男だ。確か名前はサイケス=フォン=アルラフネ。
自分の村の村民達から暴利をむさぼり私腹を肥やしている男…。
伽夜は自分のドレスの胸元を少し破り、少し小走りにサイケスに近づく。


「あの…・助けてください!」


少し荒い息をしつつ、目をうるませて、その男の胸元にすがるように自分の体をもたれかける。
こういう利用法は嫌いだが、使えるものの1つとして伽夜は自分の体も武器として使っていた。
ただし、こうやって近づくときだけだ。それ以上利用したいとは思わなかったし、したくなかった。


「どうしたんだい?」


サイケスは突然現れた美少女の破れかけた胸元をねっとりと見つめながらそう尋ねた。

「あちらで…盗賊風の男性に…あの…良かったら近くに止めてある私の馬車までご一緒していただけませんか?供の者とはぐれ、

心細くって…」


いかにもか弱く、おびえてる様子を出しながら伽夜はサイケスにねだるようにして話しかける。


「…そうさな、この辺はあぶない。わしが一緒にいってあげよう。よしよし」

伽夜のむきだしの腕をさするようにして取り、サイケスは伽夜と連れ立って中庭へ歩き出した。

歩きながらもサイケスの視線を感じる。
からみつくような視線は何度も伽夜の足元から頭の先まで見直しては破れたドレスのつなぎ目にまた戻っていく…。
伽夜はその視線にじっと耐えた。


…もうすこし…もう少し広場から離れたら…。


腿に隠した短めのレイピアに触れながら殺すタイミングを計っていたその時…


「おい!あんたら!どこにいくんだ?」


ふと後ろから声をかけられるた。
サイケスの隣村の領主、エルハルト=アル=ユーファス。
良識をもった領主として村民から慕われており、サイケスの行動を何度も諌めているため、サイケスとはいつも不仲な男だった。
しかし、その正義を愛する気持ちは国王からの信任もあつく、その善の行為は近所の村々の民の羨望となり、
期待の高い領主であった。


できれば…この人は殺したくない…。
でも、このまま一緒に行くならば…。


そう思っている伽夜を尻目にサイケスが現状についてエルハルトに説明をしていた。
伽夜が盗賊風の男に乱暴にされそうになって逃げてきたこと。
そのせいで供とはぐれたから自分が馬車まで送るし、近くまでだから他の人間はついてこなくて良い…
大体そんなことを語っていた。


「だが、貴方は確か剣術は得意ではなかったでしょう?私もご一緒しましょう」


エルハルトはそういうと、強引に伽夜とサイケスと一緒に歩き出した。
彼にしてみれば、サイケスの魔の手から伽夜を守った行動だろうが、伽夜にとっては辛い行動となっていた。
しかし、今殺さなければ、もう他にタイミングはない…。

*******************************************

その頃、マイトレーヤは屋敷の最上部で各班の突撃部隊の指揮にあたっていた。
先陣を切るのは、マイトレーヤの二大弟子・アサンガ、ヴァスヴァンドゥ兄弟。
師に常に付き添い、その実力を遥か遠方まで響かせている勇者たちだ。
彼らの活躍により、メルテ網は今すでに甚大な被害を受けていた。

そして、傍らにはその動きを統括するギッジャクータの参謀アイツタが控えている。
13歳にして天才的な知能と武才を持つその少年は"マイトレーヤの息子"である以上に、1人の戦士だった。
彼の練り上げたシナリオにより、屋敷は今、彼らの要塞となっていた。あちこちから次々と笛の音が聞こえる。
しかし親子は、その綿密な計画にも隙間があることを忘れてはいない。
常に変動する状況を把握し、目を光らせている必要があった。
その時、一軍の将は窓から中庭を抜けていこうとする3人の男女を目撃する。
マイトレーヤは、すぐさま息子を呼び止めた。

「アイツタ、中庭の管轄が移動している、警備が手薄になっているぞ。」

「師、あそこは邸宅のSPが配置されているはずですが。私も彼らには指導を」

「わかっている、だがあの者たちには任せておけない。急いで行ってきなさい、こちらの指示はアサンガたちに任せるんだ。」

「わかりました、すぐに行ってまいります」

父の突然緊迫した顔に危険を感じ取ったアイツタは、即座に身を翻し、中庭へと走った。

[34] 悲しき対決3
ティア - 2008年02月13日 (水) 19時45分

不機嫌になったサイケスが少し先を歩き、伽夜はそのサイケスの数歩後を歩く。
その後ろにエルハルトが剣を抜ける状態にしながら歩いていた。
伽夜はドレスにつけていたブローチをそっと足元に落とした。
彼女の後ろを歩いていたエルハルトは落ちたブローチに即座に気づき、それを拾おうとそっと屈んだ瞬間


さくっ…


軽い音を立ててエルハルトの喉元から大量の血が飛びしきる。
エルハルトが屈んだ瞬間、伽夜がレイピアを抜き、その首筋を真一文字に斬ったのだ。

ぷしっ…と軽い音を立てて流れるその血を浴びながら、伽夜は目の前にいるサイケスの喉元も背後から音を立てずに斬りつけた。
サイケスもエルハルトも何も分からないまま地面に倒れた。
そして二人とも伽夜に向かい手を差し出し、何かをつぶやくようにして交互に事切れていった。
伽夜は二人の前に立ち尽くしながらむなしい達成感を感じていた。
血まみれになりながら、そして血が滴るレイピアを片手に持ちながら伽夜は今事切れたばかりの2人に向かって呟いていた。


「貴方達に私が直接恨みを持っているわけじゃないけど…こうするしかないの…」


自分がこの先生きていくために…。

サイケスのような悪者は斬っても罪悪感はほとんどないが、エルハルトのようなものまで手にかけた事に伽夜は心の中で何度も侘

びながらもそういわずにはいられなかった。


…もう心なんて凍ってしまっているはずなのに…たまに痛みを感じてしまう…
いつまで痛みを感じれば気にならなくなるんだろう…。


ドレスの端でレイピアの血をぬぐい、その場を後にしようとしたとき、突然人の気配を感じた。

カシーン!鋭い剣撃のぶつかりあう音がし、両者は互いに退いた。
伽夜はすんでで襲い掛かってきた者の攻撃を受け止めたが、気付くのが遅れていれば危なかった。


「間に合わなかったか…」



そう言って鋒両刃太刀を構えたその男を見た伽夜は、妙な気分を覚える。
相手は身体こそ大きかったものの、顔を見ればまだ幼い少年だったのだ。
2人はにらみ合って互いに間合いを取ったが、その少年のピンクの髪はすこぶる目立つ。
そしてどこかで見たことがある気もした。
その時、ふと少年の表情が緩やかに変わった。
すると、伽夜は思いだす。



…そうだ、さっき確かマイトレーヤの傍にいた…



「…人を殺すのは…誰でも罪悪感があるものです」



先に口を開いたのは、少年だった。だがその間にも隙は見せない。厳しい視線。
しかし伽夜は、反対に挙を突かれてしまった。一体、何を言い出すのかと思えば。



「でも悪に染まれば、そうではありません。そんな事は考えなくても良くなるでしょう…心を凍らせてしまえばね」


意外な言葉に伽夜は言葉に詰まる。

…見透かされている?無表情な自分の感情を、この子は理解したの?


だが彼は正義のマイトレーヤの側近にある者だ。
責めるでもなく、殺した理由を聞くでもなく、何故、そんなことを言うのだろうか。


「さっき捕まえた人は、殺すことが面白い…そういう顔をしていました。でも貴女は、そんな目をして…辛いんですか?」

伽夜は答えられなかった。
そして長い沈黙が続く。



「何故です。悪に身を投じながら。悪に手を貸しながら、人を殺しながら、なぜまだ人間の心を持っている。」


悪に染まりながら。人間の心を。
年齢に似合わないほど大人びた彼の言葉と洞察力に、伽夜は戸惑いを感じつつも、やっとのことで言葉を返した。



「それは…私にもわからないわ…」




揺ぎ無い視線を感じながら、伽夜はそう答えていた。


…本当に、何故今更辛いと思ってしまうのか、痛みを感じてしまうのか…
仕事を請けたときからわかっていたことなのに…。
伽夜は、言い知れぬ恐怖を覚えた。彼がどのくらいの実力かは知らないが、子供ではないか、自分なら倒せるかもしれない。
だがそれ以上の威圧感を肌に感じている。
いや、これは…自分の本当の姿を見られる怖さだ。
そして、それを認めている…自分…?



伽夜は少年の強い視線を見つめ続けることができず、目をそらそうとした。
彼はそれ以上責めもしなかった。なぜ彼がそんな目で自分を見るのか、伽夜にはわからない。
だが、感じれば感じるほど、むしろ光に引きずりこまれそうな…せっかく凍りかけた氷までとかされてしまう様な、そんな忌々し

い炎を彼から感じていた。そんな強い瞳で自分を見ないでほしかった。
いや、いっそのこと、見たままその正義で自分の全て諫めてくれればいいのにとさえ、思ってしまう…。



両者は、剣を構えて沈黙したまま、距離を取って緊張のにらみ合いを続けていた。
先に抜けば負ける。だが、先にやらなければ、やられる。




するとその時、誰かが壁の向こうから走りよってくる足音が聞こえた。


「アイツタ!」


それはマイトレーヤの声だった。
瞬間、伽夜にまた戸惑いが生まれる。
彼とは剣を交えてみたい気持ちもあったが、実際こうやって本人が近づいて来ると、戦いたくない気持ちのほうが遥かに強いのを

悟ってしまった。


そう、戦いたくない。それは、きっと自分が…



「慈氏、こちらの管轄は私が賜ったものです!どうぞお任せを!」


近づいてくるマイトレーヤに、少年が叫んだ。
するとマイトレーヤは足を止めた様子で、少し間を置き、許可しよう、とだけ言うと別の場所へ移動した。
伽夜は、見られてはいない。



…何故?…


何故この少年は、マイトレーヤを制止したのか?
彼という援護があれば、自分を倒すなど容易いではないか。
今の実力なら自分のほうが力がある。
自分から擁護を蹴った少年に対して今がチャンスだった。



…今のうちにこの子も殺してしまおう、殺すしかないのだ、ここを脱出するためには、自分が生きていくためには…


「…しまった、支援を要請するべきでしたね。失敗した、自分じゃ貴女に勝てるわけないのに。」


伽夜が間合いを詰めようとした瞬間、アイツタがまた突然、突飛な事を言い出した。


「自分の負けです、自分は剣をひきます、貴女も引いてください。」


「な、何を…」


「お願いです、見逃して下さい。俺はまだ弱い弱い子供なんですよ、こんな所で貴女に殺されて死にたくないんだ。」


突然の白旗に、伽夜は当惑した。
しかしそれ以前に、彼の表情が言葉に反してまだ鋭さを残している。


「…そんなわけにはいかないわ、先に刃を向けたのは貴方よ…目撃したのが運のつき、口止めのためにも消えてもらいましょう!






レイピアを振りかぶる。




…苦しまないうちに殺して…


「俺を殺したら、霊になって一生つきまといますよ!」


その言葉に伽夜は止まった。

アイツタの言うことが、ますますわからない。
この子はさっきから何を言いたいのだろう、聞く限りでは彼の言うことは泣き言だ。
だが、これはまるで反対の恐喝に近かった。
そして自分もまた、なぜいちいち彼の言うことを聞いてしまうのか。



「貴方を殺すのは…私を、見た…から…」



震える声で、伽夜は答えた。


「俺が何を見たって言うんです?何も見ていやしません。」


しっかりした声で、アイツタ少年が答える。


「俺を逃がして下さい。」


そう言いながらもアイツタの視線は、さりげなく出口を指し示していた。
警備の薄い方向だ。

伽夜は瞬時に悟った。
彼は逃がしてほしいのではない、自分を逃がすつもりなのだ。
だが、信じろというのもバカバカしいではないか?作戦かもしれない。
今すぐ彼を消すべきではないのだろうか?



しかし、伽夜にはそれが出来なかった。
霊になってつきまとうなんて、彼の虚言だとわかっている、わかってはいるのだけれど、彼は伽夜が彼を殺せば…その罪を一生負

うことを諭しているのだ。

アイツタの亡霊はきっと、伽夜につきまとう。
先ほど自分が殺したエルハルトの亡霊やサイケスの亡霊のように…



「それとも誰か、助けを呼ぼうか!」



アイツタが無理矢理発したようなその言葉に、伽夜は瞬発的に身をひるがえし、彼が目で指したほうへ走り出した。




…何故?



何故、彼は自分を逃がしてくれたのだろうか?
何故、あんなに慈しむ視線で自分を見ていたのだろうか?
若いのに何故、あんなに年齢を感じさせない強い瞳を持っていられるのだろうか?
正義なのに何故、あんな嘘をつけるのだろうか?

見られたのは、殺人の現場だけではなかった。
数分だけの出会いだったのに、自分の心の奥まで見られた気がした。

…怖い。あの子は鋭すぎる。
この先、また彼を敵に回したら、私はどうしたら…。




「私は…私は…殺しなどしたくないのに…っ…!!」



伽夜は贖罪の意識にかられながら、答えを出せないまま、屋敷を抜け出していた。
必死に逃げて、逃げて、追っ手がもう自分を特定できないだろう場所にまで辿りついた。
どんな作戦の時にも、こんなに懸命に逃げたことはなかった。


…私は、何から逃げたかったのだろう…


呼吸を整えながらいろいろな思いを馳せる。
そして改めて先ほどの少年を思い出す。
ピンクの髪が印象的な…しかし、何故か顔はよく覚えていない。
あまりの緊張と恐ろしさで、直視できなかった所為だろうか。
それとも、敵として認めたくなかったからだろうか?

名前は確か…アイツタ、アイツタ…ディスタッヴァ。
そうだ、聞いた事がある…メルテの諜報部で、マイトレーヤと共に名を連ねていたそれは、マイトレーヤの姓と同一の名だ。


伽夜は、少年の懐の深さを悟った。
父に似たのだろう。あの恨めしいほど正義の光を放っている男に。
しかし、父と違うのは全ての正義だけが正しいわけではない、闇の中にも見出すものがあると考えているところだろう。

その時、伽夜の脳裏にとあるビジョンが浮かんだ。突然やってくる、それは…巫女時代の、予知能力。
しかし、ただ漠然と予感として、映像が浮かぶだけだ。
そして、今見たものは…


自分が、あの少年に抱かれているビジョン。



…これが予知?
まさか?
未来は幾つにも別れている。
自分はたまたま、その末端を見たのだ。彼の顔も覚えていないのに…


そんな未来はごめんだった。
自分は誰のものにもならない。

ましてや、あんな恐ろしくて…優しい子に抱かれるなんて。


恐怖が強すぎて、間違ったビジョンを見ただけだろう。
意識に登っても、仕方が無い。




…少し、眠ろう。
疲れた。今日のことも、任務のことも、人生のことも。今だけでも全てを忘れたい…
だけど、この罪深い人生を、いつまで続ければいいのだろう…

伽夜はそんな事を思いながら、じょじょに夢の中へと入っていった。

[35] 悲しき対決4
ティア - 2008年02月13日 (水) 19時45分

襲撃作戦は終了した。
結果は伽夜とSクラスの2名を除き、メルテのほぼ全滅に終わった。
だが冒険者ギルド側が数名の被害者を出したのも事実だ。

また、これが終わったからと言ってメルテ網が潰されたわけではない。
長い目で見れば、どちらの勝利でもないのだ。
善と悪…この戦いは、いつになれば終わるのか。


あのマイトレーヤでさえも、それを解決する哲学は持ち合わせていない。
彼は今はとにかく、怪我人や死者に至る被害者たちのアフターケアと調査に追われていた。
そして、弟子たちからその都度詳細を聞く。



アイツタも、サイケス=フォン=アルラフネとエルハルト=アル=ユーファスに関する事情聴取にかなりの時間を奪われた。
しかしアイツタの答えは「見ていない」だった。


「私が現場へついた時は、すでに両名とも亡くなっていました。加害者の姿は確認できず、逃亡したものと思われます。もしくは

あの騒ぎの中でしたから、つかまえた犯人グループの中に、手を下した上で記憶に留めてない者がいるのではないでしょうか。」

アイツタは一見冷静に証言していたが、これは誠実な答えではなかった。
虚言である。
深い罪悪感こそ覚える。
一度発言してしまった事を撤回するのは至難の業だ。
法廷においては実刑にさえなるだろう。
何より、彼らの遺族に、なんと申し開きをすればいいのだろうか。

しかし、あのレイピアの女性の悲しそうな顔を思い出すと、彼はなぜか嘘をつかずにはいられなかった。

あの人は、自分を殺さなかった。
いや、殺せなかった。
悪いことをした人だ、だけど、人間の心を持っている人だ…


「…疲れただろう、アイツタ。少し散歩をしようか。」


息子の表情に暗いものを見たマイトレーヤは、彼を庭へと誘った。
マイトレーヤは疑問に思った。
普段は明るいアイツタが、こんなに落ち込んでいるのは久々だ。

…理由はなんとなくわかっている。
事件の時、自分を制止したアイツタには、自分に見せたくないものがあったのだ。
それが何かも、なんとなくわかっている。
そしてそれが本当だとすれば、息子の嘘は決して許してはいけないものだ。だが…


「俺は、お前が無事だった、それだけで充分なんだよ。」


マイトレーヤの一言に、アイツタは、足を止めた。


「…お父さん、俺…」


「危ない場所に1人で行かせてしまったな。勿論お前は強いが、万が一があったら俺の責任だった。」


マイトレーヤは言葉を続ける。


「お前は、戦士である以上に、参謀である以上に、俺の子供なんだから。」


それはとても優しさのある言葉だった。
厳しく育てられ、大人と変わらぬアイツタではあったが、その素顔は、まだ子供なのだ。


アイツタの目に、涙がこみ上げてきた。
しかし、その水が流れることはなかった。笑顔で、父、いや、尊師に答える。


「師よ、私は自分の道理を、信じて参りたいと思います。これからも、どうぞ…見守っていてください。」


…なんと器量の大きい息子であるか。
マイトレーヤは、アイツタを誇りに思った。
よもや自分の息子にしておくには勿体無いと思うほどに。
だが、この人間性の大きさが彼をまた傷付けるであろうことも、憂うべき面ではあった。

その点において、この子は経験も少ない。
それなのに、この才能と強さは矛盾するものであり、危険が大きかった。
本人の知らないところで、本人が思っている以上に、畏れられているのだろう。
この純粋で真っ直ぐな目は、悪にとって脅威だからだ。

いつまで…一緒にいてあげられるだろうか。

マイトレーヤは息子の肩を抱き、先の見えない未来を思った。


伽夜、アイツタ、マイトレーヤのそれぞれの想い。
それを知っているのは、闇夜に輝く丸い月だけだった。

[39] 通り雨-Y
ティア - 2008年02月16日 (土) 11時29分

「…風邪、ひきますよ?」





雨が、降っている。それも、強い。
髪の毛も、衣服もすっかり濡れていた。肌に冷たさを感じた。
気付かなかった。気付いた今でも、いつの間に降っていたんだ、と。
それだけで何もしない。ただそのまま、ぼうっと突っ立った。





「……………」





大丈夫です、と微かに零して影を追う。薄紫の髪が印象的な、美しいひと。





「……今日和、伽夜、さん」





女性は今日和と軽い微笑を浮かべ、そっと此方へ歩み寄ってくる。
傘をそっと掲げ、おれを入れた。





「伽夜さん、」
「大丈夫です」





―――おれ濡れても大丈夫です。
そんな続きは、女性の微笑に咽喉奥でせき止められた。





「とりあえず、タオルが必要ですね」





生憎今手元に持ってなくて、伽夜さんが困ったように笑う。
前髪からぽた、ぽた、と。雫がおちている。
ふと気がついた。―――目尻が熱い。そして痛い。





「―――――…」
「ユガさん?」





不自然におちた一滴を思った。雨みたいに冷たくない、生温い、あの。
―――何だろう、これは。
なみだ、というものなんだろうか。





「…泣いて、らっしゃるんですか」





伽夜さんの一言に、漸く状況を把握する。そうだ、自分は泣いているのだ。
理由は分からない。一体何が悲しくて、嬉しくて、泣いているのやら。
そう考えるとまた混乱してきて、とりあえず声を絞り出してみる。
雨、だと。なみだは雨だと。俯けていた顔を上げて、言った。すると。
―――そうですよね、ときれいな音が返ってきた。





「……止みましたね、」





傘の影が消え、空を仰げば雲の切れ目が窺えた。
差し込む光に、ぼやけた視界が晴らされる。
―――どうやら通り雨だったようで。
黒い雲が、湿った匂いを残しつつ去っていくのが分かった。





「とりあえず、着替えたりしなくてはいけませんね」
「え、あ、や、そ、そんな。伽夜さんはお気になさら…」
「ユガさんこそお気になさらないで下さいな」





にこりと微笑まれ、おれはまた言葉に詰まる。
ふと手をとられた。平熱を失った手への突然の温もりに、鼓動が刹那跳ね上がり。
耳がみるみる熱くなっていくのも分かった。
そんなおれを見た所為なのか、伽夜さんがくすくすと軽く笑っていて。

虹の下、引っ張られていく手にしどろもどろするおれがいた。

[40] 通り雨-K
ティア - 2008年02月16日 (土) 11時29分

「ご…ごめん…なさ…い」


ユガは伽夜に謝った。


「いいの…。私こそごめんなさいね。あの…良かったらお茶淹れるから座って?」


まだ瞳の下を赤くしながら伽夜は無理やり微笑んでいた。
そして恥ずかしそうにお茶を淹れてくると一言言い残し、伽夜は道具が用意されている場所に向かっていった。
彼女が紅茶を入れにいっている間、ユガは今起きた出来事を鮮明に思い出していた。


ユガと伽夜が良く出会う家がある。
その家は人が多く集まることで有名だったし、ユガも伽夜も良くその家にお邪魔しては、色々差し入れをしたり、家主の代わりに
お茶をいれたりしていた。
今日も皆と話をしようとお茶菓子にマドレーヌを作ってユガはその家に向かったのだが、そこには伽夜しかおらず、声をかけよう
として躊躇った。


何故躊躇ったかというと、彼女は泣いていたから。
静かに、声もなく、だけど、とてつもなく寂しそうに。



見てはいけないものを見たと慌てて引き返そうとしたユガの足音を聞きつけ、伽夜はユガを呼び止め、お茶を勧めたのだった。



回想を終えたところで温かい紅茶を両手に持ちながら伽夜が現れた。


「あの…ごめんなさい。変なところ見せてしまって…」


こんな時にも自分のことより他人を心配できる伽夜を尊敬していた。
ユガはある人物にひたむきに想いを寄せている彼女の姿を見ているのも好きだった。
見ていてつい、応援をしたくなるような、淡い淡い恋をしている姿が…。



だからこそ、先ほどのような涙にくれる姿には少なからず驚かされた。



「こっちこそ…あの…急にお邪魔して…」


真っ赤になりながらも何とかユガは侘びの言葉を口にする。
親しい人だとわかっていても、やはり赤面と緊張は止まらない。


「あの方と…なにか…あったんですか?」


聞いていいのかと疑問に思いつつ、つい、涙の理由を質問してしまった。
ケンカをしたとかならば、自分が仲裁に入れるなら…。
伽夜の想い人と伽夜の2人が大好きなユガはそう思いつつ、伽夜の答えを待った。


「色々と…考えてしまって…昔の事、今後の事…どちらにしても、私とあの人のたどり着く先にあるものは同じものしか見えなくて…」


伽夜の言っていることは少し難しかったけど、でも、なんとなく、彼女が辛いものを背負っているのだということだけはわかった。



「…」


何か声をかけようか迷っている時、また伽夜が話しかけてきた。


「ユガさんも…恋をされているんですよね…」


そう言われてユガの顔が更に赤面する。

自分のあの子への気持ちはほとんどの人がもう知っている。
でも、こうやってハッキリとそれを質問されることは少なく、どう答えてよいのかわからなかった。



「おれは…のこと…好きだけど…」


でも…この恋が良い恋愛へと発展することはない…。
最後の言葉は言えないままアップルティーの入ったティーカップを握り締める。
でも…希望は持ちたい…。そう思ってるけど、どういったらいいのだろうか?

「きっと…今の私の気持ち、ユガさんと同じだと思います」



悩んでいるユガに伽夜が寂しそうに微笑んで答えた。

この人も…切ない想いを抱いているんだ…。

自分と同じ悩み、そして同じような想いを持っている相手がいる…。
それはユガと伽夜の心に少し温かいものを運んできた。
今飲んでいるアップルティのように、少し甘く、温かい気持ち。



「そうだ、お菓子、また作ってきてくださったんですよね?いただけますか?」


先ほどより自然な笑顔で伽夜はユガの手元にある包みを指差した。


「あ…これ、おれが作って…その…マドレーヌです」


ユガは慌てて伽夜に包みを渡し、「たいしたものじゃない…ですけど」と謙虚に一言付け加えた。


「いいえ、ユガさんのお菓子、美味しいと皆さんから好評ですから。さぁ、そろそろ他の方々も集まりそうですね。今日も皆さん
と楽しく過ごしましょうね」


先ほどまでの寂しげな雰囲気を振り払うように伽夜はユガに向かって微笑んだ。



そうだ、今はまだあの子との事も考えることじゃない。
今日これからの時間を楽しく過ごそう。
通り雨みたいに過ぎていった寂しい感情はまたの機会まで置いておこう…。



ユガと伽夜は2人で明るくはしゃぎながら今から来るだろう来客のために、もてなしの準備をし始めた。



そしてその日は賑やかなまま過ぎていった。
2人の一瞬の切なさを隠したままで…。

[41] 決意の日
ティア - 2008年02月17日 (日) 15時31分

「まるまる一日、私にください」

突然伽夜がそういってきたのは夕方だった。
最近古文書を読みふけってばかりいた彼女には丁度息抜きが必要だ、とロートスも思っていたところなので、二つ返事をで了承した。
その返事を聞くと、伽夜は「では明日…」と言い残し、早々に家に引き上げていった。

*****************

翌朝は快晴だった。
まず、朝から出かけた二人が向かった場所は、焼きたてベーグルを食べさせてくれる店だった。

「ココのベーグルは中身を好きに入れてくれるそうですよ♪ティアに聞いてきたんです」

アボカドとエビをサンドしたベーグルを食べながら伽夜は嬉しそうに話をした。

「ベーグルもいいですが、伽夜が作ったタマゴサンドも美味しかったな」

昔、ロートスの家に泊まりにいったときに伽夜が作ったサンドを思い出し、ロートスもベーグルを食べながら話した。

「私はお料理があまり上手じゃないから恥ずかしかったです」


頬を染めながら伽夜は呟いた。
そういえば、こういうおだやかな一日も久しぶりに過ごす気がする。
その日は沢山話をし、沢山二人で遊んだ。

ゲームセンターではUFOキャッチャーに苦戦する伽夜にロートスが指導し、休憩に入った喫茶では伽夜が紅茶を選んでロートスに淹れ、カラオケではロートスが歌う姿に伽夜は何度も手を叩いて喜び、映画館では抱えるほど大きなポップコーンを二人で分けて食べて過ごす…そんな風に過ごしていると、あっという間に夜も更けてきた。


「あの…今日うちに泊まりませんか?皆今日は出かけているんです」

「いいですよ」


ロートスの答えを予想していたかのように、客間には彼専用の寝具もタオルも用意されていた。

こんこん…


控えめなノックの音がしてロートスは布団から体を起こした。

「あの…今日…隣で寝ていいですか?」

普段控えめな伽夜のこの発言も珍しいが、彼女なら問題を起こすこともないだろう、とロートスは布団の手前を開けてやった。


「ふふ、あったかいですね。あの…おやすみなさい」

ロートスの胸元に寄りかかり、伽夜は眠りの世界に落ちた。

…何か、決めたのかもしれないな

伽夜が普段とは大幅に違う行動をするときは、何かを決めた時や別れを決めた時だけだった。
今回も多分そうなのだろう…

彼女が話すまで待とう、そう考えながらロートスも眠りに落ちていった。

******************

隣でかさり、と動く音がしてロートスは目を覚ました。


「おはようございます」

ベットの横のイスに座っていた伽夜が声をかける。
なんとなくスッキリした顔をしていた伽夜は話を続けた。


「昨日はありがとうございました…解呪の方法がわかったので、私は近いうちに旅に出ようと思います」

躊躇いのない瞳で伽夜はロートスに話をした。
昨日の行動はこのためだったのだろう。

「一緒に行かなくていいのかい?」

ロートスは優しく尋ねた。


「はい。ひとりで…一人で運命に立ち向かってきます」


俯きがちに伽夜は言った。
ロートスは布団から抜け出し、伽夜をそっと抱きしめた。


「…っ…!! 本当は…っ!!  」


ロートスの背中に回された手は、一瞬だけ強く握り締められ、そっと解かれた。
そして伽夜は深呼吸してから言い直した。

「私…どんなことがあってもきっとロートスさんの事を思い出して頑張りますから…昨日も今日もありがとうございました…」


部屋から飛び出していく彼女をロートスは自愛に満ちた瞳で見ていた。
彼女自身が選んだ道を後悔しないようにと願いながら

[43] 続・イタズラの一日
ティア - 2008年02月18日 (月) 21時54分

”今日はしあんちゃんとまーちゃんと三人でラブラブなことしちゃう(はぁと)”

例によって怪しい手紙がリップルの元に届けられた。

〜くそう、ティア姉、今度は何やらかすかにょ!〜

先日のこともあるので迂闊に部屋には入らずに、まず、窓の外に人を抱えて逃げられる準備をしてからリップルは盗聴器をしかけだした。

「・・・・」

「・・・・」

「・・・・」


ボリュームをあわせると中の音がシッカリ聞こえてきた。

「うーん・・・私はどちらかというと・・・Mですかね?」

まぜんだの突然の発言にリップルは噴出しそうになりながらも何とかこらえた。

〜!!!なんの会話してるんだぁ!!!〜


「ええ?私はまぜんだっちはSだとばっかり思ってたよ」

と、ティアの声も聞こえる。

相変わらず混乱をきたす内容の話にリップルも少し動揺を隠せないまま盗聴を続けた。

「え?そうですか?いえ・・・どっちかというとですが・・・やっぱりMですかね?」

「そうなんだー?しーちゃんはどっち?」

その問いにリップルも息を呑んで返事を待つ。

「あの・・・私は・・・Sのほうかと・・・」

「そなんだ?まぜんだっちと同じじゃないんだ?」

「はい、姉さんはMの方が良いみたいですが・・・私はSの方が・・・」


その危うい会話を聞きながら、リップルの内心も穏やかでなかった。

〜!!これは、三人の嗜好の話にょ?しあん姉がSなんて・・・〜


動揺しつつもシッカリ続きを聞いていた。

「ティアさんはどっちなんですか?」

「んー?私はSかなあ?」

「ああ、でも、ティアさんがSってわかる気がします」

ドキドキな会話が続く。

「じゃあ・・・そろそろ寝る前に・・・三人で試してみようか?」

ティアのイタズラそうな声に我慢しきれず、リップルは今回も窓を数秒で開けて静止をかけた。

「ティア姉待つにょ!しあん姉とまぜんだ姉を悪の道に走らせちゃダメだにょ〜!」


バーン・・・と窓を開けたリップルの前には




色とりどりの下着を選んでいる三人(ティア・しあん・まぜんだ)がいた。

「あれー?リップルくん、どうしたのー?うちらはバーゲンで買った下着のサイズ合わせていただけだけど?何?一枚欲しいの?」

にやり、とティアが笑って手近にあるパンティをリップルの目の前に一枚差し出した。

しあんとまぜんだは赤くなって持っていた下着を背中に隠していた。

「あ、あ、エロドガーが呼んでるからオイラ帰らなきゃ!しあん姉気をつけて帰るにょ!」

そう言い残し、今回もティアへの復讐を胸に誓いながらリップルは今日も逃げ去っていった。(ちゃんちゃん☆)


[45]
ティア(756) - 2008年02月26日 (火) 23時17分

その話を聞いてからティアは着々と準備を進めていた。

リュックの中に大量の掃除道具をいれて、約束の時間から一時間半近く遅くに目的地に到着する。


ピンポーン、とティアが押した軽快なドアの電子音の後、室内から小走りしている音と鍵を開ける音がした。


「あ、ティアさんいらっしゃい♪でもボク、そろそろ勤務時間なんだ」


招き入れた。


「ううん、お仕事前にちょっと時間見つけて会いたいって言ったのに遅くなったのは私だからさ♪」


慌ただしく制服を着込み、髪の毛を結び付けている瑞穂にティアは苦笑いしながら話かけた。


「今日は二時間くらいで帰れるから良かったら本でも読んで待っててくれる?」

「うん♪そうさせてもらうね♪」

「じゃあ、行ってきます〜」




〜よし、予定通り♪〜



ニヤリと微笑みながらティアは瑞穂を見送った。


そう、瑞穂が部屋を散らかしまくると話を聞いてから、いつか掃除に行こう!と予定を立てていたのだ。


「本人いると”何でもいるもの”とか言われて片付かないだろうからね〜☆」


ぶつぶつ呟きながら、まずは部屋中の散らかった服と寝室のリネン類を20分で洗濯し、棚という棚にハタキをかけてからゴミを分別し掃除機をかける。かなり手早い動きで作業を続ける。

そして余った時間で拭き掃除とお茶の準備をしてティアは瑞穂の帰りを待っていた。

「ただい…わっ!部屋がなんか綺麗になってる」


その嬉しそうな姿を見て、ティアも満足そうに微笑んだ。
そしてその日は和やかに過ぎた。


しかし、毎週のように


「せっかく綺麗にしてもらったのに、今は元に戻っちゃった」


と瑞穂に邪気のない笑顔で言われ、月に何度か大掃除する羽目になるとは、予測の上手いティアでも予想しきれず、その先苦労したとかしないとか…。

【おしまい】

[46] 手紙
ティア(756) - 2008年03月17日 (月) 22時31分

ある晴れた日、ティアたちが住む家に1通の手紙が届いた。
流暢な文字でティア宛に届いた手紙は友人であり、半ば仲間であるデミアンからの旅の報告だった。
洗濯したばかりのシーツがはためく丘に腰かけ、受け取った手紙をゆっくり読み始めた。

『ティアさんへ

お元気ですか?
僕は今ロートス師と一緒に旅の途中です。
ロートス師の装備の強化が終わらないから今回はご一緒させて頂いているだけなのですが、憧れの師と朝も昼も夜も一緒にいれ

るのは、僕にとっては至福の時間としか言いようがありません。
ティアさんなら理解してくださると思います。

今回は少し長い旅になるので、ティアさんたちのところにご連絡を入れておこうということになり、多忙な師の変わりに僕が手

紙を書くことになりました。
皆さんには後1月ほどお会いできませんが、お土産は沢山送りましたし、土産話は帰ったらお話させて頂きますので、もう少し待

っててくださいね。
師匠ったらすごいんですよ!
皆さんのお土産を迷いなく選んでたんです!
伽夜さんには土地の古文書、ティアさんと双子さんには名産品の食べ物、るきなさんにはぬいぐるみと可愛い小物・・・さすが

に皆さんとのお付き合いが長いのだな、と感じさせられました。
僕も皆さんにお土産を買いましたが、そちらは内密にしておきますので、届いた後に、どれが誰のか当ててくださいね(笑)

ここからは少し僕の愚痴というか、思ったことを少し書かせて頂きます。
ティアさんもご存知の通り、僕はずっと神のために飼われていたような生活をしていました。
だから、実は人に触れられるのが怖いし、触れるのも少し怖い所があったんです。
でも、ロートス師があそこから助け出してくださったとき、僕の手を掴んだときは触れられることが怖くなかったんです。
そのあと、まぁ、色々あって、軽く抱きしめられた感じになった時も、僕は普段とは違い、嫌だとは思わなかった。
そして、彼と出会ってからは触れることにも、触れられることにも抵抗がほとんどなくなり、笑うことにも、生活すること、す

べてに楽しみを見つけていけるようになりました。
一人の人との出会いがこんなにも人の生き方を変えられるのだと、とても感動しました。
僕も彼に恩を返したいとは思いますが、彼は自分の力で大半を行えるので、僕の出番はないかもしれません。
だから、この先で、僕が以前ロートス師が僕にしてくださったような感動を誰かに与えられるようになれたら、と、今はそれを

目標にしています。
うまくいくかもわからないけど、努力してみる甲斐はあると思います。

僕にはまだ相談や、こういう話を出来る人が限られているので、ティアさんにはお話させて頂きましたが笑わないでくださいね


ああ、師が呼んでいるので、いってきます。
中途半端な手紙になってしまいますが、今回はここで筆を置きます。
また手紙を書く時間が見つかり次第、手紙を送らせて頂きます。
ロートス師も宜しく伝えてくれ、とのことです。
ではお元気で。』

蒼い4枚の便箋を読み終えるとティアはくすりと笑って手紙を机の上においた。

「笑わないよ。デミさん頑張ってるみたいだもんね。手紙の前半分については皆にも話してあげないとね〜♪」

独り言を話しているティアの瞳に、旅のお土産らしき大きな荷物をもった郵便局員が目に映った。
彼女はゆっくり立ち上がり、郵便局員に微笑んでいた。



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