[64] 猫の末裔と同期生 |
- 七梨子 - 2007年07月02日 (月) 00時42分
「開寮50周年記念式典」―そんな招待状が届き、当時を過ごした建造物がそろそろ取り壊しになると聞いて、最後に一目みておくのも悪くないかという軽い気持ちで出かけることにした。 「何も変ってないな。」 当時は厳しい訓練や雁字搦めの規則に辟易していたものであるが、今となってはそれもまた思い出だ。友人同士で馬鹿騒ぎをしたり、寮を抜け出した後にどうやって忍び込んだものかと必死で経路を開拓したり、それなりに若者達は楽しんでいたものだ。修了後、毎年集まろうなんて言いながら何かと忙しく自然と疎遠になってしまった。そのうちに、忙しさの為だけでなく参加できない者も出始め、改めて自分達の任務の厳しさを思い知ったものである。 そこまで考えると、ある大事件を起した変わり者の同期生のことに思い至った。その事件は意外なほど長く尾を引き、結局、完全に解決することは無かった。途中で上層部の権力争いまで関わってきたらしく、後に緘口令が敷かれたくらいだ。今、あの事件の顛末を知る者は自分を含めごく一部しか残っていない。 「お〜い、ムスカ〜!」 思わず、振り返ってしまった。彼がここに居るはずなどないと分かりきっていると言うのに―。直後、足元にまとわりついてきた柔らかい毛皮の持ち主を抱き上げた。 「君はここの寮生か?」 「はい、そうです。すみません、ムスカ――猫を取り逃がしてしまって。」 「…その名前の由来って知ってるかい。」 「昔の先輩の名前だと言うことは聞いていますが、詳しいことはよく知りません。」
(気安く抱き上げたりなどしないでくれ給え) そんなことを言い出しそうな、ツンとした態度の金色の眼をした猫を見ていると、あの頃の記憶が甦って来るようであった。 「こんなところにお前は残っていたんだな…。」 やたら感傷的な気分になったのは、きっと少年の日々への想いのためであろう。 「…ムスカ……。」 ジタバタと暴れる小さな温もりを腕の中に感じながら、今となっては生きているのかどうかも知れない、かつての同期生のことがことさらに懐かしく思い出されていた。
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