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[18] 新米教師と小学生大佐
七梨子 - 2007年05月13日 (日) 18時49分

ある日の休み時間、生徒達が喧嘩をしていると聞き駆けつけたとき、その中には珍しい顔があった。自ら諍いを起こすことはないが誰かと一緒に遊んだり打ち解けたりしている姿も見せたことの無い、孤立しがちな生徒――ムスカという名のその少年が5,6人ばかりのクラスメートを相手に何やら言い争っていた。相手の人数の多さから見ても、かなり分は悪いようである。

「嘘じゃない!…本当に…まだ見付かってないだけで本当にあるんだ…!」

今にも泣き出しそうになりながら、それでも相手を見据えて懸命に主張する様子は、私が担任となって以来、いつだって何処か冷めたような態度であった彼が、初めて見せる感情的な姿だった。

「みんな、落ち着きなさい。何があったか話してごらん。」

ただでさえ、まとまりの無いクラス、新任とはいえ教師としての資質に問題がるのでは、などと常日頃ちくちくと攻撃されている身である。とりあえず、これ以上騒ぎが大きくなるのを阻止したかった。騒いでいた子供達を教室に招きいれ、双方の意見を聞こうとした途端に皆が口々に話し出した。

「あいつが空に浮かぶ城がある、なんて嘘つくからだよ。」
「そんなものがあるならとっくに有名になっているはずじゃないか。」
「作り話を本気にしてるんだよ。誰もそんなの信じてないのに。」

彼らの言葉を総合すると、この地方に古くから伝わる空に浮かぶ島の伝説に関する見解の相違が言い争いの発端であるらしかった。

「なるほど。それで、ムスカ君の主張は?」

一人黙って反対派の発言を聞いていた彼に話を向けた。暫く不服そうな表情でこちらを睨んでいたかと思うといきなり部屋を飛び出してしまった。待ちなさいという制止の声も聞かず、慌てて追いかけても何処へ逃げ込んだものかたちまち姿を見失なった。こうなっては放置しておくわけには行かない。結局授業どころではなくなり、学校中を探し回るはめになった。

子供が逃げ込む場所と言えば狭いところ、高いところ、それから立ち入り禁止の場所――。散々捜索して最後にたどり着いた屋上にも姿が見えず、どうしたものかと途方にくれていたところ、足元に伸びた影に不自然なものを感じて背後を見上げた。

「こんな所にいたんだ。」

やっと見つけた件の問題児は、屋上の階段室の上にうずくまっていた。

「――泣いてた?」

梯子段を途中まで登り、声をかけると、少年は赤くなった目を擦りながらそれでも気丈に振舞おうとして視線を真っ直ぐに向けて答えた。

「……ないてない…。」

「降りてきてくれないかな。先生、高いところ苦手なんだ。」

膝を抱えたまま一向に動く気配は無い。気は進まないながら、段を登りきり少年の隣に腰掛けると広い視界が目前に広がった。人によっては気分のよいものなのであろうが、苦手とする人間には全く理解しかねる心情だ。

「何があったか説明してもらわないと、どうして喧嘩になったか判らないよ。」

「…もう知ってるくせに。」

ふてくされたような響きのあるその言葉に、この変わり者の少年もやはり年相応に拗ねたりすることもあるのだなと珍しいものを見たような気持ちになった。

「片方の言い分だけでは判断できないからね。君の言葉で説明してもらえるかな。」

空に浮かぶ島の存在を信じる年齢でもないだろうに、普段教師たちが扱いかねるくらい妙に大人びた少年にしては意外だというのが正直な感想だった。
始めはぽつりぽつりと、次第にこれまで見せたことの無い熱のこもった調子で、身を乗り出すようにして少年はその伝説について語り始めた。未だ幼い言葉、拙い語彙で考えを表現しきれないことがもどかしくてたまらない様子が伝わってくる。

少なくとも、この子にとっては、それはただの伝説ではないらしい。

10歳にも満たない少年の真剣さに気圧されそうになる。強い意志をもつその金色の瞳に真っ直ぐ見つめられ、一瞬、鼓動が速まったような感覚を覚えた。

「…でも、先生も本当は信じてないんでしょ。」

一頻り話終えた後、すっと視線を落としてそう小さくつぶやき、自分の口から発せられた言葉のせいで傷ついてしまったらしく、再び泣き出しそうな気配が漂い始めた。

膝を抱えてうずくまる少年の肩に手を置き、小さな身体を向き直させて涙の溢れかけた目のふちをそっと指でなぞると、驚いたように見つめ返してきた。

「人に信じてもらえない辛さはよく分かるよ。」

不安げな表情を浮かべるその顔を見つめながら薄茶色の髪をかき上げる。さらに差し入れた指を絡ませ、手をそっと後ろへ梳き流した。何度か繰り返すうちに段々と落ち着いてきたのかこわばっていた体から静かに力が抜けてゆくのを感じた。

――柔らかい髪が指を滑る感触、仄かに伝わってくる高めの体温、子供特有の甘い匂い――。目を閉じて無防備に身を任せるその様子を見て、その時、庇護欲とはまた異なる感情が沸き起こっていた可能性は否定しきれない。

気がつけば次の瞬間、そっと額に口付けていた。ゆっくりと身体を離すと、再び見開かれた金色の瞳と視線が絡んだ。

「…先…生……?」

「そうやって一人で決め付けるのはよくないね。人間っていうのは、どんなに話し合っても本当に分かり合えるものじゃないんだから。」


今は年相応に幼い表情を浮かべる少年ではあるが、適当な言葉でごまかせる相手ではないことは十分に理解していた。

「君が言ったことを事実だと言い切ることはできないけど、嘘ではないね。空に浮かぶ島の存在を信じていることは本当なんだから。」

それに、彼らが君を嘘つきだと証明するためには全天空を捜索する必要があるからね、とも付け加えた。

 結局その後は特に会話もないまま、授業時間が終わるまで屋上で過ごした。最初に見つけたときと同じ姿勢で、しかし随分明るい表情で少年は空を見つめていた。その横顔を眺めながら、彼に対する他の教師達の評価が思い返されていた。『協調性の欠如、アンバランスな集中力、反抗的な態度…』それは見方をかえれば確固たる自分の世界を持っていると言うことでは無いだろうか。

微かに授業の終了を告げるチャイムの音が聞こえてきた。

「さあ、そろそろ戻らないと皆心配するよ。」

チラリと此方に向けられた冷ややかな視線は、いつもの、可愛げのない、何処か人を馬鹿にしたようなそれだった。

「…あまりサボっているのがばれると先生もいろいろ都合が悪いんだよ。」

少年が小さく笑う気配を感じた。

「それから、話し合いの途中で飛び出してきたんだから、後できちんと仲直りしないと駄目だよ。先生も立ち会うから。」

「仲直りしないと先生は困る?」

「かなり困るね。最初に受け持ったクラスに君みたいな困った子がいるから先生も大変なんだよ。」

「…もう一度、さっきと同じ事してくれたら言うこときいてあげる。」

先ほどの行動が思い返される。弾みでとはいえ、私は自分の生徒に何と言うことをしてしまったのか――。一瞬の間に、最悪のシナリオが脳裏を駆け巡った。少年に対するいかがわしい行為……教え子への不適切な接触……教師として不適格な性癖……。証言の仕方によっては十分に不利な立場となり得ることに思い至り、内心の焦りは極限に達した。

「ただの冗談だよ。」

大丈夫、さっきのこともないしょにしてあげるから――少年は耳元で囁くと、側をすり抜けて梯子段を伝い下りて行った。振り返って此方を仰ぎ見るその表情は、見た目だけなら今までの中で一番子供らしい笑顔であった。どうやら、完全にからかわれてしまったらしい。

「早く戻らないと『皆が心配』するんでしょ。」

すっかり脱力し、遠ざかってゆく小さな足音を聞きながら、あの少年にこの先どれ程振り回されることになるのかと考えると気の重くなるような、ある意味楽しみでもあるような不思議な気持ちになっていた。



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