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[104] 雪の夜語り
7℃ - 2008年01月04日 (金) 06時45分

・ギャグです。
・大佐再就職分岐での話と思って下さい。J君S君は
同じ軍に潜入済み、わんこ君にはちょっと意地悪です。
・その分岐だと考えると時系列がややおかしいのですが、
大佐の守備範囲がものすごーく広かったということで。
・子飼いながら油断のならないJ君S君と大佐の関係を
クールに書きたかったのですが…お屠蘇気分で読み飛ばして
下さる方だけ、よろしくお願いします。m(_ _;)m




 雪の降る清らかな夜だった。
 だが。
 男が3人居て酒が入れば、ろくな話になるわけがないのだ。

「へえーえ、やっぱ育ちの良いエリートさん程、あちら方面はがっついてるってのは、本当だったんだなー…よりにもよって大佐の話を肴に飲みたいだなんて、そんなくだけたご趣味とはまったく恐れ入りました。でも、まあー、せっかく酒まで差し入れてもらったことだし? 喋りますかね。いろいろと、大佐のアレな話ってのを?」
「いや誤解しないで下さい。俺は別に下劣な噂話が聞きたいわけじゃなくて、ですね!」
「あー、でもとりあえず下劣な話だとは思っているんだ」
「ぐっ……」
「…言っておくが、大佐に関するあれな噂はおおむね真実だぞ」
 傍らのJが、物静かに口をはさむ。
「そ、そんな!」
「そうそう。最近はちょっとおとなしくなっているみたいだけど、陰で何をしているやらって…」
「あ…ありえない! よりによって、身近な貴方たちまでがそんな事を口にしてどうするんですか! 違うでしょう!? 大佐は誤解されやすい人なんです!」
「誤解ねぇ…」
「誤解ときたか…」
「言っておきますが、俺は釣られませんよ! なにしろ、あのこじれにこじれたYーー公国との国境交渉を、わずかに七週間でやってのけた人なんですよ!? しかも双方1発の銃弾も撃たせずにです…あんな凄い人が卑劣な中傷の的になっているというのに、何とも思わないんですか、あんたらは!」
「…そういうこともするが、ああいうこともするんだ。それが大佐だ」
 なにやら沈痛なJの言葉に、平然とSも同意する。
「誤解の入る余地なんかないね。まあ、ひとことで言えばイカレているって事だよ、あの人は…いや、正直俺は大佐には昔からわりと執着していたんだけどね? もともと制服組だったし、接点は少ない職域にいたんだけど、それでもほら、なんか噂とかさ…聞こえてくるわけだ。軍属だから他にそういうネタのある将官も多かったけど、大佐は別格っていうかさ。俺的にね」
 愉しげに瓶を抱えながら、すでに数本を空にしている筈なのに、顔色一つ変わっていない。
 強いていえば『その話』がしたくて堪らないあたりが、そうとう廻っているということなのだろうか?
「なんていうのかな、他でさ…体、使っている噂のある連中はみんなどこか卑屈って言うか、最後は自分を恥じている気配があるのに、大佐だけは逆でさ。やることはえげつないわ、欲しい獲物は渡さないわ…誰でも彼でも踏みにじって通る気満々の気位の高さが最高っていうか、堪らないわけ」
「……」
「いろいろと異名もあったしな? なんだっけ…『参謀司令室の悪夢』だろ、『特務の毒ヘビ』だろ? そのあたりは特務畑のこちらさんの方が詳しい筈だけどさ」
「『冷血淫売のムスカ』が、俺としては一番はまった」
「ああ、それそれ。それ最高」
「あ、あんた達、歪んでる!!」
 義憤にかられて吠える大型犬の椅子を、あっさりSが蹴り飛ばす。
「お門違いだっつーの、大佐はあれがノーマル仕様なんだから。温室育ちのお坊ちゃんは黙ってろって」
「…温室育ちかも知れませんが、俺は上官への侮辱に対してなら、いつでも決闘を申し込む覚悟くらいあります」
「やろうって言うの。へえー、じゃあ抜けば?」
「まあ、待てS」
 やんわりとJがわって入る。
「そんな理由で騒ぎを起こしてどうする。だいたい事情を知れば、まず真っ先に大佐が…あー、かなり困惑するぞ。それよりこの坊やに納得してもらうべきだろう、大佐の何と言うか…鬼畜な実像というか…」
「何か吹き込もうというなら無駄です。さっきその人が言っていましたよね? 『大佐とは別部署だった』って。という事は、あんた達の話も大半がデマってことになる」
「おー、犬コロのわりに賢いじゃないですかー」
「確かに、我々はどちらも大佐の直属だったわけじゃない。だが、それでも事実は十分に証明は出来るんだ。まあ聞け、あれは恐ろしい体験だった…」

[106] 雪の夜語り
7℃ - 2008年01月04日 (金) 06時50分

 ・
 ・
 ・
「あれは、たしかSーー河沿いの防衛線が瓦解した直後だったと思う」
 思い出す口調で、Jが語りはじめた。
「あの時はなにしろ、同時に二つの大隊が退却…というより、潰走だな、あれは…を始めたものだから、指令系統から何から滅茶滅茶で、俺とSと大佐は通信網の立て直しに、司令部で泊まり込の状態だった。俺達もだが、大佐はまず間違いなく二日は寝ていなかったんじゃないだろうか…」
 知らせを最初に受け取ったのはSだったが、読み返してみるまでその一報が何を意味するのか理解出来なかったという。
 それから勝手に顔から血の気が引いていった。
 真顔でJを呼びつけて、間違いがないか確かめてから、二人して書類の山に埋もれた大佐のデスクの前に立ち、声をかけた。
「大佐、第11分地区から13分地区にかけての鉄道網が破壊されました」
「フン、莫迦共が。あの地域のゲリラには注意を払って当然だったろうに…だが輸送は確保せねば総崩れになるぞ。せいぜい泡をくって踊るがいい、ハッ、面白い見物だ…いいからJ、その書類を取ってくれ」
「緊急の対策として、参謀本部では今朝程第6、第7及びそれら予備師団の合流地点を変更し、当該地区への移動を命じました」
「…何だって!?」
「第6師団が守備していた地区は、これで完全に敵軍への防壁を失うことになります。現在の戦況から判断して、撤退の翌日には向こうの総攻撃が開始されるでしょう」
「だが…だが、そこには…」
 何か言おうとして、金色の瞳が瞬き、それから俯いて視線が1点に据えられた。掌が握り込まれて、関節が青白く浮きあがる。
「大佐…何と言ったらいいか…お気の毒です」
 重く垂れ込めた沈黙を破ったのはJだった。
 押さえた溜息と共に、俯いたままのムスカが低く答えた。
「すまないが…暫く私を一人にしてくれたまえ」
 声もなく頷いて席をたった二人が、凍りついたような部屋を後にする。
 だが廊下に出た途端、振り返ったJが顔色を変えて出てきたばかりのドアを無言のまま蹴り開けた。
 と同時に、飛びかかったSが大佐の右手を、磨き上げたデスクに叩き付ける…鈍く光るエンフィールドが音を立てて部屋の隅に滑っていった。
「布だっ、噛ませろ、舌を噛むぞ!」
 言うまでもない、手際良く裂いた布を口枷にして固く縛り上げる。
 その間中、山猫のように抵抗し暴れるムスカを、無言のまま二人掛かりで椅子に押さえつけ、手脚ごと縛り付ける。
「貴方らしくもない、馬鹿なマネを…!」
 ようやく拘束を終えると、吐き捨てるようにJが言った。
 返答が出来ない代わりにガンッ、ガンッと、椅子を揺さぶって床に打ち付けながら、獣のような唸り声で応じる。
 耳障りな音が薄暗い部屋の天井に、繰り返し響いて木霊する。
「人を呼ぶ気ですか、殴りますよ」
 言った瞬間、大きく手が動いてしたたかに頬を打ちのめしていった。
「……グッ」
 薄く色の入った眼鏡が衝撃でずれ、金色の眼が爛々と怒りを滾らせて真っ向からJを見据えていた。
「そういう眼をしている間は、解くわけにはいきませんね。ですが、お互いの意思の疎通の為に右手だけ自由にして差し上げます」
 その言葉通りに右手の拘束を緩めて、ペンを持たせる。

 『邪魔をするな』

 一行、書きなぐってから、もう伝える事は無いとばかりにペンを放り出す。
「御静かに、大佐」
 その眼を覗き込むように顔を近づけて、Jが囁いた。
「御気持ちはわかりますが、そんなことをして何になりますか?」
 不測の事態に切り捨てられた、地図上のごくごく僅かな間隙。
 その最も弱い地域に「彼」がいた。
 旅券も金貨も、別れる際にムスカが残してきたものには何一つ手をつけず、頑なに動こうとしなかった「彼」はまだあの街に一人で残っている。
「たしかにあそこはもうお仕舞いでしょう。侵攻が始まればひとたまりもない…最初の砲撃で、街中が間違いなく火の海だ。で…あいつが死ぬから、あんたは頭を撃ち抜くというわけですか? ふざけた事をしてもらっては困りますね!」
 再び、獣のような唸り声が応じる。すると、
「そうですよ、大佐。あいにく俺達はそんなに優しくはないんです…だってあんたが死んだら、俺達が困るわけですしね?」
 背後から、やけに陽気なSの声がかかった。
「忘れてもらっちゃ困りますね、大佐。貴方に死なれると俺達はかなり酷いツケを払う事になるんですよ。それはないでしょう? 俺達はどうせ貴方の操り人形だ。あんたが糸を引いてくれれば、俺もJも楽しく仕事ができる。ですが、人形より前にあんたに退場されたら…その後の事は実際、考えたくもないです」
 含み笑いをしながら、ゆっくりと手が喉元を撫でるように動く。危険を感じて無理矢理振り向こうとすると、首筋にヒヤリとする針の感触があたった。
「ああ、わかりますね? これ…かなりの効き目ですよ。前に大佐が尋問の時に使われた薬より、きっついんじゃないのかなぁ。大佐がどうしても言うことをきいてくれないなら、もういいですよ。こいつを嫌って程射ってから、ついでに俺とJであんたを輪姦させてもらいます」
 にこにこと、まるでお天気の説明でもするかのように淡々とそう続ける。
「薬漬けになるまでしっかり仕込んでから、どこか適当な機関にでも売り飛ばさせてもらいますよ。あんたなら、まだそれでも暗号解読機位には使えるでしょうしね? 俺的にはぜんぜんわりに合わない話ですが、それでも死なれるよりは、まあ…マシですから」
 優しい手つきで、試すように二の腕をゆるゆると撫でられる。
 こめかみからの汗が一筋、伝って落ちていった。
「さあ、どうしますか? 大佐」
 顔を近寄せて、Jが囁く。
「あくまで強情を張って、俺とSにここで薬漬けになるまで廻されたいですか? それとも?」
 土気色の顔を強張らせているムスカの髪に手をやり、あやすように撫で付けながら、
「さあさあ、大佐。そんな恐ろしい顔をしないで下さいよ。俺達は別に、どうでもそんな鬼畜な真似がしたいわけじゃない…貴方さえ自力でこの苦境から抜け出して下さる気があるなら、俺達はまた手足になってお仕えしたいわけですからね…無論、お怒りなら多少のお仕置き程度は覚悟しておきましょう」
 視線はあくまでそらさず目の奥を覗き込みながら、投げ出されたペンを拾ってもう一度手に握らせる。
「足掻いて見せて下さいよ、大佐。悪巧みならお手のものでしょうが…?」
 息をのむ音さえ聞こえるような長い間の後、右手が紙の上に一行だけ書きなぐる。

 『覚えておけ』

 かすれた声でJが笑った。
「それでこそ大佐です。では、とりあえず状況の確認をさせて下さい」

[107] 雪の夜語り
7℃ - 2008年01月04日 (金) 06時52分

 紙の上にもう一度ペンが滑る。
 『第6師団の移動は決定事項か』
「はい、これはもう動かせそうにありません。ですが、あの部隊はもともと来月には前線への移動命令が出ていましたし、代わりの師団が予定通りに南下してくる最中です。およそ10日以内には同地に着くでしょう。これを何とかして速めて、1週間程度で援軍が到着するようにすればあるいは…」
 『無駄だ。侵攻が始まれば3日で全てカタがつく』
 記録的なスピードで援軍が到着しても、待っているのはせいぜい焼け野原だ。
「その場合でも、非戦闘員の死亡率は半数がいいところです。彼が必ず生命を落とすとは…」
 『祈って待てというのかね?』
 かすかに歪んだ文字が、短く綴られる。
 法に守られない裏町だからこそ住人の結束は固かった。彼はその中に、不思議な程すぐに溶け込んだ。災厄が始まった時、まず女と子供、それから老人を逃そうとする男達が真っ先に死人の列に入るだろう。そして、彼はその中に必ずいる。
「…わーかりました、もういいですよ! 俺かJが行って、あいつをぶちのめしてでも安全なとこに監禁して置きますよ。それでどうですか?」
 『間に合わん。ここから何百キロ離れていると思う』
 まして輸送の為の機関が、各所で分断されている現状があった。
「どうでしょう大佐、撤退する師団のどれか部隊を現地に足留め出来れば…たとえば第6師団旗下のKーー連隊の指揮官は、傭兵まがいの守銭奴です。金さえ渡せば、命令を無視して移動を長引かせる位の事は喜んでやるでしょう。残存兵力がゼロでない状況なら、局面はいくらでも動かせる筈です」
「金なら用意できますよ、大佐。要するに司令部の裏金に手をつけるわけですけど…任せて下さい、ちょろいです」
「大佐、如何でしょうか?」
 しばらく考えてからムスカは首をふった。
 『難しい。仮に足留め出来たとしても、輜重隊は師団と共に動いてしまうわけだから、軍用倉庫は空になる』
 食料もない…銃弾も火薬も、およそ補給の為の物資が何も残らない状態では、10日間、兵力のフリをする事さえ困難だ。
 『金で動く程度の指揮官ならば、その手の事柄には真っ先に気づいて途端に逃げるだろう』
 Jが、顔をしかめる。
「何か…何か手はありませんかね? 要するに問題は補給でしょう?」
「だが、武器弾薬の類を現地へ送り届けるのは難しいですよー。先日のゲリラ関連で、その手のブツの移動には司令部がムチャクチャ神経質になっていますからね」
「別に食料も簡単じゃない。もともとあの辺りは工業地帯で余剰が少ない上に、軍隊が長く居座ったからな」
 カツカツと右手のペンを机に叩き付けていたムスカの手が、一点で止められる。
 『結局、あるとすれば軍の倉庫だけだ』
「それは、まあそうです」
 『だが、ここに居る私が手を出す事は難しい』
 書き終えて、暗い眼差しで虚ろに天井を見上げる…。
「ちょっと待った! 落ち込まないで下さいよ…無いってわけじゃなくて、ある場所にはあるんですから…横取りする事はまだ可能な筈でしょう!? 横取りとか横流しとか、やったことがないとは言わせませんよ。ですから、ええっと、そう…横流しさせればいい! 補給の関係者を押さえられればいいんですが、あいつらはオカタイから…後はええと…」
「物資は通常、輜重隊の責任者が振り分けて各部隊の指揮官へいきます。補充は随時申請出来ますが、すぐ来るわけでもないですから、気の利いた指揮官ならいささかの備蓄は貯めてあるでしょうが…せいぜい部隊の1日2日分です。バレると減俸ものでもありますしね」
「それでも集めれば、なんとか10日分位には…!」
 『手当たり次第にここから電話をかけて、やあ、君の隊の隠し備蓄を高値で買い取りたいのだが…とでも言えというのかね? そんな莫迦げた話に、釣られる間抜けがいるものか!』
「た、たしかに怪しいですな。どう見ても査察官のひっかけだ…」
 『しかも相手はこれから激戦区に移動するのだ。命綱かも知れない備蓄をそうそう金では手放さない』
「いや…そこは別に、報酬は金じゃなくてもいいんじゃないですか? 大佐」
 Sの目がそこで妙にあやしく輝いた。
「考えてみると、ですね。二個師団というのはかなり大きな規模ですよねえ、大佐…で、それ位の規模ともなれば、指揮官達の中には当然『大佐の昔のお友達』が何人かは混ざっているんじゃないですかね?
 聞いちゃいますけど、第6第7師団の高級将校の中に、あんたの昔の餌っていうか、相手って何人位いるんですか?」
 セクハラまがいの発言に、虎のような絶叫がわき起こるが、動じないSが続ける。
「どうせあんたのことだから、取り入るだけ取り入ったら平気で突き落としたんでしょうが、寝物語に弱みとかネタとか、手に入れているんじゃないんてすか? そういう連中を狙って落としてみてはどうなんです? 記憶力が良いのは分かってるんです。いろいろと、ネタはある筈でしょうが」
「たしかに…別に機密を売れという程でもない、この際はプライベートな性癖でも結構有効かも知れませんな。試してみる価値はある」

 『あるわけがなかろう!』

 紙がくしゃくしゃになる程の筆圧で、ペンが書き殴る。
「そう言わないで、大佐。あ、でも、それでも嫌だって言うなら…?」
 Sが再び注射器に手をのばす。瞬間、目でわかる程ギクリと拘束された体が強張る。
「そうそう、いい子ですからねー」
 タイミング良くJが持ってきた名簿を、だだっ広い机の上に広げる。
「さあ、どうです? 見覚えのある名前ってありますか?」

 『ちょっと待て! 貴様ら莫迦か?』

 ある意味、絶体絶命の表情でムスカが必死にペンを動かす。
 『仮にそんな昔の手合いがいたとしても、私の言葉を聞くわけがなかろう!』
 利用するだけして、嘲笑いながら突き落としたのだ。
 『弱みがあったとしても、彼らにとってそれは今更たいした弱みではない。それに私だって覚えていない!』
「嘘」
 『恨み骨髄こそあれ、今更私の要求を聞くなら、降格の一度位喜んで選ぶのが当然だ!』
「ま…それは貴方の腕次第でしょう、大佐。考えてみると一度は籠絡した相手ですし、死に物狂いでここはもう一度落としてみては?」

 『ふざけるな!!』

「凄いな、その目。一撃で心臓が止まりそうだ…ぞくぞくしますね、あんたが涙ながらに昔の男をかき口説くシーンが見られるなんて、もうね…最高だ」
 注射針をわざと首筋にあてながら、甘たるい声音でSが囁く。
「さあ大佐…やってみせて下さいよ、ね?」
「努力もせずに諦めてしまうほど、愚かなことは無い筈では」
 およそ長い長い間があって、ムスカの表情の奥を監視していたJがSにうなずくと、上半身を固定していたベルトをSが外した。
 腕が自由になった瞬間、前にいたJが殴り飛ばされたが、これは単に『前にいたから』という理由にすぎないらしい。その証拠に、背後で上手に距離を取るSにもジリジリと金色の視線がむけられている。
「仕返しは後にして下さい、まずは名簿です。景気良く片っ端からかけてみることです、おいS、大佐にワインか何か用意しろ」
「…コーヒーでいい」
 口枷を自分で外しながら、不機嫌にムスカが訂正する。
「ワインの方がいいんじゃないですかー?」
「地獄へ落ちろ」
「申し訳ないですが、足を縛っている方はそのままで御願いします」
「貴様も地獄へ落ちろ」
「…そのうちに」

[109] 雪の夜語り
7℃ - 2008年01月04日 (金) 06時54分

 ムスカの指示で発信元のわからない通信回線が用意され、送話器につながれる。
 まだ熱いコーヒーを一息にあおるようにしてから、ムスカが送話器を取り上げた。

「…やあ、ハインリヒ。久しぶりだね、私だよ、ムスカ大佐だ…あいかわらず声が大きいな、やかましいから少し黙ってくれないか? ああ、承知した、私は人でなしの毒蛇だってことだな? まあ、いいじゃないか…今日は君に良いニュースを持ってきたんだから。よく聞きたまえ。私は今、第6師団の守備地区に滞在しているのさ。ふん…そうだ、よくわかったな。少しは知恵がついて良かったじゃないか…そんな訳で、3日後には私は爆撃で黒焦げの焼死体になる。どうかね? 胸がスッとするニュースだろう?」

 それに対する相手の応えはわからないが、何やら激昂した怒鳴り声が机越しにJ達のところまで聞こえてくる。
 眉をしかめて送話器を遠ざけながら、

「うるさいぞ! あたりまえだ、逃げだせるものならとっくに逃げている。だが、いささかヘマをして動きが取れなくなった。悪運が尽きたという訳だよ…それでふと君の間抜け面を思い出したのだ。
 君からはいろいろと機密を盗ませてもらって、有り難かったからな。おかげで君は勲章をはぎ取られて、地方にだいぶ長く飛ばされたって? 笑えるな。実際、よくここまで戻って来られたな。コツコツ努力するしかない軍用犬なのにな? いや、軍用犬だからかろうじて戻ってきたのかもな…いや、私の話はどうでもいいだろう。ピリオド、ジ・エンドさ」

 含み笑いが、低く流れる。

「そうだな、実際もう一度脱出を試みてみるつもりだがね。おそらく失敗するだろう。君と違って私は計画の見通しは正確だ。実をいうと、追われているのさ…ヘマをしたと言ったろう? そんなわけで不用意に表に出れば、今度は追っ手に捕まって私刑直行コースだ。どちらが望ましいかは、考え所だな…どう思う? そうだ、何なら君に選ばせてあげようか! そういえば君にはその権利があるしな…よろしい、そのお粗末な頭でわかるようによく説明してあげよう。黒焦げか、私刑だ。好きな方を選ばせてあげるよ、ふふん。君の好みはどちらかい…砲弾の直撃より、私刑の方が味が良いかもな?
 いずれにせよ、新聞の切り抜きは大事にとっておくがいい。いつかまた、君が間抜けにも階級を転がり落ちた時にきっと良い慰めになるから、あのムスカが…色仕掛けで君を利用した冷血の淫売が、最後は泣きわめきながら、どこかの地下室のギロチン台に引きずられていったんだ。素敵だろう? 私なら胸がスカッとするね、ハハハ。命ごいだってするかも知れないぞ? 本当さ、私だって命は惜しい…その場になれば、何でもするさ。無論、無駄だろうがね。これはたぶん悪行の報いという奴だ…君のような間抜けを騙して何が悪いのか、私には理解できないが、まあいいさ。ささやかにお礼返しをしてあげるよ…君の望む死に様を楽しみにしておいで、ハインリヒ…それじゃあ、切る。邪魔をして悪かった」

 そういいながら、通話はまだ続いている。
 送話器を漏れる相手の怒鳴り声は、ますますテンションが上がってきているようだ、JとSにも通信の向こうで部屋中歩き回る男の姿が見えるような気さえした。適当に相づちをうつ以外、黙って耳を傾けていたムスカの口元がふいに弧を描いてつり上がった。
 薄いくちびるが、信じられないといった微笑で妖しくつり上がる。

「馬鹿かね、君は…下らない冗談はやめたまえ。補給などありえない! そうだ、2個師団が揃って転進しているんだぞ…銃弾となにより糧食が手に入らないのだ。雇える傭兵などいるものか…ああ、ご推察通り毒蛇は金なら持っているさ。だがこの局面では金がなんだ…武器が無ければ戦えないんだ。もうこの話は止してくれ、ずいぶん残酷だな!? 私にだって悔しいという感情くらいはあるのだ、10日…せめて10日持たせればッ…ああ、なんだそうか。これが君の復讐というわけかね?
 腕をあげたな、ハインリヒ…素晴らしいよ。しかも、ああ…そう来たか…君の隊の2日分の糧食だって? フフフ、ますます残酷な釣りだね…君のようなお人好しでも憎悪にかられれば、これだけの仕打ちが出来るわけか。儚い希望で私を釣り上げてから、遠くで嘲笑うつもりだね。信じないとも、私が君にした事を忘れた訳ではない。わかったわかった、いいだろう、言いたければ言いたまえ…最後の気まぐれにつき合って聞いてあげよう。え…場所って…? 場所って何かね? 受け渡しの場所?」

 『地図!』

 いつのまにか、肩を寄せ合って立っていたJとSが飛び上がって用意した地図に、慌ただしく目を走らせる。
「…そうだな、営舎から北の河沿いにある倉庫が適当だな。転進する部隊の方向とはズレているから見つかりにくい。信じている訳ではないが、私なら…そこが適当だと思うだろうな。もう切るぞ、これ以上君の復讐心につき合う気力もないからな…ごきげんよう、ハインリヒ。期待などしていないから安心したまえ、では…」
 通信回線が切れると、恐る恐るといったJが口を開く。
「た、大佐、そ、その…首尾は…」
 返って来たのは、吹き荒れる怒りの爆発だった。
「わかるものかね!」
 書類、インク壷、ペーパーウェイト、手当り次第に目の前にあるものを立て続けに投げつけながら、ムスカが吐き捨てるように言う。
「私にわかるわけがないだろう!? あの間抜けがノコノコ食料を渡しによこすか、それとも正気づいてドブに投げ出すか…どうしてわかる!? まったく救いがたい愚か者の脳の働きを…私に推察しろとでも言うのかね!? ええ!?」
「わかりました! わかりましたから、大佐、落ち着いて下さいっ!」
「私は常に冷静だ!!」
 電光の速さで飛んできたペーパーナイフが、首筋1ミリをかすめて後ろの壁に突き刺さる。
 そして、ようやくムスカが乱れた呼吸を整えて唇を吊り上げた。その後、Jが幾晩もうなされたと告白する蜜のような微笑みだ。
「まあいい、いずれにせよ奴から提供できる糧食は2日分という話だったな? 生憎だが2日分ではぜんぜん足りん…足りないということは、もっと欲しいと考えて差し支えないということだ」
「……は」
「J君、何をボサっとしているのかね? 次の通信回線の準備をしたまえ。S君、すまないがやはりワインが欲しい、50秒以内に用意してくれ…いや、もっと強い酒がいいな。ウォッカはあるかね」
「大佐、その…徹夜明けにウォッカですか…?」
「…呑まずにやっていられると思うのかね?」

[110] 雪の夜語り
7℃ - 2008年01月04日 (金) 06時56分

 ・
 ・
 ・
「後から思うに…あの時点で大佐は相当きれていたのだと思う。Sのボケがまた、本当にウォッカを持って来やがったから」
「すまん、怖かったんだ…なんて言うか、逆らったら何をされるかわからないという気持ちと…いっそされて見たいという気持ちが、我ながら恐ろしかった」
「ともあれ、後にも先にもウォッカの一気飲みをする大佐を見たのは、あの時だけだ」
 口々に恐怖を言いながら、その晩の大佐語録を取り憑かれたように語り続ける。
 ・
 ・
 ・
 『弱いものが強いものの餌食になるのは当然だ。狼が羊を喰って何が悪い? 奴らは喰われる為にこそ存在が許されているのだ!』

 『やあチャールズ、よくわかったな、私だよ。もう何年になるかな…一つ、言い忘れていたことがあったので連絡をと思ってね。例の写真、そう君のね…あれはもうとっくに無くなっているから安心したまえ。公表されると家名にもかかわる代物だから、小心者の君は未だに心配しているんじゃないかと気になってね。この世の名残に借りを残したくもないから…いや、こっちの話だ。君は安心してせいぜい家名の為に尽くしたまえ。私か? 私はどうでもいいだろう…連絡をとったのも、所詮気まぐれだ。そう…すっかり忘れていたとも、君などどうでもいい存在だ。写真も実を言うと、いつの間にか無くしていたのさ…疑うこともなかろう? 無くしたんだよ、まさか大事にとっておくとでも思うのかね…?』

 『レオン、相変わらず仕事の虫かな? 時間がないので簡潔に伝えるよ。君のカフスの件だ…きっと無くしたと思っているんじゃないか? 迂闊だな、そんなことだからつけ込まれる。策士のつもりでいるが隙だらけだよ、君は…私には本当に容易い獲物だった。ところでカフスの件だが、あれは宿に預けてあるんだ。紋章が入っていたから何かの足しになるかと思って盗んでおいたのだが、不要になったので手放したんだ。君と私が最後に滞在した宿を覚えているか? 湖の側の…あの宿の支配人に預けてある。そう…封筒に入れて、君の名前でね。何年も前だが律儀そうな男だったから、まだ保管しているに違いない。
 時間を作って取り戻してきたまえ、母君から送られた大切な品なんだろう? 遺影によく詫びて、これからは色仕掛けに惑わされないと誓いたまえ、可愛いレオン…君は本当に容易かった…』

 『J、S、困った事に私は、腑抜けを見ると撃ちたくなる性癖を持っているのだ。言いたいことがあるなら、はっきりと言ってみたらどうかね!? あとS、さっきから何か数えているらしいが、何を数えているのかね? そうやって手を後ろに廻して、苦労してメモを取る程面白い事柄があるなら、ぜひ教えて欲しい物だな! そのメモを出せ! 撃つぞッ』

 『ん…君は誰だっけ、ああカールか。お察しの通り酔っている…酔ってでもいなければ、君に通信など送るわけがなかろう?』

 『いやすまない、有り難いが食料はいらない…なんというか、もう充分…いや、こちらの話だ。コーヒー? いや、嗜好品は…ちょっと…黒色火薬程度なら嬉しいかもな。頭を吹っ飛ばすのに使えそうだし…』

 『いや、待ってくれ! 頭を冷やせ…いいか、マクレイン、君に来て欲しいなどとはまったく思っていない! 嘘じゃない、本当だッ…君の顔などぜんぜん見たくない。なぜ信じない…莫迦かね、君は!? 何も強がっていない、私は個人的には君が大嫌いだった! 君の指揮権目当ててですり寄ったが、利用価値が無くなったから捨てたんだ…わかるか? 違うッ、誰が身を引いたって!? その勘違いはどこからくるんだ…!? 来るな! 頼むから来ないでくれ』
 ・
 ・
 ・
「まあ、これで俺達の出来る話は全部した。理解してもらえると思うが…」
「とにかく大佐の記憶力はハンパじゃない」
「いや、S、そこじゃない。課題はこの坊やに大佐の非情さをしっかり思い知らせることだ。言っておくがな、あの時大佐が貢がせていた相手は単一の軍だけと思うなよ? その後の事実経過について言えば、大佐はそれから夜通し通信をかけ続け、数日後には河沿いの倉庫は物資で溢れ返っていた」
「10日分とかそういう量じゃなかったなー、あれは…金で転ぶ将校がもう何人か見つかったので、ついでに雇って居残らせたっけ。結局、敵さんの侵攻は始まったけど、こちらには武器弾薬も揃っていたし、作戦展開はもれなく大佐が影で糸を引いていたから、もう連戦連勝…っつーか、最初に転進命令を無視していたにもかかわらず、奴ら結局報償されたんじゃなかったかな」
「軍の公式叙勲記録にも残っているから、参照しておくといい」
「そんな…そんな」
 蒼白な顔を横目で見て、Jが一人うなずく。
「俺達はといえば、それから長い間大佐にだいぶ虐待されたわけだが…」
「そんなことより辛かったのは夜だったよな! 何というか、ひと晩中大佐のあの声を聞かされたもんだから、蘇ってくるわけ。いろいろと」
「俺もだいぶ苦しめられた。大佐はとにかく声がな…効く」
「わかるねえ、あの冷たさとのギャップがホント堪らない。あれでベッドに引き込まれて、あんな声で…囁かれつつ高飛車な態度でおねだりなんかされて見ろ、どんな機密であれ、俺は守れる自信なんかないね」
 どこか遠いところで、鐘楼の鐘が深夜を告げている。
「我々の話はこれで終わりだ。過去の話といえばそれまでだが、坊やの言う通り、大佐は表面的には今は実に大人しい…だがな坊や、俺達はあの大佐が『大佐最強の武器』ともいえる能力を手放すとはどうしても思えないんだ」
 沈痛な表情でJが、長い長い物語を締めくくった。
「だから、俺達はいつだって用心している。次に似たような事態が起きた時は、いつでも逃げだせるようにだ」
「ああ。二度とあんな風に深夜一人で枕を抱えてのたうち回るような夜を過ごすのは、まっぴら御免だからな。あれは実際生き地獄だし」
「そういうわけで、次の生け贄は決まりだ。坊やが大佐の補佐につくというわけで、よろしく」
「よろしくな! まあ若いから、良い経験になるんじゃないの? あれ、なんか顔色悪いみたいですけど…?」
「だ、駄目です…そんな、俺…あの…もう今夜がやばい…感じで…」
「あー、聞こえないなァ」
 既に今夜、あやしい夢にうなされそうだとは口に出来ない若者の純情を承知の上で弄ぶ、JとSである。
「…冗談じゃありません! 小官は明日、大佐にどんな顔して会えばいいんですかー!?」

 大型犬の純情が、夜空に響く北の聖夜なのであった。
 おしまい。



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