[72] リハビリ中大佐(JクンVer.) |
- 無名 - 2007年07月10日 (火) 22時19分
普段温厚な人間が怒ると恐ろしい。 ムスカは、その事をまさに今身をもって実感していた。
満面に穏やかな笑みを湛えつつ、青年はベッドに横たわったムスカの口に無造作に体温計を押し込んだ。 唇に触れる冷たいガラスの感触が心地よいと感じたが、それもすぐに体温に温まる。 「あのですね、大佐。大佐が頑張り屋さんなのはとってもよく分ってるんです」 子供を諭すような口調に、せめて努力家と言えと抗議したかったが、体調の悪さと青年の放つ怒気に口を開くことは出来なかった。 第一の理由は、咥えさせられたままの体温計の所為だが。 「自主的にリハビリを始めるのも偉いと思います。ですが…」 ずるりと口から体温計を引き抜き、光に翳して上がった水銀柱をチェックする。 眼鏡を外しているため、ムスカには青年の表情は見えない。だが、自身の体調と、青年の発する雰囲気から随分と高い温度を示しているであろうことは予想できた。 「ご自身の体調を考えてください! 貴方に必要なのは、リハビリよりも休息です!」 荒げられた声が頭に響いて、ムスカはふっと青年から目を逸らした。 常ならば、年下の癖に保護者然としたノワールが止めに入ったり、口の回るリースリンがさり気無く気を逸らしたりしてくれるのだが…生憎と今日は二人とも姿が見えない。 青年の怒気に押されているのか、さもなければ二人とも彼と同意見なのか…どちらにしても、暫くは大人しくしておかねばならないということだ。 「大体、リハビリってのはある程度体が治ってから行うものです。動かない体をムリヤリ動かすのはリハビリじゃないですよ。体を悪化させるだけで…聞いてますか、大佐」 くどくどと小言を続けつつ、青年は体温計を消毒してケースに戻す。 休息が必要だと言うのなら、さっさと小言を切り上げて静かに寝かせて欲しいものだ…とぼんやりと考えるが口には出さずにただ小さく頷く。口に出したらどうなるか位、熱で判断の鈍った頭でも容易に想像が付いた。 「はぁ…一般的には、治っているのに動かすを怖がってしまうものなんですが…どうやら、大佐の場合は…」 溜息混じりにしみじみと語りながら、青年は固く絞ったタオルをムスカの額に乗せる。 冷たい感触に思わず目を閉じた。言葉と態度は難であるが、自身のことを心配してくれているのは痛いほどに分る。一応、礼か謝罪は伝えた方がいいだろうかと、声にならないながらも僅かに唇を動かした。 通じたかどうかは分らないが、ふっと息を呑むような気配が伝わり言葉が止む。 自分の場合、一体なんだというのだろうか…と先ほど途切れた言葉の続きが心に引っかかる。閉じていた瞼を押し上げ、訝しげに青年を見上げると妙に嬉しそうな笑顔が間近に見えた。 まるで幼い子供にするかのように、頬に軽く唇を押し付けられる。 「…とりあえず…ゆっくり眠ってください。いつも頑張りすぎなんですよ、貴方は…だから…」 ゆっくりと目元を掌で覆われ、自然と瞼を閉じる。 先ほど感じた疑問も忘れ、あやすように髪を撫でる手の動きを心地いいと感じながら、ムスカは穏やかな眠りへと落ちていった。
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