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[71] 逃亡道中・膝栗毛
ななし - 2007年07月09日 (月) 06時59分

先行している、元追っ手・現協力者達と落ち合う場所まで、あと十日もないほどの距離まで来た。

日中は太陽が照り付け灼熱の岩肌が塩気を伴って押し寄せ、夜間は急激に気温が下がり凍える。空気は常に乾燥しており、水と体力を根こそぎ奪って行く。何もない平原にぽつりぽつりと巨大な奇岩棚のある、赤茶けた風景の中を一向はひたすらに歩いていた。
ムスカは前の町で手に入れたコートの、フードを目深に被りなおした。彼の色の薄い目にこの日差しはきつい。ムスカの隣では体格のいい男が、これも同じようなコートを着て、大きな荷物を揺すり上げながら足を進めていた。その隣には、男と同じ形のコートを着た少年だ。パズー、彼も男よりは小さいものの、身に余る大きさの荷物を背負っている。荷を一つも持っていないのはムスカだけだ。
「あちー……」
フードの下から見える顎に汗をかきながら、パズーは誰に言うともなく呟いた。
「いけるか?……無理なようなら、あの岩陰で休むか?」
呟きを受けて男が指した先には、巨大な岩棚がある。パズーはいいよと首と手を同時に振った。
「今日のうちに、出来るだけ距離稼ぎたいもんな」
「そうだな。頑張ろう」
落ち合う予定の日までは、まだ僅かに余裕がある。
余裕がないのは、男とパズーの荷に括り付けられた筒の中身だ。水が足りない。水筒の中身は保ってあと二日だ。まっすぐに目的地へ向かう予定だった一向は、ルートを少々変更せねばならなかった。二日分をまるごと使って最も近い川へ寄り、もう一日を使って元のルートに戻る。日数にロスは出るが仕方がない。このままでは確実に、辿り着くまでに干からびてしまう。
「ムスカ、足は?」
「動く」
ムスカは短く答えた。なるべくなら口を開きたくなかったからだ。歩いている間迂闊に喋っては、呻き声がもれないとも限らない。痛みを耐える訓練なら積んでいるが、痛いものは痛いのだ。
爪を剥がれた指先は毎休憩の度に消毒をし包帯を厳重に巻きなおしているが、治る暇もなく酷使している。一足進む毎にじくじくと痛みを増していて、地面を踏む砂音で耳には聞こえないが、靴の中が血塗れである事は理解出来ていた。ぬちゃ、と泥の中を踏むような不快感が上がるが、その前に痛みが来るのでどうという事はない。視界がぼやけそうな激痛を、ムスカは無言でやり過ごしている。フードつきのコートを買ってよかったと思った。今の自分の顔色は、とても見られたものではないだろう。
痛みを訴えるなどという無駄をする前に、足を動かさねばならない。
太陽と磁石と影の方向から、今の時間はわかる。頭の中に記憶している地図と照らし合わせると、自分たちの移動速度も大体把握出来るのだ。水辺までの距離と水筒の中身は、ギリギリもつかもたないか。躊躇をしている暇はなかった。何も考える事はない。足が動くところまで動かすのだ。いや、動かなくても動かすのだ。死にたくなければ。

「水……?」
「そっち、もうないか?」
小さく上がったパズーの声に、男が振り返った。もしパズーの持つ水筒の中身がこの時点で空になってしまったのだとしたら、一番近い川までも辿り着けないかもしれない。焦る声の男の隣でひやりと背を冷たくしたムスカに、パズーは違うと目を閉じた。
「わからない?水の匂いがする」
「気のせいじゃないのか?」
「気のせいなんかじゃない。水と、木の匂いだ。近い。……あっちに」
パズーの指が指したのは、先ほど男が休憩に使うかと訊ねた岩棚だった。休みたいならそう言えとムスカは言ったが、パズーは絶対に違うと否定する。
「水がある。……流れてる」
譲らないパズーに、もう岩棚が間近だった事もあり、一行は休憩がてらに岩棚に入ることにした。



実際大岩の陰に差し掛かるまでパズーの意見を全く信じていなかったムスカと男だったが、中央で大きく割れた岩棚の陰に入り込んで、まず男が瞠目をした。
「―――水の匂いが、する……」
「君まで言うか」
「こっち!」
いつの間に登ったのか、少し高い位置にある岩の裂け目に足を掛けたパズーが手を振っていた。
「奥から音がする。行ってみる」
ひゅ、とパズーの姿が裂け目に消える。猿みたいだなあ、と男が言った。全く同感だったが、ムスカは口を聞かずに腰を下ろした。休むのなら、まず足を休めたかったからだ。
幾許も時を置かずにパズーは帰って来た。
「川がある!小さいけど、水は綺麗だ。飲める。木も、草もある。魚も居るよ!」
男とムスカは顔を見合わせた。立ち上がった男がムスカを同じように立ち上がらせようとし、焦れたのか脇に手を居れ持ち上げる。ひょいと肩に担ぎ、パズーの居る裂け目まで走って行った。
「なあ、そこ、俺たちも通れるか?」
「広さはあるよ。でも、足場がむちゃくちゃ悪いんだ、滑るし」
「よぉし!」
男は一旦担いだムスカを下ろすと、しゃがみこんで背を向けた。
「ムスカほら、おんぶ!おんぶ!」
急に何度も高低差が変わった事で回る頭を何とか立て直したムスカは、眼前の背に眉を顰めた。
「君―――」
「ほら早く!」
「何故君に、背負われねばならないんだ」
不機嫌に唸ったムスカに、男は頭を掻いた。
「おんぶ、嫌なのか。仕方がないなあ」
頭を掻いた手がそのまま下りて来て、ムスカの脇に収まった。
「う、わ…っ」
ぐい、と持ち上げられる。先ほどのように、まるで荷物か何かのように肩に担ぎ上げられたムスカは、男の背をどんと拳で打った。
「何をいきなり…!」
「おんぶの方が楽だと思うんだけどなあ。腹のとこ痛くなったら言えよー」
言うが速いか、ムスカを担いだまま、男はひょいひょいと岩の段に手足を掛けて登っていく。パズーの居る場所まで辿り着くと、そこはまさに岩の裂け目で出来た天然のトンネルだった。奥の方が白く光っている。あそこが出口なのだろう。
男はパズーの頭をぐしゃぐしゃと力強く撫でた。
「あんな場所から、よくわかったなあ」
「わかるよ、水の匂いだもん」
「俺も海辺育ちなんだけどなー。わかんなかったよ」
「耳と鼻には自信あるよ」
にかっと笑うパズーの頭を、男はまたぐしゃぐしゃと撫でた。
「俺の荷物を頼むよ」
「了解!」
元気よく返事をしたパズーはするすると岩肌を降り、さきほどムスカと男が座っていた場所まで走っていく。男の荷物をハズーは、顔を赤くしながら背負っていた。あれはムスカ一人分よりも重いらしい。よく持てるものだと関心をした。男が裂け目の中に足を進めたので、パズーの姿はもう見えなくなった。
「ムスカ、頭は上げちゃ駄目だぞ。幅はあるけど、高さがそんなにない」
壁に手をつき、男は慎重に足を進めているようだった。ゆっくりと上下をしながら、入って来た裂け目の入口が遠のく。横の岩肌をムスカは触ってみた。所々に苔が生えているようだった。空気が湿っている。とてもあの乾燥した何もない風景の只中にある場所とは思えなかった。

次第に体重が全て掛かる腹が痛み出した頃、急に明るい場所へ出た。
「うわぁ…」
男の感嘆の声がする。ムスカの視界はまだ洞窟だけだ。身を起こして振り返ろうとすると、それを察したのか、男がムスカを肩から下ろした。地面にすとんと座らせてもらう。柔らかいそこには、下草が生えていた。顔を上げる。
「……凄いな」
ムスカの眼前には、鬱蒼と木々が生い茂っていた。
「岩の…亀裂かな?それとも隙間かな」
上を見上げる男がぽつりとそう言った。かなり上の方に、切り取られたように青い空があった。
「何故…こんな場所が、今まで軍にも見付からずに……」
ぽつりと呟いたムスカに、後ろからやって来たパズーが答えた。
「軍の持ってる飛行艇は高いところばっか飛ぶからじゃない?あんまり高いところからだときっと、この裂け目は見えても、中は暗くて見えないんだよ」
民間のは低く飛ぶけど、こんなとこまで来ないし。
重い荷物をそれでもしっかりと背負ったパズーは、川こっちだよと奥を指した。ムスカは立ち上がろうとしたが、その前に男がムスカを抱き上げた。脇と膝の裏を支えて。
「だから何故そう、勝手に抱き上げるんだね!やめたまえ!」
「だって木の根っこ沢山出てそうだし、滑ったら困るし」
「自分で歩ける、下ろせ」
「水場に着いたら下ろすよ」
男はムスカの意向を聞く気はないようだった。ムスカは憤慨したが、足が痛いのは事実だ。憮然としたまま、それでも男の顎を押しのけるのをやめた。
「首に両手でぎゅっと捕まってくれたら、俺、凄く楽なんだけどなあ」
歩き出した男の言葉に返したのは舌打ちだったのだが。

背後の足音を確認しながら、荷物の重さに耐えてパズーは川までを歩いた。この荷を最初に持ち上げたとき、男が『ムスカより重いなあ』と言っていたのは本当かも知れない。パズーはムスカを持った事はなかったが、荷はかなり重かった。それこそ大人一人分はゆうにあるだろう。これをずっと道中持ち歩いているのだから、あの男は凄いと思う。ムスカとは違い一般人のようだが、その詳しいところをパズーは知らない。あの男が何故ムスカと知り合いなのかもよくわからない。聞けば多分何の衒いもなく答えてくれるような気がするが、何となく聞きそびれたままここまで来てしまっている。
大体、あのムスカが、
「おー川だー。ホントに川だよ、ムスカ」
荷物を降ろし溜息を吐いてから振り返ると、男が歓声を上げて川に歩み寄っていた。その姿を見てパズーは、げんなりとしゃがみ込む。
あの、ムスカが。
沢山の軍人を次々と海に落としていったムスカが。
何の躊躇いもなくシータと自分に銃を向けたムスカが。
狂乱の目でラピュタを語った、あの権高なムスカが、だ。
満面の笑みの男の首にぎゅっと抱き付いて、目を丸くして小川を眺めているムスカの姿なんて見て、あなた方どういうご関係なんですかなんて聞く事が、少年パズーにどうして出来るだろうか。



十字か、恐らくそれ以上に分かれた裂け目の、丁度中心部に、小さいが深い泉があった。そこから流れ出した水は、小さなせせらぎを作り、分かれた裂け目に広がっている。裂け目から光が入り、厚い岩肌が無駄な熱を取っているのだろう。裂け目の中は、陰に入ると嘘のようにひんやりとしている。日向は明るく暖かく、鳥や、小さな獣までいる。まるで楽園だとパズーは思った。
「ムスカ、服脱いで。傷洗おう」
「……手足だけでいい」
「背中もだよ、折角水が沢山使えるんだから」
「手足だけでいいと言って…」
「自分で脱ぐの、恥ずかしい?脱がしてあげようか?」
楽園で、パズーは、どうしても聞こえて来るそれなりな会話に、思春期の馬鹿野郎と叫びたくなるのを堪え、荷物を解いて立ち上がる。空の水筒を全部出して、男とムスカの元へ歩いて行った。
「水、これでもう大丈夫だよね。時間もかなり浮いたし、今日はここで寝るの?」
ムスカのシャツを剥きながら、男はうぅんと首を傾げた。
「日にちの余裕、あと何日位だっけ?ムスカ」
「この場所からだと、あと七日ない程度だ。―――こら、脱がすなと言って…っ」
「待ち合わせは十日後だったよな。ギリギリまでここで回復しようか」
「わかった」
頷いたパズーの前で、ムスカはみるみる服を剥がれていく。渾身の力で抵抗をしているのはわかるのだが、男には全く通用していない。立ち去った方がいい気がしたので踵を返したパズーだが、呼び止められて振り替えざるを得なくなった。
「七日だったら、水筒全部使っても、ギリギリだよなあ。何か、入れ物に出来そうなもの、探そうか」
「うん、それでもいいけど…あのさ、俺にちょっと考えがあるんだ」
「なに?」
「斧持ってたよね?小さいの」
「うん」
「貸してくれないかな。あれで木を切って」
「器、作るのか?」
言葉を継いだ男に、それも作るけどねとパズーは言った。
「ソリを作ろうと思うんだ。車輪も出せる奴。固い平地で車輪を出して、砂の上でソリにしたら、移動もかなり楽だと思う。水も沢山運べるし」
男はきょとんと目を丸くした。
「……そんなの作れるの?」
「二日くらい掛かるし、そんなに緻密なのは無理だけど」
「凄いよ!それってどの位運べるのが出来る予定?ムスカ一人分くらい?二人分くらい?」
パズーが力強く頷くと、男は小躍りしそうな勢いで立ち上がり、もうとんでもない辺りまで脱がしたムスカを抱き上げてくるくると回った。一頻り回り終えると、目が回ったのかぐったりとしたムスカを地面に下ろした。目が回ったムスカはもはや抵抗もままならないらしく、手早く取り払われ出した残り僅かの衣服のうち、最後の一枚でようやく身動ぎを再開した。
頬を捻って引っ張られながら男がそう聞いて来たので、パズーは少し考えた。見ただけなので木の密度まではよくわからないが、多分あれと同じくらい、と故郷によく生えていた木を思い出して唸る。それに、さっき背負った、ムスカより重いという荷物も。
「ソリの方なら、ムスカ五人なら行ける筈。でも車輪が…ムスカ三人くらいまでなら大丈夫なのが出来ると思うんだけど、木を見てみないとわからない」
「三ムスカ!充分だよ、なあ、ムスカ」
「私は単位じゃない!」
単位の元が喚くのに、パズーは思わず笑ってしまった。
「それだけあったら、水と、あと水が減って来たらムスカ本体も乗せられるよな」
「乗り心地は悪いけどね」
「歩くよりマシだよ!な、ムスカ!」
言って男は、ムスカの最後の抵抗を奪い取った。パズーは思わず目を逸らしてしまい、何やってんだ逸らした方が変じゃないかと思い直して目を向けなおすと、しかしムスカは既に男の手によって川の中に漬け込まれていた。
「木は俺が切るよ。パズーも先に水を浴びちまいな、生き返るぞ!」
「あんたは?」
「俺は、ムスカを洗ってから入るよ。引っかくもんだから、服着てた方がいいんだ」
「君が……っ、関係のない場所まで、洗うからだろう!」
「お、俺……あっちで入って来るよ!」
駆け出したパズーの背に、恥ずかしがらなくてもいいんだぞー、と男の声が掛かった。パズーは、決して自分が恥ずかしいんじゃない、と強く思った。

―――あんたたちが恥ずかしいんだよ!
―――関係のない場所ってどこなんだよ…!

元の場所を見失わないように、しかしなるべく見付かりにくいせせらぎを見つけると、パズーは服を脱いでじゃぶじゃぶと体を洗った。肌から冷たい水がしみこんで来るようで、とても気持ちがいい。ついでに服も洗った。絞って日当たりのいい場所に干せば、すぐに乾いてしまうだろう。
服を干し終わると、パズーはまた川に戻り、じゃぶ、と頭に冷たい水を掛け続けた。
火照ってしまった顔を手っ取り早く元に戻すために。
口を引き結んで、パズーは手を動かし続けた。キリがなさそうなので体ごと浸かり、流れの中で寝転び、全身を水に浸した。水はとても冷たかったが、パズーは中々水から上がる事が出来なかった。



かなりの時間を掛けて、パズーは体を洗い終えた。
洗った服は既に綺麗に乾いている。シャツで体を拭ってから、それを乾かしながら歩いて戻った。元の位置に戻ると、男は既に枝や葉を集め、どこから持って来たのか石で作った竈で、火を起こしていた。戻りがてら果実をもいで来ていたパズーが成果を渡す。男も服を洗ったようだった。
「何でもあるなあ、ここ」
竈には、魚を刺した枝が少し離れて置かれていた。
「塩、足りる?」
「うん、足りる」
パチパチと火の立てる音を、暫く無言でふたりは聞いた。
「ムスカは…?」
「あっち」
男の指の指す方向を見ると、ムスカが荷物の向こうにごろりと横たわっていた。日向だが、頭の位置に丁度来るように、木の枝と大きな葉で簡単な覆いが作ってある。
「ちょっと疲れちゃったみたいでさ。途中で寝ちゃったんだ」
パチパチと、火の音だけが再び二人の間に流れた。
パズーは、とても勇気ある少年だが。

―――途中って、何のだよ!
―――何したらそんなに疲れちゃうんだよ…!

彼をして中々踏み切れない橋というのもこの世には多々存在する。例えば、彼らの関係とか、彼等の関係とか、彼らの関係とかだ。そんなものは中々尋ねられる事じゃないと思うのだ、パズーは。



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