[65] 汽車逃亡・ちょっとした風景(1/4) |
- 七梨子 - 2007年07月03日 (火) 12時21分
「大丈夫?随分顔色悪いけど、傷が痛んできたんじゃないのか。」
食事を済ませてコンパートメントへ戻り、やっと人心地ついたときだった。静かに座っているだけならば淑やかなレディーと見えなくもないかな、などと思いながら今のところ『兄夫婦』である2人をぼんやりと見ていると、男はしきりとムスカの様子を心配しだした。
「少しだけだ。痛みには慣れているから、心配はいらない。」
小声で囁いているのは外へ声が漏れるのを恐れてのことだけでは無さそうである。常に強気な態度であるので弱っているのかどうかがよく分からない。
「…何か手伝おうか。」 「ああ、カーテンを閉めてくれるか。それと外から見えないように自然な感じにその服を掛けて―。」
指示を出しながら、例えけがをしていなくても一人では容易には外せそうに無い、やたらと多い紐や止め具を外してゆく。
「脱がせるよ。」
小声で語りかけながら、傷に障らないように気遣いつつ身に付けた女物の衣類を解いてゆく様子は例え男だと判ってはいても妙な気分になってしまう。
(中身はあのムスカだろうが…何興奮してるんだ、気を確かに持たないと…) 穏やかでない心持ちのパズーを他所に男はてきぱきと作業を続けていく。
「窓の方はできたよ。―水でも汲んでこようか。」
振り返った時、露になった傷跡が視界に入り息を呑んだ。既に話で聞いてはいたが実際目にするとその痛々しさには想像以上のものがあった。注意深く解かれた包帯の下から現れた指には、爪が無かった。
「パズー、悪いんだが君は暫く外へ出ていてもらえないか。」
「おい、協力してもらってるのにそんな言い方―」
「…私は頼んでいるんだ。―君には見られたくない。」
取り去った服の代わりに羽織らされたシャツをかきあわせるようにして、俯いている。言葉は強気であるが人に弱みを見せることが精神的に辛いのだろう。
「――外の様子を見てくる。多分30分ほど戻らないと思うよ。」
どうにもいたたまれない気持ちになってきた。
|
|