[63] 学友さんの一日 |
- 7743 - 2007年07月01日 (日) 00時01分
厳しい寮生活であるこの建物では、当然朝も規則正しく慌ただしい時間が過ぎていく。 いつもならば自分も起床時間きっかりにベッドを出て(早起きすら許されないのだ) 恐ろしいほどに早く身支度を済ませグラウンドに集合するという 訓練を兼ねた時間を過ごしている所だが、 今日は当直当番ということで比較的余裕のある朝を迎えていた。
表向きは「徹夜で宿直室に泊まり込んだ挙句に通常の訓練」な訳だから体はキツい筈だが、 実際は問題が起きなければ何もする事のない… 平たく言えば「寝ててもバレない仕事」で 厳しい寮生活の気分転換には丁度良いものだった。 そんなわけで 大分余裕を持って宿直室を出ると、いつもとは違い ゆっくり廊下を進んで行った。
ちょうど談話室の前を通り掛かった時、中から何やら声が聞こえてくるのに気付いた。 こんな時間に談話室に誰か居るとは、と 何の気なしに 中からの声に耳を傾けると それは自分と同期の訓練生の声で、誰かに話しかけているらしい様子だった。
「なんだムスカ、おまえから甘えて来るなんて珍しいな」
「そろそろ出発する時間だ、いい加減俺の膝から降りろよ」
「そんな目で見るなって…なんだ、もっと抱いて欲しいのか?」
それはあまりに、衝撃的な内容だった。 そりゃ確かに、女っ気の無い軍隊ではそういう事も起りやすいとは聞いてはいた。 しかし、よりによってあの二人が。特にムスカ… 他人と交流を深めようともしない、触れられる事すら嫌っているような あの男が、 同期の仲間とそのような関係になっていたとは。
自分が聞いてしまった事を本人達に知られてはマズい、 そう思い 時間が来る前に 静かにその場所を離れたのだった。
結局二人は何ごとも無かったかのように朝礼に参加し、ごく普通に訓練課程をこなしていた。 自分はというと、あの普段は他人を見下したような目付きのムスカが どんな顔をして「甘えて」くるのか、「もっと抱いて欲しい」と見つめて来るのかを考えると 心穏やかではなかった。
結果上の空、教官の怒鳴り声も耳に入らぬまま 昼休みにかかるほど追加の走り込みをやらされる羽目となった。
やっとの事で遅い昼食にありつき、残り少ない休み時間を廊下をブラブラする事で過ごしていると 気がつけば またもや談話室の前にたどり着いていた。 知らず知らず今朝方の事が甦る。この扉の前で聞いてしまった秘め事を。
その時、自分は 扉のむこうから聞こえてくる複数人の会話内容に気付いた。 それは今朝の「あれ」を遥かに超えるような内容で、 自分の理解力も とっくに超えてしまうものだった。
「おい、俺にも触らせろよ」
「うるせえ、こっちはムスカが触られて喜ぶポイントを知り尽くしてるんだよ! ほら、ここをこうすると…な?ほら、気持ち良いか?ムスカ」
「俺にも抱かせろよ!」「そうだよ順番に回せよ!」
まかさ自分の気がつかないうちに こんな事が横行していたとは…。 そういえば、今日の小休憩の時 同期の連中がこそこそと 「最初は生意気で好きじゃなかったが、よく見ると可愛い」だの「綺麗な金色の目」だのと 話し合っていたのを思い出した。その回答がこれだったのだ。 昨日まで まるで想像もしていなかった事態に頭が付いて行かず、 いつの間にか床に崩れこんでいた。
その時、誰かが廊下を物凄い勢いで こちらに向かって来るのに気がついた。 顔を真っ赤にし 大股で進むその人物は… 「ムスカ!?」 しかしムスカは 床にしゃがむ自分には目もくれず、談話室の扉を勢い良く開ける。 いきなり開けられた扉の向うは驚きで無言になったが、 その沈黙を破るかのように 部屋の輪の中心から「ミャウ」と甲高い声がする。 そこには、男たちに囲まれた金色の目の子猫が一匹…
「猫に私の名前を付けたのは誰だ!?」
「いや、だってなあ。」「誰が言い出しっぺと言うより、みんなの共通の意思だよ」 「こいつには この名前以外ありえない」 皆が口々に言う中、今朝のあの声の主がこう言った。 「分かったよ、そんなに言うなら 朝の餌やり当番は外しておくからさ」
猫…ムスカ…朝の餌やり… 頭の中で色々なキーワードが ぐるぐると駆け回った。 自分の今日一日は何だったのか… とりあえず、自分の中で勝手に作り上げた「秘め事」に 実は心奪われていたことは、 誰にも内緒にしておこうと心に誓った。
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