[61] 吾輩は猫である(学生時代・猫&大佐?) |
- 無名 - 2007年06月29日 (金) 12時45分
吾輩は猫である。名前はまだ無い。 数日前、黒い大きな鳥で遊んでいたところを人間の若造に邪魔され、ここへ連れてこられた。 不本意ではあったが、ここは以前の住処よりも暖かく清潔で、また人間どもが勝手に貢いでくるために食い物に不自由しないこともあり、ここに居住を移すことにした。 人間どもの会話を漏れ聞くところによると、ココは「ダンワシツ」と言う場所らしい。「リョウ」とも言うらしい。「シカンガッコウ」と呼ぶ者もいる。 一つの場所に色々別の名前をつけるとは人間どもも変なことをするものだ。 ともあれ、人間が多く騒がしいのは頂けぬが、暖炉の側にしつらえられた吾輩専用のベッドは中々に居心地が良い。
「寝てる寝てる…気持ちよさそーだなぁ」 ベッドの中で丸まってうつらうつらしていると、突然人間の若造が頭を撫でてくる。 一日16時間しかない貴重な睡眠時間を邪魔され、吾輩は当然の如く抗議の声を上げた。 「おーよしよし。気持ちいいかー?」
―――いいわけなかろう、バカタレ。
撫でてくる手をぺしっと叩いて、逆を向いて寝なおそうとする。爪を出さないのは最大限の優しさだ。感謝するがいい。 「ほーらおいで、だーっこ」
―――いらんわ! 寝かせろ!
ムリヤリに吾輩の体を抱き上げ、無骨な手をぐいぐいと押し付けてくる。 下ろせと体を捩って抗議の声を上げていると、また一人、人間の若造が吾輩を覗き込んできた。 「なにしてんだよ。ネコと遊んでんのか?」
―――この、無礼者!
体を押さえつけられ、鼻先に指を突きつけられてとうとうガマンできずにがぶっと噛み付いてやる。 ………なんだか歯ごたえが無いような気がするが、何故だろうか? 「お、手袋しゃぶってるせー。腹減ってんのかなー?」 「ミルクでも持ってきてやるか」 「しっかし、コイツ元気になったよなー。ほら、暴れんなって」 どうやら吾輩が噛み付いているのはテブクロとか言うらしい。よくわからんが、あまり痛くないようなので、そのまま蹴りも加えてやる。 手首への蹴りが効いたのか、人間はようやく吾輩を下ろした。ただし、ベッドではなく、床に。冷たい床は不快ではあるが、ぎゅうぎゅうに握られるよりはマシだ。 吾輩は噛んでいたテブクロとやらから口を離すと、乱れてしまった毛皮を整える。 わらわらと無駄に増えていく人間のうちの一人が、ミルクを持ってきた。 程よい温さの甘いミルクが供される。
―――ご苦労
一応ではあるが礼を言い、ミルクを飲んでいるとまた人間どもが吾輩の背を撫でだした。正直、思わず毛が逆立つほどに不快ではあるが、美味いミルクに免じて許してやろう。 「カラスに襲われてた時はどうなるかって思ったけどな」 「だなー、グッタリしてたし」 襲われていたのではない。遊んでやっていたのだ。何を勘違いしておるやら。 「そう言えば、名前どうする? このままネズミ退治用に寮で飼うってOK出たんだろ?」 「あぁ、そろそろ決めてやんねぇとな。不便だし…」 「そのままチビとかでいいんじゃねぇ?」 誰がチビだ。…たしかにまぁ、小さいが…これから育つに決まっているだろう。 「デブネコになったらどうすんだよ?」 ………なっ…言うに事欠いて、デブネコだと?!
―――無礼者めが!
空になったミルク皿を蹴り、デブネコなどと口にした若造の手に必殺パンチをお見舞いする。無論、爪は出したままだ。 ボロ雑巾を裂くような野太い悲鳴に満足して、吾輩は腹ごなしに散歩に出ることにした。
××××××××
もそもそと視界の隅で何かが動いた気がした。
―――みゃ
足元で奇妙な音が聞こえた気がした。
―――みぁ…にぃ〜
足首を針で刺されたようなかすかな痛みが走り、驚いて本から目を上げてそちらを見てみる。 猫がいた。仔猫だ。 何故こんなところに…と思ったが、そう言えば数日前に同期生たちが拾ってきたと騒いでいたな、と思い出す。 後ろ足で立ち上がり、私の足首に爪を立ててじっとこちらを見上げている。仔猫の柔らかい爪でも、薄い靴下を貫通するのはわけないらしく、ちくちくとした痛みとも痒みともつかない感覚が伝わってくる。 煩わしさに思わず足を動かすと、バランスの取れていない仔猫の体は足から離れ、コロンと腹を上にして倒れた。でれんと大の字になったまま、じっと金色の目を見開いて私を見上げる。 ………じっと見ていると懐かれそうな気がして、私は無関心を装い――いや、元々関心は無かったのだが――再び本に目を移した。
―――にぁ〜〜にっ
鳴き声にちらりとそちらを見てみるが、別段餌を持っているわけでもないし、相手をしてやる気も無い。媚びるような声は煩わしいが、構わなければそのうち去っていくだろうと思い直し、私は再び本へと目を落とした。
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