[60] 汽車逃亡、パズーとの再会 |
- ナナシさん - 2007年06月27日 (水) 19時56分
長い路線の果てに国境を越えるこの列車に乗り込んでからどれくらい時間がたったのか。 ムスカは着慣れない女物の服と そもそもの体の消耗のせいでいささか気分が悪くなり、 風の当たるデッキでひと時を過ごし またコンパートメントに帰る途中であった。 その距離ほんの2〜3m、「いざというときに逃げやすいように」と出口に近い場所をとったのだ。 そのため心配する男たちを置いて、珍しく一人での行動だった。 それでも体の衰弱と怪我は如何ともし難く、いきなり走ってきた影をよけきれずにモロにぶつかってしまった。 体のバランスを崩した所を、その「影」がとっさに支える。 「だ、大丈夫ですか!?」 心配げに顔を覗き込んできたその相手は・・・ 思わず息を呑み、驚きの感情を露にしてしまった。 それは相手も同じで、お互いとんでもない所での思わぬ再会にショックを隠せない。 まさかこの状況下でこの相手に会うとは。 流行りのドレスに顔を覆う帽子、丹念に施された化粧と いくら上手いこと変装し、それと悟られないように顔を伏せて行動していても 息のかかるほどの距離で見られたら ひとたまりも無い。 いやむしろ、そんな念入りな変装をしているからこそ相手はショックを受けているのだろうが。
ハッキリ言って、個人的には最も会いたくない人物ではあった。 なにせ今の状況を作り出した原因の一人であり、 ムスカの生涯の目的、いや、一族の長年にわたる悲願を一瞬にして壊した相手なのだから。 だが現在の危険度という点では、これほど低い相手もいなかった。 どう見積もっても、パズーが「軍の手先」だという可能性はありえない。 「え・・・嘘だ・・・まさか」 かつての宿敵とのまさかの再会に完全に混乱するパズー、ここで大声を出されたら最悪だ。 ムスカはその至近距離のまま、周囲に聞こえないよう話しかける。 「声を立てないでくれ・・・命を狙われている」 「いの」また驚いて大声を出しそうになるパズーの口元を押さえると念を押す。 「周囲に正体が知られては困る、けして好きでこんな格好をしているわけでは」 「そうかぁ、ちょっと驚いたけど 変装なら仕方ないね」 「そう、変装だから仕方が無いんだ」「ははは」 「おい、俺の大事な嫁さんに何ちょっかい出してんだぁ?!」 いきなり割って入った男の声に、 ムスカはこれ以上無いほど気まずい顔をし パズーは再びムスカに疑惑の目を向ける。 「ちょ・・・違・・・とりあえず中に入れ!」 いくら余計なこととはいえ、誤解をされたまま分かれるのは我慢がならなかった。 パズーを半ば強引にコンパートメントに押し込むと、扉を閉めようやく落ち着いて状況を説明する。
「だいたい分かったよ。でも・・・」 パズーが気になるのは、自分はあれだけ殺しておいて逃げるのか、等のまっとうな理由より 誰が見ているわけでもない個室だというのに「何故か」支えるようにムスカの肩に手をまわす体格の良い男、そしてそれをまったく嫌がる風でもないムスカだった。 それは本当に仲の良い新婚カップルのように自然に・・・。 夫婦設定なのはわかったよ、でもこんな人目の無い所でまで演技するか、普通!? 自分に対しては、かつての姿を彷彿とさせるような少々不遜な表情を見せているくせに、隣の男にはまるで無防備な顔を見せてるしさ・・・と訳の分からないモヤモヤが募り、気になって仕方が無い。 「でも、殺されるって聞いて放っては置けないから・・・なんか出来ることあったら協力するよ・・・」 出来たら、行動を共にする間に この二人に感じた「空気」が錯覚であることを確認したいと思った。 パズーの思惑とは反対に、実際はよりその印象が深まるばかりなわけだが。 「そうかぁ?ま、子供がいるとより自然に見えるかもな、つっても二人の子にするにゃあ成長しすぎだし・・・じゃあ俺の弟ってことで」 隣の男が、能天気に明るい声を出す。 「これから俺のことを”兄ちゃん”と呼んでくれ。それからムスカのことは・・・俺の嫁さんだから”御義姉さん”と」 「ええぇ〜!?」協力はすると言ったけど、ムスカが”おねえさん”!? 「たのむぜ、弟よ!」 「う〜」 「そのなかなか”ねえさん”と呼べないところが良い、リアルだ!でもいつかは”ねえさん”と呼んでやってくれよな。頼むぜ!」 「・・・分かったよ・・・」 パズーは世間の理不尽さをまたひとつ知っていくのだった・・・
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