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[59] 汽車逃亡・兄ちゃんとパズー付き(大佐女装)
ななし - 2007年06月27日 (水) 08時21分

まんじりともせず夜を過ごした3人は、朝になり、朝食の為食堂車へ移動した。
「年上の女性」を「念願かなって漸く口説き落とした男」に「兄を取られるのが悔しい弟」。
そんな無茶苦茶な設定が一体どこまで通用するというのだろう。わからないが、それでも彼らはやるしかないのだ、この窮地を無事生きのびるために。



ゆっくりと歩くムスカの腰を支え、男が歩く。
両足の爪を剥がされたムスカは自力で歩く事が困難で、手助けしているに過ぎない。しかしこれは、周囲にそれとなく誤解を生ませるのに役に立った。恋人に少しでも近く寄り添いたい仕草であるように見えるようなのだ。時折「お幸せに」なんて声がかかる。男がそれに、まるでやに下がった顔で「ありがとう!」なんて答えるものだから、誤解は更に深まって行った。

「誤解はいいんだけどさ」
食堂車の一角で、パズーは声を潜めた。
「ん?パン取ろうか?」
にこにこと笑う男に、パズーは力なく頷いた。目の前の皿に取って貰ったパンをちぎり、口へ運ぶ。
「次、サラダ食うか?」
にこにこと聞く男に頷いたのはムスカだ。彼は自分の手に、ナイフもフォークも持っていない。食事を始める時持とうとしたムスカを男が止めたのだ、俺が食べさせてあげるから、と。ムスカは首を振って拒否の意を示したが、男は取り合わなかった。
「食べさせたいんだよ」
そして耳元で囁く。手袋に血が滲んだら大変じゃないか。
ムスカの手も足のように、10本全ての爪が剥がされている。ほんの軽いものを持つ事すら激痛が走るのだ。痛みを耐える訓練なら十分に積んだムスカだが、滲む血は止めようがない。ドレスと一緒に急いで手配した手袋は白で、血の赤は目立ってしまう。
「……仕方がないな」
男の耳元に口を近づけ、ムスカも囁いた。
どれだけ誤魔化そうが声は男だ、小声でも他に聞き取られるわけには行かない。

「…………いいんだけどさ……」
剥いた卵を一口で齧り、パズーはまた呟いた。
外から見てどうか知らないが、パズーは目の前の二人の両方が男である事を知っている。その実情を知っているが為に、内緒話をしあったり、あーんしてーなんて嬉しそうに言う姿を見るのはかなり苦痛を伴うものだった。これが全て演技であるならまだしも、僅かしか一緒に行動をしていないが、少なくとも男の方は恐らく素だ。人の目のないコンパートの中ですら、男は甲斐甲斐し過ぎるほどにムスカの面倒を見ていた。口の端に僅かについたソースを指で掬うなんて、その指を舐めるなんて、甲斐甲斐しい以前の問題なような気がする。そしてこれはもっと考えたくないが、もしかすると、もしかしなくても、ムスカも素なのかも知れなかった。拭われて綺麗になった口を男の耳元に寄せて、このソースは甘すぎるななんて言っているのだ。
「うわ、これ何だろう。凄くおいしい、食べてみて」
スプーンで掬った小皿のものを男はムスカに食べさせる。
「何かわかる?」
ムスカは頷き、男の耳元に口を寄せた。
「エビとキャベツを細かく切ってドレッシングで和えただけのものだ」
「そうなんだ、詳しいなあ!凄いなあ。あ、こっちも食べるか?」
ムスカは首を横に振った。
「なに、え、もういいの?腹いっぱい?」
頷きが返る。
「駄目だよ、せめてもうちょっと食べないとさ。昨日の晩もほとんど食べてないだろう?」
しつこくフォークに乗せたハムを運ぼうとする男に、ムスカはとうとう横を向き、手袋をしたままの手で口を覆ってしまった。普段なら口で言い返すのだろうが、今それをやってしまっては、口を開いた瞬間にフォークを突っ込まれかねないからだ。
「子供みたいだなー、もう。そんなちょっとしか食べないから痩せちゃうんだぞ。この辺りなんて、もうほとんど肉がないじゃないか。痩せ過ぎたら、」
脇腹を掴んで文句を言う男を、ムスカは睨んだ。
「って、あ、違うぞ、痩せてるのが嫌いなんじゃなくて」
焦った声で男が頭をかいた瞬間、後ろの席から篭もったような笑いと咳払いが起こった。三人の目が一気に集まる。何かしくじったか、と嫌な汗をかいた瞬間、後ろに座った男が席を立った。
「若いの、無理強いはいかんよ、無理強いは」
はっはっは、と高らかに笑う声はほどよくしわがれている。見事な白髪の老人が、ウィンクをした。
「女性に汽車の旅はきついものさ、食欲だってなくなる。ウチの婆さんも旅慣れてない時は、ほとんど物が食えんかったもんだよ。今じゃわしより食うがね」
「失礼な事を言うんじゃありませんよ」
老人の向こうでは、これも見事な白髪の老婦人が笑っている。
「新婚さん?」
「はい、まあ、そんなもんです。あ、こっちは弟です」
いきなり指されたパズーは、驚きで心臓が飛び出そうになりながらも、何とか笑って挨拶をした。
「おっ、おはようございます!」
「あらあら元気がいいわね」
老婦人はムスカに目を向けると、柔らかく言った。
「昨晩はもしかして、眠れなかったんじゃなくて?」
ムスカは迷ったようだが頷いた。ここは流れに逆らわない方が得策だろう。
「昔よりは随分と楽になったものだけど、汽車の寝台の固さは並じゃないものねえ」
婦人はころころと笑い、でも少しでもちゃんと胃に入れなきゃ駄目よと言った。
「ちゃんと食べとかないと、お昼も、晩も入らなくなるのよ」
そうして、ウェイターに頼めばよく冷えたフルーツを持って来てくれるわ、と教えてくれた。オレンジやブドウなら入るでしょう?と。頷くムスカの隣で、男が老人に肩を叩かれている。
「中々しとやかなお嬢さんを掴まえたもんだな、若いの」
「あはは、大変でした、中々口説かれてくれなくって!」
老人はうんうんと頷いた。
「いいじゃないか、身持ちが固くて大人しくてしとやか。魅力的だ。だが言っておくがな若いの」
「はい?」
「女は甘やかし過ぎると駄目だ。うちの婆さんも、今のあれからじゃ想像もつかんだろうが、昔はそりゃあ風にも絶えん風情だった。わしはそりゃあ大事にしたもんさ。それが今じゃ、わしより頑丈で口が立つ」
「馬鹿言ってるんじゃありませんよ」
いつの間に立ち上がったのか、老婦人は小さな体を老人の横に並べていた。
「さ、お若い方の邪魔をしてるんじゃありませんよ」
「おお、怖い怖い」
笑いながら肩を竦めウィンクをした老人に、男も笑った。
「いいなあ。俺も、あなたたちみたいな素敵な夫婦になりたいです」
「あらお上手ね」
「あ、お世辞じゃないです!」
慌てて手を振る男に、老夫婦は破顔した。お幸せにね、と言って食堂車から出て行くふたりを、三人は固唾を呑んで見送った。



やがて扉が閉まり、老夫婦の姿が完全に見えなくなった所で、パズーはどっとテーブルに突っ伏した。
「き…っ、緊張したあー」
ムスカは無言でハンカチを取り出すと、顔にかいた汗を拭った。
老人が立ち上がった瞬間は総毛立った。
誰だ。何だ。ばれたか。どうする。そればかりが頭を巡った。
瞬間的に汽車の大体の現在地を走行時間から割り出し、汽車から飛び降りた後のルートを計算もした。町の影は遠過ぎる。汽車を止めて追われるかも知れないので、岩棚にでも逃げ込まねばならない。だが食料はもとより、水がない。川も湖もない場所だ。水辺まで体はもつだろうか。保たさねば死ぬ。いけるか。咄嗟にそこまでを考えたが何の事はない、毒のない老夫婦だった。
「……寿命が縮まるな……」
テーブルになつくパズーの頭を眺め、ムスカは溜息をついた。男の耳元に口を寄せる。
「食事はもう済んだろう。部屋に戻るぞ」
いくら偽装をしているとはいえ、そして現在それが成功しているとはいえ、第三者との接触がないに越した事はない。ムスカはそう言うと、パズーの髪を軽く摘んだ。目を上げたパズーに、行くぞ、と口の動きだけで告げる。パズーも頷いた、心臓に悪い事はもう嫌だった。
しかし。

「すみませーん、フルーツくださぁい」

にこやかに、そして晴れやかにウェイターを呼ぶ男の隣で、パズーとムスカはがっくりと、力が抜けたようにテーブルに突っ伏した。そんな場合じゃないという言葉がふたりの口からで出る前に、ウェイターは素晴らしい素早さでフルーツの皿を提供して行った。

「ブドウ食べなきゃブドウ。オレンジも。いっぱい食べて、肉付きよくしような」

私の肉付きより君の脳容量の心配をしたまえ。
そんな言葉すらもムスカは男の耳元に唇を近づけねばならず、パズーはまたしても口の中で、いいんだけどさ、と呟かねばならなかった。いいんだけどさ、あんたたち。

いちゃつくか飯食うかどっちかにしろよなんて、口が裂けても言えないのだが。



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