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[43] 分析さんと大佐の話 (1/6 プロローグ)
七梨子 - 2007年06月23日 (土) 16時14分

ここ数日、急に周囲が騒がしくなっていた。数年前まで殆どの人間が信じていなかったあの伝説の島―ラピュタが現実として認識されて探索が実行され、そして失敗に終わったのだ。大惨事から奇跡的に生還した兵士達の口から語られた話は衝撃的なものであった。

「あのムスカ大佐が…。」

返事をする者もない部屋の中で呟く。

「ずっと抱え込んでいたのはこれだったのか。」

全くの誤解であるとはいえ妙な噂まで立てられた身である。いずれとばっちりが降り懸かるであろうことは容易に想像できた。今日に限ってまだ助手達が姿を見せないあたり、既に何か指示が出ているのかもしれない。今更保身に走るほど大して将来に未練がある訳でもない。少なくともその件に関しては穏やかな心境であった。

[44] 分析さんと大佐の話 (2/6 回想:出会い)
七梨子 - 2007年06月23日 (土) 16時22分

 「もう直ぐここへムスカ大佐が乗り込んでくるそうですよ。『大変だろうけど何とか頑張ってくれ』だそうです。」

そんな、どこか投げやりな連絡が入ったのはそれほど古い話ではなかった。第2分析室―別に第1があるわけはない―そんな名が付けられたこの部屋へ持ち込まれるのは、あっても無くても関係ないような形ばかりの確認操作だの、報告したところでそのまま報告書が焼却炉に放り込まれるような無意味なサンプルであるのが常であった。わざわざ大佐クラスが尋ねてくるような事態は初めてである。

「もしかしたらあれか。」

研究所の方でも正体が分からなかったという妙な試料のことが思い出された。特殊な性質を幾つも示しつつ、現在知られている何物にも分類不可能というふざけた結論が導き出されたものである。しかし、研究所の優秀な連中が弄り回して出せなかったものをこんな閑職の落ちこぼれ分析屋にどうこう言われても仕方がない。

「…最後に余計なこと書いたのがまずかったのかなぁ。」

どうせ誰もまともに読みはしないと、サンプルの示した特性を説明するくだりで、あたかも某古典文学に描かれた化け物の描写を彷彿とする…なんていう文学的表現を使ったのが真面目な連中の気に障ったのか。だが、あの大佐はどちらかというとそんなものよりもっと現実離れした世界に生きている印象だったのだが。

「この報告書を書いたのは君か。」

入ってくるなりいきなり詰め寄ってきたのが例の大佐であった。間近に見るのはそれが初めてだった。

作製した標本まで要求してくる勢いに飲まれ、結局半日ほどを説明に費やされてしまった。そのうち半分近くは大佐の力説によるものであった。例の試料の由来について話す彼への印象は、私がそれまで抱いていた人物像とは随分違っていた。
(本当に色素が薄いんだな)
長年研究してきた仮説を裏付ける証拠に出会えた喜びを素直に示している姿に、噂とはあてにならないものだ感じつつ、つい珍しい生き物を見るような気分になってしまった。それに加え、実際にそんな夢みたいな話をうちの軍は研究していたのかと軽い衝撃も受けていた。

 「経過も結論も研究所で出されたものと大差ないと思いますが、なんでまたこんなとこへ来られたんですか。」

「彼らは新しい事実を受け入れるのが苦手らしいのでね。未だにこれの存在を信じていない者もいるくらいだ。」

思ったほど気難しい人物ではなかったのかもしれないと、最初に気になっていたことを尋ねてみると、空から降ってきたという奇妙な像の資料を指しながらそう答えた。私としては別に超古代文明を肯定するつもりであのような記述をしたわけではないのだが、この際黙っておくことにした。

極秘で進められていたというラピュタ探索の計画が表立って動き始めたのが丁度その頃だった。元から評判が良いとは言いがたい人物ではあるが強引な行動が目立つことが増えたせいか、彼が批判的な論調で語られることが格段に多くなったのも同時期である。手柄を競い、足を引っ張り合うのは何処も同じであろうが、特にああいう覇を争うような部門となると油断などしていられないのだろう。既にそんな争いの舞台に上がることすら諦めた身には遠い出来事に感じられていた。

喫煙室での雑談や愚痴話の中には彼に対する誹謗中傷はお決まりのように以前から登場していた。だがその内容は次第に漠然とした悪口でなく具体的なものが増えていった。

「それって本当か?例の大尉は事故ではなく大佐がやったってのは。」

思わず問いかけたところ、馬鹿にしたような嘲笑を返された。

「長い間狭い所に閉じ篭もり過ぎて人間関係が見えてこないんじゃないのか。あの2人は直前にかなり険悪な雰囲気で言い争ってたんだ。それ以前にも色々衝突していたのは有名な話だろ。」

「人に取入る時にも手段を選ばないけど邪魔者を排除する時もあれだからな。」

冷静に考えれば彼も特務機関の人間である。奇麗事で生きている筈などないのだ。それでもなお、自説の正しさが証明されたことを素直に喜び、少年のような表情で語っていたあの姿がちらついてとてもそんな人物とは思えなかった。

そんな風に少し気になることは増えたものの、彼とはあれきり特に係わり合いになるような事もなく、いつもどおりの半分嫌がらせのような日々の仕事に勤しんで過ごした。

[45] 分析さんと大佐の話 (3/6 回想:不思議な関係)
七梨子 - 2007年06月23日 (土) 16時27分

今の部署に移って以来、暇に明かせて壊れた器具を修繕し続けているうちすっかりガラス細工が得意になっていた。その技術を結集した密かに気に入りのコーヒー沸かし器に粉を放り込む。

「そろそろ新しいケージを用意してやらないとな。在庫整理のときに拾ってきてやるからそれまで育つなよ。」

趣味でやっている実験の主役、既にかなり育ち過ぎのラットたちを撫でながらそう話しかける。もう暫く狭い箱暮らしが続くと聞いて嫌気が差したのか1匹が部屋の外へいそいそと移動し始めた。

「室長、お客さんですよ。」

慌てて追いかけているところへ、呆れ顔の助手が意外な人物―ムスカ大佐を案内してきた。

「―どうされたんですか。」

返事はなかったが椅子を勧めると素直に応じた。平静を装ってはいるものの、どこか憔悴した印象を受けた。

昔の私なら、何の悩みか、力になれることはないかと余計な口出しをして、大して役立たないアドバイスなどしていたのかもしれない。だが、そんな事は自らを危険にさらすだけでしかないことを嫌と言うほど思い知らされていた。

「どうぞ。」

 ちょうど出来上がったコーヒーを注ぎ分けて目の前に置いた。

「…変な味がする。」

消費期限などとっくに切れた粉を流用しているのだから当然である。

「大丈夫ですよ。ここ2週間与え続けてもこいつらは至って健康ですからね。」

足元に押し込んでいたラットケージを引っ張り出しながら言うと、あからさまに嫌そうな顔をされたが、やっと表情が動いたことに何故かほっとした。

それ以来、彼は時々顔を出すようになった。一人でラボを訪れる時は普段と随分様子が違っているらしいことにもじきに気付いた。私は無理に聞き出すことはしなかったし、彼も何も話そうとはしなかったので何の会話もないまま過ごすことも珍しくはなかった。そんな不思議な関係が暫くの間続いていた。

[46] 分析さんと大佐の話 (4/6 回想:誤解)
七梨子 - 2007年06月23日 (土) 16時30分

 「お前、あのムスカ大佐とやったのか?」

冗談半分に言われた時は何を馬鹿なことをと思ったものだ。だが傍から見ていると勘繰りたくなるものなのだろう。彼が噂どおりの人物なら、何の打算もなしに人に近づくことは想像し難い。そして、閑職に追いやられつつ意地になって退職を拒んでいるような、近づきになっても何の利益も見出せないような私に接触しているとなるとその目的は―。

「ばかばかしい。そんないいもんじゃないさ。」

悪意に満ちたいい加減な讒言の類には飽き飽きしていた。彼のことは嫌ってはいないし、どこか気になるところのある人物ではあるが、そんな対象としてではなかった。

「何だ、違うのか。あの大佐がどんな顔して口説いてきたのか聞きたかったんだけどな。」

「奴が相手するのはもっと上の連中だろ。」

「守備範囲が広いって驚いてたんだがな。」

好き勝手に言い合う様子を見ながら彼もとんだ誤解を受けたものだと何だか気の毒になっていた。

[47] 分析さんと大佐の話 (5/6 回想:無関心)
七梨子 - 2007年06月23日 (土) 16時36分

その日は一日落ち着かない気分でいた。理由ははっきりしている。午前中、報告のため幹部連中のオフィス近くの会議室まで行ったときに、見なくて良いものを目撃してしまったからだ。ツキの悪さはいつものことだが実に間の悪いことに、ムスカ大佐が部屋から退出したところに通り掛かってしまった。着衣に乱れはなかったものの、その雰囲気から中で何をやっていたのか、説明されるまでもなく想像できた。一瞬目が合ったとき、気まずい雰囲気になりながら何も知らぬふりでお互いやり過ごした。

それまでただの噂としか思っていなかった大佐の行状が生生しく感ぜられていた。人前で不遜に振舞う普段の彼の姿を見たことがある。その自信に満ちた特務の切れ者としての彼しか知らなければ、また違っていたのかもしれない。手段を選ばないにも程があると、口にしないまでも蔑んで憂さ晴らしのネタにしていたことだろう。

決して女性的と言うわけではないが、どこか妙に惹きつけられるのは確かだ。常に冷静な態度を崩さないあの大佐に、どんなだか想像できないが艶っぽく誘いかけられたとすると、きっと断れはしないだろう。初めて間近に見た時の、嬉しさで輝いていた色素の薄い金色の瞳が、情欲に溺れたときは一体どんな風になるものか―。

ノックの音に続いて、返事も待たずに彼が入ってきた。どうやら助手達は出払っていたらしい。

「今、忙しかったかな。」

「いいえ。不味い奴で宜しければいつでも淹れますよ。」

先ほどまでの妄想を振り払うように、いつの間にか2人分淹れることが習慣になっていたコーヒーを注ぎ分けた。それきり会話は途切れてしまった。

「…何も聞かないんだな。」

やっと言葉を発したが視線はずっと外されたままであった。薄々勘付いていたことであるが、ここに現れる時いつも何処か沈んだ風であるのは今日のようなことがあった所為なのだろう。そのようなことをしなくても十分やっていけるであろう人が、そんな思いをしてまで何を求めているというのか…。知りたくないといえば、嘘になる。

「他人に深入りして良いことなんか、何もありゃしませんからね。」

「同感だな。」

再び沈黙が訪れ、小動物がカサコソと動き回り、エサを齧る乾いた音のみが響いていた。

「その無関心を、ありがたいと思っている。」

ポツリと零された言葉に、彼が心情を吐露したことに対する物珍しさ、そして罪悪感と痛ましさを覚えていた。


その日から随分経って、最近見かけないと思っていたところ彼が大掛かりな作戦に赴いていたのだということを人伝に知った。

[48] 分析さんと大佐の話 (6/6 エピローグ)
七梨子 - 2007年06月23日 (土) 16時39分

 「とうとう思いきりやらかしてくれたってわけか。」

当分世話が出来なくなりそうなラット達についての指示書を作成しながら、何だか愉快な気分になっていた。残念なのは、守り通してやるほどの秘密など何も持ち合わせていないことだ。

 「奴らを焦れさせてやるくらいは出来るかもな。」

犠牲者には気の毒な話であるが、最後にこういう思いができたのだから長年意地を張ってきた甲斐があったのかもしれない。もう少し時間がありそうだったので、ついでに除隊願いを書きながら、左遷されてからこっち久しく感じたことのなかった清清しさを味わっていた。



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