[38] 無人島漂着(バッドエンドver) |
- nanasi - 2007年06月20日 (水) 22時16分
月明かり、彼の頬は青白く映す。
ぬるまった湯にひたしたボロ布を、男はかたくひきしぼる。 彼は、眠っていた。 熟睡しているのか、本当は起きていて寝たふりをしているのかはわからない。男も、確認するつもりはなかった。 彼のねぐらは皆が眠る場所から数メートル離れた場所にある。逃げ出すおそれはないと、手足は自由だ。彼は視力のほとんどを失っており、ぼんやりとした光だけの世界にいる。見知らぬ島、手探りで逃亡することはできない。 いや、もし辺りを識別できるだけの視力があったとしても、彼が逃げ出すとは思えなかった。 視力を奪ったものがなんであるのか男にはわからないが、それは彼から生きる気力すべてを奪い去ったらしい。身体だけが地上に残り、本来の彼はいまだ空をただよっている、そんな印象を男は受ける。
男は布で彼の額をそっとぬぐった。彼が目を覚ます気配はなかった。
浜辺に流れ着いた兵士は十数人。はるか上空から落下したことを思えば、それは奇跡としか言いようのない生還だったが、誰一人それを喜ぶものはいなかった。同じ潮に流されてきた多くの仲間が浜に無言で転がる光景は、自分の僥倖を感謝するにはあまりに無残だった。ここが無人島であるらしいことも、兵士たちを意気消沈させた。生き残ったことは、なにかの罰のようにさえ思えた。 彼が生きて浜辺に打ち上げられていたのを、男が見つけた。かすかに上下する胸の動きだけが、生の証だった。
以前は丁寧にアイロンがあてられていたのであろう白いシャツを、男は脱がす。首すじ、肩、胸、と丁寧に拭き清めていく。 彼は目を閉じたままだった。それでも、覚醒はしていると男は悟った。理由はない。
彼を殺そうという声はもちろんあった。しかし冷静に人を殺せるものはおらず、やがて、あっさりと死なせるよりも生かして屈辱を与えればいいと誰かが気付いた。 流れついた浜は島のごく一部で、ほとんどが森か岩場でできている。手間を惜しまなければ食料は豊富にとれ、すぐに真水もみつかった。 とりあえず生きていけることがわかった兵士たちは、更なる欲にたぎる。彼によこしまな目がむけられるのに時間はかからなかった。 衰弱し、ぬけがらのようになっていた彼だったが、抵抗はした。 抗う手を足を、数人がおさえこみ、いつのまにかリーダー格におさまっていた兵士から順に彼を犯した。 お前の番だ、そう言われて男は動けなかった。かすかに首をふり、拒否した。兵士たちはそれ以上強いることもなく、再び行為に返った。しかし男は目をそらすこともしなかった。抵抗をやめた彼がうつろな表情で、蹂躙されている様を見続けた。
さんざんもてあそばれた身体を、男は拭き続ける。彼はまぶたを開かない。 謝罪ではなく、同情でもなく、これは彼を犯しているのと同じだと男は思った。 皆が寝静まるのを待って男はわずかな湯をわかしたのだった。本国で浴びる熱いシャワーにはおよばないが、水よりはましだろう。 着衣させると、彼はわずかに身じろぎした。その頬に、男はかすかに口づける。
命じてください。
言葉にはせずそう願う。 兵士たちを殺せと、命じてくれればすぐにでも従う。 かつて一度だけ彼の裸眼を見たことがある。色つきの眼鏡を拭く、そのわずかな瞬間に男は捕らわれてしまったのだ。彼のもつ狂気の檻に。
命じてください。
男と彼が生きていることは本国の誰も知らない。彼が失ったのであろう夢の続きを、ここで見続ければいい。
男の思念に答えるように、彼はうっすらと目を開けた。淡い月明りの下では、彼の視力はないに等しい。男の顔さえ判別できないだろう。 片頬がゆがみ、それは笑みの形となった。月光をうつしとった金の瞳がわずかに生気を帯びた。
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