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[37] 将軍と大佐
七梨子 - 2007年06月17日 (日) 23時00分

 本日付で派遣されてくるという人物には覚えがあった。元々その存在自体が敬遠されがちな特務機関の中でも特に悪い意味での有名人である。若くして出世街道を邁進する切れ者としての評判もあるにはあるが、寧ろ目的の為には手段を選ばない人物として誹謗の対象となる事の方が多かった。

「あのムスカ大佐か…。」

現場のことを碌に知りもしない連中が作戦遂行中の通常部隊にいきなりやって来ては引っ掻き回すという経験は過去に幾度もある。今回の件にしても私の部隊だけで十分対処できる計画のはずではないか。上からの命令とはいえ流石に気分の良いものではない。


形ばかりの敬意を表して挨拶に来たのは、嘗ての記憶にある以上に癪に障る男であった。

「…特務の連中は気に食わん。勝手な振る舞いばかりして現場を混乱させた挙句に手柄だけを持っていく。」

今更連中のご機嫌を取ったところでどうなるものでもない。それよりも牽制して力関係をはっきりさせておこうと思っていた。

「政府の密命を帯びているとはいえ、ここでは私が責任者だ。そのことを忘れるな。」

「何か誤解をしていらっしゃるのではありませんか。」

敵意を向けられることなどいつもの事とでもいうような涼しげな表情で反論してきた。部下達を下がらせると改めて向き合い、その生意気そうな口調で話を続ける。

「何も対立する必要などありませんよ。我々の目的は作戦を成功させる、只それだけです。個人的に私の事をお嫌いになるのは構いませんが、命令とあれば逆らうことはできない…それは閣下もご同様でしょう。」

言葉の端々にこちらを小ばかにしたような響きが見て取れる。

「お前がどうやって今の地位を手にしたのか知る身としては、偉そうな口を利かれては不愉快にもなろうというものだ。…軍人の風上にも置けん奴だ。」

過去の功績を無視しての罵倒には心穏やかでないものがあったのだろう。冷静を装っているが明らかにそれまでとは違う反応を示していた。所詮は若造だ、私とは場数がちがう。

「…興味がおありですか?」

ゆっくりと歩み寄ってくると、此方を見据えながらそう切り出してきた。静かに見詰める視線に絡みつくような空気を感じる。一体何人がこの男に篭絡されてきたのか―。

「何を…何をいうか!そういう人種には虫唾が走る…!」

「閣下、貴方は実に潔癖な方でいらっしゃる。」

私の罵声を、軽く見下したような表情で冷笑を浮かべながらさらりとかわした。実に嫌味な奴だ。


ほぼ部外者とも言える特務機関の人員が加わったことにより、現場に微妙な摩擦が起きていた。私自身、大人気ないことだとは思いつつ、つい縄張り争いを助長するような行動があったことは否めない。そんな現状に我慢がならなくなったのか、ある日ムスカが直談判にやって来た。
なるべく冷静であろう努めているが、苛立ちは隠しきれない。

「任務を無事に成し遂げたいという思いは私も同じです。
それを妨害するような行動は止めていただきたい。
障害は排除するつもりです…どんな手段をとることになろうとも。」

普段と異なった余裕のない様子で訴えかけてくる。

「―どうするつもりだ。今までの相手のように色仕掛けで篭絡でもするつもりか?」

「…お望みでしたら、それでも構いませんよ。」

するりと手を取ると指先に軽く唇を這わせ、此方の反応を窺ってきた。その感触、その仕草に一瞬息を呑んだが、心乱されたその事実に焦りを感じ、慌てて振り払う。

「―まったく、お前にはプライドと言うものが無いのか!」

こちらの心を読まれてしまったような、そんな不安感から自然と声を荒げてしまう。

「何と罵っていただいても構いませんよ。ただ、くだらない意地の張り合いでラピュタ探索を失敗するわけにはいかないのです。もし、今後協力的な態度を取ってくださると言うなら…大抵の要求には応じて差し上げますよ。」

「―ほぅ、随分言うではないか。」

引っ込みが付かなくなったものの、どうせ口先だけだろうと高を括っていたことともあり、ついその妙な流れにのってしまった。


信じられないような光景が目の前で繰り広げられていた。あの不遜な若造が、その神経質そうな眉を寄せた苦しげな表情で足元に跪いて口淫を施している。奉仕を命じた時、何のためらいも見せずに応じたあたり、こんなことは奴にとってはありふれた事なのであろう。目を伏せて行為に没頭している姿を暫く眺めていたが、髪を掴んで強引に上向かせた。

「今までの連中と比べているのか?私の顔を見ながらやれ。」

うっすらと涙の浮かんだ金色の瞳が、一瞬強い反抗の意志を持つ光を帯びたが即座に従順な素振りを取り戻した。手慣れた様子が益々気に食わない。同時に、その澄ました態度を踏みにじりたいという嗜虐的な欲望が湧き上がってきた。やがて絶頂感の訪れる予兆を感じたとき、髪を強く掴み押し付けながら命令した。

「全て飲み込め。…一滴も零すな。」

嫌悪感や嘔吐感を押し殺して必死で嚥下しようとする気配が伝わってくる。周囲に残された残滓にまで舌を這わせ終えると、側のデスクに体重を預けるようにして立ち上がった。

「…満足して、いただけましたか?」

濡れたままの口唇からは静かな声が発せられた。息が上がり、瞳を潤ませながらも気丈に見据えてくるその姿に、情欲は収まるどころか尚も刺激された。無言で凝視する視線にそんな心情を察したのか、僅かに表情を陰らせ、それでも平静を装って挑発するような調子で言った。

 「続けろと仰るなら応じて差し上げますよ。」

その時、何故か理由の分からない怒りが湧き起こり、服を解こうとしている手を抑え、一瞬ひるんだムスカを机上へ押し倒した。胸倉を掴まれ喉元を絞められる苦しさから必死で引き剥がそうともがくのも構わず押さえつける。

「知った風な口をきくんじゃない、お前が今まで相手にしてきた連中と一緒にするな!」

手を放すと、咳き込みながら睨み付けるきつい視線と目が合った。

「…今後は、ラピュタ探索に協力的な姿勢で臨んでいただけますか。」

強く迫るその金色の瞳に気圧されそうになる。

「お前ごときに言われなくても意図的に作戦を失敗させるような真似なぞするものか。」

「その言葉を信じてよろしいのですね。」

吐き捨てるように発せられた私の言葉に、まるで縋り付くかのように聞き返してくる。その表情は今までに見たことがないほど真摯で、同時に悲愴にも見えた。見詰め合うと言うよりは睨み合うようにして暫く無言の時間が続いた。


 「閣下、貴方が話の分かる方でいらっしゃることに感謝しますよ。…今後も良い関係が続けられそうです。」

眼鏡越しのその表情はもう窺えない。不遜な態度を取り戻し、恐らくは心にも無いことをすらすらと言い終えると、部屋を退出していった。

外には部下が控えていたらしい。部屋を出るなりふらついたムスカを支えようと駆け寄ってきたようだ。

「大丈夫ですか、大佐。」

「ああ、心配ない。将軍には大層友好的な態度で交渉に臨んでもらえたのでね。」

閉じられた扉の向こうからそんな会話が漏れ聞こえた。 独りになった部屋の中は、先ほどまでの熱が嘘のように空虚な空気に満たされていた。

奴は何をあれほど必死になっていたのか。結局私がしたことは、任務を懸命にこなそうとする若者の、その思いを利用して陵辱を加えただけのことではないのか。軍人として有るまじき行為と奴の行動を蔑んでおきながら、結局私がしたことは何だったというのか―。鬱々とした考えが途切れることなく浮かんできた。

 その後何事もなかったかのように慇懃なまでの言葉遣い、それでいて全てを見透かし高みから見下ろすようなムスカの態度に、より下劣な人間とはだれのことやらと嘲笑されている気がしてならなかった。

 「忌々しい、何故私があんな生意気な若造の為に悩まなければならんのだ!
それもこれも、全て奴の仕組んだことではないのか、あの青二才めが!」

 無人の執務室でそう怒鳴り散らし、ささやかな自己の正当化を試みる。感じているのが理不尽な怒りであるとは十分に理解していたが、その苛立ちが治まることはなかった。



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