[31] 荒んでる大佐の話 02 |
- 七梨子 - 2007年06月13日 (水) 20時53分
先日のような目に遭うのはもう懲り懲りだと思いつつ、やはり飲まずには居られなかった。そうすると、再び同じ事柄に思い至る。
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物心付く頃には疑いもせずラピュタを追い求めることが使命なのだと信じていたし、周りの親族たちも皆それを当然と思って同じ目的の為に生きていた。 何かが違うと思い始めたのは、自分が世間一般からするとかなりの変わり者なのだと認識し始めた頃だったろうか。空に浮かぶ島の話など、子供同士ですらまじめに取り合われず、それを悔しく思って懸命に主張したこともあるが次第に諦めることを覚えた。 一族の者達が長年積み重ねてきた孤独な研究を引き継ぎながら、いつまでも確証が得られないことに不安を感じることもあった。そのような時期に手にした好機を逃すわけにはいかなかった。それが、どのような手段を要するものであったにしても。 『僕だって、そんなに強い人間じゃないんだよ。』―珍しく弱音を吐かれたときのことが思い出される。いつも私を慰め励ましてくれながら、あの人も不安と疑心から自由ではなかったのだろう。あまりに短い生涯ではあったが、最後に、全く一族と関係ないところで信頼し合える理解者を得られた点では幸せな人だったのかもしれない。後の事を託したその友人がまさかこんなことになるなんて、一体どう思っていることだろう―。
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店を変えはしたものの何処にでも同じような連中はいるらしく、目つきが気に喰わないのなんのと難癖をつけてくる相手に絡まれてしまった。ムスカにはそれが酷くばかばかしく思われて思わず苦笑をもらした。そのことに神経を逆撫でされたのか、男は決まりきったセリフで恫喝してくる。ふと思いつき、胸倉を掴んでくるその手をそっと押さえて指先でなぞりながら視線を合わせて誘いかけた。 「乱暴にされるのは、趣味じゃない―」 一瞬、驚いたように見返したが、じきにその言葉の意を汲み、薄く笑った。 粗末な安モーテルだが路地裏でいきなりやられるよりはずっとマシかと妥協することにし、無駄かもしれないと思いながら眼鏡を外すと最初に告げた。 「―痕はつけるな。」 「何偉そうに命令してるんだよ。」 そう言ったかと思うといきなり髪を掴み強引に引き倒された。先ずは口でやってもらう、と押し付けられたそれに嫌悪感を隠せなかった。 だが、面倒なことになって結局痛い思いするより手早くことを済ませたほうが良い―そう言い訳するように自分を納得させると、ムスカは迷わずそれに舌を這わせ始めた。 案外素直に応じたことに拍子抜けしたのか、無理やりつかんでいた髪から力が抜かれる。暫くすると与えられる刺激に陶酔し、もたらされる快感を無防備に貪る気配が伝わってくる。張り詰めて行くそれに間もなく放出される予兆を感じて口を離そうとしたそのとき、突如頭部を押さえつけられた。 「…っぐ…っ」 まともに喉まで入ったそれを暫くの間咳き込みながら必死で吐き出し、息苦しさに思わず涙ぐんでいた。 「普通、出すか!?口の中で!?」 怒鳴りながら睨み付けた相手は、情欲に塗れて陶酔しきった表情でつぶやいていた。 「…凄くいい…。その金色の瞳…ぞくぞくする―」 チラリと目をやると先ほど放出したばかりのものが再び興奮を示し始めていた。 「…続けるか?」 口元をぬぐってそう問いかけたとき、主導権は完全にムスカに移っていた。 「痕を付けるなと言っているだろうが…っ」 「黙ってりゃ可愛いかったのに…うるさい奴だな。」 情交中にしてはかなり殺伐とした会話を交わしながら行為は続けられた。与えられるその刺激を受けて、もたらされる快感だけを貪欲に追っていた。そうしていれば何も考えずにいられた。
「…もう終わっただろ、放せ。」 さっさと終わらせるつもりなのに、まだやる気でいるらしい相手に気だるげに告げるがそれは無視された。その後与えられ続けた本来苦手なはずの身体を這い回る唇の感触、時折触れる吐息がさほど気にならなかったのは、誰かを重ねていたからなのか―。 「なぁ、あんたに…入れていいか?」 執拗なまでの愛撫が急に止んだかと思うと、やや遠慮がちに尋ねられた。 「―したいのか。」 それまでの気分がすっかり冷めた様子で聞き返す不機嫌な様子のムスカの前に、流石に断られるかと恐縮している男の姿があった。最初の強権的な態度とは随分な違いだと思うと何だか可笑しいような気分になってしまった。 「…いいよ。ちゃんと準備してからなら。」 自分でしようとするのを押しとどめられる。 「俺がやるから…させてくれ。」 逸る気持ちの表れか、痛いくらいに腕を掴んでいた手を放させるとその指を咥え、唾液を絡ませる。その様子で既に煽られた興奮を抑えるように、内壁を探るようにして丁寧に慣らし始めた。暫くの間その一連の作業を受けていたムスカであったが、ある一点に触れられた時思わず背中に爪を立ててしまった。急に反応したことに、思わず声をかける。 「大丈夫か、痛かった?」 「いや、構わないから…」 もういいから、早く―縋り付くようにして先を促す声に、それまでの慎重さを捨てると性急に注挿を繰り返しその内部を味わい始めた。熱く絡みつく内壁の感触と、苦痛と快感の交じり合った表情とに煽られていく。極限に達した興奮に、間もなく来る開放を予感した男が身体を離そうとしたところ、脚を絡めて阻止された。 「そのまま続けてくれ…」 「え、でも、いいのか?」 「私がいいと言っているんだ…続けろ…っ。」 その感触の気持ちの悪さには慣れることは出来ないが、今はその不快感をも含めて感じていたかった。
ぐったりと身体を投げ出しながら身体的にも疲労困憊しているはずなのに、何処かまだ冷静さが残っていることに嫌気が差していた。ベッドの隣には同じく体力を使い果たしたという風情で身体を横たえた男がいる。その様子を少しの間眺めて、抱き寄せるように添えられた腕を静かに外すと身支度を始めた。 「…もう、帰るのか。」 「用は済んだからな。ああ、部屋代はそこに置いといたから、貸し借りなしだ。」 「薄情な奴だな。―また会えるか?」 「…気が向いたらな。」 もう会うこともないだろうと思いながら部屋を後にした。 酷く稚拙な逃避方法ではあったが、それなりに効果はあったようである。刹那的な関係を求めて相手が見付かりやすいその手の場所に出入りするようになってからは、ずっと続いていた癒し難い喪失感が僅かに和らいだように感じていた。
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