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光明掲示板・伝統・第一

 

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臨死体験〜鈴木秀子さんの場合 (78)
日時:2015年01月24日 (土) 04時44分
名前:伝統

*光明掲示板・第三「臨死体験〜鈴木秀子さんの場合」からの継続です。
 → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou3&mode=res&log=361

・・・


《ミラクルステップ2〜その質問はキャンセル、キャンセル》

   *「奇蹟は自分で起こす〜幸せになる1ミリの法則」鈴木秀子・著(P19〜26)より


《一つの命で生かされている》

私たちは大宇宙の中で、生かされています。
大宇宙は一つの命です。

私たちは大宇宙の中で、一つの神の命によって命を与えられています。
みんな命を与えられ生かされているのです。

この世界は神の命に繋がる尊い世界です。
私たちの存在そのもの、仏性というものが、人間の尊い命であり、
その命の源は愛です。

あなたが他の人に優しい気持ちを持ち、
心から他の人の喜びのために尽くしたいというときは、
深い世界に入っているときなのです。

ここがそういう力を与えてくれる源泉です。
その力を日常生活を通して発揮していくこと、それが生きる意味に繋がっていきます。

辛く苦しい体験をした後には、この愛の世界に深く入って、
その力を汲み出すことができます。

私たちは苦しみを通り超えて、より大きな広い愛に向かって自分を鍛えていくのです。
それが生きる意味であり、この人生の修行だといわれます。


《愛と調和の一体感を感じるとき》

調和が内にあります。
そういう時間をたくさん持てれば人間は幸せになっていきます。

そういう時間をたくさんつくり出す訓練をしていくこと。
それが愛を自分の中に広げ、周りにも及ぼすことになります。


あなたは、辛く苦しいできごとに見舞われたとき、どうしていますか?

そういうとき、だいたい「質問語」を発しています。
その「質問語」をつかまえることができれば、あなたの人生は変わっていきます。

「質問語」の例として、

「どうして私にこんなひどいことが起こるのか」
「何も悪いことをしていないのに、なんでこんなひどいことが・・・」
「なんであの人は私にこんなひどいことをするのか」
「悪い人はあの人なのに、あの人は順調に暮らし、どうして自分にはこんなことが起こるのか」

その質問をつかまえてください。

そうしてその質問を「キャンセル、キャンセル」と言って、頭の中で消してしまいます。

「質問語」をつかまえて、「キャンセル、キャンセル」と言ったら、
すぐ次のような言葉に置き換えます。

「このことはどんな意味があるだろうか」と。意味は必ずあるのです。

そして「これを通して自分は何を学んでいくのか」と言ってみるのです。

そして「これはどんな意味があるのだろう。
今はわからないけれども、意味が見えてくるまで楽しみに待ちましょう。
これを乗り越えて、自分はどんなことを学んでいくためにこのチャンスが与えられたのか」

ということを、いつも自分に言ってください。


辛く苦しいできごとに見舞われたとき、
人や神様を批判して、責任を他に転嫁して、自分の力を失わないでください。


自分を不幸だと思ったら、惨めだと思ったら、辛くてたまらなくなったら、
当たり前のことにいっぱい感謝してみましょう。
少なくとも10個、感謝することを探してください。

私たちは自分で自分を不幸にし、自分で自分を幸せにしていきます。

不幸と幸せはどんな強力な伝染病より、もっと強く伝染します。

不幸という病はあなたがいるだけで周りを感染させていきます。

それと同じように幸福もまた非常に強い伝染力があります。

            <感謝合掌 平成27年1月24日 頓首再拝>

「ある障害を背負った赤ちゃんと、その両親のお話」 (170)
日時:2015年02月03日 (火) 03時04分
名前:伝統

        *鈴木秀子(文学博士)〜『致知』2011年2月号 より

 いまでも忘れられない話があります。
 かれこれ三十年ほど前になるでしょうか。
 私はあるご夫婦と知り合いました。

 そのご夫婦はともに東北の出身で、
 集団就職でやってきた東京で知り合い結ばれました。
 下町にある小さな町工場で真っ黒になって働き、
 決して豊かとは言えないながらも、仲睦まじく生活していました。

 二人はやがて一人の男の子を授かりました。
 しかし、出産後、医師はなかなか赤ちゃんと会わせようとしてくれません。
 
 しばらくしてご主人は医師に呼ばれて、こう告げられました。


「落ち着いて聞いてください。
 お子さんは重い障害を抱えて生まれてきています。
 おそらくそう長くは生きられないでしょう」

 赤ちゃんを見せられたご主人は、きっと言葉を失ったのではないかと思います。
 目の前にいたのは、頭部が極端に小さい無脳症という
 先天性の病気を抱えた子だったのですから。

 その頃、私はシスターとして、
 死が近づきつつある人たちや重い病気の人たちを
 お訪ねして希望を与える活動を続けていました。
 
 ご主人も私のことを本で読まれていたらしく、
 
 「障害のある子を授かりました。
  命が尽きてしまう前に、鈴木先生に一度会っていただきたいのです。
  他に身寄りのない私たち夫婦の願いです」
  
 と連絡してこられました。
 
 私はすぐに駆けつけました。
 そして病院までの道中、両親はさぞかし泣き崩れていることだろう、
 どのような言葉をかけて勇気づけてあげようかと、
 ずっとそのことばかり考え、心の中で神様にお祈りしていました。

 私が病室をお訪ねした時、
 奥様が毛布にくるまれた赤ちゃんを抱き、
 ベッドの脇でご主人が座っておられました。

 しかし、驚いたことに、病室の雰囲気はとても明るいのです。

 二人は私の訪問をとても喜んでくれました。
 そして赤ちゃんに向かって一所懸命笑顔で語りかけていました。

「鈴木先生が来てくださったよ。本当にありがたいね」

「いまあなたを抱いているのがお母さん。
 横にはちゃんとお父さんもいてくれる。
 だから安心してちょうだいね」

「お父さんも、お母さんもあなたが生まれてきてくれて本当に幸せ。
 お母さんのお腹の中に十か月も一緒にいてくれたものね。
 
 毎日毎日がワクワク、ドキドキだった。
 たくさんの勇気をくれたあなたのことが大好き。
 何があっても守ってあげるからね」

 障害のある赤ちゃんには、両親の言葉は聞こえなかったかもしれません。
 しかし、その病室は、子供が生まれた後、
 どの親も見せるような笑顔や大きな喜びに溢れていました。

 身寄りのない東京で厳しい労働に明け暮れ、
 貧しい生活を強いられている二人は、様々な人生の苦労を味わっていました。
 
 虐げられたり、嘲られたり、孤独に打ちのめされそうになったり、
 人に言えない思いをたくさんしてきたに違いありません。
 
 そんな二人にとって、我が子の誕生はただ一つの明るい希望でした。

 首を長くして待っていた我が子の誕生。
 しかし、その我が子は重い障害を背負って生まれてきた……。
 
 普通であれば精神的などん底に突き落とされたとしても不思議ではありません。
 しかし、この両親は悲しみに暮れることなく、
 長くは生きられないであろう我が子に喜びを語り、限りない愛情を注ぎ続けていたのです。

……………………………………………………………………………………
■赤ちゃんは両親を選んで生まれてくる
……………………………………………………………………………………

 赤ちゃんは両親を選んで誕生してくるといわれています。
 
 魂の成長に必要な両親を自分で選び、
 この世に生を受けて様々な出来事を体験し、多くの大切な人に出会って魂を磨き、
 再び魂の故郷へと帰っていく。

 それが人生なのだと私も考えています。

 この両親も、魂が永遠であることを確信し、そのような人生観をお持ちだったようです。

「あなたは、こんなに貧しく学歴も何もない私たちを
 親として選んでくれたんだね。ありがとう。

 お医者さんからは、この子は短い命で
 この世からすぐに去っていく運命だと聞いているけれども、
 たとえあなたがこの世から去ったとしても、私たちにとっては大事な大事な我が子。
 
 いつまでもいつまでも愛し抜いていくからね」

 このように二人の口から出てくるのは、深い愛情と溢れるばかりの感謝の言葉です。
 恨みめいた言葉は一言も聞くことがありませんでした。

 そして二人は
 
 「あなたには何もしてあげられることがない。
  だから私たちが一番大切なものをあげましょう」
  
 と言って、それぞれの名前から一字を取って
 赤ちゃんに名前を付けてあげました。
 そのことで我が子への永遠の愛の証を刻み込もうとしたのです。

……………………………………………………………………………………
■目の当たりにした人間関係の原点
……………………………………………………………………………………

 私は何も言葉を発せられないまま家族の様子を見守っていたのですが、
 愛に満ち溢れたその場の雰囲気に魂が震え、感動を抑えることができませんでした。


 我が子は間もなく死んでいくのに、
 限られた時間を嘆きや悲しみで汚染してしまうこともできるのに、
 その限られた時間に一生分の愛情を注ぎ続けていこうとする両親の愛が
 私の心に強く伝わってきたからです。

 この両親はエリートでもなければ、お金持ちでもありません。
 社会の隅で目立たず静かに生きている人です。
 
 その名もなき人が愛に満ちた、
 この上ない濃密な時間を過ごしている様子に接して、
 真に人間らしい生き方を教わった気がしました。


 人間関係の原点である愛は、
 地位、名声、お金といったものは一切関係がない。
 目の前で繰り広げられている、まさにこの両親の姿なのだ、との思いに駆られたのです。

 我が子が自分の胎内に十か月いてくれたことを感謝する奥様の姿を見ながら、
 『旧約聖書』の「詩篇」の一節がふと頭をよぎりました。

   主よ、あなたは私の希望。
   ヤーウェ(神)よ。あなたは私の若い時からのささえ。
   母の胎から生まれた時から、
   あなたは私のよりどころ。


 『聖書』には「あわれみ」や「慈しみ」という言葉がたびたび登場しますが、
 もともとのヘブライ語は「母の胎」の意味です。
 
 神の慈しみは、母親の胎と同じだというのです。

 母親は子供を宿している時、無条件に深い愛情を注ぎ、
 胎内の子供もまた、そういう母親の愛に満たされながら 成長を遂げていきます。
 
 そこに一切の打算や損得勘定はありません。
 神様と人間の関係も、そのようなものであることを『聖書』は教えています。
 
 私はバッグの中から『聖書』を取り出し、
 「イザヤ書」の次の言葉をカードに書き写して両親に渡しました。


   女がその乳飲み子を忘れ、その腹の子をあわれまないことがあろうか。
   たとえ彼女らが忘れることがあっても、私はあなたを忘れることはない。


 この言葉に両親の思い、
 そしてそれを見守る神様の思いが
 凝縮されていると感じたからです。 

 悲しいことに、この赤ちゃんは5日間で天国に召されます。
 
 しかし、この両親にとってわずか5日間の親子の触れ合いは、
 本当ならその後何十年にも及んだであろう
 親子関係で築かれる絆以上のものがあったに違いありません。

 そして、二人の言葉を借りれば、

 その後の両親は私が与えたカードの言葉を常に心の支えにしながら、
 人間が生かされている存在である喜び、人と人とが繋がって生きている喜びを
 深く噛みしめるようになっていったといいます。


 私は、どんなに貧しく厳しい環境にあっても
 明るく真面目に生きている両親の姿勢を通して、
 人間の幸福、愛の原点というものについて目を開かされました。

 もう三十年も前の話なのに、とても強烈に印象に残っているのは、
 名もなき人の中にこそ神様の姿があることを知ったからだと思います。

            <感謝合掌 平成27年2月3日 頓首再拝>

《ミラクルステップ3〜苦しみは、あなたの幸せと成長のため》 (310)
日時:2015年02月14日 (土) 03時59分
名前:伝統



   *「奇蹟は自分で起こす〜幸せになる1ミリの法則」鈴木秀子・著(P27〜34)より


《物ごとは、自然にスムーズに計らわれている》

(1)幸せになるために私たちができることは、まず否定的な考えを流して、
   それにこだわらないことです。

  @否定的な考えが浮かんだら、それをすぐに流し、
   心の深いところに入ろうと選択をします。

  A深い穏やかで静かなところに入って、自分を生かし続ける命の源にコンタクトします。

(2)大宇宙の波動に繋がると、波に乗るように良いことが起こってきます。

  @大宇宙の波動におまかせしながら、いちばん良く計らわれていくことを確信して、
   自分の穏やかな深い静かな気持ちを味わい続けてください。
   大きな幸せが広がっていきます。

  A自分で計画しなくても、ちゃんと物ごとが計らわれるようになっていきます。

  B病気が突然治るのも、癌が突然消えるのも、奇蹟かもしれませんが、
   これはそれ以上の奇蹟だと私はいつも思っているのです。

  C奇蹟は毎日毎日、本当に起こっていることをしみじみ感じます。

(3)どんなに辛くとも、どんなに大変なことであっても、それは不幸ではありません。

  @否定的に考え続ければ不幸になりますけれども、障害があったり、病気があったり、
   苦しみがあったりすればなおさら幸せになれるのです。

  Aなぜなら辛いこと嫌なことは、あなたがもっと幸せになれますよ、
   という促しだということを覚えておいてください。


《小さなことで人の役に立つ》

(1)苦しみは意味があって起こってきます。
   あなたの幸せと成長を促すために、あなたが自分で引き寄せています。
   だからそれを無駄にしないでください。生かしてください。

(2)苦しい時には、3つのことを心にとめておいてください。

  @一つは苦しみは必ず意味があるということ。

  A二つ目に苦しみを乗り越える大きな力があなたの中に与えられているということ。

  B三つ目は、この苦しみの最中にあっても大宇宙はあなたの味方であり、
   あなたはたくさんの味方がいるということ覚えておくこと。

(3)存在するだけで素晴らしい価値があるのです。

  @私たちは生かされています。
   命が与えられています。
   命というのは愛そのもの溢れです。

  Aその素晴らしさを日常生活に溢れさせていく、
   この人間の深いところというのは、愛そのものです。
   深い愛、神の命です。

  B愛を溢れさせて他の人につながる、それを伝え続けること、
   それが人間の大きないちばんの喜びになります。

(4)小さなことで人の役に立つということが人間のいちばんの幸せです。

  @誰かの役に立つということは、
   楽しい思いを分かち合うこと、
   楽しい経験を分かち合うことです。

  A「一羽の小鳥を癒しなば
   我が生涯に悔いあらじ」

  B何か喜びを分かち合うこと、
   自分の気持ちでもいいし、人が必要としているものを分かち合うこと、
   それがどんなに大きな喜びにつながるかということを感じてください。

   そのようなときに、私たちは自分自身の喜びが何倍も大きくなることを知っています。

            <感謝合掌 平成27年2月14日 頓首再拝> 

ミラクルステップ4〜自分を好きになってください (425)
日時:2015年02月23日 (月) 03時41分
名前:伝統

  *『奇蹟は自分で起こす 幸せになる1ミリの法則』鈴木秀子・著(P37〜39)より

《見えない世界の幸せ》

私たちとっての秘密というのは、目に見える世界だけ上手くいけばよいということでは
ありません。心でしか見えない、とても大切なことがあるということを覚えておくことです。


アメリカの感謝祭でのお話です。


毎年11月の最後の木曜日は、「感謝祭」の日です。

その感謝祭のときに、ある学校の先生が、小さい子どもたちに

「感謝祭の日だから、感謝するものを絵に描こう」

と言って、子どもたちに絵を描かせました。

子どもたちは小学校の1、2年くらいですから、
お母さんがくれた小さい自動車や電車のおもちゃとか、
精巧な動物のネジ仕掛けのもの、筆箱といった自分がもらったものをいっぱい描いたのです。

しかし、その中に一人だけ、無骨な手を描いた子がいました。

みんなが「その手は何? 」と聞いても、その男の子は黙っていました。

その男の子はとっても引っ込み思案で、みんなとなかなか馴染めず、
休み時間にも教室の端の方で一人でポツンとしていました。

その男の子が返事をしないので、

友だちが「それはきっと神様の手なんだよね。
その手を通して、いっぱいおもちゃなんかをもらえるんだもんね」
と言いました。

しかし、その男の子は黙って首を振って、返事をしませんでした。

しばらくたって、先生が教室を回りながら、
その男の子のところに行って、

そっと「あの絵は何の絵? 」と聞きました。

すると、その子は小さな声で

「先生の手」

と答えたのです。

彼は家庭環境があまりよくなかったこともあって、誰とも馴染めず、
いつも端の方でポツンと独りぼっちでした。

先生はいつも何気なく近づいていって、
何も言わずに手を出して、
その子の手を握っていたのです。

それで、その絵は僕の手を握ってくれる

「先生の手」だと言ったのです。


先生は、そのとき「感謝祭とはこれなんだ」と思いました。

それは自分が感謝されたからではなくて、
子どもが「これは先生の手」と言ったときに、
それを言ってくれた子どもに感謝の気持ちが湧いてきたのです。


子どもが感謝してくれるような何かが自分にできる、
それが感謝することなのだ、

と気がついたのです。

自分は何気なくやっていたけれども、
この子はそれにたいして感謝してくれる、

そういう自分がうれしい。
そういうことを知らないうちにできる自分がうれしい、
としみじみ思いました。

そして、

これが本当の感謝祭の意味だと理解したのでした。


《あなたは自分が好きですか》

▼ 自分を好きになる


(1)人間として、私たちがすべき第一の務めは、自分を好きになることです。
   自分自身が嫌いだと、人生は辛くなります。
   自分自身が嫌いだと、人間関係は悪くなります。

   ともかく自分を好きになることです。

   自分が好きになると、自分を大切にします。
   失敗しても、この失敗から何を学ぼうかと自分と相談するようになります。

(2)子どもが自分を好きになるように育て援助するためには、
   子どもをまず好いてあげることです。

   「あなたのことが大好き」と、子どもに感じ取らせてあげることです。
   そして名前を丁寧に呼んであげることです。
   その子どもの名前について、楽しいことを語ってあげることです。

   そして、少しでもよいことをしたら、
   その子どもを誉めて励ましてあげることです。

   もし何かしてもらったら、大人がその子どもに感謝してあげることです。

   そうすると、子どもは自分が好きになっていきます。

(3)あなたは自分の名前を好きになってください。
   自分の名前はよい名前だということを感じとってください。

   親はこの子が幸せになるように念じて、さんざん考えて、
   いちばんよい名前をつけているのです。

            <感謝合掌 平成27年2月23日 頓首再拝>

【あなたの価値】 (563)
日時:2015年03月06日 (金) 04時13分
名前:伝統

今回は、鈴木秀子さんの最近の著書である

「あなたは生まれたときから完璧な存在なのです。」

からの紹介です。

鈴木秀子さんご自身によるこの書の紹介は、次のWebにて確認できます。
 → http://hon.bunshun.jp/articles/-/2568



・・・

ある講演会で、ちょっとした「実験」をしたことがあります。

「どなたか、新札のきれいな1万円札をお持ちの方はいらっしゃいませんか?」

こう私が壇上から呼びかけると、一人の紳士が手を挙げて前へ歩み出てきました。

紳士は札入れから1枚のお札を抜き取って私に渡しました。

私は、そのお札を会場全体にかざすようにして言いました。

「ご覧の通り、きれいな1万円札ですね。では、ちょっとお借りしますね」

そう言って、私はその1万円札をくしゃくしゃに丸めました。

紳士はぎょっとした表情を浮かべました。

その顔には、「いったい突然何をするんだ」
と書いてありました。

ほかの聴衆も、唖然として、私の行為を見守っています。

そのお札を徹底的にくしゃくしゃにしてから、私は言いました。

「あんなにもきれいだった1万円札が、こんなになってしまいました」

そして、次にしわをのばして広げて聴衆に見せました。

「でも、広げてみると1万円札ですね。
誰か、これを欲しい人はいますか?」

すると、あわてて紳士が手を挙げました。

「もちろんです。だって、私の1万円札ですよ」

「でも、もう新札ではなくなってしまいました。
さっきはあんなにきれいだったのに、今はこんなにくしゃくしゃです。
なぜ、それでも欲しいのですか?」


「だって、どんなにくしゃくしゃでも、
その1万円の価値があるからです。
それで1万円のものが買えますから」


その答えを聞いて私は、心配させてしまったことを詫びながら
紳士に1万円札を返しました。


このとき私が、少々乱暴なことをしてまで伝えたかったのは、
お札同様、どんな姿になっても私たちの価値は変わらないということです。

私たちは一生懸命頑張っても失敗するし、
いきなり誰かから傷つけられることもあります。

そのたびにボロボロになったり、くしゃくしゃになったりします。

あなたも、長く生きて、いろいろな経験をすればするほど、
古いお札のようになっていきます。

でも、そりしわをきちんと伸ばしてみれば、変わらぬあなたが姿を現します。
そして、変わることのない、あなたならではの価値を発揮できるのです。

私たちは、ちょっとしたことで
自分に対する信頼を揺るがせてしまいます。

失敗したり傷ついたりして、
「もうダメだ」と落ち込んでしまうこともあります。

しかし、それは大きな間違いなのです。

あなたがあなたである限り、
何があろうとも、あなたの価値は1ミリたりとも
失われることはありません。

            <感謝合掌 平成27年3月6日 頓首再拝>

《持たない人ほど欲しがらない》 (659)
日時:2015年03月15日 (日) 04時19分
名前:伝統

      *「あなたは生まれたときから完璧な存在なのです。」鈴木秀子・著より


私は、阪神・淡路大震災のときも現地に向かい、
被災者支援の活動に参加しました。

すでに20年近い歳月が流れましたが、昨日のことのようによく覚えています。

避難所の体育館には、寒さを凌ぐための衣類が、全国から寄せられていました。

衣類の配布を行っているボランティアのところへやって来た一人のおじいさんが、
とても暖かそうなコートと、毛皮のセーターをしばらく見較べてから、
セーターを手に取りました。

「コートのほうが暖かいのではないですか?」

見ていた私が問うと、おじいさんはこう言いました。

「ずいぶん暖かそうだし、生地がしっかりしてかっこいいね。
だからほかの人にあげてください。
私はこっちで充分だから」

そのおじいさんは、着の身着のままで逃げてきて、
ほかに衣類の余裕があるわけでありません。
だから、2着とも持っていったっておかしくありません。

それなのに、これから来るであろう人たちのために
自分はセーターだけでいいと言うのです。

このおじいさんを見て、
私はかつてボランティアのスタッフから聞いたことを思い出しました。

「物資を受け取りに来るそれぞれの人の被災度合いは一目でわかります。
被害が少ない人ほど、援助物資をたくさん持っていこうとします。

大きな被害を受けた人は、
同じような目に遭ったほかの人たちを思いやって、
最低限のものしか受け取ろうとしません」


まさに、その通りのことが私の目の前で何度も繰り広げられました。

何も口にしておらずひどく空腹のはずなのに、
小さなおにぎりを一つしかとろうとしない人。

一本のペットボトルの飲み物を、隣の人と分け合おうとする人。

ストーブの近くを、
もっと寒がっている人のために空けておこうとする人。


そういった人たちのほとんどが、
まさに「何も持っていない」状態だったのです。

私たちは、なまじ少しのものを失ったくらいだと、
「こんなひどい目にあったのだから、自分さえよければいい」
と考えてしまいがちです。


ところが、身を切られるような悲しみを味わうと、
ほかの人の痛みがわかり、なんとかその痛みから救ってあげたい
と願うようになります。

それはなぜかと問われれば、

「人間だから」

と答えるしかありません。

            <感謝合掌 平成27年3月15日 頓首再拝>

ミラクルステップ5〜自分が知らない、自分のよさを輝かせるのは (753)
日時:2015年03月25日 (水) 04時45分
名前:伝統

  *『奇蹟は自分で起こす 幸せになる1ミリの法則』鈴木秀子・著(P43〜50)より


(1)幸せに生きる力は一人ひとりの中にあります。
   私たちは幸せに生きるために必要なものをすべて持っています。
   生きる根源である素晴らしさを一人ひとりが持っています。

   しかし、それが輝きださないようにしているのは、私たち一人ひとりなのです。
   他人でなく、自分で自分はダメだ、と、そう思い込むからなのです。

(2)これはアメリカの中学校であった話です。

   一人の数学の先生がクラスを担任していました。
   そこにマークというとてもおしゃべりな生徒がいました。

   授業中、マークがおしゃべりを始めると、他の子もつかれておしゃべりをし、
   教室はざわざわして、とても落ち着きのないクラスになっていたのです。

   そこで先生は、この子たちをどうにかして落ち着かせたいと思いました。
   皆が落ち着いて、いい雰囲気で仲良しになるには、どうしたらいいだろうと考えました。


   さんざん考えた末、あるアイデアが閃きました。

   先生はみんなに1枚ずつ紙を配りました。
  
   「ここにみんなの名前を書きなさい」

   と言って、まずクラスメイト全員の名前を書かせました。

   「今から、みんなの観察力と、人を見抜く力をテストします」 と先生は言いました。

   「それでは今から1人につき1分の時間をあげますから、1人ずつ、
   あの人はあんなところがいいなあ、この人のこういうところが好きだなあ、
   と思う点を書いてください。
 
   頭で考えないで、どんどん思いつくままに全員について書きます。
   それが試験の答案です」

   生徒たちは一人ひとりの名前が書いてある紙に、
   あの人は親切、あの人は声がきれい、あの人は責任感がある、誠実だ、などと書きました。
   誰かにビー玉をあげたというのでもいいのです。
   皆が思いつくままをクラス中の友だちについて書きました。

   先生はこの言葉を集めてもって帰りました。
   そして、クラス中の子どもが書いたものを今度は子ども1人ずつに書き写しました。
   1人の子どもに40人の答案。 それを全部先生がきれいな字で1枚ずつ書きました。

   そして、次の日にクラスに持っていって一人ひとりに通信簿を渡すようにあげたのです。

   先生は子どもたちがそれを開いたとき、どんなに喜ぶだろうと思いました。

   ところが、みんなのワッーという声を期待していたのに
   生徒たちはシーンとしたのです。
   そして、なんにも言わないのです。

   先生は、こんなことをしたけれど失敗だったと思いました。

   中学生の心理状態というのはどういうものだろう、
   教師でも生徒のことはわからないものだと改めて感じました。

   しかし、そのうちにだんだん教室が穏やかにやっていきました。
   みんなが仲良しになっていったのです。
   先生はもしかすると、あれが効いたのかもしれないなと思いました。


   《戦場でも持っていた》

   先生はそれから長い間、その事は忘れていました。
   学校が変わって他所(よそ)へ行き、20年近くが経ちました。

   あるとき、先生は、自分の故郷の町に帰ってきました。
   めずらしく先生の両親が空港に迎えにきてくれました。

   先生は、今日は何か様子がおかしいと思いました。
   すると、お母さんに促されて、お父さんが、
 
   「実は、お前の教えの子のマークが戦死して、明日はお葬式だ。
   ちょうどいいときに帰ってきた」

   と言ったのです。

   それは、ベトナム戦争のときでした。
   先生はマークの葬式に参加しました。
   教え子たちも皆集まってきていて、先生を懐かしく迎えてくれました。

   そして、翌日、マークの両親の家に集まろうということになりました。

   次の日、先生はマークの友だちが来る前に、
   一足先にご両親にお会いしようと出かけました。

   マークの両親は、先生が遠くから来てくださったことに感謝しうれしく思いました。

   マークが戦死したときに身につけていた洋服の中に、
   たった一つだけ残っていたものがありました。
   それはお財布でした。

   その革の財布にはお金は入っていませんでしたが、中に1枚の紙が入っていました。
 
   「これは先生の筆跡です」 と言って、お父さんとお母さんはその紙を差し出しました。

   それは中学生のときに、みんなが良いところを一つずつ書いたあの紙でした。

   「マーク」と書いて、そこに40人の子どもたちが
   見つけてくれたマークの良さが40個も書いてあったのです。

   マークはそれを戦死するまで、それも、あの激しい戦争の最中にも肌身はなさず、
   持ち歩いていたのです。
 
   あのとき、生徒たちに配っても、誰も何も言わなかったのに、
   マークはこうして生涯持ち続けていてくれたのでした。
 
   しばらくしてマークの友だちがみんな集まってきました。
 
   「マークは死ぬまでこれを 持っていてくれたんだよ。
   ほら、みんなの書いてくれた言葉が一つずつここにのっている」 と先生が言いました。

   すると、そこにいたりりしい立派な青年たちが、ズボンのポケットから紙を出して、
 
   「先生、僕も持っているよ」 と言いました。
 
   「僕も、持っているよ」 と他の子も胸のポケットから紙を取り出しました。
   マークの葬儀に集まった教え子たちは、
   1人残らず、その紙を取り出して先生にみせました。

   「マークの思いは僕たちと一緒だったと思う。
   自分ではそんな良さがあるなんて思いもしなかった。考えもしなかった。
   でも、自分の中にこんな良いところがあるということを友達が認めてくれた。
 
   それがとてもうれしかった。
 
   落ち込んでもうダメだと思うとき、あるいは、戦争でもういつ死ぬか、
   殺されるかという危険な状態にあっても、

   自分には皆が認めてくれた良さがあると思うと、
   また力が湧いてきました。
   そして生き延びてこられた」

   ということを、青年たちは、口々に先生に話しました。


   先生は、あのとき、生徒が手におえなくて、必死の思いで考えついたことでした。
   それがこんなにも青年たちに影響を与えている、ということを知って愕きました。

   それぞれが素晴らしい青年に成長していました。

   ともすると、先生というのは、

   「あの子はしょうがない、この子もしょうがない」

   という思いで見がちですが、一人ひとりの中には本当にすばらしいものがある。
   だからこそ、こんなに立派な青年になって、素晴らしさを発揮しているのだと、
   ということをつくづく感じました。

   生きたダイヤモンドのように光を輝かせるもの、そういうものがどの人の中にもあります。
   そして私たちの一生は、それを輝かせるために命が与えられている、
   ということを強調しています。


(3)あなたが自分の長所を認めることができたら、
   次はあなたの隣の人の宝探しをしてみてください。

   それぞれの素晴らしさを認め合うこと、それが自分の素晴らしさになり、
   自分のいらない物を脱ぎ捨てていく一つの秘訣にもなっていくのです。

            <感謝合掌 平成27年3月25日 頓首再拝>



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