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光明掲示板・伝統・第一

 

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【恩】 (59)
日時:2015年01月22日 (木) 04時49分
名前:伝統

*光明掲示板・第三「【恩】 (1733)」からの継続です。
 → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou3&mode=res&log=347

・・・

《天地の恩》

         *「生活の智慧365章」(P5)より

吾々の生活に、どんなに多く、大自然の恵みを受けているか、
衆生の恩を受けているかを顧(かえり)みよ。

あまりにも私たちは受けている恩恵に対して鈍感であり過ぎたのである。

それらを当然のこと、当たり前の事として感謝することを忘れていたのである。
あまりにも自分が受けていた恩恵に対して気がつかな過ぎたのである。

何でも気がつかない時には、それが存在しても「無い」のと同じことである。

自分のポケットに百万円の小切手があっても気がつかなかったら、
その小切手は無いのと同じことである。

では大自然の恵みも、衆生の恩も、父母の恩も、国家の恩も気がつかなかったら、
それは無いのと同じことである。

「ある」ものに気がつかないのは盲人(めくら)と同じことである。
私たちは盲人(めくら)になってはならないのである。

すべての恩恵をみとめたとき、私たちはその恩恵の所有者になるのである。

・・・

<関連Web>

(1)光明掲示板・第一「恩 (4315)」
    → http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=824

(2)光明掲示板・第二「【恩】 (1250)」
        → http://bbs7.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou2&mode=res&log=303 > 


            <感謝合掌 平成27年1月22日 頓首再拝>

海より深い親の恩 (117)
日時:2015年01月28日 (水) 03時59分
名前:伝統

    *「この世にダメな人間なんて一人もいない!!」野田将晴・著(P56〜57)より

あなたが、ここに生きているということは、
ご両親から生を受けたからです。
ご両親もまた夫々にご両親から生を受けられました。

このよにあなたの命は、永遠の過去から一人のご先祖も欠けることなく
奇跡的な確率で受け継がれてきて、今ここに生きているのです。

永遠の命の連鎖の結果として生まれたのであって、
決して両親の肉体的な快楽の結果として生まれたのではありません。

さらにあなたはたくさんのご先祖の愛情を、両親を通して一身に受けています。
あなたは計算できないくらい多くのご先祖様の愛を、
可愛い子孫として一身に受けています。

しかしそれはあくまでもあなたのご両親を通してなのです。

そして何よりこれまで育ててくださった恩があります。
せっかく奇跡的な確率でこの世に生を受けても、あなた一人の力では
今日まで生きることはできなかったのです。

親の愛情は無条件の愛です。
子供に何かしてもらおうと期待して育てているのではありません。
ただひたすれ健康と幸せを祈って育てるのです。

たまにうるさく叱るのも幸せになって欲しいからです。

父母の恩は空よりも高く海よりも深いのです。

            <感謝合掌 平成27年1月28日 頓首再拝>

《恩を返すこと》 (233)
日時:2015年02月08日 (日) 04時43分
名前:伝統

         *谷口清超先生・著「伸びゆく日々の言葉」(P236)より

この世では「恩返しの生活」が最も素晴らしい。
何故なら、吾々は皆多くの恩を受けていて、
「恩の借金」で首も回らぬくらいだからである。

恩は借金と同じように、返さないと、益々利子がかさんで、膨大なものになる。
すると吾々の良心は「返さなければならない」という重圧を感じて、
苦しく、かつ悩ましいのである。

もしあなたが何か明るく伸び伸びと出来ないならば、
きっと「恩の借金」を返していないからではないだろうか。

父母の恩を返したか?
それは「海よりも深く、山よりも高い」と言われる。

かじれるだけ脛(すね)をかじって、
まだ口をモグモグさせている人々も、
まず父母に心からの感謝を捧げることにしよう。

            <感謝合掌 平成27年2月8日 頓首再拝>

“恩”のやり取り (372)
日時:2015年02月19日 (木) 03時43分
名前:伝統

            *Web:BizCOLLEGE(2010.03.15)より

《恩を売ったら忘れてしまうこと》


ビジネスの世界で意外に難しいのが、
「恩を売る」「恩を受ける」という“恩”のやり取りだ。

数字で見えるものではないが、お金のように貸し借りできる面がある。

仕事で無理を仲間に頼む時、「あいつには恩があるから少し無理してもやるか」と
思ってもらえばなんとかなる。

では、そんな時のために「恩を売る」方がよいかというと、
実際には恩にならなかったり、煙たがられたりする。どうするか。

正解はないが、中国の古典の処世訓集「菜根譚」に示唆に富む言葉がある。

「恩仇のともにほろぼすにしかず(不若恩仇之倶泯)」

恩の意味は分かりやすいが、「仇(きゅう)」は「恨み」の意味だ。
現代風に解釈するなら、「恩と恨みはなかったことにするのがよい」ということになる。

恨みをなくすのはよいとしても、恩をなくすのは困ったことだ。
ここは「受けた恩」ではなく、「売った恩」に限定したい。

自分が売ったつもりの恩は、恩着せがましく覚えていないで忘れなさい、ということだ。

「それでは恩を売ったかいがない」というなら、まさにそういう心理が
恩着せがましく見られたり、嫌われたりするもとになることを知っておこう。

「恩を売った」と思わずに、普通の親切くらいにして過ごしていく方がよい。

 
菜根譚では、この言葉の前に「仇は恩によりて立つ」ともある。
恩のあるところに恨みもあるというのだ。

解釈は難しい。恩というのは不公平なもので、誰かに恩を売れば、
その恩に預からない人からは妬みを買う。
また、恩着せがましくしていると恨まれるということもある。

つらい状況で、上司や仲間からなど「ああ、恩を売ってもらったな」という時は、
ほかの人に目立たないように感謝を表したい。

また、「ここでちょっと恩を売っておくか」という場合でも、
その後は恩着せがましく覚えていないで忘れてしまおう。

菜根譚には関連して、
「人というものは恩は返さなくても恨みは必ず返すものだ
(人の恩を受けては深しといえども報ぜず、怨はすなわち浅きもまたこれを報ず)」
という言葉もある。

人間不信になりそうな言葉だが、「恨みは必ず返される」という人の心のありかたは、
良し悪しの問題というより人間関係の現実だと理解しておきたい。

http://www.nikkeibp.co.jp/article/nba/20100315/215810/?rt=nocnt

            <感謝合掌 平成27年2月19日 頓首再拝>

報恩難 (500)
日時:2015年03月01日 (日) 02時35分
名前:伝統

          *「光明掲示板・第一」からの転写です。

報恩難 (9951)
日時:2013年07月19日 (金) 16時48分
名前:平賀玄米

昔、三百両という大金を懐にして、木曽街道を旅していた商人があった。

山賊に出遭わねばよいがと心配しながら歩いていると、
こわいかに、見るからに恐ろしい山賊が出て来た。

旅人はその絶体絶命の場合に考えた。

「こうなったら三百両の金は取られてもよいが、どうか命だけは助かりたいものだが、
それもどうか・・・」と観念した。

そこに折りよく腕だちの武士が通りかかって、その山賊を追っ払ってくれた。

その時旅人は安心すると同時に
これは三百両は全部お武家へのお礼に上げねばならぬものだと考えながら、
その武士と共に道を急いで宿屋に着いた。

さて、武士と別々の部屋に通されて後,商人は考え続けた。

「どうも三百両全部あげるには及ぶまい・・別にあのお武家さんも、三百両をあてにして
助けてくれたわけではないから・・」と思い
「手元へ二百両残して、百両お武家にあげればよいであろう」と考えた。

やがて夕食がすみ寝床に入る頃になると、また考えが変って
「まあ五十両だけお礼をしよう。五十両といえば大金だ・・それとても別にあのお武家が
あてにしているわけではないのだから、それでよかろう」と考えた。

寝床に入った後にも色々考えていると「折角の三百両が五十両も減ってはつまらん。
二十両あげることにしよう」という考えに変わった。

然しなおよく考えていると「矢張り三百両はそのまま持って帰りたい」ということになり、
翌朝は武士がまだ寝ているうちにそおっと起き、謝礼は一両もおかずに出立してしまった
ということである。

これは恩返しというものは、中々出来にくいものだということを諷した話であるが
この話に大きな教訓があると思う。


一体人間は誰でも、天地の大恩や父母の大恩を受けて人ともなり、また生涯を送る。
さらにそれとは別に、一生のうちには幾多の他人からの恩を受ける。

特に私の如きは今日に至るまでに、生涯わすれてはならぬ多くのお陰を受けている。

然し報恩ということはむずかしいものである。
「あの時の有難かったことを思えば、今どんなにしてでも恩返しをすべきである」と
思うことがあっても、実行しないことが多い。

もちろん恩返しをせぬからとて、法律違反にはならぬ。
まして多くの人の知らぬ隠れた恩など、返さなくとも非難もされない。
ついうかうかと報恩をせずして生涯を送り、ついに忘恩の人となる。

せめては世のため人のために、せっせとつくすことによって、
忘恩の罪を許されるように願う外はないのである。

<平成25年7月19日紫雲荘・橋本徹馬先生著「信仰百話」より謹写>

             ありがとうございます  合掌再拝。
            
http://bbs5.sekkaku.net/bbs/?id=koumyou&mode=res&log=1900


            <感謝合掌 平成27年3月1日 頓首再拝>

恩を知る (627)
日時:2015年03月12日 (木) 04時27分
名前:伝統

      *「小さな人生論」の言葉より

「恩」という字は
「口」と「大」と「心」から成っている。

「口」は環境、「大」は人が手足を伸ばしている姿である。

何のおかげでこのように手足を伸ばしておられるのか、
と思う心が”恩を知る”ということである。

・・・

     *Web:親鸞会親子ネットより

「恩」という字は、「因」と「心」からできています。
原因を知る心を、恩といわれます。

今、こうして生きていけるのは、さまざまな人や物のおかげである、
と知らされれば、感謝し、少しでもご恩返ししたいと、思わずにおれません。

これを「知恩(恩を知る)、感恩(恩を感ずる)、報恩(恩に報いる)」
といわれ、特に仏法では、「恩を知るは大悲の本なり、善業を開く初門なり」
と教えられています。

「恩を感ぜざるは畜生にも劣る」とまでいわれます。

・・・

「恩を知るは大悲の本もとなり、善業を開く初門なり、
恩をしらざるものは畜生より甚はなはだし。」
             龍樹菩薩『大智度論』


(「恩を知り他人に情けをかけられる人こそが、人を慈しみ、
 みんなに幸福を与えられる人です。自分に都合のよいことばかり期待して、
 自らは善行を心がけず身勝手なのは人間とは呼べない」)

            <感謝合掌 平成27年3月12日 頓首再拝>

与えた施しは忘れる (724)
日時:2015年03月22日 (日) 03時31分
名前:伝統

       *「小さな幸せに気づかせてくれる33の物語と90の名言」
        西沢 泰生・著(P222〜225)より


(1)「三流のビジネスマン」は、恩を受けて、人に借りを作っても、それを返さない。
(2)「二流のビジネスマン」は、恩を受けて、人に借りを作ったら必ず返す。

(3)「一流のビジネスマン」は、恩を受けたら、2倍、3倍にして返す。
   そして、自分が人に与えた「恩」については、ケロッと忘れる。

             ・・・

  他人に恩恵を施す者は、隠れて行ないなさい。
  他人に恩恵を受けた者は、それを皆に知らせなさい。

             <セネカ(古代ローマの哲学者)>


  施して報を願わず、
  受けて恩を忘れず。

             <大隈重信(政治家・教育者)>

            <感謝合掌 平成27年3月22日 頓首再拝>

【義理と人情】  (823)
日時:2015年04月01日 (水) 04時26分
名前:伝統


         *メルマガ「人の心に灯をともす(2011年06月02日)」

   (斉藤一人さんの心に響く言葉より…)

   世の中には成功するためには絶対に必要な“バランスの法則”というのがあるの。

   たとえば、お金がないころ、近所の定食屋でそこのおばちゃんが内緒で
   1個コロッケをおまけにつけてくれていたら、たとえ自分が総理大臣になっても、
   近くに行ったときには、そこの定食屋にごはん食べに行くんだよ。

   こういうのが、本当の“筋をとおす”ってことなんだよ。

   あなたは筋のとおったところがありますか?

   一つでも持っていますか?


   人生って“バランス”なんだよ。

   キリンビールの社長にすごいお世話になったのに、
   違うビール飲んで乾杯してたら、カッコ悪いだろう。

   自分がお世話になった人に、自分のできることをする。

   そんな自分ができることもしなくて、成功しようなんて、とんでもないよ。


   おれの知り合いの社長がね。

   若いときに東京に出て、泊まるところがなくて、何日か野宿したんだって。

   冬の寒い日でね。

   そのとき一人のホームレスの人が、温かい缶コーヒーをくれたんだって。
   すごくうれしかったんだって。

   それでね、いまだに東京に来ると、その人がいるんじゃないかと思って、
   温かい缶コーヒーを買ってはホームレスの人たちに配ってるんだよ。

   すごいカッコいいだろう。


   それが、『あっちの定食屋のほうがちょっと安い』とか、
   義理人情を忘れたことをしていませんか。

   自分がお世話になったことを忘れたらダメ。

   一本筋がとおったものがないと、人生コロコロ流されちゃうんだよ。


   世話になるのは恥ずかしくない。    
   世話になったことを忘れることが恥ずかしいんだ。

   困っていることが恥ずかしいんじゃない。
   困ったとき助けてくれた人が、必ずいるはずなの。
   その助けてくれた人のことを忘れることが恥ずかしいんだ。

    <『斉藤一人 すべてがうまくいくコツ』《宮本真由美著》PHP研究所 >

             ・・・

斉藤一人さんの会社「まるかん」の商品のラベルには、
「日本漢方研究所GN1」と書いてある。

「GN1」とは、「義理と人情がいちばん」、という意味だという。
これは創業当時から、斉藤一人さんが大切にしてきたことだからだそうだ。

義理と人情というと、いかにも古めかしい言葉のように感じられる。
まるで、仁侠映画のセリフと思う人もいるかもしれない。


日本のメンタルトレーニングの第一人者、西田文郎先生が提唱する「六方拝」も
この「義理と人情」と同じことだ。

六方拝とは、東西南北、天と地下に向かって、感謝することだが、
先祖、家族、人生の師匠、友人知人、
そして、天のはからいと、地のめぐみに毎日感謝する。

六方拝は、もともとはお釈迦さまの教え。

この感謝を忘れない心が、謙虚な気持ちにつながり、生かされていることを実感する。

人は、自分ひとりで生きているわけではないということだ。


「かけた情けは水に流し 受けた恩は石に刻む」という言葉がある。

一本筋のとおった、義理と人情に篤(あつ)い人でありたい。

            <感謝合掌 平成27年4月1日 頓首再拝>



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