カウンター サルからヒト、ヒトから人間への道 - 談論サロン天珠道

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最近他所の問題を此処で意見する者が増えてきました。
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[1980] サルからヒト、ヒトから人間への道
不思議 - 2016年02月06日 (土) 22時41分

南郷学派を転倒させる論文を現代社が出版するわけがない。
そんなことがわからないのが不思議。
南郷継正や南郷学派を批判なんかしていないで、
天下の求める人に向けて、この場で発表すべき。

Pass

[1981] 誤解
愚按亭主 - 2016年02月07日 (日) 06時38分

 補足説明を加えましたが、本の内容は南郷学派が解明した生命の歴史論と瀬江先生が「綜合看護」誌上に発表した交感神経の真の姿を、実戦的に具体化したものであり、南郷学派を支持しその正しさを証明するものです。それは、追加した補足説明を読んでもらえれば分かることです。

 また、私が南郷学派を批判しているのは、南郷学派を倒すためではなく、誤りを軌道修正して本物の学問を完成してもらいたいがためです。それが私の学恩に報いる道だと信じているからです。

 そしてこの誤りを批判することを通して、私自身の学的な成長が自分でも驚くほど図れていることです。それは読んでもらえれば分かることです。私の説いていることはとても大事な問題を説いているのに、それが分かってもらえないのが、とても残念です。

Pass

[1982] 提案
タマゴ - 2016年02月07日 (日) 09時20分

天寿堂さんが天珠医学を創始した動機は、直接ヘーゲルの原典に接したことや、本物の弁証法を縦横に駆使されている滝村先生に触発されたことが第一でしょうが、
それに加えて、「本物」を見てしまった以上、もはや南郷学派の生命史観の水準に自分を合わせることはできない、これは自分独自にやらざるを得ない、ということなのでしょう。
もう後から付いてきてもらうしかないな、と


先を進むと決めたからには、生命史観を改善するということだけではなく、天珠医学独自の研究を進めていく必要があるわけです。
学問の礎石を揺るがせなければ、個別科学の次元で様々な要素を採り入れることは何も問題の無いことでしょう。
私としては、近年急速に発展してきている総合診療や進化医学の考え方を積極的に採り入れてはどうかと思っています。
「人体600万年史:科学が明かす進化・健康・疾病」(早川書房)という本は参考になるかと。

Pass

[1983]
タマゴ - 2016年02月07日 (日) 15時32分

他に、
「進化医学 人への進化が生んだ疾患」(羊土社)
「進化から見た病気―「ダーウィン医学」のすすめ 」(ブルーバックス)
辺りも参考になるかも知れません。
映像資料としては、NHKで放送された「病の起源」シリーズが、NHKオンデマンドで視聴できるようです。


Pass

[1984] サルからヒト、ヒトから人間への過程的構造
愚按亭主 - 2016年02月10日 (水) 19時16分

 タマゴさんおすすめの「人体600万年史:科学が明かす進化・健康・疾病」(早川書房)を読みました。この本は、サルからヒトへ、ヒトから人間への過程的な事実を詳しく説いているので、とても参考になりました。

 南郷学派は、ここの部分についてかなり解明が進んでいるようですが、その全貌はまだ公表されておりません。まだ公にされていないということは、案外それが進んでいないのかもしれません。そこで、私自身も手付かずでおりましたので、ちょうどよい機会だから独自にその過程的構造について解いてみようと思いました。

 この本は、化石的・遺跡的事実に基づいていろいろ想像をふくらませて展開しているのですが、残念ながら学問的な体系性や論理性がありませんので、それを補いつつ説いていきたいと思います。本当の意味で学問的体系性をもって解くためには、現宇宙の生成・太陽系の生成・地球の誕生の特殊性・生命の誕生の構造を踏まえて、生命の進化の構造を解いていかなければなりませんが、それをやっていたのでは、膨大な字数が必要になりますので、それはカットさせていただいて、サルまでの進化がどういうものであったかを論理的に説いていくところからはじめましょう。

 生命のサルまでの進化を特徴づけるならば、自然成長的・本能的進化ということが言えると思います。これに対してサルから人間への進化は目的意識的進化といえると思います。では何故このような進化の態様の変化が生じたのかといえば、自然成長的進化ができなくなったという限界点に達していたからです。しかし、この自然成長的進化から、目的意識的進化への過程は、国境のようにある時点でAからBに切り替わるというものではなく、長い長い過渡的段階を経てようやく成し遂げられたものです。その過程がどのようなものだったのかを描き出すのに、この本は多くの事実を提供してくれています。

 それらを基にサルの段階の意義について考えてみますと、まず認識的には、
第一契機 :地上の四足動物の大地密着的認識(トラなどの認識)
否定的契機:木の上の天空的認識(サルの認識)
統体的契機:大地と天空の止揚・統一の認識(人間の認識)

次に四肢についてみてみますと
第一契機 :四足歩行(哺乳動物の普遍性)
否定的契機:四手移動(サル的特殊性)
統体的契機:直立二足歩行二手道具使用(人間の統体的個別性)

 以上のようにサルの段階は哺乳類から人間に至る否定的媒介の意義を持つものでした。つまり、サルの段階がなければ人間は存在しえなかったということです。たとえば、四足は手の過程を経なければ二本足で直立して長時間歩きまわることはできなかったということです。これは四足動物が無理に二本足で歩く姿を見れば容易に了解できることだと思います。つまり、通常考えるように四本足が二本足になったのではなく、四本手が二本だけ足に戻ったということです。足に戻り切れなかった類人猿が手のままこぶしを握ったままのナックル四足歩行をしているのをみればそのことがなるほどと納得がいくはずです。

 そして何より問題は、ここでの主題であるサルの段階から如何にして人間の段階へと進化を遂げることができたのかということです。まず、注目すべきは、400万年前ごろからのアウストラロピテクス属です。

1、木と地上の二重生活の段階
 その頃の地球は、ちょうど寒冷化と乾燥化が進んだ時代でした。そのために熱帯雨林が減りエサの果物が少なくなって、その熱帯雨林の外縁にいたサルたちは危機的状況に陥ります。そこでやむなくエサを探して木を降りる機会が増えることになります。つまり、木に登ったり下りたりの二重生活が始まります。この二重生活には二つの意味があります。

 一つは認識の面です。本能統括下で形成された認識は、本能的な欲求とと一体的に反映します。ですから空腹時にはエサ的対象はエサとして反映されます。これはサルが木に登っても同様であったと思います。ですから、果物がエサとして反映し果物を取るわけですが、それがない場合は葉や茎・皮などで補いますが、それでは充分に空腹を満たすことができなくなると、その他に空腹を満たす手段を探そうとし始めます。木の上にはないとなれば、地上を見下ろすことになりますが、木の上は揺れてしかも遠いのではっきりと見えません。この揺れて不鮮明な像は、次第にその像の足りないところを補おうという働きを生み出すことになります。これが、像を自分で創りだしていく機能を養っていくことになり、その材料としての像の保存の働きも磨かれていくことになります。この動きは本能の統括から外れたものですので、この像の運動に対する本能の影響力は次第に薄れていくことになります。また、その曖昧な像を確かめようということにもなります。

 そこで木を降りることになりますが、サルは本来の足も手になってしまっているので、歩くのは得意ではありませんので極めて危険です。そこで木からあまり離れたところには行けませんが、この木に登ったり下りたりの繰り返しの中で、認識的には木の上にあやふやに認識と降りてのしっかりとした認識の繰り返しの中で、天空のあやふやの像と地上のはっきりとした像との交互的相互転化の繰り返しによって、像がそれなりに保存され重ね合わされるということが行われるようになって、像が立体化・二重構造化していくことになり、その中で、空間的な像が時間的な像へと量質転化していくという発展があって、何もないところに草が生えてくことに対する疑問?のような問いかけてきな像が徐々に形成されるようになって、それを確かめようという動きが出てくることになるのです。それによって、土を掘り起こすという本能的でない行動が始まり、手だけではなかなかはかどらないために道具を使うようになるというように発展していきます。

 このようにして、この時代には事実として木の上の果物主体の食性から、地上の根塊・塊茎(芋類)主体の食性への変化が見られるようになります。身体の方はまだ手が長く足が短いうえに足がまだ手的で木登りには適していても地上の歩行にはまだ十分適応する身体の変化はわずかでした。それでもわずかに足に土踏まずが形成されていたようです。これが身体面・食性面でのこの時代の意義・意味となります。

2、地上で狩りをするようになって人間体の基礎が出来上がる
 アウストラロピテクスの遺伝子を受け継いで次に登場したのがホモエレクトス属です。この段階で人間体の基礎が出来上がったといってよいでしょう。その根拠は脳の大きさが現代人とほぼ同じ大きさになったこと、足手まといだった手化していた足が二本足で体全体を支えられる足として完成して、手も短くなって、現代人とほぼ同じ体型になったことが挙げられます。また、余談ですが、この段階で体毛がなくなったと考えられます。

 前の段階では、問いかけ的な認識が生まれ、道具の使用が始まったと考えられますが、まだ二本足歩行は完全ではありませんでした。しかし、この段階は、二本足歩行が完成します。なぜ完成したかといいますと、地上でのエサを求めて徐々に長距離歩くようになったからですし、エサを求めて道具を使ったり重いものをどかしたり持ったりという作業をする中で足が土台として創られていったからです。

 捕食動物のいる危険な地上をどうして長距離歩くことができたのかといいますと、捕食動物は熱い日中を避けて夕方から夜狩りをしていたので、その日中歩くことができたからです。だから、熱い中を長い時間歩く中で次第に長時間歩けるように体毛がなくなって皮膚に汗腺ができていったのです。だから日中は人間の独壇場だったのです。毛に覆われ汗腺を持たないその他の動物は熱い中動き回るとすぐにオーバーヒートしてダウンしてしまいます。その優位性を活かしてその熱い中人間は狩りを始めるようになります。この肉食がヒトの脳を大きくしていく要因になりました。この当時の狩りは、体毛がなくなって熱い日中長時間持久的に歩き続け走り続けらる利点を生かした持久的狩りだったそうです。

  230万年前ごろのホモ・ハビルス(器用な人)が石器を使った最初の人と呼ばれている。その後の190万年前ごろホモエレクトスが旧世界各地に移動して化石をのこしているのです。ジャワ島の直立猿人や北京原人は、みなこのホモエレクトスの一種なのです。なぜこのように広がることができたのかといいますと、氷河時代に海面が大きく下降して陸続きとなって歩いて渡れるようになっていたからです。この本の著者はこれを次のように述べています。

「ホモ・エレクトスは地球の歴史の中でもとりわけ変動の激しい困難な時期の始まりに進化するという不運をこうむった。にもかかわらず、彼らはじっとアフリカで耐え忍ぶかわりに、急速に世界各地に出ていって、アフリカ大陸とユーラシア大陸の広大な範囲で進化を続けた。」

3、人類だけが氷河期を乗り越えることができたー氷河期が人類の認識を育てた
 氷河期は間歇的におとづれていたようですが、その間100万年前の南アフリカの遺跡から火を使った痕跡が発見されています。この氷河期にホモエレクトス属は全滅してしまいますが、その脳の容量は現代人の脳よりもむしろ大きくなっていたそうです。つまり、氷河期は脳を著しく活性化し大きく育てるように作用したようです。

 この厳しい氷河期を生き延びることができたのは、人類の直接の祖先であるホモ・サピエンスとネアンデルタール人だけだったそうです。ネアンデルタール人は現ヨーロッパ近辺で20万年まえから生息し、3万年ごろ絶滅したようです。この絶滅は氷河によるものではなく、地球に拡大してきたホモ・サピエンスに押されてのものだったようです。

 この両者の頭蓋骨を比較してみると明らかに前額部に違いがあります。つまり、ネアンデルタール人はほとんど前額部がないのに対して、ホモ・サピエンスは前額部が大きく盛り上がっています。すなわちこれは、前頭葉・頭頂葉の部分の大きさに違いがあるということです。他にも側頭葉にも差があるようです。つまり、大脳皮質の発達具合に差があったということです。脳の容量としては差はなくとも、その質において大きな差があったということです。

 この人類の直接の祖先であるホモ・サピエンスは、ホモエレクトスが出ていった後もアフリカにとどまって、そこで度重なる氷河期の襲来の中で、じっくりと認識を熟成させて、概念的認識の基となる理性的認識や、芸術的認識の基となる感性的認識を育て、言語的なコミュニケーションを通じて集団を目的意識的な社会として創り上げて氷河期を乗り切ったようです。その意味では氷河期が人類を育てたといっても過言ではないと思います。ですから、ホモサピエンスの遺跡には、多彩な道具や芸術的な装飾が施されたものが残っているのですが、ネアンデルタール人の遺跡にはそういうものが皆無だそうです。



Pass

[1985] 進化医学と生命史観
タマゴ - 2016年02月10日 (水) 21時29分

>南郷学派は、ここの部分についてかなり解明が進んでいるようですが、その全貌はまだ公表されておりません。まだ公にされていないということは、案外それが進んでいないのかもしれません。

おそらく、その通りでしょう。論理的に行き詰まっているのだと思います。
生命史観は、全く南郷学派独自のものという訳でもなく、いわゆる進化医学がベースになっていると思います。
両者の最大の差異は、唯物論的弁証法で説いているかどうかでしょう。

とこが、天寿堂さんは、その南郷学派の弁証法は間違っていると。
であるとしたら、天珠医学を作り上げていくためには、生命史観を介するよりも、直接的に進化医学を学び、それを本物の弁証法の観点から体系化した方が良いのではないでしょうか。

Pass

[1986] 語句の転換ミスの疑いについて
清野 眞一 - 2016年02月11日 (木) 09時01分

何時も勉強させて頂き感謝しております。

さて今日初めてメールしたのは、表題に書いたとおり、若干の語句に転換ミスがあるのではと感じたので確かめたいと考えたからです。

本文「この両者の頭蓋骨を比較してみると明らかに全学部[前額部]に違いがあります。つまり、前頭葉の部分の大きさにつがいがあるということです。他にも側頭葉にも差があるようです。つまり、大脳皮質の発達具合に差があったということです。脳の稜々[容量]としては差はなくとも、その室[質]において大きな差があったということです。」の中の[]は私が転換ミスと思い直したものです。

稲村先生のご意見を確かめたいと考えます。

よろしくお願いいたします。

以上  

2016/2/11 清野 眞一拝

Pass

[1987] ご指摘ありがとうございます
愚按亭主 - 2016年02月11日 (木) 09時21分

 見直しをしないで投稿してしまうという悪い癖が出てしまいました。修正と若干の加筆をしましたので、もう一度読み直していただけたら幸いです。

 度重なる氷河期の中で、人類がどのように認識を発展させたのかが、今後の課題です。

Pass

[1988] ご教授ありがとうございました
清野 眞一 - 2016年02月12日 (金) 09時09分

稲村先生

訂正箇所を確認し読みました。又書き換えられたところも、よく分かるようになったと考えます。

今後ともよろしくご教授をお願いします。

ありがとうございました

Pass

[1989] 度重なる氷河期の襲来という危機の中で認識が生命体化した
愚按亭主 - 2016年02月13日 (土) 15時28分

 生命の歴史において、常に危機は発展・飛躍の肥やしでした。生命体の誕生も地球の寒冷化という危機に促され、交感神経も疾風怒濤の地殻変動という危機に鍛えられて実力をつけたのです。同じように認識が人間の認識として誕生するいわば生命体化するのにも、度重なる氷河期の襲来という危機がありました。

 創生期の地球において、太陽と地球との間に月と言う否定的媒介の契機を持つことによって、地球が一般の惑星と違って生命的惑星という個別性として完成していくことになります。その太陽系における地球の誕生を三項の弁証法的論理で見ていきますと
第一契機 : 太陽(普遍性)
否定的契機: 月(地球的特殊性)
統体的契機: 生命的地球(完成形としての個別性)

 となります。これらの三項の契機が互いに互いを内在化しながら運動発展していって現在の姿になったわけです。そしてその過程における生命の誕生に焦点を絞ってみてみましょう。

 南郷学派は、生命の誕生の過程的構造について、生命が現れたかと思ったら消えるのくり返しの中で、生命の誕生という量質転化へむけての準備過程が進行していくというように見ています。これはこの通りなのですが、生命の誕生という画期的・歴史的偉業のダイナミックな過程が、あまりにも平板すぎて物足りなく感じます。

 これは弁証法の歴史についても同様です。パルメニデスやゼノンの弁証法を単なる欠片と位置付けてしまって、弁証法の歴史のダイナミックな過程を削いでしまっています。結果として、ソクラテス→プラトン→アリストテレスがギリシャ時代の弁証法の歴史の本流となって、パルメニデスとゼノンがはしごを外された形で宙に浮いてどう関わるのか見えなくなってしまっています。だから欠片なのでしょうが、不満の残るところです。

 話を戻しまして、では三項の弁証法の論理を用いてこの生命の誕生の問題を解きますと、次のようになります。

 地球に生命現象が現れ始めた当時の状態は以下のような構造になっておりました。
第一契機 : 無機物(普遍性)
否定的契機: 有機物(特殊性)
統体的契機: 生命(個別性)
 以上の諸契機が目まぐるしく相互転化を繰り返しているのが、当時の地球の状態でした。この運動の現象的な表現が、生命が現れたかと思えば消える、です。この過程の中でそれぞれの契機が他の契機を内在化していくことになります。だから、地球の物質は、とりわけ無機物でもその内に〈有機物性・生命性)を持っているので、今でも生命の一部になったり有機物の一部になったりという運動が可能なのです。これが地球の物質が他の惑星の物質と同じように見えて同じでない理由なのです。

 前置きはこのくらいにして、本題に入りましょう。物質がおのれ自身を自覚し客観的に概念化できるようになって絶対理念にまで到達する運動の三項を、ヘーゲルは次のように規定しました。
第一契機 : 生命(普遍性)
否定的契機: 認識(特殊性)
統体的契機: 学(個別性)

 つまり、生命には認識と学が内在化しているので、サルまでの生命の自然成長的進化は見事な相対的真理的(局所的)合理性を持っておりました。しかし、その合理性はあくまでも相対的真理的な狭い範囲の合理性でしかありませんでした。人類はこの壁を乗り越えるために誕生したものです。ですから、人類が絶対的なものを求めるのは必然性であり本能といえるものです。だから、人類に普遍的に宗教が存在するのです。しかし、それはあくまでも絶対理念が人間の本能になるまでのつなぎ的な位置づけのものでしかありません。真の目的は、絶対理念すなわち学なのです。

 人類が、その真の目的である絶対理念に到達できる認識を如何にして創り上げることができたのかを解明するのが、本稿の目的です。本能統括下の一機能に過ぎなかった認識が、生命のように相対的独立化して主体的に運動し始めることを、私は認識の生命体化と呼びます。それを三項に整理しますと

第一契機 : 本能の認識(普遍性)
否定的契機: 非本能的認識(旧人類的特殊性)
統体的契機: 生命体化した人間の認識(絶対理念・個別性への道)

 氷河期が周期的に訪れる中、旧人類すなわちホモ・エレクトスは新天地を求めて世界各地に散らばっていきました。しかし、それらは全て、新たな環境に適応にエネルギーの大半を割かれて認識の熟成をはたせずに絶滅していきました。そんな中でアフリカの故郷に残った一部がたびたび来襲する氷河期の試練に耐えながら、その凍えがが脳細胞を著しく活性化させ、さきにあげた三項の認識の目まぐるしい絡まり合い相互転化運動が活発化します。その中で、本能的認識を感性的認識として、非本能的認識を理性的認識として熟成させ、かつまた同時に、相互に感性的認識は理性的認識を感性的に創り、理性的認識は感性的認識を理性的に創るという創り合いが行われて、それらが有機的に一体化した生命のような独自の創造的活性を持った認識となっていったのでした。

 今から二十万年前ごろ、このように認識を充分に熟成させたホモサピエンスが世界各地に散らばっていって独自の文化・文明を創っていくことになるのです。五万年前のいわゆる後期旧石器時代の遺跡には、
「洞穴や岩窟の見事な壁画が描かれ、装飾用の小さな彫像や、華やかな装飾品や、細工の美しい埋葬品を納めた手の込んだ墓所が作られている。」(「人体600万年史:科学が明かす進化・健康・疾病」早川書房)

 しかし、旧人類やネアンデルタール人の遺跡には、、そういうものがほとんど見られないのです。

 

Pass

[1990] 質問です
清野 眞一 - 2016年02月14日 (日) 12時31分

本文「創生期の地球において、太陽と地球との間に月と言う否定的媒介の契機を持つことによって、地球が一般の惑星と違って生命的惑星という個別性として完成していくことになります。その太陽系における地球の誕生を三項の弁証法的論理で見ていきますと
第一契機 : 太陽(普遍性)
否定的契機: 月(地球的特殊性)
統体的契機: 生命的地球(完成形としての個別性)

 となります。これらの三項の契機が互いに互いを内在化しながら運動発展していって現在の姿になったわけです。そしてその過程における生命の誕生に焦点を絞ってみてみましょう」

の中の、これら3つの契機の訳語と説明の斬新さに心打たれました。

通常は、テーゼ、アンチテーゼ、ジンテーゼとして解説されているからです。これらの正確な日本語訳は難しくまた適切なものもなく、私にとってしっくりくるものはありませんでした。

しかしながら今回使われているこれらの用語は、暫定訳として使用し続けても良いもの、或いは確定訳として使用してもよいものではないでしょうか。是非公共化したいものです。

こうしたことを教えられて大変勉強になりました。その意味において稲村先生が、これらの用語を使うに至った過程を参考のために是非お教え下さい。

合わせてこの「統体的契機」が、それ以降三度「塔体的契機」となっているのは転換ミスだと思うのですが、そうした理解で宜しいのでしょうか。

以上、よろしくお願いします。


Pass

[1991] 私のここまでの歩み
愚按亭主 - 2016年02月15日 (月) 13時39分

 清野眞一様、ご指摘ありがとうございます。油断しました。お恥ずかしい限りです。ご指摘いただいた誤変換部分は直しました。さて、お尋ねの「これらの用語を使うに至った過程」の件ですが、これを説明するためには、私のこれまでの歩みを説明しなければなりません。

 私は、もともと南ク先生から弁証法の基本を学びました。ですから今の私の規定からするならば、相対的真理の弁証法を学んできたわけです。しかし、その弁証法の教科書とされていた三浦つとむさんの「弁証法はどういう科学か」の中の相対的真理と絶対的真理の関係性に疑問を感じ、そこから絶対的真理こそ根本的真理だという真理像を独自に創り上げました。そして、人間は弁証法を本能化するために動物から人間になったという信念にも似た思いが生まれました。その後、ヘーゲルが絶対的真理を根本とする体系を創り上げていることを知り、絶対精神が人間の精神になって、それが絶対理念に上り詰めて全き世界を創造するというヘーゲルの説が、まさにこれこそ私自身が追い求めていたものだと感じて共鳴し、それまで避けていたヘーゲルを学ぼうという気になりました。

 しかし、一般のヘーゲル研究者と違って、私の目的はヘーゲルの研究ではなく、ヘーゲルを学ぶことによって本物の弁証法を自分のものとして、自ら絶対理念となっていろいろな問題を解いて人類に未来を切り開いていくことでした。

 ですから、ヘーゲルの論理を知ると、すぐにそれを使って自分の力で事実を論理化していったのです。その初めが、抽象的悟性→否定的理性→肯定的理性の三項の論理を、ヘーゲルが実際どういうふうに規定しているかも知らずに、自分でギリシャ哲学における絶対的真理の弁証法の形成過程の論理化すると並行して、即自的悟性→否定的弁証法的理性→即自対自的肯定的弁証法的理性の三項を使って、ギリシャ哲学における学問の生成過程の具体化として再措定してみたのです。ところが、それはヘーゲルがやっていないということを後から指摘されて知って、再措定したつもりがそうではなく独自措定だったことを知ったわけです。

 このようにして私は、絶対的真理こそ根本だという基盤の上に、自分が理解した限りでのヘーゲルの論理をその論理性にしたがって世界の全体像を自分のアタマの中に自分の力で構築していったのです。しかし、自分の原点であった相対的真理の弁証法の欠点であった概念論の弁証法が欠如していたために、幾ら全体像を創り上げたつもりでも、何かが欠けていました。

 そんな時にヘーゲルについていろいろ教えてもらっていた知人から、滝村隆一氏が「国家論体系第二巻」でそのヘーゲルの概念の弁証法の論理学を画期的に説いていることを知らされて、読んでみて自分の体系にかけていたのは、まさにこれだったんだということを思い知らされました。そして、これまで自分がそれと知らずに使っていた三項の論理が、どのような過程を経て創られたのか、そしてその意義は何かを初めて知って、あらためてそれを自分のものにしようと取り組み始めたのです。だから、その後、その三項の論理を意識的に頻繁に使うようになったわけです。

 お尋ねの用語は、滝村先生の本にあった第一契機・第二契機・第三契機を使っているうちに、その論理性からなかば無意識的・自然的に変形されて使うようになったものですので、原書・原語にあたって訳出したものではありません。

 先に登場した知人からは、そんな用語誰も使っていない、馬鹿にされるぞ!と酷評されましたので、このように思わぬ評価をいただいて望外の喜びです。また、「契機」自体についても、その知人からはヘーゲルのものとも違うとさんざんです。彼の言うには、私が過程的・独立的に扱っているのに対して全体の一つのモーメントで、そのように独立的なものではないとのことです。

 私は、その契機が現に独立した事象として現出しているわけだから、大きく把えればそれも全体の中の一つの契機に過ぎないとしても、その両方の統一が正しい答えではないかと思えるのです。つまり、全体の一つのモーメントでありかつ独立的にも把えられる契機で良いのではないか、その知人の方こそ一面的で硬直的だと思うのですが、俺の方がヘーゲルをよく知っていると常に対立するところです。

 この三項の否定の否定的諸契機の統合的一体的な運動は、三浦さんの「弁証法はどういう科学か」の中の機械的な硬直した否定の否定の法則に比べると、重層的でダイナミックな運動を活き活きとほうふつさせるもので、これでなければ生命の誕生や認識の生命体化という世界を一変させる様なダイナミックな変化を論理として表現しきれないと思います。私はそういう意味でそれを例として挙げたので、それを表現する意味でこの契機という用語を用いているのにそれが理解されないのがとても残念です。

Pass

[1992]
タマゴ - 2016年02月15日 (月) 15時35分

滝村先生の著作に触れる以前・以降では、天寿堂さんのスタンスが明らかに異なりますね。

以前は、南郷学派の構築した個別科学の上にに学問の冠石を乗せれば、学問の体系が完成するという立場だったように理解していますが、
現在は、そうではなく、個別科学それぞれの体系の中にも本物弁証法の論理が貫かれていなければならないという立場へと変革されたように感じています。
滝村先生の著作は拝読しておりませんが、先生の国家論もそのように体系化されているのでしょうね。
それに触発されたと。

今回の論稿も、行き詰まっている南郷学派の生命史観とは異なる論理で、生命と疾病の歴史を再措定する試みなのでしょう。

Pass

[1993] お礼と若干の提起
清野 眞一 - 2016年02月16日 (火) 08時45分

稲村先生ご教授有り難う御座います。
やはり滝村先生の『国家論大綱第二巻』の影響でしたか。それにしても見事な独創です。私は一度流読したのみです。

しかしながら滝村先生の概念論レベルの弁証法は、エンゲルス等の本質論レベルの弁証法を遥かに超えたものと理解しています。

今後、明確な問題意識を持って精読していきたいと考えています。

それにしてもすでにこの本が刊行されているにもかかわらず、稲村先生以外は誰も発言されていないのは残念と言うほかありません。

また稲村先生がおっしゃっている方とは、都築様でしょうか。

私も「心に青雲」を愛読しています。教えられることが多いからです。しかし都築様も滝村先生の画期的な著作については何も触れていません。ぜひ都築様のご認識をお伺いしたいところです。

さてヘーゲルが重要視する概念とは、全面性と深く関係があります。その意味において単なる観念ではなく、物質性において統体的な現実存在を「手で摑む」・「握る」と深い関係があります。

つまりヒトの頭脳活動とは、根本的にはサルの手足(すなわちヒトの労働器官)の活動から派生してきたものであることを示しているのだ、と私は考えます。

この点はヘーゲルが唯物論の立場にあるといえる考え方です。まさに絶対的観念論は、稲村先生のいう唯物論に通じるものがあるのです。

そこで老婆心ながら一言申し上げます。

本文「この三項の否定の否定的諸契機の総合的一体的な運動は」の中の文言「総合的一体的」は、「統合的一体的」とする方がよいのでは
ないかと言う事です。こうすれば略語が、統体的となるからです。

是非、この点のご検討をお願いします。

Pass

[1996] ご教授ありがとうございます
愚按亭主 - 2016年02月16日 (火) 13時39分

 タマゴさん、やはりはたから見てそう見えますか?変えようと努力はしていますが、まだ実感がなかったので、そういう評価はとてもうれしい限りです。

>清野眞一さま
 その人物とは残念ながら別人です。その彼が私に滝村先生の「国家論大綱第二巻」を紹介してくれたのです。彼もそのうち見事なヘーゲル論を上梓するのではないかと思っております。

 さてご指摘いただいた総合→統合は、仰る通りです。そのように訂正いたします。ありがとうございました。

 また
>その意味において単なる観念ではなく、物質性において統体的な現実存在を「手で摑む」・「握る」と深い関係があります。
 つまりヒトの頭脳活動とは、根本的にはサルの手足(すなわちヒトの労働器官)の活動から派生してきたものであることを示しているのだ、と私は考えます。

 とのご意見。なるほど、たしかにその点が欠けていましたね。勉強になります。生命の歴史において、脳は主に運動の一体的統括のために生まれました。そして、サルに至って四足が四手になったのですが、その段階ではまだ握る運動も本能の統括下の運動に過ぎなかったので脳の増大もそれほどでもなかったのですが、サルからヒトになる過程で、道具を使い始めて脳が飛躍的に大きくなっていきます。

 その物証が、アウストラロピテクス属からホモ・エレクトス属への過渡期にあって、身体はアウストラロピテクスに近く、初めて石器を使い始めたとされているホモ・ハビルス(器用な人)で、脳が一般のアウストラロピテクス属よりも数百グラム重く大きいそうです。これなど、ヒトが道具を使い始めて脳が成長したことを示していると思います。

 この道具の使用は、それまでの本能的な手の使い方とは異なるものでしたので、脳はそれまで経験したことのない形で働かかされることになって、その脳の新たな機能が脳の実体を創っていったのだろうと思います。また、この時期から始まった周期的な氷河期の来襲が、より一層手先に神経を働かかせようと脳を全身全霊を込めて働かせなければならなかったことも相まって脳を著しく発達させたのだと思います。そして、この脳の実体的な発展が、認識における生命の誕生の土台となったにちがいありません。

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[1999]
タマゴ - 2016年02月17日 (水) 12時39分

南郷学派の個別科学に学問の冠石を乗せればよいという、以前の天寿堂さんの立場には、神戸だいすきさんも私も違和感を感じていたのです。
それだと、なんだかチグハグな体系になりはしないかと。
しかし、あの時はまだ、天寿堂さんが、滝村先生の論理学を学んでいなかったので、やむを得なかったのだなと、今はわかります。
天寿堂さんのスタンスがガラリと変わったのは、会員の質問にマトモに答えられなかった悠季真理先生への鋭いツッコミを見て、感じました。
あれはお見事でした。悠季先生も反論の余地が無いでしょう。

蛇足ですが、第一契機➡否定的契機➡統体的契機ですと、第一契機だけが浮いた感じがするので、これも何か訳語を当ててはどうですか。

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[2002] 誤解
愚按亭主 - 2016年02月19日 (金) 22時30分

 以前の私も学問の冠石を乗せればよいと思っていたわけではありません。それは誤解です。独立的に創られた個別科学を学問本体の体系に取り込むためにはそれなりの手続きが必要だと思っていました。

 しかし、相対的真理の弁証法を材料にして絶対的真理の弁証法を造ろうとしていたために、今ひとつピンと来なかったことも事実です。だから、滝村先生の「国家論大綱第二巻」に巡り合った時にこれだ!とピーンと来たわけです。

 契機の名称について、そういうことにタマゴさんは良く気づきますね。そういうものを意識的につけようと思って付けたわけではありませんので、いざつけようと思うと、かなりの抵抗感があります。本当に必要を感じたら自然に出てくるのではないかと思います。それまでは、このままにしたいと思います。ただ、あえてつけるとするならば、思い浮かばないものがないわけではありません。それは「素材的契機」です。しかし、第一契機より断然良いというほどでもありませんので、まだ使う気にはなれません。

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[2006]
タマゴ - 2016年02月24日 (木) 15時11分

生命と疾病の歴史に関する論考が、まだ途中だと思いますし、2つのスレッドに分散してしまいましたので、
これまでの天寿堂さんの記事だけ1つのスレッドに纏めて再開してはいかがでしょうか。

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[2007] 余裕ができたら
愚按亭主 - 2016年02月25日 (木) 09時32分

 現在社教館まつりの準備と、弁証法講座の新しいテキスト創りで忙しいので、ひと段落したら、考えます。

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