タイトル:キスの魔法 |
童話 |
ある二人のお話
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Löwe 2017年07月03日 (月) 12時38分(97) |
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題名:幸せなおうち |
むかしむかし、あるところに幸せなおうちがありました。 今日もいつものようにお母さんが子どもたちに呼びかけます。
「ルー、ヴァン、おやつの時間よー!」 「はーい!」「はーい」
幸せなおうちには双子の子どもがいました。お姉ちゃんのルー、好奇心旺盛で活発的、お外で遊ぶのが大好きです。弟のヴァン、物静かでおりこうさん、おうちの中でお絵描きするのが大好きです。 性格は似ていませんが、顔はそっくりの双子でした。
二人はまだ4才、いろいろなことに興味を持ち、知りたがる年齢です。それはある日のこと。
「ねーねー、ヴァン、“キス”ってなーに?」
白雪姫の絵本を読んでいたルーは、王子様の口付けで目覚めたお姫様のシーンに疑問を持っていました。
「キスっていうのはー…」
ヴァンは黙りこんでしまいました。それもそのはずです、ヴァンだって知らなかったのですから。
「…キスっていうのは、起きない人を起こすことだよ」
白雪姫の絵本に目をやったヴァンは、とっさにそう答えました。白雪姫だってキスで目が覚めていることだし、きっとそうだと思いました。
「そうなんだあ!ヴァンはものしりだねー!」
ルーももちろん、それを信じました。
ある夜、ルーは怖い夢を見て真っ暗のなか起きてしまいました。
「ねぇ、ヴァン、起きて。あたしひとりじゃこわいよ…」
隣で寝ていたヴァンをゆさゆさと揺すって起こそうとします。けれどヴァンは起きないようす。ふとルーの頭にヴァンの言葉がよぎります。
《キスっていうのは、起きない人を起こすことだよ》
「起きないひと…起こす…」
そうしてルーは、静かにヴァンの唇にキスをしました。すると唇を離した途端、ヴァンは目を覚ましたのです。
「ん…ルー?どうしたの?」
眠い目を擦りながらヴァンはそう問いかけます。
「…ほんとに起きた…キスすると、ほんとうに起きるんだね!」
さっきまで怖い夢を見て怯えていたルーですが、キスの魔法に驚いて、すっかり上機嫌になりました。
「ほらね、ぼくの言ったとおりでしょ」
ヴァンも自分が言っていたことが正しかったと安心して、ほっとしました。
それからお互い、起きてほしいときにはキスをするようになりました。真夜中に起きてしまって、一人で寂しい夜も、無理矢理起こして二人の夜にしました。 二人は本当に仲の良い双子でした。
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ナレーター 2017年07月03日 (月) 12時46分(98) |
題名:レグルスのお祭り |
ある日、二人はレグルスのお祭りに行きました。いつもお祭り騒ぎのレグルスですが、この日は国立記念日。もっともっと盛大に行われるお祭りです。 二人はおめかしして、お互いの手をぎゅっと握りしめながら街を歩きました。 まわりの大人たちが、お花のかんむりをつけてくれました。 おじいちゃんおばちゃんから、あまーいお菓子をもらいました。 とってもとっても楽しい日です。皆が笑顔で心がわくわくします。 お外で遊ぶのがあまり得意ではないヴァンも、この日は違います。
「ルー、みて、あそこで風船もらえるみたいだよ!」
きらきらした瞳で、繋いでいた手を離してしまうほど勢いよく、ぱたたっと走って行きました。
「待ってよヴァン!走ったらあぶない………」
ガンッ!っと鈍い音が目の前でしました。 ぱちりと瞬きをひとつすれば、さっきまではなかった赤が広がっていました。
ルーが気付いたときには、ヴァンは倒れていました。その傍には真っ白の新しい車が、赤いしぶきをつけて、そこにいました。 新しい車はすぐにどこかへ行ってしまいました。 ルーには何が起きたかわかりません。まわりの大人たちはざわざわしています。
「ヴァン…?ねぇねぇ、眠くなっちゃったの…?」
ゆっくりと近付いて、ゆさゆさと倒れた身体を揺すります。
「ねぇ、起きてよヴァン、ねぇ、ねぇ、」
何度も何度もキスをしてみます。けれど一向にヴァンは起きません。魔法がきかないのでしょうか。 口の中がじわりと苦くなっていきました。鉄の味。血の味。 ルーの目の前は真っ暗になりました。キスをしたのに眠ってしまったのです。そんなおかしな日でした。
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ナレーター 2017年07月03日 (月) 12時53分(99) |
題名:ルーヴァン |
目が覚めると、病院のベッドにいました。
「ルー、良かった、無事で良かった」
お父さんとお母さんが涙を浮かべながら心配してくれました。 ルーのことをぎゅっと抱き締めて二人は泣いています。ルーは何が起こっているのかよくわかっていません。
「おかーさん、おとーさん、あたし何かしちゃったの?」
そう問いかけると、お父さんとお母さんはしばらく見つめあって、みけんにシワを寄せながら小さな声で言いました。
「ヴァンが…ね…」 「ヴァン?……ヴァン…、って?」 「ルー、あなたには双子の弟のヴァンがいるの、わかる…?」
お母さんが優しくそう言います。
「ルー、ヴァン…、あたしは…あたしはルーヴァンだよ…?弟なんて、あたししらない」
驚いたことに、ルーはヴァンのことを全く覚えていないようです。今までの思い出も、存在も、すべて忘れてしまったのです。
お父さんとお母さんは、ヴァンがお星さまになったことを言うことが出来ませんでした。
それからしばらくして、病院でリハビリをしましたが、ルーの記憶は戻りません。お父さんとお母さんは二人きりのときに、よく泣くようになりました。 ルーは、ルーヴァンとして、ひとりの女の子になりました。 ヴァンはもう、いないのです。
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ナレーター 2017年07月03日 (月) 12時56分(100) |
題名:あたし |
自分の身体の異変に気付いたのは…確か小学5年生のとき。 たびたび記憶がなくなってる…気がする。楽しみにしてたあの日の給食を食べた覚えがないし、苦手な図画工作で賞をもらっていたり…もちろん描いた覚えのない絵。友達からは、
「最近雰囲気変わったね!」「ルーヴァンちゃんって、たまーにクールでかっこいいときあるよね」
…あたしはずっと昔からあたしなんですけど! 自分の中にもう一人いるんじゃ…なんて漫画の世界みたいで、言うのも恥ずかしい…たじゅうじんかく?そんなものしーらない! でも記憶がないのはやっぱり変だし…あたしは自分の行動を、よく思い出してみることにしたの。
あの日はたしか…一番はじめに記憶がなくなったとき…当時ハマってた芸能人の載ってた雑誌を読んでて…好きーっ!って思わずちゅーしたんだっけ…雑誌に。痛い子だってことはわかってるから!小学生なんだから仕方ないでしょ! でも、そこからどうしたかはなんにも覚えてない…、気付いたときにはベッドの上でねっころがって、ライオンのぬいぐるみ手に持ってた……なんで?
いつのまにかわからないけど、男の子っぽい服がクローゼットにあったの。あたしの趣味じゃないのにー!お母さんが勝手に買ったのかな?ふりふりスカートの方が可愛いのに!お母さんに怒られるの嫌だから、そのままにしてたけど。
自分の知らないところで何かが起きてるのが嫌だから、ついに実験してみたの。机に向かってイスに座って、紙に『あなたは誰?』って大きく書いたの。(べ、別にとある映画のマネじゃないんだからねっ!)それからライオンのぬいぐるみに、ちゅってキスしてみたの。そしたらやっぱりそこから記憶はなくなった!ぱって目が覚めたときには、ライオンのぬいぐるみを手に持ってて…紙には、………何も書かれてなかったの!もう一人の自分に無視された!さすがにへこんだ〜…というか、むかつく!はらたつ!
…あたしはキスすると記憶がなくなって、もう一人の自分と入れ替わる。もう一人の自分がキスをすると、あたしと入れ替わる…こうして自分の体質に気づいたの。 いつからこの体質になったのかはわからない…増えていく男物の服やものから、もう一人の自分は男…?かな、って考えてみた!…どんなひとなのかな…気になるけど、なんにも教えてくれないの!ひどくない!?あたしからはちょくちょくメッセージ残してるのに、返信ナシ!こういう男ってモテないって、あたし聞いたことあるー。
小学校卒業したあとは、中高大学一貫の大きな学校に行ったの。寮生活だったから、お父さんとお母さんとは離ればなれ…でも、この体質がバレやすくなる時期だったから…ちょっとほっとした。なんでバレるかって…どうやらもう一人の自分は、あたしと同じくらいの年で、小学生だから、あんまり体つきに違いがなかったから「雰囲気違う?」だけで済んだけど…中学生とか…ほら…ね?背伸びるし、ごつごつしてくるから…お父さんとお母さん、友達にバレちゃう…! ちなみに一貫の学校は自由だったから、中等部でも高等部でも、大学みたいなフリーな感じだったの!さすがレグルスだなぁ! あとはー…ふつーに、JCやってJK楽しんでJDで大変だった…って感じかな!ただ…この体質のせいで就職先が決められなくって…しばらくニートだったんだけどね…。でもでも!なんだかよくわからないけど、もう一人の自分がレグルスの駅員に内定もらった(?)みたいで、あたしも働けるところができたの!すっごく嬉しかった!車掌さんも可愛くって謎めいてるけど、いい人だから、安心できるの!車掌さんは、あたしの体質わかってるみたいだし、なんだかほっとした…受け入れてくれる人がいるんだなーって、他の駅員さんも優しい人ばっかりなの!だから、これからも一生懸命頑張って、レグルスの街にお客様がいーっぱい来てくれて、楽しい毎日にしたいな!
とと、脱線しちゃったけど、こんな感じ。もう一人の自分のことは、よくわからないけど、他の駅員さんたちからは悪く言われてないみたいだし、まぁいっか!いつかお話しできるといいいんだけどね。今日は部屋にメッセージ残しておこう!
『あなたはこのお仕事が好きですか?』
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あたし 2017年07月03日 (月) 13時04分(101) |
題名:俺 |
一番最初に目が覚めたとき、心臓がはち切れそうになるくらい速い鼓動だった。それは今まで眠っていた分の心拍数を埋めるようなものだった。 状況に理解できず、しばらく目の前の知らない芸能人の雑誌を見つめていた。落ち着いた頃に、自分の身体を確認した。 痛くない………。身体の痛みが無いことに驚いた。あのときの衝撃は、今でも思い出す…。 …着ていた可愛らしいキャミソールとホットパンツは見なかったことにした。
最初は俺も状況が理解できなかった。どうして生き返ったのか。わからなかったけど、俺はすぐにルーを探した。家の間取りは幼い頃知っていたものとは違っていた。あの後引っ越したのだろう。しばらくうろうろしていると、母親らしきひとと出くわした。幼いとき見ていた母親とは違って、少し疲れた感じだった。…なんて考えながら見つめていると、突然ぎゅっと抱き締められた。
「何も言わないで」
なんて言われたから、何も言わなかったけど。本当にいい母親だと、このとき思った。
どこを見渡してもルーの姿はなかった。部屋に戻って、ふとこの可愛らしい部屋はルーの部屋なのでは、とわかった。この服装もルーのもの…まさか、この身体もルーのものなのでは…血の気が引いていく感じがした。そのときは、俺がルーの身体を乗っ取ってしまったのだと思ってた…ルーは二度と戻ってこれないのではないかと…、けど思い出したんだ、“キスの魔法”。キスをしたら起きるんだ。俺がキスをすれば、ルーは起きるんだ。幸い、その考えは当たっていたみたいだ。ベッドに寝転がって、昔からルーのお気に入りだったライオンのぬいぐるみにキスをした。…そこからの記憶はない。
次に目が覚めたとき、かなり日付が経っていて、服装も違っていた。自分の仮説が当たっていたことを実感した。ルーはちゃんと生きてる…。それだけでほっとした。 今回は身の回りのことをよく知ろうと思った。…今だから言えるが、当時の俺は4才で時間が止まってたんだ。中身はひどく幼い子どもだったさ。だから、短い時間で勉強した。以外と簡単だったから、すぐに年相応の頭脳になれた。 そして、勉強しているときに気付いた。ルーは、自分のことをルーヴァンだと名乗っているようだと。学校に持っていく持ち物、テストの答案用紙にも『ルー』ではなく『ルーヴァン』と書いてあった。訳がわからなかった。どう考えても答えなんて出ないから、母さんに聞いてみることにした。…まだまだ子供だと、今でも思う。
母さんと会うのはこれで2回目。顔はルーと似てるから、たぶん、大丈夫って思ったんだろうな。けれど母さんは俺を見るなり、今にも泣き出しそうな顔をした。やっぱり、すぐわかるんだな。俺は諦めて、素直に聞こうと思った。口を開こうとしたとき、母さんは言った。
「ルーはね、ヴァンのこと、忘れてしまったみたいなの、ごめんね…」
俺はまだ何も言ってないのに、母親ってわかるものなんだな。母さんは俺をぎゅっと抱き締めて頭を撫でてくれた。 『忘れた』という言葉に当時は動揺を隠せなかったと思う。今はそうでもないけど。 ルーは俺のこと、嫌いになったんだと思った。俺が、キスの本当の意味を知らなかったから。ルーに嘘を教えたから。だから、ルーからのメッセージには答えなかった。何も知らなくていい、ルーは今のまま、幸せであってほしい。俺の大切な、お姉ちゃんだから。
それから度々入れ替わって、俺はルーの身体で人前に出るのもよくないかと思って、一人で勉強した。あとは、たまに絵を描いたり。小学生のときに、ルーの代わりに図画工作の授業を受けたのは楽しかったな、賞ももらえたし、なにより嬉しかった。
大学生になって、就職活動が始まったとき、どの仕事も真反対の俺たちには合わないようなものばかりで、なかなか決めることができなかった。俺はやりたいことなかったし。だからそう、もう一度死のうと思った。たまたま深夜、駅をふらついているときに、停車してる電車を見つけたんだ。そういえば俺を轢いたあの車は、レグルスにはない新しい車だった。…まぁ、どうでもいいけど。 こんな大きな電車に轢かれたら、ひとたまりもないんだろうなと、そう思ってたら、あの人に出会ったんだ。…偶然か必然か、そんなこと俺にはわからないけど、出会えて良かったと、俺は思ってる…。あの人は、そうは思ってないと思うけど。
こうして今、レグルスの駅員として存在意義を成している。もう少し、生きていてもいいのかな。…いつかルーが全部思い出したときは、何をしようか。…今日はルーからメッセージが残してある。初めて、返事をしてみようと思った。
『好きです、とても』
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俺 2017年07月03日 (月) 13時07分(102) |