今朝も彼の顔にチューしてから出勤したけど、なにもせずずっと一緒にいたい。 付き合い出して半年くらい待って彼から言われた「I love you.I wanna live with you forever. you are my life.」この瞬間、あまりの嬉しさでこのまま死んでも悔いがないと思った私(笑)
いろいろ喧嘩もしたけど、私達の愛の絆はなによりも強いんだと言った彼。 いつもわがままな私をやさしく抱いてくれる彼。 私達の将来と子供の話をする時間がとても楽しそうな彼。 「I never leave you,so dont leave me.」と言いながら見せた真実の涙の彼。
Timmy I luv you! 色々あったけどもう4年も過ぎたね。最初に紹介された時は喜平GOLDのブレスレットにぎょっとしたよ。馬鹿女から電話あったとき嵐のような喧嘩になったけど、諦めないで電話してきてくれてありがとう。これからもずっと一緒にいてね。あなたのママにまた会えるの楽しみにしてます。今度また一緒に熱帯魚選びに行こうね。そしてマンション買ったら念願の犬買おうね。
私は今27.仕事でオーストリアのウィーンにいます。16の時に始めてイギリスのケンブリッジに語学留学をして、そこでオーストリア人の彼に出会いました。私は今も昔も変わらずpassionateな人間なので、好きなら駆け引きなどせずにここまで来たつもりです。21の時までオーストリアと日本で高校、大学時代は遠距離恋愛でした。当時メールはおろか、国際電話も今ほど安くなく手紙と自分達が払える程度の電話、そして私はウィーンに3−4回、彼は日本にそれでも2回もきてくれました。高校生の時です。他のカップルは映画に行ったり、カラオケに行ったり、買い物にいったり、、、。本当に辛くて辛くて。回りに驚異の目で見られる事を避け、学校でも一切彼の事を秘密にしていました。そんな中21の時に1年間イギリスに専門学校入学が決まり、晴れて少なくとも日本よりはずっと近くにいける!と思ってた矢先彼にFAX(彼の父親のofficeからたまに送ってくれていたので)で「I feel like you are my sister,my feeling has changed.」と言われました。私には彼しか見えてなった。若気の至りでしょうね。それは留学の丁度1ヶ月前でした。すぐに電話を取り、涙、怒り、叫び、悲しみで何を言ったのか覚えてません。覚えてるのは私から最後に怒って電話を切った事だけです。付き合って5年目でした。 それからイギリスで私の「自暴自棄」期が始まります。彼を忘れられなくて、でも若すぎて青すぎてどうしていいのか本当にもがいてた。 ずっと暗闇にいるみたいでした。いっそこんなに苦しいなら死にたいとも思いました。その頃、ポーランド人、ギリシャ人、ノルウェー人と来る者拒まずでした。私は好きになったら一直線の人間でpickyなはずの私がeverybody welcomeになってた。早く彼を忘れたかった。留学中にもオーストリアに一回来て、その彼と久し振りに会いました。そして言えなかった事、感じてた事、全部ぶちまけました。「あんたはずるい」と。「弱虫で意気地なしだ」と。そして彼の胸を沢山叩きました。もう自分の涙で潤んで景色も見えなかった。 そしてオーストリアを去る時、「もう二度とこの地には足を踏み入れるもんか」と決心しました。日本に帰り、それでも自暴自棄状態は続きました。留学中の「遊び」の付き合いの人達にもやっぱり本気で恋してしまう私。そして彼らは私の心をまるで見透かしてる様に次々を私を去って行きました。 自暴自棄なのに、男性不振という最悪な状態で在日のドイツ人と付き合いました。9歳上の大人な人。私は彼から本当に温かさと男の人をまた信じる気持ちを今考えたらもらったと思います。そして仕事がウィーンで決まり、今まで計5年、私はウィーンにいました。ドイツ人とかぶってウィーンの彼とたまたま友達の誕生日パーティーで出会いました。私その時に感じちゃったんです。昔のオーストリア人の彼を好きだった時の気持ちを。今の彼(N)は出会った当初私にドイツ人の彼が日本にいる事を最初から言ってありました。でもひょんなことから二人でサルサを習う事になったので最初は2人はちょっと、、、と思い、友達2人も誘ってサルサを習っていました。でも、レッスンの後他のバーに行かないか、とか月が綺麗に見える丘に連れて行ってあげる、とか車で送ってあげるとかとにかく私だけ誘われる。悪い気しませんよね。頭は頑なになっていくのに気持ちはどんどんオープンになっていってしまう。時間の問題だったんでしょうかね。ある晩レッスンが終わり「お腹すいたね」と言っていたのが既に夜の1時過ぎ。おいしいピザがあるからと言われてあるピッツァリアまで車を飛ばすと丁度閉まった所。彼は何かと口実を作っては私と時間を過ごしたがっていました。そんな時私が車でぼそっと「then i will maybe cook something...」、勿論その真意は「(for only ME)」それを彼は私が彼にも作ってあげるねとのofferだと思い、夜中の1時過ぎに家の前まで来ると私は車から降りて「ありがとう」と言おうとしたら、彼もちゃっかり降りてる!内心、「まさか、あんた、来る気じゃないでしょうね、、、?」と思いつつ、アパートのドア開けるとやっぱり入ってきた!!私が思いっきり誘ってるみたいじゃんと思ったので、ここはドイツ人の彼のためにもちゃんと食べさせて帰らせようと思いました。食べ終わり、やっぱり帰らない。「しまった、、、、」と思いながらもあまりにもばつが悪くて「you are not invited」とも言えなかったし、、、、でも心はもう既に全開でした。その晩きまりが悪いから私が延々と話し最後に彼からキスして来ました。その時「I didn't mean to kiss you」と私が言い彼は落ち込んで出て行きました。しかし4ヶ月迷いに迷った挙句Nと付き合うことに。その時にドイツ人の彼に全てを話しに日本に行きました。私も彼も号泣でした。Nとそんな事があってもいい、それでも付き合いたいとも言われました。でも私は二股なんてできた柄じゃないんです。心がちぎれそうだったけどそれでも断りました。その数ヵ月後私の誕生日にビアスと手紙が航空便で送られてきました。ドイツ人の彼からでした。4枚の便箋、裏表と想いの丈がびっしりと詰まっていました。「i could never love so much like i do to you.And I'll never be so much loved like you did.I'm now sometimes going out with some girls and i still wish that after having closed my eyes,when my eyes are open and I wish you were there intead of them」と。 私はウィーンのアパートで一人わんわん泣きました。どっちをとっても痛みが伴うんですよね。今思えば本当に大切な経験です。 Nとは本当に本当に色々ありました。私は恋愛になると気性が荒いですし、彼も前の彼女をひきずっていたので。でも今年の10月1日で丸4年。今では彼は日本に2年後に住む為に私が日本語を教えています。私と出会った当初、アジアのあの字も知らなかった人がここまで成長しました。日本にも12回着てますし、両親もとても気に入っています。私はウィーンの仕事を今年辞めて日本に帰って少し自分の軌道修正をします。彼は長年の夢だったブラジルのリオへ1年行きます。私は本当に遠恋しかした事がなかったので、もうしたくないと思いながらここまで来てNがまた遠くへ行ってしまう事に随分腹も立てました。 しかし、最後の最後のチャンスをNにあげました。私はこれでNとうまくいってもいかなくても遠恋はこれで最後にします。これからどんな好きな人に出会ってももう遠恋はこれにて終了です。その有終の美をNにささげる事にしました。 私Nの事本当に愛しています。Nも私を必要だといってくれます。 でも人生なんて何が起こるかわかりませんよね。私はそれを21の時のオースリア人に振られた時に達観したつもりです。 だからあくまでも「wish」として。 Nとずっと一緒にいれたらいいなと思います。
彼と会ったのは、この前の5月の下旬で、留学先の学校の卒業dance partyででした。当時、私には、別の彼がいて(もう別れてしまいましたが、)元彼とそのパーティーに行きました。みんなですごく盛り上がってダンスしていたら、学校で見たことのある男の子が急に私のところにやってきて、何も言わずにダンスをしてきました。ビックリしたけれど、軽いノリで一緒にダンスをし、楽しんでいたら、'which school are you from?'と聞いてきました。私は、’アンタと同じ学校だよ!’と思い、'hey im going to YOUR school'と言いました。そのときは、一年ほどその学校に通っていて、たくさん彼と、廊下などですれ違ったことがあったので’今まで私のこと視界にも入っていなかったのね’と思いましたが、ちょっとだけ話をし、楽しいパーティーは終わりました。彼はシニアクラス(12年生)で私は10年生。そのダンスパーティーからは彼とは会ったら、'hi!' と言い合うくらいで、まったく何もなく、そして、私はちょっとした問題から当時の彼と別れました。ダンスパーティーから3週間後。私の学年にいる、12年生の彼の妹が、私が英語のクラスからロッカーへと歩いているところを呼び止めました。そして、彼女は恥ずかしそうに、一枚の折りたたまれた紙を差し出し、'Its from my brother. I think he really likes you'と言いました。それを開けてみると、そこにはとってもsweetな彼の言葉が。こう書いてありました。 'I havent stopped thinking about you since we met at prom. I would love it if you would call me sometime.. xxx-xxxxx-xxx love,xxxx' まだ付き合うとかは別として、とても優しく頭もいい人と聞いていたので、緊張しつつ電話してみると、デートに誘われました。彼の家に行って、のんびりと話しながらビーチを歩き、そしておしゃれなカフェでoreo drinkにストローを二本さして二人で飲みました。彼は、意外とシャイで手をつないだりとかは、ありませんでしたが、とてもsweetな言葉ささやいてくれました。今夏休み中で会えませんが、私が九月にアメリカに帰国したら一緒にすることを決めています。遠距離はやっぱり寂しいけれど、それを乗り越えて、大学受験を控えている彼をサポートしていきたいと思います。読んでくださってありがとうございます!
(128)投稿日:2005年08月08日 (月) 15時31分
ミミチャン
さんのお話 彼は France 人
ミミチャンとは、、彼が私につけたニックネームです。彼はいま、フランスに住んでいます。彼と出会ったのは、ペンパルサイトで、彼が日本人の友達を募集していたので、日本語で書いてあったということもあり、好感が持てたので返事をしたことから出会いが始まりました。その日は忘れられない私たちの記念日です。今年の3月30日でした。最初から長いメールをお互い毎日書きあっていて、、言語はもちろん日本語です。そしてだんだん「お互いのメールを読むのが大好きだね」と言い合っていくうちに、"I want to love you"と気持ちを伝え、私も、私も大好きだよ、ということになり、恋人同士になりました。幸せです。彼は一言で言えば、優しいこと。なんだか他の方のお話を読んでいても総じて外国人は優しそうですね。彼は、今年の9月に日本に来ます。今から、デートの計画を完璧に立てようと思っています。温泉旅行へ行こうと思っています。貸切露天風呂に二人で入ろうねと言い合っています。今からとても楽しみです。彼は今回は1ヶ月だけでフランスへ帰ってしまいます。今後は、、それから6ヶ月間フランスで働いてお金をためて、今度は3ヶ月ビザが許す限り、日本に滞在してくれるつもりです。将来的には結婚して日本で暮らそうねと言っています。今はもちろん、遠距離恋愛です。チャットは時差の関係や彼の仕事が忙しいこともあり、平日は時間がありません。平日はメールだけ、、まあでも、はい、愛のメールです。ラブラブです。そして土日は音声ボイスチャットでマイクで話しています。電話よりもこのマイクの方が音の質がいいのでこちらを使っています。おそらく、来年の4月から3ヶ月間日本に滞在してくれるつもりです。私の計画としては、、この3ヶ月間に両親に彼を紹介して、、理解してもらい、、結婚へと進みたいです。彼は音声チャットで毎回毎回私に「愛してる」「大好きだよ」と日本語で言ってくれます。その言葉が一番うれしいですね。一気に幸せに満たされます。あと彼が冗談を言うときはとてもやんちゃでかわいいなあと思います。大好きです。彼の全てが大好きです。あと私は彼のおかげでフランス語が好きになりました。こちらはまったくの初心者です。教育テレビのフランス語会話を見て彼に報告しています。フランス語は音の響きが好きだけど、、難しい。。でも私は好きです。特に彼のフランス語が。。時々彼が作った詩をフランス語で読んでもらいます。フランス語はとてもロマンチックな響きだと思います。これからも結婚へ向けてラブラブに愛を育んでいこうと思っています。