[153]file.04-3 - 投稿者:壱伏 充
単分子振動スコップや同・ピッケルでラスパがタコ殴りにされている、そんな微笑ましい光景から視線を外すと、渡良瀬は勝利の余韻を断ち切ってアトラスパイダーのコクピットに向かった。 強制開放レバーを引く。軽い音とともにハッチが開くと熱気が漏れ出てきた。 どうやら空調機能が壊れたのか、二人のオペレーターもぐったりとしている。 二人とも息があることを確認し、渡良瀬は地上のカオリに声をかけた。 「あなたがお探しなのは、このメガネのオッサンですかー、それともヒゲのオッサンですかー?」 しかし返事がない。渡良瀬が地上に目を向けると、そこにカオリの姿はなかった。 「?」 首を傾げる渡良瀬の耳に、遠くからサイレンの音が届く。 どうやら誰かが通報してしまったらしい。それは、渡良瀬の当初の仕事が失敗したことを意味していた。 「……ここは逃げておくか」 やましいことがなくとも、警察の厄介になりたくないのが正直な心境だ。 そして渡良瀬自身は、そんな自分に対してきわめて正直だった。
「んで、そのコートの男ってなァどこ行った?」 電磁檻に入れられ運ばれていくバイオクリーチャーを一瞥し、遊撃機動隊第一班班員・杁中は作業員から事情を聞きだすことに再度取り掛かった。 作業員は首をひねる。 「さあ……ぱーっと来てぴゅーっと行っちまったからなぁ。お礼に一杯ぐれえ奢ってやろうとも思ったんだが」 「心当たりは?」 「あったら教えてるよ刑事さん」 「――こんなツラしてなかったか?」 杁中は笑い飛ばす作業員に、電子手帳のファイルから呼び出した画像データを見せた。作業員は首をかしげる。 「さーて、どうだったかな……同じようなコードだったとは思うけど、顔まではねえ……」 「あんがとさん」 杁中は手帳を閉じて、アトラスパイダーの回収を指揮していた典子の元へ向かった。 「班長。どうも例の探偵が現れたようです。引っ張りますか?」 杁中の報告に、しかし典子はかすかに表情を翳らせた。 「そうね……いえ、それは後回しでいいわ。事態を収拾はしたけど、引き起こしたわけじゃなさそうだから。 それよりも優先すべきは事態そのものの究明ね。第一班は周囲の捜索と、回収したクリーチャーおよび建設重機の解析に振り分けるわ。 杁中は、ここ数十分の電波妨害の調査指揮をお願いね」 「……了解」 杁中は憮然として唇を曲げた。 典子は一瞬兆した迷いを振り捨てるように、別の報告を受けていた。救助されたオペレーターの一人のカツラの中から発見された記憶チップについて本人に確認したところ、それが恐喝の材料だと口を滑らせたらしい。 典子はそちらに駆けていった。 「……おーい、杁中君」 「おう?」 典子の背中を眺める杁中の肩を背後から叩いたのは原だった。 「や。どしたのかね、ボーっとして」 杁中は肩をすくめて応え、ふと真顔になった。 「原……話がある」 「うゃ? 何よ、改まっちゃって」 声を裏返らせなぜか動揺する原に、杁中は自分の頼みを告げた。 「調べてほしいネタがあるんだ。特装時代のことを」
趣味の良い調度品に囲まれた洋風のリビングに、二人の男女がいた。 「――結局彼は変身することなく、状況を終了してしまった。そういうことだね、"カオル”?」 ソファの上から涼やかな声が確かめてくる。カオルと呼ばれた女性――彼女はカオリの顔をしていた――は“彼”の前に跪き、「はい」と短く肯定した。 "彼"は苦笑して呟いた。 「作戦失敗か。全く、相変わらず一筋縄じゃいかない人だ」 「申し訳ありません」 暗に自らの読みの甘さを叱責されたと感じ、カオルは深々とうなだれる。しかし"彼"は笑顔で首を振った。 「いいよ。まだいくらでもチャンスはある。それともカオルは、"罰"を受けたいのかな?」 「……!」 問われて、カオルは身を強張らせる。うなじの辺りがちりちりと暑くなる、感覚。 「OLの格好もよく似合っているよ。おいで」 甘い声で囁かれれば、従う以外の選択肢など消し飛んでしまう。 カオルは無駄と知りつつ、赤く染まる頬を隠すように、俯いたまま立ち上がった。
岸田カオリなる女性は社内に存在していない。クリーチャーにコードネームも付けていなければ、その出現地点を正確にキャッチしてもいない。遺跡が建設地にあったという認識もなければ事実もない。何より探偵に依頼などしていない。 「……えーいちくしょー」 翌日。カオリから事情を聞きだそうとした渡良瀬に突き付けられたのは、そういった"現実"だった。 受話器を置いてデスクに肘をつき、渡良瀬は嘆息する。 考えられる可能性は二つ。 ひとつは生島建設が事態をなかったことにしようと目論んでいる場合、会社の遺跡独占の企みに関わる全てを排除しようという可能性だ。 もうひとつは、カオリが全く別の勢力からのエージェントだった場合。カオリの目的は、生島建設を隠れ蓑にして渡良瀬とラスパを戦わせることにあったという考え方だ。 (普通に考えりゃ会社しらばっくれ説の方がありそうだけど、それだと俺働き損の上携帯壊され損だからなー) 自分のような零細が何を行っても、たとえカオリに会えたとしても、事態は好転しないだろう。 「警察呼ばれんのがオチだろーな」 呟いて渡良瀬は空を見上げた。うまい話で一儲けできたら、槍の束でも降ってくるだろうか。 そんな益体もないことを考えていると、探偵社の扉がノックされた。 客か。災厄か。まさかカオリか。渡良瀬は身を起こして応えた。 「どうぞ、開いてますよ」 聞こえたのか、外の客がカチャリとノブを回して扉を開く。 そして入ってきた男の姿を認め、渡良瀬は営業スマイルを放棄した。 「邪魔するぞ探偵。ちょっとツラ貸せ」 「おいおい、俺ァまだ何もしちゃいねェぞ?」 入ってきた遊撃機動隊の男、杁中の言葉に渡良瀬は深々とため息をついた。
21世紀も4分の1を過ぎたこの時代。何だかんだ言って新東京国際空港――通称・成田空港は未だに現役である。 「――Hi, this is Mai...ああお久しぶり。耳が早いね」 その国際線ロビーに降り立った乗客の中に一人の少女がいた。 ネコ科の猛獣を思わせるしなやかな肢体のラインを特に隠す風でもなく、ピッタリとしたシャツとジーンズと言ったラフな格好の上から、ポケットを多数備えたジャケットを纏っている。 「は? 今から? 警視庁? ちったぁ休ませてくれてもいいだろ」 携帯電話に語りかけるのは、あどけなさとふてぶてしさを適度にブレンドした笑顔とマッチした伝法な口調。 「その代わり高いよ、社長さん」 挑発するように少女は言うが、通話相手は面白いリアクションを返してくれなかったらしく、小さく顔をしかめてHOLDキーを押し込む。 少女は荷物を抱えなおし、口笛を吹いて歩き出した。
警視庁遊撃機動隊舎。 第3班主導で行なわれたバイオクリーチャーの解析は、難航していた。 『ちょーっと難物かもね、これってば。厳密に言えばバイオクリーチャーじゃないし』 専用室で高性能コンピュータに囲まれて生活していると言うのが専らの噂の第3班班長・二階堂量子の声がスピーカーから流れる。夜通しの解析が答えたのか、声もいささか張りがない。 バイオクリーチャー(?)から壁一枚隔てた解析ルームで有事に備えて待機していた原も表情を曇らせる。 「そんな、手がかりも見つからないんですか?」 『ノンノンノン。原ミョン、それは間違っててよン』 量子が妙なテンションの声で即座に返してきた。 『あれは厳密に言うとクリーチャーじゃないの。生命である事を示す各種反応が見られないのね。むしろ半仮想存在に近いのよ』 「半……仮想?」 怪しげな単語が出てきた。眉をひそめる原に、量子が説明を続けた。 『抗生物質も存在の成り立ちも、実は心当たりが無きにしも非ずってゆーかさ』 部下が採取したサンプルを基にシミュレーションを同時進行させているのか、声には時折キーボードを叩く音が混じる。 『D-Eコンバート理論で実現を示唆されたアルケミカルイグジスト効果の実例かも知れないんだわ。 だから中核さえキャッチできれば存在根拠ごとデリートだって可能なんだけど、必要なエネルギーポテンシャルの算出やらアプローチポイントの特定はまだまだ手間取りそ−でさ。 それに、できればデリート前に駆動原理も詳しく知っておきたいじゃない?』 「はあ……」 三割程度しか分からないが、原は曖昧に頷く。 そこへ背後の扉が開いて救援がやってきた。 「交代だ、お疲れさん」 「あー助かった、あとよろしくねっ」 同僚の平針だ。原はタッチを交わして解析ルームを出た。 宿舎に帰って一眠り、と行きたいところだがそうも行かない。 まだ調べなくてはならないことがあるのだ。
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2006年06月17日 (土) 19時13分 )
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