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[213]W企画ノベライズエピソード 第3話「危険なF/千の顔を持つ女」@ - 投稿者:matthew

 水都。ここは観光の街としても有名な地だ。
 昔ながらの運河や水路、水車が至る所に残っているこの街では、そうした観光客をターゲットにした商売ももちろん少なくはない。船の渡し守、水上バス、ジェットスキーによるアクロバットショー――ふんだんな水を利用したものだけでも、これだけ列挙するのは容易いことだ。
 そんな観光名所に欠かせない存在。それがマスコットキャラである。当然、この街にもそんなキャラがいる。イルカをモチーフにした愛くるしいキャラ、その名も『すいかちゃn』だ。

「ほらっ! お兄ぃはやくはやくぅ!」
「わーった、わーったからそんなに引っ張るなってばみぎり!」
 水都の港沿いにある、水都倉庫群に隣接する高層ビル、通称「アクアビュータワー」。その5階にあるイベントホールに着いたみぎりは、同行する先斗の袖を引っ張りながら目をきらきらさせていた。
「だって急がなきゃっ! 年に3回しかないすいかちゃんとの握手会なんだからぁ!」
 ここにいるみぎりも、そんなすいかちゃんの熱狂的ファンの1人だ。外見的には中学生とそこそこ大人なはずなのだが、ぴょんぴょん飛び跳ねて期待を寄せるその姿は小学校低学年に見られてもおかしくないほど子供っぽい。先斗は保護者のような気分にさせられたようでがっくりとうなだれた。
「……たまに出かけたと思ったらこれかよ。とほほ……」

 みぎりはほとんど外に出ることがない。もっぱらパソコンと向かい合って適当なネットサーフィンをし、時たま通販で気に入った服を買い、そしてポテトチップスをたらふく食べるのが日課だ。そんな買い物でさえも出かけずに済ませるほどの引きこもりであるみぎりが外に出たいと自発的に言い出すことは、まずほとんどない。
 そんな彼女にとって数少ない外出の機会であることは、精神的な衛生上先斗としても歓迎することではあるのだが――口実としてこれは、少々恥ずかしかった。何せこの手の子供向けイベントは低学年のうちに卒業してしまったのだから。
「あ、受付みっけ!」
 逸るみぎりがイベント会場の受付に気づき、まっすぐに指を指す。いくらいつもと違うとはいっても、積極的にもほどがある――ポケットの財布に手を伸ばしながら、先斗はその列に入った。
「はいはい……っと」
 案外、列の進みはスムーズであった。あっという間に2人の順番はやって来る。と、受付の女性が口を開いた。
「いらっしゃいませー。大人1人、子供1人ですね?」
「むっ……ちょっとぉ! みぎりんに失礼じゃないおねーさん!」
「はい?」
「みぎりんは子供じゃないもん! どこをどう見たら子供なのさ!?」
 が――子供と呼ばれたことに腹を立てたみぎりは周囲の目もはばからずそんな受付の彼女に噛み付く。本人としても、そういう幼い外見は少々コンプレックスなのだ。気にしないわけがなかった。
 だというのに、受付の無神経な言葉は続く。
「……どっからどう見ても子供なんだけど」
「はぁあ!? お兄ぃ、何この人すっごい失礼なんだけど!」
「って俺に振んのかよ!?」
 いきなり援護射撃を要求された先斗は、恥ずかしさに耳まで真っ赤にして周囲を見渡した。今のやり取りで完全に注目は自分達に向いている。出来れば他人の振りをしてやり過ごしてしまいたいくらいだったのだ。
 だが、こうなってはもうその作戦は使えない――弱気な心をぐっとこらえて、先斗はぼそぼそと小声で援護をしてみせた。
「あ、えぇっとすんません……出来れば大人2人ってことで――」

 が――返ってきたのは、何とも軽い口調の声と馴れ馴れしい呼び方。
「……いや〜、それは無理だね。運び屋さん?」
「え?」
 異変を察知して、2人が受付の顔に改めてよく目を向けるとそれはよく見知った顔。悪戯っぽく微笑む、少女らしからぬ達観した眼差しの自称――
「「あぁっ、お前は……代行屋のぉ!!」」
「やっほー。お元気、なんつってねっ」
 “代行屋”――明石鶴は、にっと微笑んでピースサインを無邪気に作って見せるのだった。

( 2010年08月21日 (土) 13時16分 )

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