[127]Masker's ABC file.01-5 - 投稿者:壱伏 充
「畳んじまえ!」 『オウ!』 リーダー格――昭彦から聞き出した情報によれば名を嶋田という。25歳――の号令を受けて、コボルトのメンバーが獲物を手に渡良瀬に殺到する。その後ろでは即応外甲を起動させるメンバーたちもいた。 「へんっ!」 渡良瀬は迷うことなく傍らに手を伸ばし、先刻壁に打ち付けた男を引き寄せ眼前にかざす。 鈍い音、そして衝撃。盾にした男の口からヤニで黄ばんだ歯が飛んだ。 「あ……げべ……っ」 「げ、しまっ」 「――あらよっと!」 メリケンサックや鉄パイプで打ち据えられた男を放り出し、渡良瀬は軽やかに床を蹴って踊りかかった。
緊張した面持ちの教え子を案内して居間に通すと、妻が強張った顔で立ち上がり無言で会釈した。教え子もまた、硬い仕種でお辞儀する。 「すでに事情は話したとおりだ」 どちらにともなく、あるいは自分自身に再確認させるためかもしれないが、篠原が口を開く。二人ともが姿勢を正した。 「かけたまえ。紹介しよう、妻の眞由美だ」 教え子に席を勧める。妻が真向かいに座った女性に頭を下げた。 そして篠原は妻に向き直る。 (なりふり構わず幸せになる覚悟、できてるよな?) 探偵の台詞が脳裏に蘇る。そうだ、もう逃げない。 たとえそれで誰かや、自分を傷つけてしまうとしても。 誰よりきっと自分のために。今は、それでもいいはずだ。 「こちらは園田明菜君。私の教え子で……娘だ」
トレンチコートの裾が翻るたびに、コボルトのメンバーが打ち倒されていく。 「ッラァ!」 「っと――甘い!」 トレンチコートの男がビデオカメラの三脚を巧みに用いて鉄パイプを捌き、左右のメンバーの首筋にそれぞれ一撃をお見舞いして無力化していく。 なるほど、いきなり殴りこんだだけあって、なかなかの腕をしている。嶋田は冷静にその様子を見ていた。 「やるなぁ、だがここまでだ」 嶋田が呟くと同時に、一人のタハラ発動機製即応外甲”ヴィックス”をまとった男がメンバーを押しのけコートの男に殴りかかる。 「んごっ!?」 三脚が折れて宙を舞い、男が他の撮影機材を巻き込んで殴り倒された。
「真実を全て話すですって!?」 昨夜、渡良瀬が告げた案に、篠原はあんぐりと口をあけた。渡良瀬は頷く。 「そうすりゃ娘さんもデートどこじゃない。まあ連中の後のことは俺にお任せを」 「いや、しかしそんなことを……探偵さん! できるはずがないでしょう!?」 渡良瀬に思いとどまってもらうよう篠原はすがろうとするが、逆に渡良瀬は携帯電話のアンテナを突きつけた。 「あのねオッサン。お父んが娘に会って何が悪いってんだ。ガツンと言ってやんなさい、あんな男はやめとけと」 「いや、しかし、そんな今更……明菜はもう別の父親や家庭が」 「だからこそ。言っちゃ何だが多感な思春期通り越して、彼女がもう立派な大人だって、誰よりアンタが知ってるじゃねぇか」 「それは……」 口ごもる篠原に、渡良瀬が諭してきた。 「オッサンさ。実の娘にずっと先生先生言われてきて、代替行為でこそこそ心癒してきたんだろ?」 身も蓋もない言われようだが、事実だ。顔を曇らせる篠原に、渡良瀬は肩を叩いて笑いかけた。 「そろそろさ。アンタ、胸張って幸せになっていい頃合だ」
「……ってぇな。即応外甲で人殴ると、道交法にも引っかかんだぞ?」 いい気になっているヴィックス――ちなみに昭彦が先日まとっていたのと同型だ――に説教しつつ渡良瀬は立ち上がった。寸前で自分から後ろに飛んだおかげで、殴られたダメージはさほどでもない。 改めて数えるとヴィックスが3人に、三友重工製山岳用即応外甲”ウィーヴィル”二人、アレックス・コーポレーション製農耕用”早乙女”が一人。 そのうち、ヴィックスの一人が嘲り笑った。 「正当防衛だよ、バッカじゃない?」 「つーかさ、俺たちライダーに素手で喧嘩しかけようってあたりがバカだろ」 別の一人もそれに乗る。やがて他の者たちも囀り出した。 「今のは手加減してやったんだぜ? それでこの威力、うーんライダーってサイコー!」 「そういや昨日も変なのいたよな。じーさんがへなちょこなパンチしてきてさ。”蚊が止まったのかと思った……”って、ありゃマジであるんだな」 「あれ。もしかしてオジサン、あの頭弱いじーさんの息子か何か?」 「ああ、そっか。何しにきたかと思ったら」 「なあ、何とか言えよ。もしかして、あれ? 怒っちゃった?」 ウィーヴィルの一人がニヤニヤ(推定)しながら渡良瀬に近づいてくる。 渡良瀬は無造作に腕を振るう。軽い音が響き、再び嘲笑が起きた。 「うっわ痛そ。あいつライダー素手で殴ったよ」 「効くわけねーのに。なぁタカシ……タカシ?」 不審に思った一人の声に、応えてウィーヴィルが振り返る。 「お……う?」 ふらつき、よろめいて。タカシと呼ばれたウィーヴィルが、倒れた。 「タカシ!?」 嘲笑が止む。嶋田も腰を浮かせる。 渡良瀬はウィーヴィルを踏みつけ、残り6人を順に睨み付けた。 「ジイサン? いーや知らねーな。俺ぁただ、腐ったたくわんと調子ん乗った”ライダー様”がでえっきれぇなだけだ。 ほら、どぅしたぁ? ビビってないでかかってこいや!」 「野郎!」 「……ナメやがって!」 ヴィックスたちがいきり立ち、床を蹴る。 渡良瀬もまた駆け出すと、コートの懐に手を伸ばした。
篠原は改めて、全てを話した。 前の妻とのなれ初め。娘の誕生。すれ違い。離婚。再婚。 娘と再会した喜び。その都度感じた胸の痛み。話さなくてはいけないことがたくさんありすぎた。 渡良瀬は懐から銃のようなものを取り出すと、床を転がってヴィックスたちをかわした。 三つの筒を束ねたような銃身を手動で回転させる。もう一人のウィーヴィルがいち早く方向転換し、渡良瀬に駆け寄ってきた。 「銃なんか効くかバーカ!」 「知ってるよ」 言いながら渡良瀬はトリガーを引く。バレルから迸ったのは、鮮やかな蛍光塗料だった。 「うお!?」 ウィーヴィルがまともに塗料を顔面に浴びて視界を失う。超速乾性の塗料を拭うには専用の落とし剤が必要だ。 渡良瀬はふらつくウィーヴィルの突進を避けて、足を引っ掛けて転ばせる。 「あらよっと!」 「はぅっ」 仕上げに転んだウィーヴィルの頭を蹴飛ばした。残り四人。 「くそっ、妙なもん使いやがっててめえ!」 残る四人が顔をかばいながら向かってきた。渡良瀬はあわてず騒がず銃身を切り替え、先端に鶉の卵上の弾頭をこめて頭上に撃つ。 四方から即応外甲たちが飛び掛る。渡良瀬はその場にかがみこみ目を閉じ耳をふさいで口を開けた。 刹那――凄まじい閃光と爆音が室内中を蹂躙した。
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2006年04月15日 (土) 19時29分 )
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