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[126]Masker's ABC file.01-4 - 投稿者:壱伏 充

 日曜日、午前10時25分。
 昭彦はもう一度ブティックのショウウインドウで身だしなみを確かめて、自身に及第点を下した。
 これなら若きベンチャー企業副社長ぽく見えるだろう――実家から勘当されたフリーターではなく。
 今のチームに入って先輩に顎で使われることも多く、その分甘い汁も吸ってはきたが、今回は昭彦にとって最初の大仕事だ。
 ターゲットは資産家の若い美人。愛しい愛しい明菜嬢だ。
 偶然を装って接近し、口八丁で甘い夢物語をささやいて、恋仲になった後はベッドで教育するのを欠かさなかった。
 世間知らずな彼女を自分好みに育て上げる快感に幾度も仕事を忘れそうになった。だが、本番はこれからだ。
 仲間たちの元へ連れて行き、楽しむだけ楽しんで撮るものを撮って、彼女の両親に送りつける。失うものの大きい彼らが司法に訴え出ることはない。
 定期的に搾取し、脅す材料を増やし――秋なの親の事業に一枚噛ませてもらってもいいし、裏でこっそりビデオを流して収入を得てもいい。脅迫の材料を元手に新たに脅迫の対象を増やしてもいい――明菜一人が不幸になっては可哀想というものだ。ぜひとも友人たちにも共演してもらおう。
 膨れ上がるバラ色の未来絵図に、笑いをこらえ切れない。独り占めできないのが残念だが、文句は言うまい。
 嶋田の機嫌を損ねると、昭彦の命がない。
 待ち合わせ場所として有名な彫像が視界に入る。そこで待っているのは、ホームレス狩りでコツコツ稼いだ金でプレゼントしてやった清楚なワンピースと帽子姿のシルエット。
 昭彦は目一杯爽やかな表情を作り上げ、片手を上げた。
「やあ、待たせちゃった?」

 繁華街に建つ小さなビルの四階が、チーム”コボルト”の拠点である。
 とはいえコボルトは正式なスカイウォーカー協会に加盟したチームではなく、もっぱら”副業”のために即応外甲を利用しているだけだ。
「遅ぇな昭彦の野郎」
 ベッドを囲む撮影機材をチェックしつつ誰かが言うのを聞いて、リーダーの嶋田は本を読みながら唇を歪めた。
「女ってのは面倒臭ぇからな。気長に待ってやれ。どうせ今日が終われば、いつでも好きなときに好きなカッコで呼び出せるんだ」
 嶋田の一言で下卑た笑いが巻き起こる。チームの気合も充分だ。
 パンツ一丁に仮面をつけた男優役のメンバーがいささか寒そうではある。
 そして予定時刻を30分ほど過ぎたとき、窓から外を見張っていた一人が声を上げた。
「昭彦来ましたーっ」
「よぅし……丁重にお出迎えだテメーら」
 嶋田の号令で全員がそれぞれの準備を終える。ある者は刃物を用意し、ある者はヴィックスバックルに手をかけ、またある者はパンツのゴムを確かめる。
 嶋田も読んでいた本を椅子に置いた。
 そして――鉄扉がノックされた。
『昭彦っす。彼女連れてきました』
「おう、よく来たな。まあ入れよ」
 フレンドリーな昭彦の上司、といしての声色で嶋田が招き入れる。
 扉が開く。手はずでは昭彦が明菜を突き飛ばし、メンバーが奥に引っ張り込むことになっている。
 そして、白いワンピースがつんのめるように部屋に転がり込んできた。

「キャッフゥゥゥゥ!」
「お姉さんようこそお姉さん。はーい一名様ごあんなーい!」
「オラ足持て足!」
 三人がかりでベッドの上に運び入れ、さらには刃物版がワンピースを切り裂くべく圧し掛かる。
「動くんじゃねーぞ。キレーな顔や肌が血まみれになんぜ? もうすぐ別まみれにすっけどな!」
「あーもうガマンできねっす。いただきまーす!」
 はしゃぐプレイ役を遠巻きに見ながら、メンバーの一人が扉に近づいた。
「かっかっか、がっついてやがんなァ。どーよ、彼女が目の前でコマされちゃうシチュば!?」
「……?」
 馴れ馴れしく笑いかけたメンバーの声が剣呑な音とともに途切れる。嶋田はそちらに視線を向け、目を見開いた。
 そして異変はベッドの上でも起こっている。ひん剥いたワンピースと帽子の下から現れたのは――
「げ。こいつ女じゃねえ!」
「……昭彦だ! 顔変形してっけどコイツ昭彦だ!」
「うわ俺下脱いじゃったよ!」
 異変が、部屋を蝕む。嶋田は扉のそばに立つ――メンバーの一人の顔面を壁に叩きつけた男に問うた。
 こいつが犯人だ。
「テメー、誰だ!?」
「……へっ」
 男は鼻で笑って問いに返すと、服の肩口をつかんで脱ぎ去った。
「邪魔するぜ――殴り込みだ」
 その下から現れたのは、どうやって着込んでいたのかトレンチコートにボルサリーノ姿の、人を食ったような表情をした見知らぬ男だった。

 何とかしてくれると探偵は言ってくれた。だが篠原の不安は晴れない。
 昨夜はおとなしく家に帰り、そして今、妻とともに、自宅の居間にいる。
「あなた。いつまで持っているの、それ?」
 妻が小さく、少し無理して笑って教えてくれる。篠原は自分が電話機の子機を握り締めたままだったことに気づいた。
 こんな隠し事をする自分を、それでも心配してくれる妻に対し、後ろめたい気持ちが強くなる。
 いつも、こうして甘えてきた。だが、自分の幸せのためにはそれだけでは足りない。
 わがままを言うなら、それなりに一歩を踏み出さなくてはいけない。そして今がその瞬間なのだろう。
 無限にも、永遠にも思える時間が過ぎて、それが時計の秒針の一巡りでしかなかったことに気づいたその時。
 古めかしいチャイムが鳴った。

( 2006年04月15日 (土) 18時37分 )

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