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[124]Masker's ABC file.01-2 - 投稿者:壱伏 充

 彼女に会った後は、いつもここに来る。ひところの時勢に比べて落ち着きと賑わいを取り戻した、この思い出の公園に。
 篠原政重は公園に足を踏み入れ、”当番”の主婦に頭を下げた。主婦も穏やかに笑って会釈する。
 4年前。ここに訪れた時には大層怪しまれたものだ。
 持ち回りで”仮面ライダー”を身に着け、弱者しか狙えない卑劣間から子供たちを守ろうとする。主婦たちからすれば当然のことなのだが、あの時の篠原はさぞや怪しかったことだろう。
 津波のように自分を押し包む衝動を持て余し、逡巡の末にこの公園にたどり着いてしまったのだ。切羽詰った表情になっていたかもしれない。
 篠原が片手を上げると、子供たちが気付いて駆け寄ってきた。
「あ、はつめいのおじーちゃん!」
「今日は”くうきでっぽう”やんないの?」
「ああごめんね。でも今日はその代わりに……」
 篠原は子供たちの前では科学実験のおじさんとして振る舞い、実際に幾つかの科学手品などを見せている。そのせいでどうやら、発明家に間違えられてもいるようだが。
 ベンチの定位置に、とりわけ活発な男の子が引っ張っていく。篠原は笑って腰掛けた。その時。
「誰ですかッ、あなたは!」
 かつて篠原が浴びせられたような鋭い声がした。見ると、先刻の主婦と誰かが言い争っている。
「いや、俺怪しいもんじゃないっすから!」
「嘘おっしゃい! うろうろして公園を覗き込んで! だいたいなんですか、この季節にコートなんて!」
 主婦がバックルのスイッチに手をかけて威嚇すると、コートの男は困ったように後退りする。
「いや、この格好は何つーか、探偵アイテムって言いますか」
『探偵?』
 訝しみ聞き返す主婦とほぼ同時に成り行きを見守っていた篠原も同じように声を上げる。
 その声が思いのほか響いてコートの男にも伝わり、コートの男と篠原の目が合う。
 男の口が「あちゃー」という形に動いたのが、やけにはっきりと見えた。

「なるほど、妻にですか」
 番人主婦の監視の下、公園の端っこの東屋で洗いざらい白状させられた渡良瀬と向かい合って、篠原は呟いた。
 渡良瀬は居心地の悪さを覚えながら頷いた。
「なら仕方ありませんな。全てをお話ししますよ……波佐本さんは公園を見ていてください」
「あら、そうですか。じゃあごゆっくり」
 篠原の頼みで番人主婦が、ほんの少し残念そうにして去っていく。
 篠原は水筒の茶を渡良瀬に進めつつ顔を綻ばせた。
「あ、ども」
「実は少しだけほっとしているんです。今まで誰にも話したことがなくて。
 彼女――明菜は私の娘なんです」
 篠原が昼に会っていた教え子の名を上げる。渡良瀬は黙って茶をすすり、篠原の告白を聞いた。

「もう23年にもなります。別れた前の妻との間に明菜が生まれてから。
 あの当時、大学で私はあるプロジェクトに従事していましてね。仕事が楽しくて仕方なくて、ついつい家庭を省みる事を忘れてしまっていた」
 懐かしさと悔いの同居した、穏やかな口調で篠原は語りだした。
「娘が病気になっても、妻が収入の足しにパートをしたいと言ってくれても、私の頭の中は仕事のことでいっぱいで、話をロクに聞いてやることも出来なかった。
 だから、それに耐えられなかったゆかり――ああ、あの子の母親の名前です――は、明菜を連れて出て行ってしまった。風の頼りで、ある資産家と再婚した事は知りましたが、それっきりで……。
 ですが4年前、明菜が私のいる大学に入学してきましてね」
「娘さんに、会って伝えたと?」
「とんでもない!」
 渡良瀬が問うと、篠原が慌てて手を振った。
「離婚したのは明菜が物心つく前ですから、私のことなんて覚えてもいません。
 あの子にとっての父親は、今のゆかりの夫なんです。今さら父親面なんて出来ませんよ。
 ただ血の繋がりの不思議って奴ですか。よく私に相談を持ちかけてくれましてね……おっと」
 東屋にボールが飛びこんできた。
「おじちゃーん、おじーちゃーん、ボールとってー!」
「これかーい! ああ、私が」
 篠原はボールを取って投げる。キャッチした子供がペコリと頭を下げてまた遊びの輪に入っていく。
「……この公園はね。昔、ゆかりと明菜と三人で来たんです。珍しく休みの取れた日に、ベビーカーを押して。
 まだ仮面ライダーなんてなくて、物騒だった時期ですから、閑散として長く居ることもなく……。
 私も上司に勧められて今の妻と再婚しましたが、子供が出来なくて。
 妻はそれでも満足しているんですが。私はこうしてここの子供たちと遊ぶことで、昔の罪滅ぼしをした気になっているんです。
 大学の縦の序列を初めて使ったのが、科学手品のタネ作りになってしまって」
 篠原は自嘲気味に言って、渡良瀬に振り返った。
「ですが、もう潮時なんでしょうね。こんあ自己満足に浸るのも」
「いや、それは……」
 かける言葉を失って、渡良瀬は手を振った。まるで自分が篠原の生きがいを奪ったみたいでますます居心地が悪い。
 その様子を見て取ったのか、篠原が言った。
「気になさらないで下さい探偵さん。それに、もうしばらくすれば何にしろ娘と会うことも出来なくなりますから、ちょうどいいんですよ」
「?」
 意味が分からず渡良瀬が首を傾げると、篠原が寂しげに笑った。
「明菜はね。もうじき結婚するんですよ。何でも、絡まれているところを度々助けてくれた人らしい。
 娘の危機に、遠巻きに見ているしか出来ない中途半端な父親の出る幕は、もうないんです」

( 2006年04月11日 (火) 01時41分 )

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