[12]ざ・ふぇすてぃばる 「参上!我らがキャプテン・ナイス!」 前編 - 投稿者:イシュ
「うぅ〜、やめてくれぇ〜、俺には出来ないぃ〜。・・・・ハッ!」 よくわからない悪夢から解放された俺の目に飛び込んできたのは、見慣れない天井だった。 「・・知らない天井だ。」 なんて言ってみたが、ここが俺の新しい住居というのは既に整理済みだ。俺の周りは昨日と同じく何もない。 「・・やっぱ最低限の物は必要だよ、な。」 あの医者のことだ、物を借りようにも法外なレンタル料をふっかけかねない。否、あの性根の腐りようじゃそれだけでは済むまい。俺から強引にでもレンタル料をぼったくるための罠も張っているはずだ。 こちらも何らかの抑止力を用意しないと危険だ。と、その前に。
「はよーっす。」 俺が居間に降りると先生とレイはもう朝食を食べていた。と言っても、全く手の加えれていない食パンを貪っているだけだが。調理という物を知らないのか、コイツ等は。 佐伯「遅いぞ、下僕。これからは朝・昼・晩3食は君が用意するんだからな。」
ヒュンッ パシィッ
レイ「?」 怒りの衝動に駆られて疾風の如く放たれた俺の右腕を、同じく疾風の如くこれを受け止める俺の左腕。 佐伯「・・・何だ?」 「いーえ、別に何も。」 危うくここで短い生涯に幕を下ろすところだった。こんな事で腹を立てていたら俺の胃は穴だらけになってしまう。 レイ「ごちそうさま・・・じゃあ行ってくるね。」 佐伯「ああ・・。」 よく見ると昨日の制服姿のレイは席を立つと、椅子に掛けていたカバンを持って玄関へと向かう。 「ん?学校?」 レイ「そだよ、見てわかんない?」 「んー・・・・。」 レイの挑戦的に台詞に乗り、彼女を凝視する。 「お子様のコスプレにしか見え・・ガヴォッ!?」 俺の鳩尾にドスッと何か重い物が突き刺さる。口に何やらすっぱい物が広がる。危うく天に召されかけたMySeoulを力づくで現世に引き戻す。不意打ちにも程がある。誰だ! 「・・・・。」 視点を正面に向けても何もいない。まさかと思い視点をやや下に向けると…。いた。 レイ「・・・・。」 細く白い華奢な拳を俺の鳩尾に突き刺している金色の悪魔がいた。目元が長い金髪で隠れているが、それが余計に怒りのオーラを際だたせている。つーかこれがガキの力か・・・? 「・・・痛いんですけど。」 レイ「そうだろうね・・・急所だもんね。」 「・・・・。」 突き刺して拳を抜くと、こやつは笑っていた。夕べの控えめな笑みではない。天使の如き清々しい笑顔だ。 レイ「じゃ、行ってきます。」 鳩尾を押さえて悶絶している俺を余所に、とてとてとカバンを持ってレイは家を出る。あの歳で(外見年齢10〜12歳だが)中身がああなのはやはり保護者がコレだからだろうな。 佐伯「私も今日は仕事がある。家事はくれぐれもサボるなよ?」←コレ 「何処へ?」 佐伯「医者の職場といったら何かしらの医療施設に決まっているだろう。」 「あー・・・。」 そういう設定だったんだっけ、コレ。 佐伯「今夜は多分遅くなる。私がいない間は適当に命を繋いでおけ。」 「・・・・。」 なんて言い草だ。しかしここは「お前がどうなろうと知った事じゃないけどな」まで繋がらないことを吉と思っておこうか。 佐伯「せっかくの万能家事機だ。壊れるまで使い潰さないとな。(ニヤリ)」 ――前言撤回。コレと出会った時点で俺の人生は大凶以外あり得ないと思い知らされた。 「とっとと何処へなりと逝ってくださいまし。」 誤字ではない。 佐伯「君に言われずともな。」 医者は席を立つと、仕事用だと思われるデスクの上に置いてある黒いケースを手に持つ。 「うわぁ・・・スゲェ悪人っぽい。」 全身漆黒のスーツに黒いケース、これであの黒縁眼鏡がサングラスだったらどこぞのギャングだ。 佐伯「・・何か言ったか?」 「いーえ、別に何も。」 一瞬医者が横目でギラリと睨んだ気がしたが、俺はさらりと受け流す。 佐伯「くれぐれも所有物としての立場を見誤るなよ。」 釘を差すように一言そういうと、医者は家を出ていった。
ブロロロロ…
家のすぐ横のガレージから車のエンジン音が遠ざかっていく。 「事故にでも遭ってくんねーかなぁ・・。」 流石に聞こえないとは思うが、念のために小声で呟く。あーゆーの程悪口には敏感なんだ。親父もそうだった。 「さて、どうしたものか・・・。」 周囲を満たしてみると、テーブルに広がった皿や残りの食パンはそのままだ。
ぐぎゅるるる…
食パンを見た途端、俺の腹が音を上げる。生理現象には逆らえまい。俺は食パンを見た後、冷蔵庫の中も覗く。 「ジャムくらい無いんか・・この家は。」 ジャムだけではない。人間が食物と認める物は一切入っていない。あるのは缶ジュースや得体の知れない液体の充満した瓶だけだ。 「はー・・・。」 無い物を求めてもしょうがない。キッチンを見ても、使われた形跡は不思議なくらいに無い。仕方なく俺は椅子に座り、何も手を食われていない食パンをちぎっては口に運ぶ。 「普段どうやって生活してるんだ、あの親子は。」 おそらく疑問に思っても無駄だろう。
食事を終えると俺はとりあえずテーブルの上を片づける。必要最低限の食器類はあるようだが、ただあるだけのように見える。キッチンを再び物色してみるが、出てくるのは茶の葉にコーヒー豆、そして湿気た茶菓子。 「こらアカン。」 思わず関西弁が出た。このまま、この親子に食生活を預けていたら何か取り返しの付かない惨劇になりそうだ。 「何とかせねば。」 あの医者とその娘を心配する義務はあっても義理はない。が、俺は人が良い(自分で言うことではない)。しかし俺は自他共に認める無類の一文無し。金利関係は手も足も出ない。 「う〜ん、う〜ん。」 と唸りながら家の中をうろついていると、医者の机の上に置いてある封筒と一枚に紙切れ、それに鍵が目に入る。 「なんぞなもし。」 自分でも首を傾げる言語を吐きつつ、その紙切れを手に取る。
『これで食材を買い溜めしておけ。食事はもちろん君が作るんだぞ。あと、釣りと領収書はこの封筒の中に戻すように。ネコババしたら命は無いものと思え。追伸・戸締まりはしっかりな。泥棒にでも入られた日には即鮫の餌だ。』
「これはお使いなのか、はたまた脅迫状なのか。」 見た限り後者以外の何物でもないな。しかし、やって来たばかりの居候にこの家の食生活を預けるなど、ズボラにも程がある。 「そう思いません?奥さん。」 横の棚に置いてあった招き猫に振ってみる。当然返事など返ってくるはずもない。返ってきたら直ちに除霊師を呼ばねば。 「つーか、何でこんなトコにあるんだ・・?」 詮索するだけ無駄だろうな。よく見ると、この家にはそういう物がゴロゴロしている。どこからか拾ってきているのか押しつけられたのか、まぁ、俺には関係ない。今俺が成すべきなのは、一方的に押しつけられたこの家の食生活を存続させる事である。 「ん・・?待てよ・・。」 冷静に考えてみると、俺はまだこの辺りの地理はからっきしである事に気付く。ここに来るときも、迫り来る■と生の狭間でそれどころではなかった。 「さて、どすべ・・。」 医者かレイに聞こうにも連絡先はわからんし、電話番号も知らない。思いっきり手詰まりだ。かと言って、黙ってここにいてもあの医者に何をされるかわかったものではない。 つまり、俺はいつの間にか唐突に生命の危機に立たされていたのだ。 「短かったなァ、俺の人生。」 などと諦めている場合ではない。とりあえず街に下りればスーパーなどいくらでも見つかるだろう。 「逝くか・・。」 誤字ではない。
街へ下りるまでは楽だった。佐伯家のある丘と街を繋ぐ道が狭い一本道だったのが幸いした。しかし…。 「あれだな・・・都会ってのは人の住むようなトコじゃないな。」 街一帯に広がる排気ガスと人混みに揉まれながらそう思う。数日前までは車どころか人気すらないジャングル暮らしだったから尚更だ。まぁ、この街の人間からすれば俺の方が異常者なのは考えるまでもないが。 (しかし、心なしか…。) 通行人「じろじろ」 おばはん方「ヒソヒソ」 やたらと周囲の視線を感じる。 (俺か?俺を見ているのか?) 注目を浴びるような心当たりはない。そんな有名人に生まれた覚えもない。しかし答えは唐突に俺の前に現れた。 「おお・・これは・・。」 通りかかった店のショーウィンドウに映る無惨にもボロボロでばっちぃ浮浪者の姿。誰かと思えばこの俺だった。そういえば、佐伯家に転がり込んでから顔を洗った覚えはおろか、入浴した覚えも着替えをした覚えもない。見事な不潔マンだった。 「こらアカン。」 マジでシャレにならない。このままではあらぬ疑いを掛けられる。俺は流れる空気のようにその場から逃げ出す。
「はぁ・・はぁ・・ここなら人目につかんだろ。」 決■の覚悟で人混みからエスケープ。そして不測の事態に気付く。 「・・・ここは何処だ?」 冷静に戻って辺りを見渡すと、ただでさえ見慣れない街の更に見慣れない所に突っ立っていた。さっきまで目障りなほど辺りを埋め尽くしていた通行人やらなんやらは不思議なほどに消え失せていた。 「ゴーストタウンですか?ここは。」 誰に尋ねているかは自分でもわからないが、俺の目の前に広がっている人気のない寂れた建物しか無いこの区画はまさにその表現そのものだった。 「出口はどこぞな。」 無我夢中でここまで逃げてきたから当然帰り道などわからない。俺は決して誇れない野生の勘を頼りに出口を求め彷徨う。 チンピラ1「オイ。」 「ハ?」 いかにもガラの悪そうなあんちゃんに後ろから呼び止められる。つーかいつの間に背後を取られたんだ? チンピラ2「ニィチャンよォ、ここを俺等のシマだと知った上で彷徨いてんのかァ?オ?」 「いえ、初耳です。」 チンピラ3「そーかそーか、なら二度と忘れられんように、その臭ェ身体に叩き込んでやらァ・・!」 俺がここにいるのが気に入らないらしく、いつの間にか囲まれていた。その上次々と鉄パイプや果物ナイフなど物騒な物を懐から出し始める。ここらの住人の懐はみんな4○元ポ○ットか? 「臭いは余計だ。」 強気な態度を取ってはいるが、多勢に無勢。しかも丸腰で凶器を持った輩の相手など、いくら無差別喧嘩流継承者の俺でも・・・え?名前変わってる? チンピラ2「ゴチャゴチャうるせェんだよッ!■やァッ!」 「ヒィッ、たしけて〜ッ!」 振り下ろされる鉄パイプを前に、成す術なく少しでも痛みを軽減させられる構えで受け身の体勢をとる俺。
ガッ
パタッ
俺の人生という少し切ないヒューマンストーリーは終わった…。
(
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2004年08月26日 (木) 14時56分 )
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