[65]第T話 - 投稿者:ヤミ
そこは赤に彩られていた 「何でこんなことに…」 惨劇の後が残る、廊下を走りながら少女は思う。 初めはただの遊びだった悪魔召喚、軽い気持ちではじめた結果が今目の前に惨状となって認識させる。 夢なら覚めて…お願い神様…助けて…… だが現実はあくまで現実であり、それ以上でもそれ以下でも無い ――――この世に不思議なことなど何一つなくて―――― ――――取り返しのものなど一つもないのだから――――
あるものは腕がなく、あるものは腹と胸の境界が何処にあるか解らないほど穴があき、そして首のないもの、欠けている部位は様様、だが例外なく死んでいるという理だけは共通していた。 「いやぁ……いやぁぁぁぁぁっ!」 空には深紅の月、それは血潮が作った赤い霧か…
――――――――――――――――――第T話「The Crimson Air」
キィィィンと耳障りな音が鳴り響く、そこに怪しげな二人と、変な格好をした一人が居た。 「いやぁ、帰ってきましたねぇ…ずいぶんと久しぶりです日本の地は」 真っ黒い背広に黒いサングラス、果てはネクタイまでも真っ黒一色という長身の男が脇に居る二人に向かって言う。 「ここまで遅くなったのもアンタのせいじゃないのーッ!」」 そして黒い背広の少女の鉄拳が男の顎に綺麗入った。そしてその後ろで 「あ、あのー…この後はどうしたらいいんでしょう…」 アッパーから首絞めへのコンボを経て痙攣している男を心配そうな目で見つめているごく普通の少女らしき姿をした人物が問う。 「知らないわよ、コイツに聞いてコイツに」 ようやく首しめから開放された男はというと 「……………」 意識が無かった。 「………………脆くなったわねー、年?」 「ど、どどどどどどうするんですかーーー!?」 わたわたと慌てる少女らしき人物に黒服の少女が答える。 「はいはい、どうせ数分で目覚ますわよ、あ、あそこでご飯でも食べに行こうか、行くわよベル」 気絶した黒服の男を放っておいて二人の少女は歩き出す。 「………最近酷いですねぇ、やっぱりイラついてるんでしょうか」 そして数秒で目が覚めた男があとを付いていく。
埋葬機関13課 埋葬の徒 The Fools
「さてさて、やぁっと古巣に戻ってきましたねぇ」 黒い背広から神父服に着替えたジェラルドがヴァチカン本土に戻る前に残しておいた椅子に腰掛ける。 「本来なら古巣はあっちのこと言うんじゃないの?」 同じく背広からシスター服に着替えたヴァルジュリアが椅子に腰掛け、机に肘を乗せておよそ上品とは言えない姿をしている。 「ベルもこちらに来てください、椅子なら腐るほど余ってますからどうぞどうぞ」 そわそわと立ちっぱなしだったベルを見兼ねてジェラルドが椅子を勧める 「あ、じゃあ失礼します…」 カチコチになっている姿を見てヴァルジュリアが思いっきり背中をたたく。 「まーたまた、そんなに堅くならなくてもいいわよ、どうせここは馬鹿の集まりなんだから」 「は、はぁ…」 そこへ一人の黒いマントを上に羽織った胸元には赤い紐で作ったリボンの形にしている黒い首輪をした少女がやってきた。 「………誰?」 ヴァルジュリアが不信そうに見ていると少女は胸にあるポケットから手紙紙を一枚ジェラルドに渡す。 「ご苦労様でしたキーリ、確かに受け取りましたよ」 それだけ渡すと少女は自分の部屋らしい所へまた戻っていった。 「さっきの誰よ?」 不信がるヴァルジュリアにジェラルドが人差し指を上げて説明する。 「エルステル・ユスティーツア・L・キーリ、私たちと同業ですよ。埋葬機関13課のgX、それなりの古参ですね、ああ、中々強いですよ」 「ふーん…それで珍しくここにいるけど、それは?」 「それは私たちが前回ヘマやらかして本土で謹慎受けてましたから、その代わりに日本に派遣されて代理でここの管理をしていたって訳です」 何時の間にかテーブルに3つカップを並べてコーヒーを入れているジェラルドを横目で見ながらヴァルジュリアが質問を続ける。 「じゃあもう帰るんだ、あー、珍しいまともな人かも知れないしちょっと話したかったかも」 少し残念そうな顔をしてカップに口をつけると 「ああ、彼女もしばらくここに滞在するそうですよ、また活発になって万年人手足らずの13課は局所的殲滅系能力持ってる人だけを置いてこっちに送ってるそうですから、戻る必要はないからそこに居ろ、ってわけですね」 「ふーん、でも本当に多いわね、半分以上こっちに着てるじゃない」 「ま、集まる所には監査を置いて、13課に一人殉死者が出ているのなら仕方ないとは思いますけどね…君の仲間になるかもしれない人物、紹介しておいたほうがよいですか?ベル」 突然話を振られたベルがわっと我に返り 「あ、お、お願いします」 まだ緊張しているのかぎこちない答えをしながらベルが答えるのを見て元から細目の目をさらに細くしてジェラルドが答える。 「ではbフ若い順に説明しますか、まずはgUセレス・フォゾリーデ、一応の名目は我々の監査監視を対象としていること、gWは殉死してしまい、今はいないので省きますか、それでさっきのエルステルがgX、私たちの代理ということですが、そのまま共同戦線を張ることになりました」 「そしてgYが私、フルネームはヴァルジュリア・レイピット、他はいいよね?そしてgZは今頃何処にいるのかもしれないけど弓、って呼ばれてるわ、g[が…誰だっけ…」 その一言にジェラルドが吹き出してこっそりと耳打ちする。 「ツェロスですよ、ツェロス・エンディミット」 「そう、それそれ、影が薄いので有名」 何気に酷い事を無神経に述べているが、あながち外れてもいない 「影が薄い……」 「無視して続きを言いますが、g\が私ことジェラルド・リア・カーソンで」 「色ボケ神父よ、あんたもこいつの毒牙には気をつけなさい」 「……うわ、酷いですね、泣きますよ?」 「泣けば?」 「にゃー」 「……………」 一陣の風が過ぎ去った。 「それで無視して言うけど、g]、それがベル、あなたがここに配属されることになった場合の席、つまり今は空席ってこと」 「そしてg]Tがミツルギという少年ですよ、あなたと同じようなくらいですかね、まだ神父見習ですが剣系を扱う戦闘技能は飛び抜けています」 「最後はg]V、これは有名かな、首切判事、アクスト・アンドゥル…あれも一種のバケモノだわね」 適当というか適当過ぎる説明にベルはただ「は、はぁ…」と答えるしかなかった。
本日午前十時三十五分二十八秒、この小さな島国『日本』に二つの災厄が舞い降りた。だが、その事を露知らない世界は、毎日がそうであるように静に時が流れ、時計の針は正午を指した。 その頃、災厄は…… 「もふもふ、ぐぁふっがふっ!」 恰も獲物を捕らえた獣のように殺気を剥き出しにし、鬼気迫る表情で『宙華食堂』と刻印された皿に盛られた麻婆豆腐を、その口へと吸い込むように注ぎ込む。その吸引力はまるで、ブラックホールは大袈裟すぎるとして、ゴミを吸い込む掃除機のようだ。 「なんで、あんな真っ赤な塊を兵器で食べられるかなぁ…。美味しそうを通り越して、命張って」 やや引きながらヴァルジュリアは、驚くような呆れるような蔑むような目で、麻婆豆腐に命を賭ける男ジェラルドを見る。別にこの光景を見るのはこれが初めてでは無いが、やはり目に映る変態は変態なのである。 「でも、はふはふ、美味しい、はふはふ、ですよ、はふはふ、コレ」 香辛料とラー油の塊とも言えるあっつあつの豆腐を口に放りながら、落ち着きのない息づかいと言葉を器用に交わすベル。顔いっぱいに汗を浮かべているものの、彼はこの麻婆豆腐に十分適用できているようだ。だが、これがいけなかった。 「食べるか喋るかどっちかになさい、ベル。飛ばしたら、殺すから」 「は、はい……」 全く笑みを浮かべていない口から放たれた、ヴァルジュリアの氷のように冷め切った一言に、ベルが直前まで身体全体に蓄えていた熱が一気に引いた。 「ヴォウ、ヴァフヴァフヒヴァイデヴハハイホ。ヴィファハイッヴィヒ、ヴヴェハフホ」 「喋るなつってんだろォッ!つーか、何言ってるか分からないしっ!」 「ああっ!?」 「オヴフッ!?」 口から弾丸のように赤い塊を放射しながら、どこの星の言葉か見当も付かない謎の言語で何かを訴える麻婆豆腐に命を賭ける男の顔面に、彼がこよなく愛する麻婆豆腐が盛られた皿が直撃する。ただしそれは、ベルが先程まで食べていた物だったりするのだが。可愛そうに彼は、ヴァルジュリアの光速とも言える手捌きによって、一瞬にして昼食を失う羽目になった。 「あー…、無駄なことに体力使ったら、疲れちゃった。私、寝てくるわ。ベッド、借りるね」 酷く理不尽な物言いと共に、他人の住居をそれとも思わない図々しさと、それを全く気にした様子もない図太い神経を疲労しつつ、ヴァルジュリアは寝室へと続くドアを開ける。 「………」 「ギャァッ!」 開かれたドアの先には、見たことあるような無いような、いまいち記憶と照合できない男が立っていた。流石のヴァルジュリアも、この誰も予想し得ない不意打ちに、思わず悲鳴と共に飛び退く。 「やー、ツェロスじゃないですか。お久しぶりです」 「………」 香辛料とラー油と緑野菜と豆腐まみれで判別も出来ない顔で、麻婆豆腐をこよなく愛する男が、ツェロスと呼んだその男に軽く手を振る。ツェロスはやはり無言で、手を振り替えしてみせる。麻婆豆腐を(中略)男と同じ服装から、彼もまた神父と推測されるが、ひどく暗く感情の失せたその顔は、とても神から祝福を受けているようには見えなかった。 「ア、アンタ…、いつからここに…?」 「……君達がやってくる前から…。ちなみに、この部屋にもさっき居た」 「ぜっ、全然気付かなかった…」 「ツェロスらしいですね〜」 気配など微塵も感じさせず、背景と完全に同化していたツェロスの存在は、彼女達はおろか世界を見下ろす神でさえも気づけないだろう。それほど、彼の存在感そのものが、極めて希薄なのだ。それはもはや人間と言うよりは、ゴーストや悪魔と言った類に近いかもしれない。それを退治するのが、彼らの仕事でもあるわけだが。 「もしかして、この人が影の薄いツェロスさんですか?」 「………」 「…そんな、恨めしそうな目で見ないでよ…」 悪気は無いのだろう。だが、しかし、本人の汚点でもあるべき影の薄い云々の部分を、意図的かと思わせるほどにはっきりと大声で口にするベル。 ただでさえ暗いツェロスが、さらなる漆黒のオーラーを身に纏って、哀しみと避難と恨み辛み以下略の隠った視線で、ヴァルジュリアを刺す。 「それで、何故あなたがここに?」 ベルから渡されたタオルで、やっと赤々としていた顔面をすっきりさせた麻婆豆腐と身を共にした男が、ツェロスに尋ねる。 自分に声が掛けられたことで心の深い蟠りが解けたかのように、先程までの陰湿極まりない黒いオーラが彼の体からかき消えた。 「……セレスの頼みで君達を待っていた…」 「だったら、もっと早く声を掛ければ……はっ」 「………」 蚊の泣くような今にも空気の中に、消え失せそうな声でボソボソと呟くように言うツェロスの言葉に、自らの意見を率直に返そうとするヴァルジュリアだが、すぐにそれを後悔した。 再び黒のオーラを纏って自分を恨めしそうに睨む彼の様子から、何度も何度も声を掛けていたのにもかかわらず、全く気付かれなかったという凄惨な経緯が容易に推測できたからだ。 「……ごめん」 自分に非があると大々的に認めたわけではないが、とりあえず謝ってみるヴァルジュリアだった。それほど、ツェロスの身震いするほどの寒気を与える視線が、耐え難かったからだ。 「なかなか、お茶目な人なんですね、ツェロスさんって…」 「何考えてるか、全然読めないんだけどね」 小声で自分に話しかけるベルに、ヴァルジュリアは実に率直に物を言う。 「ところで、セレスの言いつけで私達を待っていたからには、それなりの用件があるのでしょう?」 「……」 一人の男の、全てを引き込むかのような黒いオーラをものともせず、麻婆豆腐と身を共にした男がこの如何ともしがたい、居づらいことこの上ない空気を断ち切る。 ツェロスは忽ち黒のオーラを消し、無言でスローに頷く。 物事を深く考えないマイペース男もこういう時には役立つ、とヴァルジュリアは思った。 「…では、セレスの言葉をそのまま伝える…。コホン…えー、ジェラルド、ヴァルジュリア、長旅ご苦労様。せっかく帰ってきたというのに、直接で迎えることが出来ない非礼をお許しください。非礼ついでに……」 「キモイから、やめれ」 声質まで出来る限り女性のそれに近づけ、セリスという人物を真似たと思われる極めて上品で端正な口調で、語り始めるツェロス。本人としては、軽いジョークのつもりなのかもしれないが、周囲に与える悪寒と精神的嫌悪感は相当な物であった。 結果、程なくして表情を引きつらせたヴァルジュリアの一言の元、それは潰えた。 「…コフン。…単刀直入に言うと、最近この辺りで多発している事件の捜査に、二人も加わって欲しい、らしい…」 「事件、ですか…」 再び声質口調を常時の物に変えたツェロスの言葉に、麻婆豆腐と(以下略)改めジェラルドの顔が険しさを帯びる。と言っても、元が元だけに、つくり自体が笑っているような顔に、変わりはない。 「帰ってきたばっかなのに〜」 「……そう言ってサボらせないために、直接がオレが来た…」 「なるほどなるほど、さすがはセレス。抜け目がありませんねぇ〜」 姿見えぬセレスに、ジェラルドは感心したように、うんうんと何度も頷いてみせる。実際、彼女のこの配慮がなければ、そうなりかねなかったからだ。
時が進むことを止めない限り、必然的に昼から夕方、そして夜が来る。 街を彩る闇が深まるにつれて静寂だけが、その夜を支配する。―――ハズだった。 「ハッ…ハッ…!」 一定の間隔で短く漏れる呼吸音。それからは、疲労と焦り、そして恐怖が感じられた。 少女だ。高校生ほどの少女が、何かに追いかけられているかのように切迫した表情で、夜の路地を駆ける。だが、その背後には人影はおろか、犬や猫などの獣の姿さえない。ただひたすら、闇が広がっているだけだ。 「誰か…誰か、助けて…!」 今にも号泣してもおかしくないほどに顔を歪め、瞳に涙を浮かべながら助けを求める少女。 だが、それに応える人間は誰一人いない。周囲に人がいないわけではない。彼女を囲む塀の向こうにはいくつも人家があり、灯りも点いている所から生活の様子があるのは一目瞭然だ。それにもかかわらず、少女の元へと歩み寄る者は誰一人としていない。それどころか、関わりたくないようにカーテンを閉める家が続出していた。 「誰かぁ―っ…!」 夜を支配していた静寂を、少女の恐怖に染まった悲痛な声が侵す。ただ、それだけだった。
「……ちょっと、自販行ってくる」 麻婆豆腐と(以下略)もといジェラルドが『古巣』と称する古びた教会。その主用出入り口のドアの前に、ヴァルジュリアは立つ。その表情は、僅かながら苦悶に歪んでいた。心なしか、唇も紅く染まっている。 「おんやぁ?どうしたんですか、ヴァルジュリア?もう夜も遅いですよ?」 その原因と思しき1容疑者が、脳天気な顔を部屋の扉から覗かせる。それは当然、彼女に忽ち火を注いだ。 「どうか、したぁっ!?あんたが無理矢理あの赤い塊を食べさせたりしたから、口ン中が辛くて熱くて痛くてしょうがないのよ!どうしてくれんのよっ!バカァッ!!」 妙に説明的な愚痴を大声で叫びながら、彼女の目からは涙が溢れ出ていた。彼女の言う赤い塊とは考えるまでもなく、ジェラルドがこよなく愛するアレだろう。 「好き嫌いはいけませんよ〜。シスターたる者、何でも食べれるようにしないと……」 「あんなモン、喜んで食うのはアンタくらいよっ!」 今まさに迷える子羊に教えを説く神父そのもののようなジェラルドの言葉を最後まで聞かず、ヴァルジュリアは飛び出すように、教会を後にする。 だがその後も、延々と講釈を続けるジェラルドの姿があったそうな。
「自販機自販機、っと。それにしても、妙に静かね…」 冷たい飲み物をたんまり詰め込んだ自動販売機を求めて、ヴァルジュリアは暗い路地を、一人歩く。 まだ一般的な就寝時間には早いというのに、次々と通り過ぎる人家からは、生活の気配が全くしない。閉められたカーテンから僅かに灯りが漏れているところから、人がいることは確かなのだが。 「あ〜、気味悪…。早く、何か買って帰ろ」 と、やや早足で、彼女がひたすら闇の中を歩いていると、 「だ、誰か…!」 「ん…?」 前方から弱々しい声と入れ替わりに、人影が近づいてくる。闇の中、人間らしい形としか把握できなかった影は、次第にその風貌を露わにしていく。 少女だ。自分と同じくらいの少女が、ひどく引きつり青ざめた表情で駆けてくる。 「た、助けて…!」 「ちょっ、どうしたのよ…!?」 少女はヴァルジュリアの胸に飛びつく、というよりは突撃するようにその身に縋ると、気持ちが先行して上手く喋れないという風に、彼女に訴えかける。 当然、ヴァルジュリアには目の前で起こっている現状が、全く把握できない。この急展開に、完全に置いて行かれている。 「アイツが…アイツが…!」 「アイツ…?」 何か得体の知れない恐怖に怯えきった少女の様子に、ヴァルジュリアの視線は自然に、彼女の背後へと映る。 その先に広がる闇には、血のように真っ赤な眼光が、まっすぐこちらを見据えていた…。
---------------→Alternation
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2005年02月15日 (火) 00時26分 )
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