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[43]でべとライと 第1章「裏のある街」A - 投稿者:イシュ

「久しぶりのベッドだぁ」

町長邸にあったのを借りたパジャマに身を包み、綺麗にメイクされたベッドに飛び込むライ。
この街に辿り着くまでの間はずっと野宿続きだった事もあり、フカフカの心地よい感触が返ってくる羽毛ベッドにすっかり心を奪われてしまう。

「ちょっと待つです」

ライの小柄な身体が沈むベッドのやや下から声が。

「一体この差は何なんですか〜!」

ライ達が通された個室に用意されたベッドは一つだけで、それはライが使用しているが、でべに用意されたのはやっと身体が収まる程度の揺りかごとシーツ一枚だけだった。

「すー……すー……」
「………寝てるし」

でべの声が届く前に、ライの意識は深いまどろみの中にあった。
仕方なく今宵はこの揺りかごと共に過ごす事にするでべ。
ライのベッドに入り込みたいところだが、ベッドに飛び込んだ姿勢のまま眠っている彼女をどけてまで、ベッドを物にする気にはならなかった。
そして、一人と一匹はこれまでの疲れもあって、これ以降一度も目を覚ますことが無いまま朝を迎えることになる。



「講演会…?」

二日目の朝を町長邸で迎えたライ達は、夕べと同じ食堂で朝食をとる。
そんな中、町長から一つの話を持ち上げられる。

「うむ、恥ずかしい話じゃが、街の者のほとんどは町から一歩も出たことがなくてな。ワシとて年に1,2回くらいしか出ておらん」
「ふーん…」

パンをかじりながら、町長の話を耳に入れるライ。
街から出たことが無いというのも、この街の特殊な位置のためだと推測し、それ以上は考えなかった。

「そこでじゃ、嬢ちゃんから皆に旅の話でもしてもらえんかの。外の世界の話など、街の者も喜んで聞いてくれることじゃろう。どうか、頼まれてくれんかの?」
「いや、街の人達に聴かせるなんて……そんな大層な物じゃないってゆーか…」

町長の申し出に、頬を紅潮させてあからさまな照れ隠しをするライ。
大勢の前で何かを話すなど、今まで経験したことの無い事を迫られ、彼女は舞い上がっていた。

「おぬしがこの街にやって来たのも何かの縁じゃ……どうか、どうか頼まれてくれんかのぉ?このジジィもあんたの話が聴きたいのぉ……ゴホッ、ゴホッ」
「う……」

事情も事情だからか、町長に退く気はないと思われる。
その事情もわかるが故に、ライはこの申し出を断るに断れない。
そして苦悩の末、結論を出す。

「わ、わかったよぉ……でも、ホントたいしたモノじゃないからな」

念を押しながら、顔を紅くするライ。
その横でひたすらマイペースに食事を取るでべ。

「おぉ、恩に着るぞぉっ!」

歓喜の表情でライの小さな両手を握る町長。

「い、いやぁ〜……」

町長の喜ぶ様に、少々引き気味ながら手を握られているライ。
その隙にライの食事まで口に突っ込んでいるペンギンが一匹。

「って、私の分まで食うなっ!!」
「ギュニュッ!?」

しかし、即座にライのチョップを脳天に受けるでべであった。



それからあっという間という表現がピッタリなほど時間が経ち、街は夕焼けで紅く染まっていた。

「講演会、大絶賛でしたねー」
「うん…」

用意された部屋のベランダから夕日に照らされた街を眺めているライとでべ。
でべの声に、気の無い声で返すライ。
心ここにあらずというのはこういう事を指すのだろう。

「みんな喜んでましたねー」
「…そうだな」
「にゅー……」

いくら言葉を掛けてもライの耳には入ってないように思えたでべは、その場を離れようとする。
いつもなら、軽口、悪口でライを刺激するところだが、今の彼女にはそれも気が引ける空気が漂っていた。

「なぁ、でべ……」
「にゅ?」

でべが背中を向けると、やっとライの方から口が開く。

「この街っていい街だな…」
「にゅ?」

ずっと遠くを見つめるような瞳をしていたライが、そんな言葉を漏らす。
いつもと違うライの姿にでべは首を傾げる。

「いっぱい歓迎してくれて、私のつまんない話をあんな真剣に、楽しそうに聴いてくれてさ……」

どこか儚げな表情で言葉を続けるライ。
その姿に、普段のガサツで豪快な彼女は微塵も感じられなかった。

「街を見て回ったけどさ…私が通る度にみんな、いい顔で笑ってくれて、話しかけてくれて……私まで何か楽しかったよ…」

いくら気丈に振舞っていても、彼女は14歳の少女に過ぎない。
それまでの一人旅から思うこともたくさんあっただろう。

「にゅー……」
「あ……悪い悪い、急にこんな事話しちゃって……。私、どうしちゃったんだろうな」

でべの心配そうな声を聞き、我に返ったようにいつもの自分の戻るライ。
しかし、無理やりに作ったようなその笑顔が、どこか哀愁を思わせる。



「どうじゃったね?この街は?」
「いい街だよ、住んでる人もみんないい人で……今まで寄った街とは違ってて…」

夕食の時間、スープを口に運んでいるライに町長が唐突に声を掛ける。
ライも気を許したのか、今朝よりも気軽な口調で話しに応じる。
しかし、今まで立ち寄った街の話に触れると、自然と表情が曇ったのが解る。
それまでの街にはあまり、いい思い出がないようだ。

「気に入ってもらえて何よりじゃ…我々もおぬしがこの街に来てくれて嬉しいよ」

そう言いながら湯飲みに手を伸ばし、茶をすする町長。
その姿は今までの苦労が半端なものではなかったということを思わせるほど、疲れたように見える。

「……」

自分はこの街では必要とされている。
そう思うと、ライは無性に嬉しくなり、その顔に笑みが出来る。
しかし、そんなムードをぶち壊すように、彼女の横で豪快に夕食を飲み込んでいるペンギンが一匹。

「空気読めっ!」
「にゅごっ!?」

ライの肘がでべの脳天に決まった。

「……お嬢ちゃん、本当にありがとうのぉ…そして、すまん」
「……へ?」

唐突に意図の見えない話を切り出す町長に、間の抜けた声を出すライ。
しかし、異変はすぐに訪れた。

「う…ぁ……?」

目を開けているのも辛いほどの、異常な眠気。
ライの意識はあっという間にまどろみの中へと消えた。
ライでも我慢の出来なかった眠気だ。
横ではとっくに寝息を立てて幸せそうに眠っているでべが。

「すまんのぉ……嬢ちゃん」

椅子から転げ落ちて、安らかな寝息を立てているライを見下ろしながら町長がつぶやく。
眉毛に隠れたその瞳は哀しみが溢れていた。

( 2004年10月27日 (水) 00時28分 )

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