[42]でべとライと 第1章「裏のある街」@ - 投稿者:イシュ
でべとライと裏のある街
ひたすら続く山道を、ひたすら続く同じ情景を眺めながら、ひたすら足を動かし突き進む。 終わりの見えない進路に体力の消耗はもちろんのこと、心労も募る。 そして、何より。
でべでべでべでべでべ
「……っ」
背後から絶え間なく聞こえる珍妙な足音。 それが彼女に言い様のない不快感を与える。
でべでべでべでべでべ
「あぁ〜〜っ!うるせえぇっ!!」
放出出来得る限りの怒声を、背後の不快の元凶に叩き込む少女。 少女は十代の半ば頃、長い金髪のツインテールに蒼い大きな瞳を持つ顔は幼げで、その身には帝都中央スクール中等部の制服を着込んでいる。 スカートから見え隠れする右太股には、しっかりと固定されたナイフと思われる鞘が下がっており、背中には自分の体よりやや大きめのリュックを背負っていた。 少女はすこぶる不機嫌である。
「にゅ?何をそんなにイライラしてるんですか〜」
返ってきたのは何故怒鳴られているのか皆目見当もついてないペンギン・でべの顔だった。 その後、少女・ライの怒りの全てを込めた鉄拳を受けたペンギンがいたというのは語るまでもないだろう。
歩き続けること子一時間……山道を突き抜けた向こうの町にたどり着いた頃には、手に持った棒でやっと自分の体重を支えていられるような状態のライであった。
「もうダメだ……歩きたくね。早く宿をとって寝たい……」
ガクガクと肘を震わせてやっと地に足をつけているライを、真っ赤な夕日が照らす。
「にゅ〜、それが年頃の女子のセリフとは思えないですね〜。ババァですね、ババァ」
その後まもなく、でべは自らの毒舌の報酬を受け取ることになる。 ライの残りの体力全てを込めた暴力を一身に受けることで。
ガヤガヤ
「ん…?」
コブだらけでもはや顔の識別など出来ない有様のでべの胸倉(?)を掴み上げ、もう一発拳打を打ち込もうとするライだが、いつの間にか自分達が街の住人達の注目の的になっている事に気づく。
「………」
住人達の珍しいものでも見るような視線で平静さを取り戻し、ゆっくりと視点を自分が今掴んでいる物体に移すライ。 これ以上無いというくらい立派にペンギンだった。 もちろん、往来のど真ん中でペンギンに暴行を加えている人間など、この街には彼女くらいしか存在しない。 つまり浮いていた。
「あー……えっと…」
様々な考えが飛び交いする頭で、必死に言い訳を思案するが、パニック状態の彼女には無理な話だった。 困惑しながら突っ立ているライに、不意に歩み寄ってくる青年が一人。
「ねっ!ねっ!君、どっから来たの?」 「へ?」
しかし、喜びを含んだ表情で自分に接して来る青年を前に、てっきり非難を受けるものと思っていたライは唖然とする。 そして、それを皮切りに彼女達に視線を食っていた住人達がどっと押し寄せる。
「一人で旅かい?大変だっただろう」 「疲れてるだろう、良かったらウチの宿へ泊まっていてくれ」 「このペンギン、カッワイイ!あなたのペット?」 「おやまぁ、こんなに若いのに旅かえ?」
嵐のように次々と声を掛けられるライ。 まるでアイドルが熱狂的なファン達の歓声を浴びているように。 住人達のライへ示す興味はやや異常であった。
「あの……ちょっと…」
ただでさえ長旅の疲労が消えてないライにとって、住人達にもみくちゃにされるのは嫌悪こそ感じないが、快きものではなかった。 それは、先ほどから子供達に身体を引っ張られて弄ばれているでべも同じであった。
「これこれ、皆の衆。久方ぶりの来客で嬉しいのは解るが、少し鎮まりたまえ」
ライ達を中心に波のように集まっている住人達が一歩退いて一本の道を作る。 そこから歩いてきたのはかなりの高齢と思われる老翁であった。
「はじめまして、お嬢さん。ワシはこの街の町長を務めている者ですじゃ」
自己紹介する町長に、「ども」と会釈するライ。 子供達の玩具にされているでべにはその余裕も無い。
「ここまで来きて、さぞ疲れただろう。今夜はひとまずワシの家に泊まっていきなさい」 「え…?でも……」
宿代が浮くのはけして嫌な事ではない。 しかし、初対面の人間の家に突然泊まりこむというのは、あまり経験も無く、気も引けた。
「個人的にお前さんと話がしたいんじゃ…。老い先短いジジィの願いを聞いておくれ、可愛いお穣ちゃん」 「……」
「可愛いお穣ちゃん」という言葉に少しくすぐったさを感じつつ、首を縦に振るライ。 ここまで言われて無碍に出来るほど彼女は冷めた人間では無いし、長老の話というのも気になったからだ。 長老の後に付いていくライ達を惜しみながら見送っていく住人達に、背中から疲れを感じたライであった。
「街の者の歓迎には疲れただろう。でも悪く思わんでくれよ。街の外の人間を見るなど久しぶりじゃからな」 「久しぶり…?」
町長という立場ゆえか、ライ達が招かれた家は街で一番目立った豪邸であった。 豪華な装飾に彩られた広大な部屋へ、ミルクティーの出されたテーブルに落ち着き無く座っているライとでべ。 このような場所に招かれるなど、これまではもちろんこと、もう二度とあり得ないだろうと思う一人と一匹であった。
「お前さんも知ってのとおり、この街は来るまでの道が難所でな。当然のことながら立ち寄る人間が極わずかなんじゃ。たまに商人がやって来る程度じゃな」 「ふーん…」
ミルクティーを口に含みながら長老の話を聞くライ。 この街までの道のりが難所なのは、自らの身体で思い知ったばかりであったからうなずける。
「そういうわけでじゃ、久しぶりの客人に皆も喜んでるだけなんじゃ。気を悪くせんでくれ」 「はぁ……別にそれはいいんだけど…」
とある目的のための旅で偶然立ち寄った街で、盛大(すぎる)な歓迎を受け、さらに町長の話を聞いて恐縮するライ。 ただの旅人に過ぎない自分の存在をありがたく思っているこの街の住人にたいして、どこか罪悪感めいた感情があった。 自分は本当に偶然立ち寄っただけなのに……
「ところで、この街へはどれくらい滞在する予定かな?」
これが本題とばかりに、唐突に話題を切り替えて尋ねる長老。
「え…?んと、別に決めていないけど……」
特にこれといった意味が無い質問かと思い、深くは考えずに返答するライ。
「なら、しばらく滞在してくれんかね?街の者に旅の話でも聞かせてやっておくれ」
ライの返答を聞くと、シワだらけの顔で笑顔を作る町長。 とは言っても目は太い眉毛で、口は長い白髭に隠されていて、顔のつくりでしか認識できない笑顔であったが。
「さて、話はくれくらいにして食事にしようか」
そう言うと、横に控えていた使用人と思しき女性になにやら合図を送る町長。 使用人はペコリと頭を下げると、早々とした足取りで部屋から去っていった。
「……!」
「待ってました!」と声を大にして叫びたかったライだが、場所が場所だけに、その欲求を押し殺して黙って席に着いていた。 でべに関しては、幸せそうな顔でテーブルに身体を乗り出していた。
「は〜…生き返る〜……」
鬼気迫る勢いで食事を終えた後、家一個分はあると思われる広大な浴場に落ち着かないながらも、湯船に浸かって今にも昇天してしまいそうな心地になるライ。
「きゃー、ライさんババくさ……」
頭に手ぬぐいを乗せて、さも当然のように湯船に浸かっているペンギンが、お得意の悪態を披露するが、瞬時にライの放った桶の直撃を受け、湯の底に消える。
「……最初はちょっと戸惑ったけど、たまにはこういうのもいいかもな…」
湯船に身をゆだねながら、豪華に彩られた天井を見つめるライ。 長いこと旅を続けていたが、今までどの街でも受けたことのない待遇に、彼女は快楽にも似た感情を抱いていた。
「にゅ〜……でも、ちょっと気持ち悪いです〜」
プカプカと仰向けの状態で湯船に浮くでべ。 その風貌はまるで玩具か何かであるが、彼女は立派な生き物である。
「んぁ?何が…?」
完全にくつろぎモードで、気の抜けた声をでべに掛けるライ。 心なしか、顔もとろけているように見えていた。
「やれやれ、ライさんは舞い上がりすぎです〜。あ、普段から鈍感でし……」
二言目には悪言が飛び出すのが災いし、ライによって桶で湯船の底に押し込まれ、続きを話しことなくでべは沈んでいった。
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2004年10月27日 (水) 00時26分 )
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