[198]W企画ノベライズエピソード 第1話「Aの捕物帳/猿を訪ねて三千里」H - 投稿者:matthew
水都のあちこちを駆け巡る水路は、そのまま街の生活や景観の一部となっている。いわば第二の道路のようなものだ。その道は様々に張り巡らされ、複雑なルートを描いている。 だが、普通の道路と違うのは水路の流れが一方通行であることだ。車のように対向する流れが存在しないため、決まりきった方向にしか進むことが出来ない。そしてそのパターンさえ把握してしまえば、記憶するのは難しくはないことだ。特に、土地勘のある人間にとっては。
「――ギギギギギギギ……」 レンガ造りの橋の下で水面がわずかに濁り、その奥で目を光らせる“何か”が周囲を用心深く探る。敏感な本能が告げる勘を、静かに待ち構えている。 何故か、“それ”は胸騒ぎを感じずにはいられなかったのだ。追跡者の姿は見えないのに、どうにも危険が去ったようには感じられない。しつこくまとわりつくような気配は消えずに、今でも“それ”の近くにあるようだった。果たしてその根拠は本来持っていたはずの野生からのものか、それとも手に入れた力がもたらした特殊な力か―― そして、その危険の正体は。堂々と“それ”の目の前に現れた。 「はい、鬼ごっこはおしまいだぜお猿さん」 「!」 橋の上に現れたのは、バッグからデュアルドライバーを取り出した先斗。その表情には確かに不敵な笑みが浮かんでいる。人間の表情を動物が汲み取ることが出来るのかどうかはさておきではあったが、少なくとも“それ”は、明確な敵意を先斗からひしひしと感じていた。 「この先には十字路がある。車と同じように縦横の流れを交互に止めたり開放したりして、水の流れをコントロールしてる十字路がな。残念ながら今お前の乗ってきた流れは、“赤信号”の真っ最中だ……説明しても分かってはないんだろうけどな」 「ギャギャウッ!」 逃げられないことを察知し、“それ”――アシッド・ドーパントが水面から飛び出して橋に降り立つ。周囲に人気はなく、大きな騒ぎになる予感がないのが先斗には幸いだった。これで心置きなく戦うことが出来るのだから。 「ありがとよ、素直に出てきてくれて。みぎり、行くぜ!」 「おっけー、任せてっ!」 リボルギャリーの中で待機していた“相棒”と呼吸を合わせ、ガイアメモリを取り出す。指先が叩いたスイッチで、メモリが叫ぶ。 『ウェイブ!』『ストライカー!』 「「変身!!」」 「ギャォオオオッ!!」 自らと似たような力を持つ“敵”の出現に、アシッド・ドーパントは先手を打った。身軽な身体能力で高く飛び上がると、鋭利な爪を敵に向けて振り下ろす。 だが、それに対して先斗は見事に反応した。デュアルへと変身を遂げながら、その爪を振り抜いた左足で迎え撃つ。 「っはぁあ!!」 「ギィッ!」 右手を払われたアシッド・ドーパントは、四肢で吸い付くように見事な着地をして態勢を立て直した。どうやら爪の先にも酸は浸透していたらしかったが、蹴りを見舞った左足へのダメージは深刻ではない――まるで埃を払い落とすかのように左足を手で払って、デュアルはアシッドを指差して男女ユニゾンの声を発した。 「「さぁ、飼い主のところへ運んでやるよ!」」 「ギシャアッ!」 怒りを表すかのように爪で地面を一掻きして、再びアシッドがデュアルへ襲い掛かる。最初の戦いでは不覚をとったが、デュアルはすでに敵の特性を把握し対処法を考えていた。 「お兄ぃ、接近戦はダメダメだからねっ!」 「わーってるよ、チマチマ削ってやらぁ!」 『ハンター!』 左手に取り出した緑色のメモリが、内蔵された記憶の声を叫ぶ。ストライカーのメモリを引き抜いたデュアルは、代わりにそのメモリを左のスロットへと挿入した。 『ウェイブ!』『ハンター!』 「ギャギャッ!」 「はっ!」 繰り出された一撃を飛び退いて回避したデュアルが、左半身を白から緑へと変化させる。左手の中に現れた弓・ハンターアローに右手を添えると水の矢が束ねられたかのように数本出現し、右手を引くアクションと同時にアシッドへと放たれた。 「ゲギャアアッ!」 予想だにしなかった反撃にアシッドが後退し、苦悶の声を上げる。だが飛び道具ならアシッドにもあるのだ。体内を駆け巡る強酸性の体液が口へと逆流し、砲弾となってデュアルに放たれる。 「ギュゥアッ!」 「残念、その手は食わないぜ!」 だが、デュアルは逆にその体液に向かって水の矢を放った。するとどうだろう――体液は水の矢に貫かれてその形を崩壊させ、呆気なく弾け飛んだではないか。そしてそのまま矢はアシッドの体を捉え、見事に貫いていく。 「!?」 矢の形へと収束された水は、いわば金属をも貫く高圧水流のカッターと似たような働きを持っていた。放たれた体液よりも水圧が高められていたために容易く打ち勝つことが出来たのだ。 「そらそら、ボンヤリすんなよ!」 立て続けに水の矢がアシッドの体を穿ち、強化変異した肉体の細胞を削り取る。いかに素早い反応速度を持っていても、こうなってしまえばただの的でしかなかった。あらゆる攻撃手段を封じ込まれたアシッドは、動けないままどんどんと矢を浴び続けるしかなかった。デュアルの左目が点滅し、明るい声で“相棒”を鼓舞する。 「よぉ〜っし、そのままいっちゃえいっちゃえっ!」 「悪いな、大人しくしてくれ……いい子にしてればすぐに元に戻してやるからな!」 アシッドの体勢が崩れ、徐々に全身の力を失っていく。先斗は決着を確信し、ハンターアローの弦にかけていた片手を軽く振って力を入れ直した。次の一矢で止めにするつもりなのだ。 「さあ、一気にこのままメモリブレイクで――」
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2010年07月11日 (日) 23時52分 )
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