[195]W企画ノベライズエピソード 第1話「Aの捕物帳/猿を訪ねて三千里」G - 投稿者:matthew
「ここの水路の通り道は大体俺の頭ん中に入ってる。エーテルが逃げ込んだポイントからつながってる道筋の候補は全部データにインプット済みだ」 「で、お兄ぃのそんな頼れる土地勘を元にみぎりんが情報を送るからっ」 「なるほど、頼りになる水先案内人……ってわけだね」
メゾンギャリーで立案された作戦内容は、水都出身ということもあって地理に詳しい先斗と、その相棒であるみぎりのパソコンによるバックアップを受けるというものだ。ガレージのハッチが開き、マウンテンバイクに跨った先斗と零太がヘルメットをかぶって頷きあう。 そのヘルメットはみぎり特製の『紅院キャリーサービス』オリジナルのもので、インカムを内蔵してリアルタイムでみぎりと通信が出来る機能を備えたものだ。そして、そのみぎりはというと薄暗い部屋の中で小さな椅子に座り、指をわきわきと動かしながら悪戯っぽくひとつのスイッチを叩く。 「さぁ〜て、と。ポチっとな!」 すると、暗闇の中に無数の四角い光が灯り始めた。その光が浮かび上がらせたのは、積み上げられたように並ぶパソコンの要塞。みぎりの愛用する改造パソコンである。キーボードを叩く指が軽やかに踊るように文字を打ち込み、広大なネットの海へと情報を打ち込んでいく。そのスピードはまるでビデオの早送りのような目にも留まらぬ速さだ。これこそが、先斗がみぎりを“相棒”と呼ぶ所以である。 「おともだちの皆さん、ご協力よろしくっ」 彼女のパソコンが映し出す無数のモニターは、全て異なるWebページを映し出している。しかしその全てが、他でもないみぎり自身の手で生み出された水都最大のサイトの一部なのである。そしてそこにアクセスする人間の全てが、みぎりにとっての大切な友人でもあり、情報源でもある。 みぎりが打ち込んだキーワードを元に、その“友人”たちが好き放題の書き込みを送信していく。普通ならば膨大すぎて一人では捌き切れないその情報量を、大きな目をくりくりと動かしながらみぎりは単独で処理していく。真偽入り混じったその情報の中から、必要な情報だけを見つけ出しているのだ。 「おぉ〜、きたきたっ! 目撃情報もあるあるっ! お兄ぃ、探偵さん、聞こえる?」
「ああ、ばっちりだぜみぎり!」 狭い路地を抜けながら、先斗が自転車に跨り応答する。そして別の路地を抜ける零太もまた――応答しようとして、バランスを崩した。 「うわっ、とと……急に話しかけないでくれよ、自転車は子供のころ以来なんだから!」 バイクでの移動ならともかく、今使用しているマウンテンバイクは『紅院キャリーサービス』で先斗が使っている、特別なチューンナップを施されたものだ。ただでさえ久しぶりに自転車に乗る先斗にとっては、扱いの難しさにも拍車がかかる。 「それっぽい目撃情報、やっぱり結構あるみたい。変な化け物が水の中から顔を出してるって」 「どっかの街のアザラシみたいに、可愛げがあればまだマシだけどな」 軽口交じりに、先斗は軽やかにターンを切って十字路を抜ける。みぎりの集めた情報から、逃げ込んだルートを頭の中で絞っているのだ。と、バランスを立て直しながら零太がむきになって声を荒げた。 「……っ、猿だって可愛いんだぞ!」 「いいからアンタは自転車に集中しろって、慣れてないんだから!」 生来の動物好きの性なのか、黙っていられない零太は自転車の操縦もそこそこに熱弁を振るい始める。 「い〜や、断固として言わせてもらう! 可愛いのは犬や猫だけじゃないんだ、そもそも動物ってのは……!」 「相手はドーパントだろ! あぁもう、いいから早く探せって!」 「あ〜もう自転車なんか乗ってられるかぁ! 探偵は足だ、足こそ第一!」 とうとう自転車を放り捨て、零太はインカムつきヘルメットだけを片手に走り出す。扱いなれない自転車よりは徒歩のほうが早いと判断したのだ。しかし、その行為が今度は先斗の怒りに火をつけた。 「くぉるぁあっ! チャリ捨てんなこの野郎、俺の商売道具をぉ!!」 「何だよ、そっちだって猿を馬鹿にしただろ!」 「だからって商売道具を傷つけていい道理があるかぁ!」 インカム越しに飛び交う、愛するものを傷つけられた二人の怒号。そのやりとりに呆気なくせっかくの情報を消し飛ばされたみぎりは、ひたすら頭を抱えて嘆くしかなかった。 「ち、ちょっとやめってばお兄ぃも探偵さんもぉ! ぁううううう!!」
しかし――そんな賑やかな大捕物のよそで、一人雨は神妙な面持ちで教会へと戻っていたのだった。どうしても、エーテルがガイアメモリを使ってドーパントになったことに納得がいかなかったのだ。 (やはり、偶然とは思えない……あのエーテルの変貌は、普通のドーパントのものとは違っている) 通常、ドーパントは体にガイアメモリを挿入することで初めて肉体が変質し、怪物の姿となる。しかし自分たちが相対した時、エーテルはガイアメモリを使うどころか手に取った様子もなかった。さながら自動的とも言える変貌を見せたのだ。それは“正規の手段”でエーテルがドーパントになったわけではない証拠のように思えた。 (裏があるのは間違いないとして……怪しいのは、やはり依頼だ) では、おかしいところとはどこなのか。零太のところに今回舞い込んだ依頼は単なるペット探し、それ自体は別に特別なことはないが――何故彼のところだけではなく、先斗たちのところにまで同じ依頼が舞い込んだのか。ましてや、零太は自分でペット探偵と名乗るくらいにそちらの分野に精を出しているし、探偵業界がどの程度水都に普及しているかを別としても、零太だけに任せても十分すぎる信頼はあるはずだ。その分野に関しては、間違いなく零太はプロなのだから。 (何故零太だけに任せなかった? まさか、こういう普通ではない事情があることが分かっていたから別の人間の手も借りようと……?) と、すれば導かれる答えは――やはり麻生マルコもそのメモリのことを知っている。あるいは彼女自身が本来のメモリの所有者で、何らかのトラブルでエーテルがそれを持っていなくなってしまったというところだろうか。 しかし、それは同時に新たな疑問の浮上を意味する。麻生マルコは一体、何のためにメモリを手に入れたのか? 「……やれやれ。本当に面倒なことになりそうだな……」 雨の描く予想は、どんどんと悪い方向へと広がっていくばかりだった。
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2010年05月25日 (火) 21時37分 )
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