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[189]W企画ノベライズエピソード 第1話「Aの捕物帳/猿を訪ねて三千里」A - 投稿者:matthew

 護剣零太。曲がりなりにも探偵の端くれである彼ではあったが、彼の元に舞い込んで来る依頼は事件の捜査協力でも浮気調査でも、ましてや人探しでもない。もっぱらペット探しがほとんどである。
 だが、彼はそのことを微塵も苦に感じたことはなかった。むしろ動物好きの彼にはまさに願ってもない状況だったからだ。だから少ない報酬であってもその依頼を喜んで引き受ける。そしてそんな程度の報酬では事務所が大きくなるなどあるはずもなく、あんなプレハブ程度の小さな事務所でも、零太自身は何も不憫さを感じていないのだ。
「さぁ〜て、どこに行ったかな……っと」
 大通りを気持ち足取りも軽く数歩前を歩く零太を呆れて眺めつつ、普段着のジャージ姿にボサボサの黒髪のウィッグをかぶった雨が続く。もう、彼女の心中には微かな期待もない。強いて言うならば、零太の事務所がようやく立ち退くかもしれないと希望を寄せていた自分への絶望感くらいだ。
「……何でそうキミはつまらない依頼でも嬉々として乗ってやるんだろうね」
「依頼につまらないもつまらなくないもないでしょ、雨姐さん。そういう冷たい物言いはナシだって」
 行き交う人々にマメに挨拶を返しつつ、零太が返す。そういうお人よしな彼の性分は好感の持てるところではあったが――雨には時々それが疎ましくもあった。そのお人よしに巻き込まれるのも時には考え物なのだ。そういう時に限って、見返りなどあるはずもないのだから。
「それに、言ったろ? もしかしたらホントに事務所を大きく出来るかもしれないって」
 しかし、零太はそれでもそんな見返りに大きな期待を寄せている。今回はどうやら単なるお人よしだけが動機というわけではないらしい――期待などはもうとっくに失せていたが、雨はどうしてもそこまで自信たっぷりな彼の言葉にもう一度興味を向けてみることにした。
「こんなペット探し程度で、それほど莫大な報酬が手に入るものなのか?」
「間違いないって。だって、依頼人が依頼人なんだからさ」

――それは、零太が雨の元を訪れる1時間ほど前に遡る。彼が依頼を受けたのは、とある有名なブリーダーからであった。
「猿を、探して欲しい?」
「はい。お願いします、私のかわいいエーテルちゃんを見つけてください!」
 質素なパイプ椅子と木造のテーブルを挟んで零太と向かい合うのは、水都でその名を知らないものはいないブリーダー、麻生マルコであった。彼女が差し出した1枚の写真には、真っ白な毛並みの猿が写っている。それが彼女の探すエーテルという猿らしい。
「3日前、突然エーテルちゃんは私の家から姿を消してしまった……庭中どこを探しても、見当たらなくって」
「……ああ、そりゃあんな広い庭じゃ見失っても仕方ないよなぁ」
 彼女の持つ豪邸のことは、零太も勿論把握している。鳥や魚、爬虫類などありとあらゆる動物たちを放し飼いにしている邸内の庭の広さはいわば小さな動物園といっても過言ではない。それをよく一人で世話しているものだと、メディアで取り上げられるたびに感嘆していたものだった。
「お願いします! エーテルちゃんが大変なことになったら、私……私!」
「落ち着いて! 大丈夫……僕に任せてください」
 たくさんいるペットのうちのたかが1匹――冷めた性分の人間であったなら、その程度でことを済ませていたことだろう。だが、零太は違っていた。彼はそういう些細なことでさえも見過ごせない、とてつもないくらいのお人よしなのだ。取り乱すマルコを静かになだめると、零太はにっこりと微笑んで告げるのだった。
「あなたとエーテルちゃんの絆は、絶対に断ち切らせやしません。この依頼、責任もって引き受けさせてもらいます!」

「……相変わらずキミは超がつくほどのお人よしだな。巻き込まれる側の身にもなってくれ」
 そんな零太とは対照的にドライな感性の持ち主なのが雨である。ジャージのポケットに憮然とした態度で両手を突っ込み、さらに呆れたように肩を落として彼女は言った。今の話のどこにも雨の期待に応えるような吉報は見当たらない。何の見返りもなしに動くなど、雨にとっては絶対にありえない選択肢なのだ。
「まあまあ待ってよ雨姐さん。別にタダ働きだなんて一言も言ってないだろ?」
 しかし、そういう彼女の性分も零太は重々承知している。だからこそ、彼はここで交渉に踏み切ることにした。
「キミごときが私をタダ働きさせるつもりなら、事務所ごと叩き潰すぞ」
「分かってるって。報酬は半分こずつ山分けってことで、どう?」
「割に合わない。その程度で私が満足するとでも?」
「半分でも満足いく額だってことだよ、だってさ――」
 未だに面白くない顔の雨に近づいて、零太がその報酬の金額をそっと耳打ちする。すると、瞬時にその情報から半分の額を割り出した雨は目をかっと見開いて――そして、ポケットから両手をすっと取り出した。
「……それで、一体どうやってその猿を見つけるつもりだ?」
 どうやら、彼女なりにやる気になってくれたらしい。交渉が成立した喜びに満面の笑みを浮かべた零太は、これまた自信たっぷりに手持ちのバッグからあるものを取り出して見せた。
 それは――

( 2010年05月16日 (日) 20時59分 )

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