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[188]W企画ノベライズエピソード 第1話「Aの捕物帳/猿を訪ねて三千里」@ - 投稿者:matthew

――水都。ありとあらゆるものが流れ込んでくる、水の都。
 その一角にある小高い丘の上に、小さな教会がある。そこには人にはなかなか言えない悩みを聞いてくれる美貌のシスターがいるという噂があり、街ではちょっとした有名なスポットになっていた。
 だがもう一つ、有名になっている理由がある。その教会の隣に、ぽつんと小さく構えられたプレハブ小屋の存在だ。その入り口の前には、これまたみすぼらしい木造の立て看板があって――こう、書かれていた。
『護剣探偵事務所』、と。

 この教会には、神父がいない。いるのはシスター一人だけだ。もっともそれほど普段から忙しいわけではないので人手不足ではないが、かといって寂しげな雰囲気は拭い去れるものではない。静かなときはとことん静かだ。
だが、そんな雰囲気を彼女は心地よいと思っていた。自分一人しかいないこの静寂は、面倒くさがりな自分にとっては人との関わりを避けられる絶妙な空気感があるからだ。
「……っと、いけない。少し昼寝していたか」
 懺悔室の窓口でうたた寝をしていた彼女――峰岸雨は、外からかすかに聞こえてきた扉の開く音にうっすらと目を開けた。神に仕える身分であるシスターが職務を怠って昼寝など言語道断ではあるが、元々この教会は彼女が“趣味”として始めた形骸的なものに過ぎない。信仰心が厚いわけではないので、別段気に留めるほどのことでもない。ただ、シスターとして表面的な仕事をこなしていればいい――その程度の認識に過ぎないのだ。
 そして彼女はそんなマニュアル通りに、やって来た人々にこう告げるのである。
「よく来ましたね、悩める子羊よ。さあ、神の前にその悩みを告白なさい、さすればあなたは救われ――」

「雨姐さん雨姐さん! 依頼だよ依頼っ! 超ビッグな依頼が飛び込んで来たよ雨姐さんってばぁ!!」
――が、彼女にとっては残念なことに。現れたのは悩める子羊などではなかった。騒々しい客人の声にその正体を悟った雨は、がっくりとその場にうなだれて途端に面倒そうに目を細めるのだった。
「……いい加減キミの依頼に私を巻き込むのはやめろ、レフト!」

「えー? 何でそんな冷たいこと言うんだよ。せっかくのウマイ話だから雨姐さんにもって思ったんだけどなぁ……」
 レフト、と呼ばれたもみあげが特徴的な青年はガリガリと短髪を掻きながらも、少しも悪びれる風もなく天井を仰ぎ見ている。雨は彼のことを悪くは思っていなかったものの、かといって彼がここにやって来ることをあまり歓迎はしていなかった。何せ、雨にとっては彼の来訪は営業妨害と同じになってしまうからだ。
「私にとって一番ウマイ話は、だ。キミがこの教会の隣からさっさと立ち退いて立派な探偵事務所を別のところに構えてくれることなんだが」
「だ〜か〜らぁ、それがもしかしたら出来るかもしれないってことなんだよ!」
 やんわりと拒絶の意思をはらんだ棘のある言葉も、その営業妨害の原因である彼は意に介さない。そう――彼こそがこの教会の隣に事務所を構える探偵、護剣零太であった。
正しくは『れいた』と読むその名前をわざと違うように呼ぶ雨と、それでも彼女を慕う零太。何故二人がそうした間柄にあるのかは後で語ることとして――彼が持ち込んできたその依頼の内容に少しだけ気を惹かれた雨は、呆れながらもその内容を問いかけた。
「……で、その依頼は何なんだ?」
 その内容を聞かなければよかったと、後悔してしまうことになるとは――もちろん、彼女は微塵も考えていなかったのである。
「ふふん。僕にとっては待ちに待った得意分野の――ペット探し、さ」

( 2010年05月16日 (日) 20時57分 )

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