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[170]Masker's ABC file.07 - 投稿者:壱伏 充

 無限に続く、真空の闇。
 瞬かない星々を背景に、戦いあう二つの存在があった。
 光学的に観測すれば、それらは鋼鉄の装甲を鎧った2色に輝く光の巨神――“彼ら”はその人工物めいた姿とは裏腹に、明確な意志を持ってぶつかり合っていた。
『もうやめるんだ! お前はこの宇宙から、全ての感情を奪い去るつもりか!』 紫色の光から金色の光へ思念のメッセージが飛ぶ。だがそれに対する金色の光の答えは、哄笑とともに繰り出された光の稲妻だった。
『知れたこと! それこそが絶対の秩序と、貴様とて気付いていよう!』
『くっ! ……だがしかし、私たちは見守るべきなのだ、多様な心が生む生命の可能性を!』
 稲妻に貫かれながら、紫色の光は抗弁する。しかし金色の光は動じなかった。
『ならば止めてみせよ、この世界を多い尽くす全ての悲しみを。
 貴様の偽善なら聞き飽きた!』
金色の光は言い放ってその場から離脱する。その行く手に、情報に満ちた碧き星があることを、紫色の光は一歩遅れて感知した。
 紫色の光は翼を広げ、全速力でこれを追う。
『待て! たとえ私の願いが偽善だとしても、お前の作る世界を認めるわけにはいない!』
『ならば止めてみせよと言った! 時代は勝者を正義と選ぶ、それが古からの真理!』
 聞く耳を持たない金色の光は、碧き星へ加速を続ける。
『……ならば!』
 意を決した紫色の光は、双眸にさらなる光を灯し、剣を抜いた。
 宿敵の動きに気付いた金色の光が嘲笑う。
『そうだ、それでいい……力でしか我を止められぬ、貴様の心の無力を知れ!』
『これ以上の悲しみを見るくらいならば、喜んで私は修羅に堕ちるさ――征くぞ!』
 紫色の光が剣を構えて加速する。
 金色の光もまた、鎌を取り出して応戦の構えを取りながら碧き星へと飛び込んでいく。
 やがて二つの巨神――巨大ロボットは接触し、もつれ合いながらやがて星の重力に引き込まれる。

 地球の大気圏に突入を始めた2体のロボットは、しかしながらいかなる者にも気付かれる事無く激突を繰り返した。

 雲海を突っ切って、翼が風を切り裂く。
 風より鳥より早く、空を駆け抜ける快感。
 ――そんなものを感じられるのは、あふれる才能に99倍以上の努力を重ねた、一握りの人材だけだと実感する。
 とりわけ今のように、恐ろしいくらいのGが苛んでいる時は。
『天野、しっかりするんだ天野! ジェネレータのリダクタンスステージを上げろ!』
「うぇはっ!? は、はいっ!」
 天野鷲児は松木 潮の声で我に返り、指示に従って機体を減速させた。
 鷲児がいるのは、AIRが開発した最新鋭実験高速機“ライズ1”のコクピット。
 なぜか鷲児は、テストパイロットとしてこの機体に乗り、飛行実験を行っていた。
 機体を引き返させると、展開する僚機の姿が小さく見える。
『生きてっか〜? やっぱ鷲児には無理じゃないっスか博士〜』
『やれやれ』
 共有回線で呆れ声が入ってくる。
 ここに集まっているのは潮の水上機“アクア2”、由比 巡が操るジェットヘリ“ストーム3”、二ノ宮十三を乗せた全翼ステルス機“ナイト4”。いずれもAIRが作り上げた最新鋭実験機と、AIR開発部第一開発チームが誇る精鋭テストパイロットたちだ。
 機体愛なら誰にも負けない自信がある鷲児だったが、彼らと並ぶと自分だけが場違いな存在であると思い知らされる。
 いや、どうにも纏う空気が違うのが、あと一組この空域にはいた。
『シュージ君大丈夫!? 怪我してない!?』
『いやはや、いい加速だったじゃないか整備士ボゥーイ。それと由比君、私のことはプロフェッサーと呼びたまえ。敬意と親しみをこめてな』
 ゆっくりと近づいてくるのは、試験輸送機“クラウド5”だ。
 だが今は、翼と一体化した大出力エンジンすら補助機扱いする新型エンジンにペイロードを占拠され、本来の用途では運用できなくなっている。
 コクピットに着くのは、鷲児の幼なじみでやはりAIR整備士の椎名珠美ともう一人、通信モニターの向こうで一人満足気な、浅黒く彫りの深い顔立ちの中年男性だ。
 白衣を纏う体躯は、立ち上がれば180cmを超す。
 彼の名は右島昼也――AIR開発部長の肩書きを持つ科学者で、5機の実験機の生みの親だ。
 もちろんパイロットではなく、クラウド5の操縦桿は珠美に任せている。
 その右島が軽い調子で――一方で両手は画面外のキーボードを高速でタイプしているが――命じてきた。
『ちょうどいい距離だ。もう一度最大加速でここまで戻ってきたまえ。
 できるな、ボゥーイ?』
『そんな、無茶ですよっ!』
 珠美が右島に抗議するのが見えた。そうなると、余計に幼なじみを見返してやりたくなるのが心情だ。
 鷲児は乗せられている自覚のないままうなずいた。
「はいっ、博士!」
『だからプロフェッサーと呼びたまえ』
 憮然とする右島には構うことなく、鷲児はライズ1のスロットルを再び開いた。

 鷲児の師、曰くして。
 天才は「有り余る閃きとその99倍の努力ででき」ていて、直感とは「積み重ねた経験則が表装意識を上回る速度で導きだす解」らしい。
 要するに人間、何事も努力が必要だということだ。
 それには鷲児も強く同意するし、今まで己の夢を叶えるための努力を怠ったことはない。

 が、しかし。
 AIRに入り、人工実験島“エアフロート”に転属した鷲児が知ったのは、そうした理屈を超越して新たな地平を切り拓く“奇才”が現存しているという事実だった。

 右島昼也、38歳現在独身。
 先述の風貌が日本人の規格をぎりぎりで一歩はみ出す手前、と言った外観に、無駄にハイテンションな言動が加わる、一部職員に言わせれば“存在自体がどこか変態じみている科学者”らしい。
 しかしその閃きはある種神掛かっており、閃きを現実のモノとする手腕は確かだ。
 それは、全くのゼロから今回テスト中の新型エンジン“A.E.R.O.フィールドジェネレータ”を作り上げたことからも、分かる。

 右島はさっそくAIR本部から予算を勝ち取り、A.E.R.O.フィールドジェネレータの運用試験を開始した。
 今回は、AIRがそれまでに開発した機体をベースにジェネレータをそれぞれ搭載。した実機を用意。
 ジャンルごとの機体とジェネレータのマッチングを調べるのが、目的だ。

 テストパイロットは人工実験島“エアフロート”内の、右島自らが率いる第一開発チームに所属している三名をそのまま起用した。
 アクア2には松木 潮。AIRナンバーワンパイロットと名高いクールビューティ。
 ストーム3には由比 巡。繊細な機動に定評のあるムードメーカー。
 ナイト4には二ノ宮十三。即応外甲の力も借りずにいかなるアクシデントからも無傷で生還してきたサバイバリスト。
 しかし、第一開発チームに所属するパイロットはこの三人だけだ。
 この事態に際し右島は、他チームと協力し人員を補充――しなかった。
 何と、公式にはパイロット経験のない整備士である天野鷲児、椎名珠美の二名をサプライズ起用したのである。

『A.E.R.O.フィールドジェネレータは機体のハート。ボゥーイのソウルに答えて機体を動かす。
 遠慮はノーセンキュー、思い切りやりたまえ!』
 右島から檄が飛ぶ。鷲児は「了解」と答えて機体の隅々まで意識を巡らせた。
「ごめんな。上手く使ってやれなくて。
 今度は暴走させない……力を貸してくれ!」
 呼び掛けて、意識的に深呼吸をしてみる。磨き上げた“直感”が機体の無事を確認し、理性的な経験則で裏付ける。
 鷲児の思うままに機体はスタートラインに進入した。ここまではこれまでも上手く行った。
 あとは、引き出した加速性能を制御するだけだ。
 プログラムスタート。鷲児は気を吐いて、ペダルを踏み込む。
「行っけぇぇぇ――うえぇぇぇぇっ!?」
 次の瞬間、鷲児の気合いを受け取ったライズ1は先刻以上の加速で“打ち出された”。


――光を、光が貫く――


 叩きつけるようなG。明らかにこのスピードは暴走だ。
 だがしかし、鷲児は肌で知っている。
 この翼はもっと飛べるということを、きっと右島よりも知っている。


――二つの巨体がもつれ合い、碧き惑星、地球へと落ちていく――


 鷲児はだんだんとこの加速に、興奮と愛しさを覚えてきた。
 まるで全力で坂道を駆け降りるときのような、己の手足が自分の意思の届く範囲ギリギリにあるかのような、説明しがたい……あえて言えば手応えのようなものが神経の先を何度も掠める。


――金色の鎌が紫の光の胸を抉る。飛び散った光が流星になった。だが紫の光は金色の巨人を放さない――


 脳裏の奥を引っ掻くような名伏しがたい感覚に、鷲児は自分のリズムを重ねようとした。
 あと一歩で届く。あと一歩で歯車が噛み合う。
 だが、しかし。
『待つんだボゥーイ、いったんストップだ!』
「……へ?」
 集中が途切れて、鷲児は反射的にライズ1を減速させる。
 気が付くと空が……今の鷲児にも分かるほど、眩しく白みはじめていた。
「う……うぉぉっ!?」
 いきなり操縦桿がロックされ、鷲児は慌てた。
 まるで惹きつけられるかのように、ライズ1、いや5機の実験機が、勝手に進路を光が照らす場所へと向ける。
 そして、今は真昼だというのに、より明るく輝く――その光の中から何かが雲海を突き破って出てくる。。
『何だあれは!』
『分かるわきゃないっしょ! 博士こいつは!』
『――あれは――そうか、あれは!』
 潮と巡の悲鳴をと右島の興奮BGMに合流しかけていた六人の真上から降ってきたのは――――

 輝きを放つ二体の“巨大ロボット”だった。

『機体が言うこと聞かねえっ! 博士あれが何か分かったのかよ! てか何でセンサーに映らないんだこれ!?』
「うむ――」
 通信機の向こうで、右島の傍らで、パイロットたちが期待するように息を呑むのが分かる。
 巡の通信を聞きながら、右島は唐突にさまざまなことを理解している最中だった。
 ――なぜ、自分には他者にはない発想を得ることができたのか。
 ――なぜ、自分がここで実験に携わっているのか。
 右島は目を見開き、力強く断言した。
「分からん! だが分かる、天才の勘を信じろ!
 そして私のことは、プロフェッサァーっと呼びたまえぇい!」
『ダメかこの人』
「シュージ君、シュージ君だけでも逃げて!」
 十三が呟き珠美が鷲児に呼び掛ける。
 それをよそに、右島は迎え入れるかのように両手を広げて立ち上がった。
「……やっと会えたな」

 右島が言葉を紡いだ瞬間、光の巨神たちが密集した実験機を押しつぶした。

 とある“遺跡”の奥深く。
 カオルは主とともに最深部の扉の前に立っていた。
 主が扉を開けて燈を入れる。部屋のさらに奥にひっそりと横たわるものが闇に浮かんだ。
簡素なデザインの棺だ。
「怖いのかい?」
「……いえ」
主に問われ、カオルは慌てて彼の袖から手を離した。
何を怖れることがあろう。カオルには主がついているのに。
しかし主は見透かしたように小さく笑うと、腕時計の表示を確かめた。
「無理もない、そろそろだ」

金色の光は海面に叩きつけられて、四散した。
だが問題はない。あの体はただの器だ。そもそも“彼ら”にとっては、肉体と精神に明確な境界はない。
しかし、物理的に制約が多い惑星上では、そのうち新たな器を探さなくてはならない。
精神だけの存在となった“彼”は、さもなくば星に息づく情報の海に飲み込まれて消えてしまう。
『むぅ……?』
“彼”は適当な器を探し、やがて気付いた。
『ほう。この星にも我らに近しき者がいるというのか』
情報と実体の狭間を行き来するもの。“それ”と一つになれば、より強くなれる。
 決断は早い。“彼”は迷う事無く、海底を走るケーブルから情報の海へ飛び込んだ。

部屋が小さく唸りだす。
端に寄せられていたコンソールのランプが次々に灯っていく。
その光景にカオルは懐かしさと畏怖を覚えた。
だがそれも、主の囁きが和らげてくれた。
「カオル。君も覚えているだろう。こんなふうに眠っていたんだから」
「…………」
カオルは頷く。主はカオルの髪を撫で、小さく唇の端を曲げた。
「本当の王が目覚める。そうしたら、カオルは僕を殺すかい?」
「――――いえ」
「はは、いいよ好きにしてくれて」
カオルは即答できなかった。理由が自分でも分からない。
二年前に目覚めた自分を養ってくれた主を、殺せるはずがない。だが、ずっとそれから仕えてきた自負が揺らぐ。
カオルは棺を見下ろした。これはきっと、パンドラの箱だ。しかも希望は抜いてある。
しかし主は物怖じせず、カウントダウンを始めた。
「10、9……」
唸りが、強くなる。部屋を満たしていく。
「8、7……」
光が、眩しくなる。部屋を塗り潰していく。
「6、5……」
微かに、風が吹いた。ここは地下の密室だ。
「4、3、2……」
それらが渾然と場を支配する中――棺の蓋が、カタリと音を立てた。そして、
「1……ゼロッ!」
主人の声とともに棺の蓋が勢い良く開き、衝撃が二人を押し包んだ。
「…………っ!」
凶々しい気配を帯びた、ソニックブームじみた突風。
それがカオルの肌に染み渡り、主人に出会う前の記憶を強引に脳裏の深淵から引きずり上げた。
――気が付けば、カオルは無意識のうちに棺に跪いていた。主人も同じく、“王”を迎えた。
棺の中から手が伸びる。
手は若者のように、老人のように、あるいは妙齢の女性のように、手探りするように己の姿を変えていく。
手はやがて人工皮膚に装甲を備えた形になり、棺の縁を掴むと、ゆっくりと身を起こした。

見上げれば、そこには“王”がいた。

觜を開いた鷹を模し、觜の奥にゴーグルを有する紅い仮面。
やはり紅く彩られた胸甲ではコウモリの意匠が翼を広げ、両肩のレリーフには羊と獏の文様が見て取れた。
腰のベルトには白の楕円をベースに黒玉をはめこんだ、眼球に似た形のクリスタルが金の光を脈打たせている。
全身を鎧った“王”はゴーグルの奥で緑の複眼を輝かせた。ゆっくりと手を上げ自分の目に映す。
「ここは、どこだ。俺は一体……?」
「うあ……っ!」
王が問うだけで、空気の密度が目まぐるしく変容した。生じた波に心乱されるカオルの傍らで、主はしかし平然と答える。
「宮殿でございます。我らが王」
「宮殿……王……?」
“王”は繰り返し、自らの仮面に手を当てると、自嘲気味に喉を鳴らした。
「クク……そうだったな……俺が王か
 ならお前たちは誰だ?」
言い聞かせる静かな口調のまま、王は問いを向ける。カオルは頭を垂れたまま答えた。
「カオル……です。覚えておいででしょうか……?」 カオルが震える声で答えると、王は棺から一歩進み出て、カオルの顎に手を掛けた。
「!」
身を竦ませるカオルの顔が王に向けられる。濃密な気配がすくそこにある。一度目にしてしまえば、もう視線を外せない。
「そうか、カオルか……久しいな、待たせてしまったか」
「い、いえ、そのようなお言葉……私にはもったいなく存じます……っ!」
王からかけられた優しい言葉に、カオルの緊張がピークに達する。
しかし、主の方はと言うと、王を前にして平然と薄笑いを浮かべていた。
王がそれに気付く。
「お前は何者だ」
「…………っ!」
ストレートな王の問いに、カオルは盲点を突かれた思いだった。
この遺跡で目覚めたカオルが最初に会った人間に刷り込まれた服従の意識。
それはカオル自身も分かっている。カオルはそう“造られた”のだから。
“なぜ主が主なのか”を問う必要はない。
ただ、この主が何者なのか、カオルも正確なところを知らされていない。
果たして、主が口を開く。
「僕は、あなたを神と崇める信奉者。“デューク”とお呼び下さい」
主の飄々とした答えに、王は不満を示した。
「それ以前の名は、何という?」
対する主は薄い笑みを崩さぬまま、答えた。
「疾うに捨てた名でよろしければ。
 ――西尾和己と申します」

“遊機・事項A-0に関する定期報告”を読み終えた典子は東堂にファイルを返した。
「原たちの証言と一致します。渡良瀬が接触したのは先日の警視庁襲撃犯と断定していいでしょう。ですが……」
「そ。問題なのはどうやってそれとなく引っ張るかなんだよな」
 東堂は椅子にもたれて息を吐く。
 二年前。現・遊撃機動隊上層部は、“史上最悪の犯罪”を未然に防ぐため、特装機動隊を辞したキーマン――渡良瀬に監視を付けた。
 特装時代を経験していない今の一般班員には伝えられず、班長クラスでも典子と三班の二階堂量子しか知らないことだ。
 そこで得た情報から渡良瀬とバイオメアを知るライダーとの繋がりが見えてきた。任意同行を求めて情報を聞きだすべきだろう。
 しかし監視していることを渡良瀬に悟られずに件のライダーだけを取り調べるのは、容易ではない。
「渡良瀬ともども暴れたらしいから一緒くたに引っ張るのもアリだろうけど」
「西尾くんの件で介入すれば、話がこじれて警戒されるでしょう」
「せっかくの生き餌も台無し、か」
 東堂が自嘲を込めて言うと、典子はわずかに表情を翳らせた。
「隊長、その言い方は……」
「どう言い繕っても同じだよ。この二年で同じことは何度も考えたろ?
 ま、ここは仕方ない。正攻法で行きますか」
 東堂が意地悪く返すと、典子も小さく頷いた。
 細かい点を二、三確認し、典子が退出する。
 東堂はパタパタと襟元を扇ぎ、ラジオのスイッチを入れた。
『ただ今入りましたニュースです。今日午前11時過ぎ、小笠原諸島で試験飛行中の航空研究所AIR開発チームが消息を絶ったと、海上保安庁に通報があり、現在捜索中です。機体、乗員ともに見つかっておらず、海流に流された可能性もあると見て……』
「どこも大変なのは変わりないな」
 潜水用即応外甲で太平洋を泳ぎ回らされる隊員たちに思いを馳せ、東堂はチューナーをひねった。

 王が進む。デュークとカオルが続く。
 遺跡のキャットウォークの足元では、熱を帯びた窯が不気味な唸りを発していた。
「現代のことは理解した。バイオメアも様変わりしたものだ」
「その分だけ、強化はされています……ごらんください」
 デュークが指を鳴らすと、窯の蓋が開き一抱えほどのサイズの卵が転がり出た。
「先程説明した、現代のバイオメア……その誕生過程で芽生えた精神を凍結させた調整体です。
 さあ、彼の者に王の幻想をお刻みください」
 バイオメアはスフィアミルが得た情報が内部で質量・エネルギー変換されて生まれる擬似生物だ。
 デュークはこれを利用し、確保したスフィアミルに質量と能力のみを与え、自我が芽生える前に情報を遮断したのだ。
 自然発生した今までの野良バイオメアとはわけが違う。
 王は頷いて腰を落とした。
 ベルトの“眼”が自身の左足を睨み、視線とともに光が集まっていく。
「おお……」
「…………」
 光景に目を奪われる従者二人に関心を払わず、王は言葉を紡ぐ。
「“Beautiful Dreamer”」
 王の言葉に答え、左足が光を吸収し尽くし内側から輝きを放つ。そして、
「……ッッ、ハァ――――ッ!」
 キャットウォークを蹴って飛び出した王のキックが、卵を打ち据えた!
 王が着地するとともに、卵の殻に亀裂が入り粉々に砕け散る。
 その中から現われたのは、赤茶けた体を鎧で包んだ翼竜人間だった。
「――――ケ・ケーッ!」
 翼竜人間が誕生の喜びを雄叫びで表現する。
 王は立ち上がり、翼竜の肩に手を掛けた。
「お前の名はプラーノだ」
「ははっ!」
 プラーノと名付けられたバイオメアは甲高い声で答え、直立不動となる。
 王は誕生を労うように頷くと、振り返りデュークに問うた。
「次の予定は何だ?」
「人類への宣戦布告を」
 デュークは淀みなく答える。王は首を振った。
「せわしないことだな」
「時間が押してるんで、巻きでお願いします」
「……よかろう」
 王は無感動に答えるとプラーノを従え、キャットウォークまで無造作に跳んだ。

 モーターショップ石動。“仮面ライダーはじめました”の文字にこめかみを押さえつつ、典子が階段を上がろうとしていたところへ、店番をしていた相模 徹が声をかけてきた。
「よう、久しぶり典ちゃん。ワタちゃんならいないぜ」
「あら、そう。相模くん、ここで働いてたんだ」
 相模と渡良瀬がライダーギャング“ドラッヘ”と関わり壊滅に追い込んだことは報告を受けているが、典子は騙されたふりをして軽く手を挙げた。
「仕事? いつ戻るか聞いてる?」
 渡良瀬がいなければ件のライダーの連行も容易だ。
 典子がそんな心境を隠して問うと、相模は何ともいえない表情で答えた。
「新しく入居したコと、デートなんだと」
「……は?」
 そんな話は聞いていない。一瞬、典子の思考がストップした。

 某デパート、エレベータ前。「ふぇぉ……っぷ」
 渡良瀬はくしゃみを堪えて鼻の下をこすり、気を取り直して講釈を続けた。
「てなわけでお前さんのお札チラシ使った客引きで依頼人見繕うってやり方は、かえって先入観を抱きやすくする。いざってときの準備不足にも繋がるな。
 必要なのは常日頃から足で情報を稼ぐことだ。特に俺日地域密着型だしな」
「てゆーか何で教師面?」 舞が怪訝そうな顔を向けた。
 家具代わりの組み立て式ワゴンを乗せた台車を挟んで渡良瀬が肩をすくめる。
 今日はモーターショップ石動に腰を据えることになった舞の生活用品および、壊れた二人の携帯電話の買い替えが目的だ。
「俺からテクを盗むんだろ? だったら俺が師匠でお前さんが弟子。違うか?」
「見て盗むからいいよ」
 店員に微妙な視線を投げ掛けられたような気がして、渡良瀬はエレベータの階数表示を見上げた。
「やっぱ店内で盗む盗む連呼するのは気が引けるな」
「あれ、もしかして小心者?」
「るさいよ」
 エレベータの扉が開く。シースルー式なので外の様子が見えた。
 ――斜向かいのビルの前にパトカーと野次馬が集まっている。野次馬の中には即応外甲をまとっているものもいた。
「何の騒ぎだ?」
 舞が眼下の光景に眉をひそめる。
 渡良瀬もそちらに目を向ける。すると、ビルを突き破って何かが飛び出してきた。
「……パワードスーツ?」 そう、それな全長約4mの駆体に四肢を備え、中央部に固定した人間の動きをトレース・増幅するパワードスーツだ。
「ライダー全盛の今日び、あんな旧式ので強盗?」
「新型買う金が……いや、ありゃ違うな。旧式じゃない」
 舞のコメントに、渡良瀬は首を振り前髪を指で弾いた。
「ここからみても真新しい。ありゃ多分、遺跡由来の新品だ」
 遺跡。それは即応外甲の登場と時を同じくして世界中で発見された未知の技術プラントの通称である。
 つぶさに見ればパワードスーツの四肢にはタイヤがあり、車両形態への変形を見るものに予測させる。
 一瞬遅れて、ビルからパワードスーツを追って飛び出したのは遊機のガンドッグだ。うち一体は銀色のラインで機体を彩っている。
「動きに見覚えないから……ははあ、二班だなあいつら」
「何でもいいけど、関わり合いは御免だね」
 舞も渡良瀬も落ち着いて路上の大捕り物から視線を外し、エレベータを出た。
 よくあることだ。
 渡良瀬が特装機動隊にいた頃にも似たケースはあった。不相応な力に振り回され、道を外した犯罪者の多さをよく仲間と嘆いたものだ。
 ガンドッグたちが手際よくパワードスーツを無力化していくのを尻目に、二人は石動から借りた軽トラックのある立体駐車場へ向かう――と、不意に舞が足を止めた。
 大きくカーブしかけた台車を引き戻し渡良瀬は舞を見やる。
「どうした?」
 舞は険しい表情で懐に手を伸ばしている。
 ただごとではない。渡良瀬の抱いた印象を裏付けるように、舞は口を開いた。
「嫌な――気配がする」
「!」
 渡良瀬もまた警戒態勢に入った瞬間。
 ――――突然デパートの壁面が爆ぜた!

( 2006年10月27日 (金) 23時35分 )

- RES -

[171] - 投稿者:M

どうも、お久しぶりです。
突然で大変恐縮ですが、壱伏さんにお願いがあります。
『仮面ライダージーク』の続編(と言うか番外編 )を書いて頂けないでしょうか?
今現在、投稿されている作品が一段落ついてからでも、
壱伏さんの気がむいたらでも構いませんので、
御検討の方よろしくお願い致します。

( 2006年11月20日 (月) 11時12分 )





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