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[169]file.06-3 - 投稿者:壱伏 充

 その、数分前。
渡良瀬と名乗った探偵がとある雑居ビルに潜り込んで5分が経った。
翔太はウサギのような生物を抱き抱え、手にトウガラシを持ってハラハラしながら待っていた。
この生き物は渡良瀬が公衆電話で呼んだもので、ピンチのときにはトウガラシを食べさせるよう託っている。
――耳を澄ませば怒号や悲鳴、物の壊れる鈍い音が聞こえてくる。
果てしなく嫌な予感がしたので、翔太は渡良瀬が早く戻ってくるよう祈った。
やがてそうした声も収まって、渡良瀬が何事もなかったかのようにビルから出てきた。
「終わったぜ。お父っつぁんもおっ母さんも無事だ。薬嗅がされて眠ってたけどな。誘拐犯はとっちめた」
「本当ですか!?」
翔太はあっさり言う渡良瀬に詰め寄る。
「ああ。そこまで運んでおいた。ついててやんな。
 すぐ警察も来るから話を聞いてもらえ。ただし俺のことは内緒だ」
渡良瀬は答えて下手なウィンクを寄越した。翔太は頭を下げる。
「あ、ありがとうございました! このお礼は絶対に……」
「にゃ〜っ」
翔太が力を込めたせいでウサギのような生物がもがいた。だが渡良瀬はそれを受け取って、首を振った。
「いいって。自分から首突っ込んだ仕事で金は取れねえさ」
「でも……」
それでは翔太の気が済まない。するとその意を汲み取ったか、渡良瀬が指を一本立てた。
「だったらもひとつ依頼をくれりゃいい。そっちのお代なら心置きなく頂戴できるからな」
渡良瀬は遠くを見やり、耳元のイヤホンを押さえて言った。
その様子に、翔太は渡良瀬の真意を悟り、頷いた。
「それなら探偵さん……あのお姉さんを助けてあげてください!」
「――その依頼、確かに承った」
渡良瀬は前髪を指で弾いて、力強く答えた。

“九十九”が咄嗟に目を閉じ耳を塞ぎ体を低くする。訝りながらもナディスは剣を振り下ろそうとした。
 その右腕に何かがカツンと当たって宙を舞う。
(――ム?)
“それ”に意識の一部を向けた刹那、飛んできた小さなカプセル状の物体が、強烈な光と音を放って破裂した!
《ヌゥゥゥッ!?》
視界が真っ白に染まる。聴覚が許容範囲を越えた音量にマヒする。
一瞬あらゆる情報から隔絶されて、ナディスの足元がふらついた。
《……おのれ、何奴!》
剣を振り回しても手応えはない。“九十九”もナディスの間合いを外れたか。
やがて五感も回復し、ナディスが初めに捉えたのは。
九十九“を抱えて制動をかけた、トレンチコートの男の姿だった。

投げ掛けられた声に従い爆音と閃光をやり過ごした舞が、最初に感じたのは自分を包み込む力強い暖かさだった。
「だらしねェぞ。それでも“タイフーン”の一員かよ」
(な……に?)
恐る恐る目を開ける。もしかして“あの人”だろうか。
舞は顔を上げた。果たしてそこにいたのは――
「ハローお嬢さん。ごきげんいかがかな?」
「――あ?」
トレンチコートを着た、例の探偵だった。
舞はあわてて渡良瀬を押し退けて地面に転がり落ちた。そこで初めて自分がお姫さま抱っこされていたことに気付く。
「テ、テメェ何しに来た! それに何で“タイフーン”を……! ってか素人は帰れって!」
狼狽を誤魔化すように、舞は矢継ぎ早に問いを重ねる。
渡良瀬はしれっと答えた。
「お前さんが落としたケータイのストラップ。ありゃライダーばかりの傭兵集団“タイフーン”のシンボルだ。俺だって知ってるよ。業界じゃ憧れのマトだ」
 渡良瀬は言いながら立ち上がり、ナディスを見据えてコートの前を開いた。
そこに巻かれていたのは、宝玉のごとくレンズを戴く機械仕掛けのバックル――
「テメェまさか……!」
 目を見開く舞に、渡良瀬はどこか真剣な面持ちで答えた。
「ああそうさ。そして俺も、プロの仮面ライダーだ。
 依頼内容はお前さんの援護。まあそれ以前に言いたいこともあったし……」
《――何者だ、答えろと言っている!》
激昂したナディスが吠える。渡良瀬は肩をすくめた。
「戦わなければ生き残れそーにないしな、ここまでくると」
「……勝手にしろ。あたしは止めたからな!」
確かに渡良瀬を逃がす余裕はない。見れば今のやりとりのうちに九十九帯の充電は済んでいる。――借りができた。
舞はベルトを巻き直し、渡良瀬をにらみつけた。
「行くぜ――クラスト!!」
「九十九!」
渡良瀬が、舞が左腕を構え、同時にリストマスカーを起動させる。
《何者だと……聞いているっ!》
質問を無視されたナディスが業を煮やして飛び掛かってくる。
しかし、その両腕が二人を引き裂くより早く。
渡良瀬は奇妙な形の銃を投げ上げて左手を右上に伸ばし、舞は印を結んだ。

『――――変身ッッ!!』

《ヌゥァァァァァッ!》
紫と黄の光がナディスの眼前に広がる。ナディスは左右の腕を光の中へとぶつけた。
しかし紫の光は剣の軌道を剣でそらし、黄の光はくるりと身を翻して鞭に連撃を浴びせて退ける。
《ヌ……!》
そして無防備となったナディスの胴体に、
「うぉおおお――――」
「――――りゃああああッ!」
二人のキックが突き刺さった!
《グムッ!?》
ナディスは蹴り飛ばされ、地面に叩きつけられた。そして地を滑りながら見る。
戦場に、入れ替わるようにして現れた二人の仮面ライダーからより強く立ち上る、ナディスを惹きつけるような闘志の炎を。

リボルジェクターをキャッチしてクルクルと回した後、大腿部に増設したホルスターに収める。
久々に纏ったベーススーツは、それでもクラスト、こと渡良瀬の思うがままに動いてくれた。
傍らで剣を構えなおした九十九が、クラストを一瞥して駆け出す。
「足引っ張んじゃないよ」
「うまくリードしてくれたらな」
クラストは肩をすくめ、九十九の後を追った。

 カオルは驚きに目を細めながら主に報告した。
「クラスト、現れました」
『ああ……変身したんだね、ついに。やっと僕らを脅威と見なしてくれたのか、それとも……』
 主が感慨深そうに呟くのを、カオルは黙って聞く。
 そう、あの男は今回躊躇いなく変身した。自分が接触した時とは態度が違う。
 カオルはそのことに、観察していたアリの群れから一匹だけがはぐれたのを見つけたような、どうでもいい違いの発見、と評価を下した。

「てやああああっ!」
《グッ……!》
九十九が振り下ろした剣をナディスが受け止める、その瞬間。
「あーらよっと!」
九十九を飛びこしてきたクラストが傍らを通り過ぎざまにナディスの頭を蹴飛ばしていく。
《ウヌゥ!?》
「ほらほら余所見は、厳禁だよ!」
よろめくナディスの剣を弾き、九十九はその胴に一閃を入れた。
《グッ……!》
ナディスの胴から火花が散る。ナディスが振り回す剣を巧みに掻い潜り九十九は反対側へ抜けた。
クラストもひらりと着地して――二人は同時に横へ跳ぶ。一ヶ所に留まることはしない。
《ヌァアアアアッ!》
ナディスは振り向きざまに九十九へと鞭を振るう。その頃には二人は左右へ散って挟撃を試みていた。
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
《……調子付きおって!》
そしてクラストの拳と九十九の剣がナディスに襲い掛かる瞬間。
ナディスは二人の頭上へと跳んだ。
「!」
九十九の眼前から標的が消え、代わりに現れるクラスト――そのクラストはとっさにブレーキをかけ、腰の前で両手を組んだ。
「来いっ!」
「――たぁっ!」
九十九は迷わずクラストの手を踏み台に、ナディスを上回る速度で飛び上がり、肉薄する。
「りゃああああっ!」
《何……チィッ!?》
九十九は追い抜きざまに剣を振るう。切り裂かれたナディスが転がり落ちるように墜落していく。
そこへクラストもまた飛び込んでナディスと交錯した。
「うぉら!」
《……!》
打ち下ろす蹴りが過たず九十九につけられた刀傷を打ち、ナディスを地面に叩きつけた。

「……へん、どうでェ」
着地したクラストがガッツポーズをとる。だが同じく滞空を終えた九十九は首を振った。
「効いてないよ。単なる物理打撃じゃ致命打にならない」
「はい?」
訝ってクラストが首を傾げる。九十九は仕方なく解説した。
「バイオメアってのはスフィアミルを核にして、周辺を飛びかう情報から質量を得て生まれた擬似生物だ。スフィアミルをピンポイントで破壊しないと殴っても蹴ってもその瞬間に再生しちまう。あんたのやり方じゃ、悪口だけでヒト殺そうとするのと同じなんだよ」
「早く言えよ!」
クラストがツッコミを入れてくる。
二人の前で、ナディスが起き上がり、剣に紫電を纏わせた。
《いかなる手も……》
「ヤバイ!」
「何だ――うおっ!」
九十九は反射的に横へ跳び、クラストもつられて反対側へ跳ぶ。
直後。
《……通じはせん!》
疾風のごときナディスの突進、その衝撃波が二人を飲み込んだ!
「おぅあ……!?」
「あう……っ」
弾き跳ばされた二人の体が錐揉みしながら宙を舞う。
さらに反転してきたナディスが、今度はクラスト一人に狙いを定めた。
《トドメを刺す……貴様の情報も頂く!》
九十九から奪った符の力だろう、ナディスはクラストが落ちるよりも早く切り掛かる。
「――ンんなろォッ!」
しかしクラストも迫る銀光を不安定な姿勢からの回し蹴りで強引に、かつ的確に叩き伏せる。
態勢を崩したままクラストは地面に落ちた。
同時に背中を打った九十九を一顧だにせず、ナディスはさらにクラストを攻めた。
《ええい逃げるなチョコマカと!》
「無茶言うな、ぬだろボケェ!」
対するクラストは悪態を吐きながら這いつくばって地面を抉る剣から逃れ、あるいは器用に捌いている。
――九十九は剣を握りなおし、考えた。
(ナディスの奴、あたしの五符結陣をモノにしてやがる)
クラストが刄を躱す。紫電が地面と擦れてスパークを起こした。
つまり、同じ攻撃――機動性、突撃力、膂力、電力を九十九自身に付加させて放つ攻撃は、ナディスには易々と相殺されてしまうだろう。
(くそ、どうする? 打つ手なしだろ)
恐怖と諦念が冷ややかに蘇る。の匂いが心を冷やす。
刹那、九十九――舞の脳裏に“逃げて体勢を立て直す”という選択肢が灯った。
(煙幕でも何でも使ってあいつの気を逸らして……)
今は自分一人ではない。渡良瀬もいる。プロとして危険な橋は渡れない。
「――ぐぁっ!」
そこまで九十九が思考を進めているところに悲鳴が割り込んできた。剣に切り上げられ、クラストが火花を吹いて倒れる。
そしてナディスが剣を振り下ろし――九十九は思わず目を背けた。

剣が止まる。クラストが両掌で挟み取ったのだ。
《――愚かな》
しかしナディスはそれをせせら笑うと、体内に取り込んだデータにアクセスし、刀身を通じて電撃を浴びせた。
「ぐがっ……!?」
クラストが苦悶する。惨めな姿だ。ナディスは正直に嘲笑った。
《実に愚かだ。関係のない戦いに首を突っ込み命を落とす。理解不能だな
 それは安っぽい騎士道精神とやらか?》
問い掛けながら――一方でナディスは気付く。
この男、倒れる素振りを見せない。
「二つばかし……間違いがあるぜ……ぐぁっ!」
そればかりか驚いたことに、クラストは言い返してきた。情報を求めるバイオメアの習性で、ナディスは耳を傾けてしまう。
《間違い……だと?》
ナディスは問う。対してクラストは不敵に笑った、かに見えた。
「ああ。まず一つ、こいつァ騎士道精神なんかじゃねェ。
 俺ァな、プロなんだよ」《……ム?》
窮地に陥っておいて何を言いだすのか。訝るナディスの剣を、それでもクラストは押し戻してきた。
「報酬もらって依頼を遂行する、プロフェッショナルはなァ……いっぺん承った仕事を、んでも放り出しちゃなんねェんだ」
当たり前のように、クラストは答えた。ナディスは微かに動揺する。
――この男は、もしかして自分と同じなのか? 与えられた使命に忠実な奉仕者なのだろうか。
しかし、バイオメアの感覚が違和感を告げている。違う。ヒトとバイオメアの相違を差し引いてもクラストとナディスは違う。
その違いは何だ。ナディスのもう一つの過ちか。
知りたくてたまらない。ナディスは剣を押し返して問うた。
《答えろ――もう一つは何だ。答えろクラスト!》
返ってきたのは、しかし、ナディスの期待とは異なる言葉だった。
「俺ァなねェ。こんなとこで命は落とさねェ……何でかって?」
クラストが立ち上がる。押し戻しきれない刄を右肩に当てて支えつつ、屈していた膝を戻していく。
《なぜ……なのだ?》
問い返すナディスに――クラストは一撃の蹴りを見舞う。
「俺以上のプロの腕を……信じてるからだよっ!」
咆吼とともに飛んだ蹴りは、ナディスをその場から跳ね除けるだけの威力を有していた。

プロだから、退けない。クラストの言葉に、九十九は顔を上げた。
そこにあったのはシンプルな意地と、ちっぽけな誇りと――舞の胸にも宿っていた、何か。
それは久しく意識せずにいた、信頼されることへの喜び、だろうか。
(……ったく、何ガラにもなく弱気になってンだ、あたしは)
九十九は苦笑し、煙幕の符を捨てた。
「そんなにアテにされたら、応えたくなっちまうじゃねーが!」

ナディスと再び距離を取り、クラストはリボルジェクターに手を掛けた。しかし、
《それが理由か!》
ナディスは胸の装甲を開き、無数の繊維の束を飛ばしてクラストを縛り上げた。
「うぉっ!」
そのまま地面に叩きつけられたクラストに、ナディスは剣の切っ先を突き付ける。
《参考にならん奴め、これで最後だ!》
ナディスが刄を返す。そしてトドメの一閃がクラストの首を刎ねようとした、その時。
「――せぇぇぇいっ!」
《グオッ!?》
背後から飛び来た九十九の符が、爆ぜてナディスの背を灼いた!
拘束が弛む。クラストは繊維を振りほどき、九十九の傍らまで転がった。
「――よォ。助けてくれなんて、誰が頼んだ?」
意趣返しに言ってみると、九十九はしれっと応えた。
「あたし自身のプロ意識さ」
「言うねェ」
クラストは首をすくめた。
「で……この前のテキメンに効くお札はどうした」
「ありゃ前もって敵を分析してからでないと作れないんだ。その代わりはあるけど」
九十九は手刀を切って詫び、一枚の符を取り出した。
「悪いついでにクラスト、あんたの力と命を貸してくれ」
「依頼を承った瞬間からそのつもりだよ」
クラストは言って、額からのびた触角を撫でた。

ナディスが向き直る。二人は互いに頷き合い、地を蹴った。
「群符招来!」
真っ先に仕掛けたのは九十九だ。口訣とともに投げ打った二枚の符から、ネズミとコウモリに似た影が生まれナディスに殺到する。
《無駄だといっている!》
ナディスはそれを左腕の鞭で薙ぎ払うことで対処した。
次いで九十九の指先から疾った符がナディスの胸元に貼りついた。
《――効かぬことを忘れたか!》
一度受けた攻撃だ。次の九十九の手は符を媒介とした一撃。
そう予測したナディスの剣が、踏み込みに乗ってまっすぐに九十九を貫く!
――しかし。刄に貫かれた“九十九”は何の抵抗もなく霧消しネズミとコウモリの影に戻って散っていく。
《幻か!?》
驚愕するナディス、その足元をスライディングして九十九はナディスの背後に滑り込む。
――便利なことだ。
クラストは打ち合せどおり、九十九から少し遅れて跳んだ。
《貴様ら……!》
気付くナディス、だがもう遅い。
「たあああああッ!」
九十九が渾身の掌打でナディスの背を打つタイミングにピタリと合わせて、
「ぅうおおおぉッ――リャアアアアアアッッ!!」
ナディスの胸元の符目掛けて、クラストは前方宙返りからの飛び蹴りを叩き込んだ!

蹴り込まれた符から波紋が広がる。
次々と脈打つ破壊の力に洗われるように、ナディスの色彩が淡くなっていく。
跳び退いたクラストと九十九の目の前で、ナディスは存在を失おうとしていた。自身も、を自覚する。
《クク……そう来たか。見事だ九十九よ……》
肉体ごと薄れゆく意識を掻き集め、ナディスは呟いた。
そうすれば自分は、納得して逝ける気がした。
ぼやける視界。背後にいる九十九は見えない。
だから正面に相対するクラストを呼ぶ。
《クラストよ……礼を言う》
「……」
クラストは答えない。それともナディスの聴覚が喪われたか。
ともあれ、ナディスは続けた。
《九十九に――我が定められし敵に再び闘志を灯してくれて、ありがとう……》
九十九を討つ。それが目的。ならばその過程で自分を討ち返す者には強くあってほしい。
だから今ナディスは満ち足りていた。
己の後に何が待つのか、疑問を抱くことすら忘れるほどに。

光の粒子が散っていく。ナディスを形作っていた仮初めの質量だ。
九十九は歩み寄り、浮かび上がるビー玉のようなもの――スフィアミルをつかみ、バックルのポーチに回収した。
一度ナディスに吸収された剣も、符に戻して刺に収める。
「夢に、還っちまえ……」 九十九が囁くと、光の粒子はふわりと拡散し、消えていった。
九十九がバックルを操作して舞の姿に戻る。舞はふぅと一息吐いた。
「終わった、か」
「終わった、か。じゃねェよ。オラ、最後の仕上げだ、ついてこい」
クラストを脱いだ渡良瀬のチョップが容赦なく舞の頭頂を打った。

カオルは静かに告げた。
「ナディス、沈黙しました」
『ご苦労さま。戻ってきておくれ』
主の声に動揺はない。
ナディスがクラストに倒される。それが当初からの“予定”なのだから。
「はっ」
カオルは誰もいない空間に小さく頭を下げ、その場から立ち去った。

「即応外甲の中枢、スフィアミルの製造販売をセプテム社が一手に引き受けてるのは有名だろ?」
「ああ」
ついてこさせている舞の説明に、ヒトミを肩に乗せた渡良瀬は相槌を打った。
スフィアミル。即応外甲の心臓部であるバックルに収められた、質量のデータ化保存を司る大容量記憶媒体のことだ。
大きさや外観はビー玉くらいで、プリズム素材でできたような風車が内部に封入されている。
製法が極めて困難で、セプテム・グローイング社がその市場を独占しているのが現状だ。
「それをよそのメーカーが作ろうとして大量にできた失敗作から生まれたのが、バイオメア……ってわけさ」
「なるほどな」
セプテム・グローイング社は即応外甲を量産せず、周辺機器の他は完全オーダーメイドの“仮面ライダー”をもっぱら販売している。
一方、舞が身をおく傭兵集団“タイフーン”とは、ライダーショック以後に出てきた裏稼業の団体のひとつで、噂では構成員全員が“仮面ライダー”を着用するという話だ。
「で、スフィアミルや即応外甲を一気に市場から引き上げるのは無理がありすぎるってんで、あたしたちタイフーンがバイオメアハンターを任されたってわけさ。
 何しろモノが悪夢……ヒトがビビった数だけ生まれるような奴らだからね。ホントは簡単にバラしちゃいけなかったんだけど」
つまりタイフーンのパトロンはセプテム社か。渡良瀬は舞の話から推測した。
「バイオメアって性質上、宗教観が希薄な土地には出ないんだけど、最近日本に集まってるらしくてね。原因探りにあたしが来たのさ。
 言えるのはこれで終わり。もう逆さに振っても何も出ないよ」
舞は渡良瀬の要求“バイオメアについて教えること”を満たすと、腰に手を当てた。
「で、あたしをどこに連れてこうっての?」
「よーし間に合った……まあ事情は分かったが、お前さん。プロの仮面ライダーとしちゃあ赤点な」
「――あ?」
舞は顔をしかめた。渡良瀬は道路を挟んだ向かい側にある雑居ビルを指差した。
そこにはパトカーに乗せられ保護される翔太少年と救急車に乗せられる両親の姿があった。
舞は目を丸くした。
「ンな馬鹿な……だってあのガキんちょの両親は……!」
「依頼人は神様だろーが。別にバイオメアに取って食われたりはしてねェよ」
渡良瀬は首を振り、指を立てた。
「お前さんのミスはひとつ。自分とこにきた相談が無条件でバイオメア絡みだと判断した。
 先入観に囚われないでよく考えてみろ。小学生が親の許しで平日の昼間から学校休んで一張羅着て好きなオモチャ買ってもらって核家族水入らずで豪華ランチだぞ?」
よどみなく、渡良瀬は語る。
「サラ金より気まずいとこから金借りて一家心中オープンリーチだろ。
 なれちゃ困るから金貸しが即応外甲差し向けて両親拉致ったんだよ。
 ビルの壁に残ってた超FRPの跡がその証拠だ。
 第一お前さん、依頼人をよく知ろうとしたか? 井口翔太くん9歳、将来の夢は警察官だ。
 プロの看板掲げるなら、依頼人をよく見ないとはじまらんぜ?」
「えぇ? そんな……うぇぇっ?」
舞は大仰に驚き、悔しげに顔を歪める。
矢継ぎ早に言いすぎたかもしれない。 渡良瀬はやれやれと首を振って、舞の背を叩いた。
「今日はゴタゴタしてっから、明日にでも顔見せてやんな。住所は聞いてる。
 これで俺の仕事もあがりだ」
「……それで金取るのかよ。たいしたプロだ」
舞が精一杯の皮肉を飛ばす。
しかし渡良瀬はひらひらと手を振って踵を返し、小さく笑った。
「バーカ。こんなザッパ仕事で金が取れるか。依頼人の笑顔で釣りがくらァ」

「結局探し物は見つからずじまいか?」
「ああ」
 夕方、モーターショップ石動。店主・石動信介の問いに渡良瀬は憮然として答える。
「で、クラストに傷だけつけて帰ってきたと。ちゃんと補修費は払ってもらうぜ」
「ああ」
 相模の言葉に、ちょっと打ちひしがれた返事。
「それで一円も稼ぎがないのはどうかと思うんですけど」
「……ギャフン」
 己の空ぶりっぷりに空しさを覚えていた渡良瀬にも、千鶴の一言は効いた。
「やっぱ、無理目でも何か払ってもらうべきだったかな……ええいチクショー」
 居心地が悪くなったので、外に出てため息をつく。これから温かくなるのだろう、昨日とは違う風が吹いていた気がした。
 一応、石動や千鶴は、渡良瀬が何かを探しているのを悟っているようだ。相模が口を滑らせたのかもしれない。
 バイオメアが日本に集まっているというなら、出すべきところに情報を出すのが正しい選択だろう。
 ただ、バイオメアを束ねるであろうある男のことを思い浮かべると、渡良瀬一人でシンプルにケリをつけるべきかとも思う。
「シンプルに、行きたいんだよなァ……西尾の野郎」
 できれば決着は誰の手も借りずに。そう思っているが、拘ってもいられないのかもしれない。
 渡良瀬は小さく嘆息して――近づいてくる足音に気付いた。
「…………卯月?」
「よっ」
 目を向けると、そこにいたのは簡単な荷物を抱えた舞だった。
「何か用か……って、ああこの店か。まァ入れよ、店主は偏屈だがお買い得だぞ」
「んー……」
 渡良瀬は入店を勧めるが、舞はモーターショップよりその上の幕――“仮面ライダーはじめました”の字を見つめて、出し抜けに問うてきた。
「ここの上、まだ空いてるかい?」
「一、二部屋だったら空室あったと思うが。おやっさんに聞いてくれ」
 渡良瀬が答えると、舞は頷いた。
「よし決めた、今日からここに住む。大家さん呼んでくれよ」
「……は!? 何でまた。どっからそういう話になったよ」
 突然のことに渡良瀬は唖然とする。千鶴たちもそれを聞いて出てきた。
 舞は構わず渡良瀬に指を突きつけると、不敵に宣言した。
「あんたの言う“プロフェッショナル”って奴、じっくり勉強しようと思ってさ。
 いろいろ技盗むつもりだから、よろしく」

 遠い異国に、風が吹く。
「……チッ」
 石畳の街に停めたサイドカーに腰掛けて、一人の男が小さく舌打ちした。
「あらあら、どうしたの?」
 皺と傷の刻まれた顔をしかめる男に、女の声がかけられる。男は首を振った。
「どうも娘に悪い虫がついたらしい」
「……超感覚をそんなことに使っちゃダメでしょ? 全く、過保護なんだから」
 女の声がたしなめる。男は唇を曲げた。
「るっせ……っと、戻ってきたか」
 男が振り向いた先から、一人の青年が駆け寄ってきた。青年は手帳をめくって報告する。
「この街のバイオメア情報はガセ――というか、見間違いでした。その代わり“遺跡”関係で気になる事件が数件」
「ご苦労さん。そんじゃ、そっち片付けるか」
 男が腕を回し、愛車である昆虫じみたデザインのサイドカーに跨りなおす。
「はい、父さん」
 青年も頷いてサイドに乗る。
 男の指輪と青年の手帳のストラップには、楕円の内に風車を描いた意匠が施されていた。

――――To be continued.



次回予告
file.07“この物語はダブル主人公制です”
「俺は逃げない……叶えたい夢があるから、逃げられないんだ!」

( 2006年10月01日 (日) 12時52分 )

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