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[163]file.05-6 - 投稿者:壱伏 充

 目眩ましは主に“仕掛ける”側だが、その分幸い慣れている。
 とっさに目を守った渡良瀬は光が収まったのを確かめ手をよけた。
 九十九は、どこから取り出したのか刀身に紫電を這わせた一振りの剣を携えていた。
 九十九はナブラに剣を向ける。
「これまでたらふく喰ってきたんだ。思い残すこたァないだろ?」
《ま、待て……来るな、九十九ッ!》
 ナブラがたじろぐ。九十九から吹き出す、強烈な殺気に中てられて。
「……フン」
 九十九は刃を返し、無造作に地を蹴った。
「やなこった」
 ――迅い。即応外甲の限界を見極め、無駄なく最大の速力を発揮させて踏み込んでいる。
 そこまで渡良瀬が分析し終えるころには、すでに九十九はナブラの後方まで走り抜けていた。
《キ、キサ……ッ!》
「詰んだ駒を弄くる趣味はないもんでね――分かったらとっとと、夢に還りな」
 九十九は制動をかけ、細身の剣を肩に担ぐ。
 カツン、と刀身と装甲が鳴らす音がまるで合図だったかのように。
 ナブラの体は内側から光を溢れさせ、断末魔の叫びすら残すことなく、ビー玉のようなものを残し、光る靄と化して消えていった――――。

「壊れちゃった、な」
 残念そうな相模の呟きは、千鶴が拾い上げた飛行機に向けられたものだ。
 翼は曲がり機首は折れ、無残に傷ついたそれを、しかし千鶴はどこか誇らしげに抱きしめた。
「帰ったら、直します。エンジンは無傷ですから。
 それに、渡良瀬さんや相模さんを巻き込んで、自分一人だけ何もできない方が嫌だったし……」
「いやはや、悪いね。ちょうどいい“羽衣”が捨ててあったから使ったんだけど、こんなことになるとはね」
 言って頭を下げるのは、変身を解いた九十九だった少女だ。
 いかにも実戦向きな服装から見て性格はキツそうだが、実年齢は千鶴と同じくらいだろう。
 渡良瀬は千鶴の飛行機模型を見やり、肩をすくめた。
「そう言や鷲児も、それのデカイ版飛ばして落っことしてたっけな。あれか、おやっさん流か?」

「ぅどれくしゅっ!?」
 鷲児は盛大にくしゃみをして、その場全員の注目を集めたことに気付いた。
 喫茶ルームから一足出ようとした、その一瞬。懐からはみ出す“Maskers'”。
 会計中の巡が、大きくため息をつき目でサインを送ってきた。
 ――何やってんだこのバカ、早く行け――
(わ、わかった!)
 鷲児は走り出した。だが、三歩進んだあたりで誰かとぶつかってしまう。
「のわっ!」
 よろめいた鷲児を支えたのはぶつかった相手、潮だった。
「おっと……何だ、誰かと思ったら天野じゃないか。どうしたんだ、そんなに慌て……て……?」
 潮の傍らには珠美もいる。二人の視線が、やがて下へと向いた。
 Maskers'のグラビアページが開いていた。珠美似の笑顔が三人を見上げている。
「……シュージ君……」
「まあ、その、何だ」
 女性陣の乾いた声が痛い。
 何とも言いがたい表情で二人が鷲児の顔に視線を移す。
 鷲児は居たたまれなく、後ろめたい気持ちに支配され、素早く雑誌を拾い上げた。
「こここここれは、違うんですチガウンデスヨ? それじゃ俺、失礼しましたーっ!」
「ちょっとシュージ君どうしたの!?」
 引き留める珠美の手を振り切るように、鷲児は駆け出した。
 泣きたかった。

「そっか、鷲児さんと同じか……ふふっ」
 千鶴が照れたように笑う。渡良瀬はそのリアクションから一定の情報を読み取って、九十九だった少女に向き直った。
「どっちにせよ、飛行機がここに迷い込んできた以上、君がいなきゃ俺たち相当ヤバかったからな。
 そこは改めてありがとうと言っておくが……ありゃ一体何者だ? それに君も」
 問われて少女は、何かを考え込む素振りを見せて、首を振った。
「やめときな。首を突っ込んだら戻れなくなるから。アンタだけじゃなくって、そこの兄ちゃんやカワイコちゃんも。
 けど、何も教えないのは仁義に悖るからね。あたしはこういう者だ」
 少女は渡良瀬を牽制すると、ジャケットに多数備えられたポケットの一つから名刺を差し出した。
 そう出られると、しつこく追及してヤブヘビになるよりは、適当に引き下がったほうがよさそうだ。渡良瀬はおとなしく名刺を受け取った。
「あ、こりゃどうもご丁寧に。
 フリー仮面ライダーの、卯月 舞さん……ね。
 申し遅れたが、俺はこういうモンだ」
 渡良瀬も名刺を出す。舞と名乗った少女は名刺を受け取ると、踵を返した。
「ふぅん……さてと、そろそろお暇しようか。じゃあね、探偵さん。もう会わないことを祈って」
「あらまつれない……よぅし、相模、千鶴ちゃん。俺らも引き上げだ」
 渡良瀬も背を向け、千鶴たちを促す。
 その背に、舞の言葉が届いた。
「また奴らに会ったとしても、手出しはしないことだね。アンタらなかなかやる方だけど、それだけじゃ連中……バイオメアには勝てないから、さ」
「あー……」
 適当に返事をして、渡良瀬は足を進め、
――――バイオメア。彼らは僕を呼んでいるんです――――
「……ッ!、おい卯月 舞!」
 振り返った。呼びかけるがすでに舞の姿はない。例の札の力だろうか。
「……どうしたんですか、渡良瀬さん。顔怖いですよ?」
 千鶴が心配そうに見上げてくる。
 渡良瀬はしばし闇の中を覗き込み、首を振った。
「いや……何でもない。さ、帰るぞ帰るぞ」
 軽く言って、渡良瀬は二人の背を押す。
 渡良瀬の掌は、しかしじっとりと汗ばんでいた。
 まるで、悪夢から覚めた直後のように。

 世界をゲーム盤に見立てて動かすのは、なかなか楽しいことなのだろう。
 棋譜を見ながらでなければ、きっと。
「見てごらん、カオル。また一つ、駒がそろったよ」
「はい……」
 傍らのカオルが、盤に現れた駒――それは仮面ライダーを模していた――を一瞥し、頷く。
 彼女を従える主たる青年は、さわやかに笑って天を仰いだ。
「さあ……あとは、君たちが来れば全てが揃う」
 プラネタリウムのように、天井一面に映し出される星空を見上げて青年は両腕を広げる。
 カオルはその横顔を見やり、自らも同じように空を見上げた。

 ――――To be continued.

次回予告
file.06“ライダーのお仕事”
「助けてくれと誰が頼んだ!」

( 2006年07月27日 (木) 18時43分 )

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