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[162]file.05-5 - 投稿者:壱伏 充

 九十九は印を解き、腕から生えた肢状の棘を抜く――と、それは手の中で一枚の札に姿を変えた。相模はそれを見て声を上げる。
「あれはまさか……」
「知っているのか雷電!」
「誰だそれは!?」
 ナブラに向いたままの渡良瀬のリアクションに相模がツッコミを入れる。そこへ、渡良瀬の額に札が貼り付けられた。
「だーから邪魔だっての。どいてな――跳符圧風」
 九十九が小さく唱えると、札が淡く輝き、同時に発生した衝撃波が渡良瀬を廊下の端まで吹き飛ばす
「うぬおぉぉぉぉ!?」
 渡良瀬の視界が急激に遠ざかり、壁にぶつかる寸前に減速して止まった。
「ってェ……テメェ何すんだいきなり! つーか何だ今の!?」
 身を起こして抗議しようとする渡良瀬だったが、それを聞くことなく九十九はナブラに向き直り、別の札を手に取っていた。
「行くよ、バケモン」
《フッ、進化した我が力、受けるがいい九十九!》
 吼えてナブラは両手のメスを振りかざす。

 九十九は軽いステップでメスの刃を交わしながら、冷ややかに蚩った。
「ハッ、人様の言葉はうまくなったらしいが、オツムの中身はどうなんだい?」
《侮るなよ九十九、我らが進化は止まらぬ――止めさせはせぬ!》
 攻撃が壁をえぐる。だが九十九は刃の内、ナブラの懐に潜り込んでいた。
 鳩尾に当てた掌が貼り付けたのは一枚の符。
「雷符爆亜!」
 九十九が唱えると同時に符から発生した電光球が爆ぜ、ナブラの体がくの字に折れた。
《グァッ!?》
 飛び退くナブラに、九十九はさらなる符を突きつける。
「アンタら寄生虫に、誰が進化なんか赦すかよ。大体それが、群れ成してこの国に逃げ込んで言えた言葉か?」
《――黙れ九十九ォ!》
 腹から煙を燻らせていたナブラが、逆上して飛び掛る。だが、九十九はカウンターの回し蹴りでナブラの女頭を男頭にぶつけ、そのまま脚を振り抜いた。
《ぐぅ――まだまだァ!》
 ナブラは体のバランスを崩したものの、しかしなりふりかまわず両腕と翼を広げて、全身で九十九に掴み掛かった!
「!?」
 斜め四方から押し包むかのような攻撃に、九十九はとっさにガードに回る。接触面が自動結界を形成し、“喰われる”のを阻んだ。「チ……!」
 だが、身動きが取れない。
《クク……さあ形勢逆転だ。いつまで保つかな?》
 ナブラの双頭が嘲笑した。九十九は負けじと言い返す。
「何いい気になってんだい。傀儡が怖くて引きこもってた根性なしの分際で」
《ならその根性とやら、貴様から戴くとしようか。その次は――お前たちだ!》
 ナブラの女頭がメガネの男と少女を向く。九十九もつられてそちらを向いた。
 まだ逃げていなかった男は少女を庇いながら目を泳がせている。腰でも抜かしているのか、先刻の戦いに巻き込まれない距離から動いた形跡がない。
 九十九は逆を向いてもう一人いた男を探すが、こちらは姿が見えなかった。吹き飛ばされて恐れをなして逃げたか。
 そしてナブラの言葉が、九十九の思索を現実へ引き戻す。
《さあ、いつ焼き切れるかな、この壁は? 美味しい美味しい貴様のデータ、早く味わいたいものだ》
「うるさいねェ……!」
 勝ち誇ったようにナブラが見下してくる。情報集積体から情報を吸って進化する――ナブラたちのような奴らを遮断する結界(ファイアウォール)も、いずれは破られるだろう。
(ほんのちょっとでも隙ができれば……)
 歯噛みする九十九――と、そこへ横手から声が割り込んできた。
「……D-Eコンバート理論ってのは、スフィアミルを介して情報系とエネルギー系の相互変換を成し遂げる、いわば即応外甲の土台だ。こいつはそれ以外にも使い道がいくつか提唱されてたが……」
《ン?》
 言葉を紡ぎ出したのはメガネの男だった。淡々とナブラと九十九を見据えつつ、続ける。
「そちらのナブラさんとやらは連れの脳味噌狙ったことから察するに、データと名のつくものを吸いだして手前の血肉にし、九十九って嬢ちゃんはお札に記したデータをエネルギー変換して放出する術を持ってる。そういうことだな?」
 突然の推論は、的を得ていた。だが、それが一体この状況で何になるというのか。
《ほう、見抜いたか人間。そうさ、その通りだ――分かったところで、どうするつもりだ?》
 余裕を持って答えるナブラも、九十九と同様に訝る。無力な人間の最後の囀りに、興味を引かれたのだろう。
 男は、肩をすくめて問いを継いだ。
「いや何、確認さ。でもってあの首無し男は嬢ちゃんの操り人形。あれでナブラの頭抑えてた……ってこたァ、毒のひとつも盛ってたかい?」
「……だったらどうした!」
 男の言動の不可解さに、九十九は苛立って声を荒げた。そこまで口が利けるならとっとと逃げてくれ。
 しかし男はそれを聞き――不敵に唇の端を曲げた。
「だってよ……やったれ千鶴ちゃん!」
「りょーかい!」
 不意に男が身を沈めると、庇われていた少女が身を乗り出して飛行機模型を投げつける。
 模型は九十九の予測を超えて急加速して、同じく対応が遅れたナブラの顎をしたたかに打つ!
《ぐふっ!?》
 飛行機は女顔の顎にぶつかり、あらぬ方向に弾かれて壁に当たって落ちた。当然、ナブラにさほどのダメージも与えられていない。
《フッ、その程度のこけおどしで!》
「まァ、そう言いなさんな」
 嘲ろうとするナブラの声が止まる。その背後にはいつの間にか、もう一人の男――コートを回収して纏っていた――がいて。
「あ、これ落し物ですよ」
 その手はナブラに、一枚の符を貼り付けていた。
 一拍遅れて、
《――――……ッッッギャアアアアアアアアアア!!!!!???!?!??》
 ナブラは全身に電流を浴びせられたかのように、悲鳴を上げてのたうつ!
 好機到来。九十九は拘束を振り解き、ナブラに蹴りを見舞って距離を取った。
 傍らで男がナブラの狂乱を掻い潜り感心したように漏らす。
「おお、予想外に効くもんだ」
「逃げたんじゃなかったんだね、アンタ」
 九十九の言葉に、男は肩をすくめた。
「“羽衣”に札貼ってあったのを思い出してね。喜び勇んで食いついたらポックリ、みたいなトラップだと思ったわけだが」
 それでメガネの男や少女とアイコンタクトで打ち合わせたというわけか。九十九は仮面の奥でニヤリと笑った。
「まあね。奴らに効くウィルスプログラムをちょちょいと。しっかし……やるねアンタたち」
「借りはその場で返す主義だ。で、どうすんだアレ」
 男は言ってナブラを見やる。情報を喰って生きる“奴ら”に効く分解作用プログラムを受けてなお立ち上がるのは、確かに進化した証だろう。
 だが、もはや敵に反撃の手段はない。
 九十九は左腕から棘を五本抜き、符の扇に変えて構えた。
「最後の仕上げだ。邪魔なんて言った侘びに、いいモン見せてあげるよ。
 ――疾迫膂雷刃、五符結陣!」
 九十九は“口訣”を唱えて符を撒く。
 五枚の符は眩く輝き、その場を光で包み込んだ!

( 2006年07月25日 (火) 15時43分 )

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