[161]file.05-4 - 投稿者:壱伏 充
視覚と聴覚を奪う衝撃に、ナブラは一瞬凍りついた。 情報が入らない――エネルギーが得られない。 焦りの感情を覚えた刹那、ナブラの腹部に衝撃が突き刺さる。 《グゥ……ッ!》 自分の声をどこか遠くに聞きながら、ナブラは床に倒れこんだ。
「っし!」 ナブラを蹴り倒し、渡良瀬は身を低くしていた千鶴と相模を引き起こして走った。 「今度こそ逃げんぞ、ほら立て!」 「ああ。やったのか?」 リボルジェクターは千鶴が作った多機能ツールで、相模にもその威力は教えてある。それゆえに、渡良瀬の指示でスタングレネードの被害を免れたのだ。 問うてくる相模の背を押し、渡良瀬は首を振った。 「いいや、蹴倒しただけだ。あれでくたばりゃ苦労はねェ」 「だったら、変身しちゃえば!」 千鶴が走りながら提案してくるが、渡良瀬はやはり首を横に振る。 「どうしてだワタちゃん、こんな時こそクラストの使い所だろ!」 「言いにくいんだがな……」 振り返れば、回復したナブラが立ち上がり翼を広げる。背後へ抜けるのは無理そうだ。 渡良瀬は神妙な面持ちで、理由を語った。 「コートと一緒に、バックル投げちまったんだ」 「このアホたれっ、真面目にやらんかいっ!」 罵倒された。とにかく、と渡良瀬は千鶴に指示を出す。 「遊機呼んどけ! 一斑指名でな!」 「それが、さっきから携帯つながらなくて……ここ圏外じゃないのに!」 「何ぃ?」 千鶴が半分パニックに陥りかけながら答えた。そうなると、とる手はひとつだ。 「よーし相模、お前のテイラの出番だ。縫って転がしちまえ」 「冗談はあれに服着せてから言ってくれ! こちとら針糸の通らない領分まで欲張ってねェ!」 仮面ライダーテイラは戦闘用ではない。言い返してくる相模のペースが落ちてきた。 「おいおい、しっかりしろよ」 「悪いねェ……」 ナブラは低空飛行で追ってくる。渡良瀬は相模の背を押そうとして――突き飛ばし、自らも横へ跳んだ。 「んなっ!?」 転ぶ相模の髪を数本掠め切って、メスが天井に刺さる。ナブラが撃ち出してきたのだ。 命中こそ免れた。だが、そのせいで三人の足が鈍った。 「相模さん!」 転ぶ相模、駆け寄ろうとする千鶴、リボルジェクターを構える渡良瀬――そしてナブラの爪。 《同じ手は二度も食うものか!》 「っぐ!」 翼から生えた爪が伸び上がり、渡良瀬の手からリボルジェクターを弾き飛ばす。動きを止めた丸腰の渡良瀬を、ナブラはそのまま左手で壁に叩きつけた! 「がぁ……っ!」 そのまま壁にねじ込まれかけ、渡良瀬は苦悶の声を上げる。 ナブラは二つの口を笑みの形に歪めた。 《小賢しい真似をしてくれたな人間よ――喜ぶがいい。その知恵、この私が喰ろうてやろう》 「んだと……どういう意味だ!」 壁に押さえつけられたまま渡良瀬はもがくが、拘束は緩まない。 「にゃろう……っ!」 立ち上がった相模に、ナブラは羽を伸ばして爪を突きつける。相模の頭蓋なら砕けそうな速度だ。 《そう急くな、貴様は次だ。何、案ずるな。痛いのは一瞬だ》 ナブラは優位に立つ者特有の笑みを浮かべ、右手を掲げて渡良瀬の頭を掴もうとする。 知恵を喰らう。その言葉から渡良瀬は、その手から自分の知識やら何やらが吸い取られる様を思い浮かべた。 「渡良瀬さんっ!」 千鶴が悲鳴を上げる。 渡良瀬は舌打ちして毒づいた。 「痛くしねェだ? テメェはどこの――」 「――――テメェはどこのスケコマシだい?」 渡良瀬の皮肉は、しかし発する前に奪われた。 ナブラに、ではない。 『!?』 その場にいた全員が意識を取られた瞬間、周囲にザワリ、と気配が生まれ出た。 「ひ……キャアッ、何!?」 千鶴の足元を駆け抜け、気配の主、ネズミに似た何かの群れがナブラに殺到する! 《うぬ……これは!》 「うお、何じゃこりゃ!」 呻くナブラの腕に、翼に“ネズミ”が噛り付くと、その部位がバシッと火花を上げた。 《ぐっ!》 「……何かよく知らんが、隙ありッ!」 怯んだナブラの腕を蹴り上げ、渡良瀬は拘束から逃れ、千鶴、相模もまた後ずさる。 ネズミは火花と引き換えに四散し、その後には舞い散る札のようなものが残るばかりだ。 顔を上げた渡良瀬は、ナブラを挟んで反対側、相模たちの向こうから歩いてくる少女のシルエットに気付いていた。 勝気そうな眼差しと、均整の取れたプロポーション。何より目を引くのは、腰に巻いた無骨なベルトだ。 「怪我はないね? 下がってな」 幇助は相模たちを押しのけナブラと対峙すると、不敵な笑みを浮かべる唇に左手の腕時計を寄せた。 「九十九――」 「!」 少女が言葉を紡ぐとともに、腕時計――リストマスカーが光を放つ。 そして少女は伸ばした右手を引いて、印を結んだ。 「――変身ッ!!」 瞬間、ベルトのバンドにわだかまる何かが少女の四肢に絡みつき、具現化する即応外甲と一体化する。 ナブラはもはや渡良瀬たちを眼中から追いやり、忌々しげに少女の名を口にした。 《おのれ……この地でも我らの邪魔をすると言うか、仮面ライダー九十九よ!》
バックルからのベーススーツ放射と最終装甲形成を経て、現れたのは一人の即応外交。 四肢に沿って幾つもの棘を這わせた独特のシルエットに、黒のベーススーツを複雑に切り分ける金ライン。 メタリックバイオレットの装甲が形作る意匠は、“百足”。 それは、リストマスカーによる認証システムを変身シークェンスに組み込んだ、本物の――セプテム・グローイング社製の仮面ライダー。 名乗った銘は九十九――“仮面ライダー九十九(ツクモ)”!
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2006年07月22日 (土) 19時37分 )
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