[160]file.05-3 - 投稿者:壱伏 充
渡良瀬、相模、千鶴の三人はそろそろとはいびょうんに入っていった。 (うわ、外で見るよりもっと不気味……) 渡良瀬の背に隠れ、千鶴は懐中電灯を四方に向ける。夕刻では夕日の光が周囲を赤く染めうら寂しいムードを作っていたが、夜だと単純に視界が利かず、より本能的な恐怖を覚える。 使われていないロビーで、ごみを蹴飛ばす音が大きく響いた。 「その首無し男を見たのはこの辺かい?」 「う、うん」 渡良瀬の問いに千鶴が頷く。すると渡良瀬は相模についていてもらうよう手で示し、その場に屈み込んだ。 「まだ新しい足跡があるな……一組、いや二組か?」 「ここらで乱痴気やってた連中のってこたないか?」 相模の指摘に、渡良瀬は首を振る。 「2年ばかしここらでトグロ巻いてるがな。あまりそういうスポットじゃないんだよこの辺は。ほら、コンビニ遠いし」 言いながら渡良瀬は、見つけた足跡をたどるように懐中電灯の光を向ける。 そして――光の円の中で何かが動いた。 「渡良瀬さん……っ」 「ああ、見えた」 渡良瀬が立ち上がる。相模も頷いた。三人とも同じものを見たのだ。 通路の突き当りを横切る肌色の人影を。 「しかもご丁寧に、千鶴ちゃんの飛行機みたいなの、持ってたな」 「追うしかねェか」 渡良瀬は面倒くさそうに言って肩を落とす。千鶴は二人のやり取りに目を丸くした。 「え、えっと……怖くないんですか?」 あくまで冷静な二人の態度が信じられない。しかし渡良瀬は歩き出しながら答えた。 「千鶴ちゃんの飛行機持ち運んでたってこたァ、夢幻の類じゃねェからな。 殴って当たらない道理はねェさ。逆に殴って当たらない奴に、殴られて痛い道理もない」 「……何かが激しく間違っているような」 至極物理的な根拠に、千鶴はどこか釈然としないものを覚えた。
テリトリーに踏み込んでくるエサの気配に、“それ”は目を覚ました。 人間が三体。それだけでも喜ばしい上に、うち二体はより栄養価の高いオマケをぶら下げている。 ここ数日頭を抑えられていたせいで、院内に残されたわずかなデータと小動物しか“食べて”いない。 久々のご馳走だ――“それ”は牙を研ぎ澄まし、獲物を待ち構えた。
渡良瀬は立ち止まり、背後の二人を手で制した。 「どうしたんですか?」 「何か音がした」 千鶴に答え、渡良瀬は懐中電灯で行く手を照らした。人影にはまだ追いついておらず、その姿も見えないが、足元で何かが身じろぎするような気配を覚えたのだ。 「気のせいじゃないのかい?」 「いや。こりゃ、首無し男からとっとと飛行機ぶん取って、ズラかるのが吉だな」 「できるんですか?」 千鶴の不安そうな問いかけに、渡良瀬は胸を張って答えた。 「まァな。この俺を誰だと思ってんの……っと。だいぶ奥まで来ちまったな」 散乱するコンクリートの破片を一瞥して、渡良瀬は振り返り―― 「――危ねェ!」 とっさに千鶴を抱きかかえ、相模を蹴飛ばした反動で跳んだ! 「きゃっ!」 「んのわ!?」 三人が倒れこんだ間隙を、何かが通り過ぎる。 「何すんでぇワタちゃん……っ」 「千鶴ちゃん任せた!」 尻をさすって立ち上がりかけた相模に千鶴を任せ、渡良瀬は降り立った人影に相対した。 「――ひっ!」 落としたライトの光が、着地したその姿を映し出す。 息を呑む千鶴を背後にかばい、渡良瀬は小さく構えた。 「出やがったな、首無し男?」 天井にでも貼り付いていたのか、音もなく現れた肌色の人影には、確かにあるべき“首”がない。 手に飛行機模型を携えた、それは確かに先刻目撃した首無し男だった。
暗がりで断面までは見えないが、首をどこかに引っ込めているようには見えない。 渡良瀬は静かに構えたまま様子を窺った。 (ロボットか……はたまたバイオクリーチャーか……) 千鶴と相模が距離を取るのを背中で感じつつ、目を凝らし耳を澄ませ、出方を待つ。 不意に、首無し男が音もなく地を蹴り――渡良瀬に肉薄した。 同時に首無し男のパンチが渡良瀬の胸元に吸い込まれる―― 「っと!」 渡良瀬は首無し男の一撃を左の手刀で叩き落し、その手応えのなさにつんのめりかけた。 (軽い……!?) バランスを崩した瞬間、首無し男は渡良瀬の背後に回りこみ、手中の飛行機を振り上げる。一撃は軽くとも、凶器を持てば話は別だ。 (させるかよ!) 渡良瀬はとっさに身をよじらせ、伸び上がるような後ろ蹴りで首無し男の腕を打ち抜いた。 腕がひしゃげ、飛行機が手中からすっぽ抜ける。 「あっ……」 千鶴が思わず声を上げる。渡良瀬は振り下ろした足で強引に床を踏みしめ両腕を引き絞ると、上体を泳がせる首無し男の鳩尾に掌打を叩き込んだ! 首無し男があっさりと宙を舞い、壁に当たって落ちる。 そして渡良瀬が返した手の平が、落ちてくる飛行機をキャッチした。渡良瀬は振り返り、飛行機を差し出す。 「相模、あいつバラすぞ。千鶴ちゃん、俺のライト取って」 「――ああ、そういうことか」 渡良瀬は千鶴に飛行機を渡すと、立ち上がりかけた首無し男を蹴りで壁に縫いとめた。 「ありがとうございます渡良瀬さん。でもこれって……?」 千鶴は飛行機を抱え、安堵しつつも首をかしげる。首無し男は深々と渡良瀬のつま先に抉られたままじたばたともがいている。 渡良瀬は渡されたライトで首無し男を照らした。 「見てみな。中身空っぽだろ。こいつはアレックス・コーポレーションの“羽衣”って言ってな」 「……障害者リハビリ用の即応外甲さ」 相模は説明を引き継ぐと、首無し男――“羽衣”の主人工神経を針でつまみ出し、断ち切った。
リハビリのひとつに“自分の体を鏡に映し、正常に動く様子を強くイメージする”というものがある。 この発想をさらに推し進めたものが“羽衣”と呼ばれる医療用即応外甲だ。 装着者の脳髄から電気信号を受けた人工筋/神経線維スーツが能動的に伸縮することで、見かけ上“装着者の思い通りに体を動かし”、社会復帰とリハビリを同時にこなすというのが設計コンセプトだ。 セプテム・グローイング社の“仮面ライダー”以外では唯一フルオーダーメイドを前提とした機種でもあるが、大病院用に量産型も作られている。
「足の力が入らない人間を支える仕様だから、自重支えて歩き回んのもワケないやな。 放置されて誤作動して徘徊、か……寂しいもんだ」 機能停止した“羽衣”を横たえ、メガネの男が呟く。 その傍らでコートの男が膝をついた。 「で、誤作動したこいつが俺たちを襲った……そんな事故ありえるのか?」 「さァな。そこまでは専門外だ、俺に聞かないでくれよ……ん、何だこれ。札?」 メガネの男が何かに気付く。コートの男もつられて羽衣を覗き込む。 チャンス到来だ。“それ”は意を決して飛び出した。 目障りだった羽衣を倒した、二人の力を己が物とするために――
数分前に感じた何かの気配。それは、いまだ消えていなかった。 「渡良瀬さんっ!」 「!」 千鶴の声に反応し、渡良瀬はとっさに迫り来た気配に向かって足を突き出した。 靴に仕込んだ金属板と刃物がぶつかり、耳障りな音を立て、気配が飛びのいた。 「何だ!?」 「知るか!」 一瞬遅れた相模を下がらせ、千鶴を抱き寄せ渡良瀬は怒鳴り返した。だが、その視線は現れた闖入者から逸らさない。 《……ちぃ、しくじったか》 苦々しげに着地した“それ”は、異様な姿をしていた。 暗がりではっきりとは見えないが、おおよそサイズは大人一人分といったところか。一見して白衣を着た医者のようにも見える。 だが、目を凝らせばその白衣に見えたものは内に骨を通した白い皮膜で、裾から小さな爪が飛び出しているのが見て取れた “それ”が、男とも女ともつかぬ声を上げる。 否、男と女の声で同時に、と言うべきだろう。“それ”からは男女二本の首が生えているのだから。 「ひ……っ、ばば、化け物っ!」 千鶴が息を呑む。現れた双頭の怪人は小さく哂った。 《化け物……? 失敬な。私にはナブラという名がある》 ゆらりと立ち上がる双頭の怪人"ナブラ"に相対し、渡良瀬は毒づいた。 「ナブラだか帷子だか知らねェが、首無しの次は二本首かよ。ちょうどいいって言葉知らねェのか、ここの連中は!」 「そういう問題じゃないだろう!」 相模が間髪入れず突っ込む。渡良瀬にも言いたいことは分かっていた。 今度現れた“敵”は、完全に見た目が人ならざる身でありながら明確な自我を持っている。正体が何であれ、正直に言って、手に余る相手だ。 遊撃機動隊に通報する隙を窺う渡良瀬だったが、生憎ナブラは三人を標的と見定めたらしかった。舌なめずりをして、裾から覗く手からメスを生やす。 《無駄話はそこまでにしてもらおう……続きは私の“中”でするがいい!》 ナブラは腕を振りかぶる。 「ええいくそっ!」 渡良瀬はとっさにコートの肩口を引いた!
投げ放ったメスが男のコートに包まれて落ちる。 同時に三人の人間は横道に向かって駆け出していた。 ナブラは翼を広げ、動かなくなった首無し男を忌々しげに一瞥してから三人を追う。 先頭を飛行機模型を抱えた少女、次にメガネ、しんがりは元・コートの男だ。 その男が振り向く。ナブラは若干の距離を置いて追跡した。 ナブラの目的は、男二人が持つスフィアミルの反応。すなわち、即応外甲だ。手に入れるためには、変身させねばならない。 すると不意に、元・コートの男が速度を緩めた。 《ほう、覚悟を決めたか人間……?》 「リボルジェクターっ!」 ナブラの言葉をさえぎって、男は突如"宣言"する。 瞬間、先行する二人が滑り込むように伏せ、元・コートの男が奇妙な銃を手に振り返った。
「……おぉうっ?」 少女は階段を下りつつ、突然の轟音に身をすくめた。 「何か……色々予想外が混ざっちまったかねぇ?」 見通しが甘かったことを反省する。自律ワクチンは想定より早く行動不能となり、その原因となった“餌”はなかなかどうして元気に健闘中のようだ。 「まあ、面白そうになってきたからよしとしようか!」 少女は獰猛な表情でひとりごち、戦場へと走った。
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2006年07月20日 (木) 19時16分 )
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