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[159]file.05-2 - 投稿者:壱伏 充

「――どぇくしょい!」
 AIR人工島の大食堂で、天野鷲児は盛大なくしゃみをした。
 対面に座っていた由比 巡は寸前で自分の丼を持ち上げ避難させて顔をしかめた。
「お前ね。口くらい押さえなさいよ」
「……あ、ごめん。急にむずむずって来て。ってか前にもやったな」
 鷲児は巡に頭を下げた。彼はAIRのテストパイロットの一人で、鷲児よりも年長だが会ったその日に意気投合し、こうして友達づきあいしている。
 巡は肩をすくめた。
「あー、潮さんの前でやらかしたんだっけ」
「見てたのかよ」
「まーな。そう言えばお前、今月のMaskers'買ったか?」
 いきなり話が飛んだ。鷲児は首を横に振る。
「もう入荷してたっけ」
「おう。ちらっと本屋でな」
 この人工島は、それだけで小さな町を形成している。養生での長期生活を支える福利厚生施設が充実しており、ブックショップコーナーなどは定期便によって駅前の小さな書店クラスの品揃えをキープしている。
 巡は声を潜めた。
「で、それがどうしたかっつーとな。グラビアのコが珠美ちゃん似なんだ」
「むがふっ!?」
 鷲児はすすっていたきつねうどんを逆流させかけ、慌てて水を飲み込んだ。
 Maskers'のグラビアと言えば、即応外甲風の衣装をまとった女性が扇情的なポーズを取り――装甲部を分解する要領で、あるいはベーススーツに相当する布地を破ることで局部を露出させるという、“バイクとヘアヌード美女”以上に意味不明かつフェティッシュな代物として有名だ。
 鷲児は呼吸を整えて、巡をじろっと睨んだ。
「それ……マジかよ?」
「マジも大マジ。買ってくか?」
「な――何言ってんだよ!」
 鷲児は顔を赤くしてうどんをすする。巡はそれを見つつニヤニヤして言った。
「いいのかー? 今のうちに買占めとかねェと、他の奴が買ってウハウハムヒョーってなっちまうぜ?」
「うぐ……」
 それは困る。耐えられない。さらに巡は唆してきた。
「案ずるな鷲児、俺も協力は惜しまない。この島のMaskers'入荷数は書店の三冊と喫茶ルームの一冊。
 まずは書店の分を俺たちで確保する。二ノ宮にも手伝わせよう。問題は喫茶ルームだが、俺がグラビア切り離す間にお前にゃ囮を頼みたい」
「……待ってくれよ巡」
 鷲児ははたと気づいて巡を留めた。
「写真独り占めする気じゃないよな?」
「だって処分するのもったいないJan」
 巡がさらっとリズミカルに言い放つ。鷲児は顔を引きつらせた。
「お前な……」
「あれ、どうしたのシュージ君?」
 と、そこへ現れたのは当の椎名珠美だ。隣にはお盆を持った松木 潮の姿も或る。
 鷲児と巡は口をそろえて答えた。
『いや何にも』
「…………」
 黙々と巡の隣で味噌煮込みを食べていたもう一人のテストパイロット、二ノ宮十三はちらりと四人に視線を向け、再び食事に集中した。

 相模のリズミクスが廃病院前に止まる。
 渡良瀬は側車から降り、相模の背にしがみついていた千鶴の手を取った。
 ここまでの運転手を勤めた相模が廃病院を見上げた。
「んじゃ、俺はここで待ってるから。気をつけてな」
「お前も来るんだよ」
 渡良瀬は相模のさりげない一言を却下した。相模は露骨に嫌そうな顔になる。
「服も着てない奴は俺の管轄外なんだけど」
「つべこべ言うな。お前の分の懐中電灯も持ってきてやったから」
 苦笑する渡良瀬の言葉に、相模も肩をすくめてバイクから降りた。

 居酒屋で刑事と別れ、杁中はようやく一息ついた。
「あー……生きた心地しなかった」
 ぼやきつつ原を睨む。原は大して気にした様子もなくパタパタと手を振った。
「なーによ案外肝っ玉小さいわねー。いいじゃない色々わかったことだし」
 ――いきなり「過去にバイオメアとの交戦経験があると聞きました。データだけじゃ分からないとこもありますから教えてください対処法とか」といきなり頼み込み、酒を酌して根掘り葉掘り。
 杁中は思い返す。
 結局、対処法に関して多くは聞けなかった上、特装機動隊の解散原因についても刑事はノータッチだったらしい。
「1ミリたりとも新情報出てこなかったように思うんだが」
 杁中が呻くと、原はチッチッと指を振った。
「何言ってるのよ。特装は実験部隊。単独捜査なんてほとんどなくって、今の私たち以上に付け合せの任務ばかりだったのよ。
 でもあの人は、バイオメアを知らなかった」
「バイオメアがどうしたっつーんだ。この前だろ、それの事件」
「隊長と班長が、バイオメアって単語出した時に顔色変えたのよ。この前の事件で」
 原の観察眼と記憶力に、杁中は半ば呆れた。
「つまり……あれか。あの探偵が警察辞めた原因の事件にはバイオメアってのが絡んでて、事件自体は特装が単独で担当した、と。
 いや、もしかすっと特装そのものが事件の舞台……」
「そうそ、飲み込み早いじゃん」
 原が嬉しそうに笑うが、杁中はそれに同調できなかった。
 どんどん自分の先を行く原に、さすがに心配になって声をかける。
「それにしたってお前、これ以上何探る気だよ。隊長と班長に睨まれっぞ」
「ハッ、なーに言ってんだか」
 原は体ごと振り返り、にっと笑って見せた。
「真実が隠されてんのよ。全部暴くまで止まれるわけないじゃない!」
「威張れることかよ」
 杁中は小さく肩を落とした。

 侵入者の存在を察知して、少女はピクリと眉をひそめた。
 外に光を漏らさない素材のテントから慎重に這い出し外の様子を伺う。デジタル双眼鏡を覗き込むと、三人の男女が映った。
 うち一人は夕方に飛行機を追ってきた女子高生だ。帰ったと思ったら助けを呼んで戻ってきた。
「――使えるならいっそ使っちまうか」
 今日で三日張り付いているが、成果が出ない。少女は閃きを実行に移すため、ポケットから一枚の符を引き抜いた。

( 2006年07月13日 (木) 20時24分 )

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