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[157]file.04-7 - 投稿者:壱伏 充

 一方解析ルーム2――アトラスパイダーの解析とその護衛に当たっていた隊員たちもまた、混沌の真っ只中に放り込まれていた。
 だが、その原因となったのは重機ではない。
「ちくしょ……っ」
 ガンドッグを装着した植田が突き転がされる。じたばたと起き上がろうともがくが、額に貼られた札が淡く輝くばかりで身動きが取れない。
 そして植田の体を跨ぎ越えて、奥へと進んでいくのは――一人の仮面ライダーだった。
 黒のベーススーツに細かな金ラインを走らせ、小さな肢を生やした帯状のパーツを手足の側面に纏わせた紫の装甲のライダー。その意匠はムカデを思わせる。
「悪いがあたしも仕事でね」
 そのライダーは少女の声で告げた。
「なぁに、10分もあれば札が燃え尽きて、また動けるようになるさ。じゃあね」
 手をひらひらさせて、ライダーは植田の前から去っていく。
 なぜか迎え入れるように、ライダーの行く手で勝手に隔壁が開いていった。

「――ぁくっ!」
 ガードした両腕ごと、原のガンドッグは壁に叩き付けられた。
 腕を乗り越え、鉤爪がガンドッグの胸甲を何度も掠める。
「こいつ……?」
 クリーチャーの爪から指を伝い、腕へ、体へと光が脈打っていく。同時に原のガンドッグのモニターがコンディションウィンドウを勝手に開いた。
 ――駆動プログラム欠損。
「うそ、何で! ……何してんのよこいつ!」
 やがてクリーチャーの腕から胸にかけて画、溶けてよじれ、飴細工が歪むように形を変えていく。
 ガンドッグの対応部位と同じ形に。
「く……ああああっ!」
《キュル!》
 原は渾身の力でクリーチャーを蹴り飛ばした。 クリーチャーは吹き飛ばされながらも壁面に貼り付くように着地し、対する原はその場にくず折れる。
 状況は平針と同じだった。こちらは上半身のほとんどが駆動しない。
「マズ……コンディション最悪」
 腕の形は戻せないし、腰も曲げたままの姿勢で固定された。両足は動くが、これで満足に走れるはずもない。
《キュル……キュルルルル》
 クリーチャーがないて、ガンドッグを模した指から長く鋭い爪を伸ばした。原は自分の胸甲を見下ろした。超剛金ゼプト・マテリアルで形成された装甲には、いくつかの爪跡が走っている。
 まともに受ければ、こんな軽傷ではすむまい。
 クリーチャー蛾のそり、と足を進める。原は進むことも退くこともできずに、しかしクリーチャーを睨み返した。
(班長たちが帰ってくるまで、持ちこたえないと……)
「原っ!」
 倒れ伏したままの平針が、這い蹲りながら二人の間に入ろうとする。原もまた、壁に体重を預けながら立ち上がろうとする。
 しかしそれが間に合うことはなく、間に合ったとしても時間稼ぎにもならない。
 原は小さく、声を漏らした。
「杁中……っ」
 クリーチャーはあっさりと原の前にたどり着く。
 原が蹴り上げた足は届かず、逆にガンドッグは殴られて床に叩きつけられる。
「くっ……!」
《キュル……》
 そしてクリーチャーが爪を振り上げた――その瞬間、
「データ喰いのバイオメアか。日本にも出るとはねェ」
 静かな声とともに、クリーチャーの背が突如、爆ぜた!

《ギュル……ッ!》
 背から黒煙が上がり、根元から千切れた翼が床に落ちて霞のように消えていく。
 顔を上げる原が見たのは、苦痛に悶えるクリーチャーと、いつの間に現れたのか入り口に背を凭せ掛けた、一人の“仮面ライダー”の姿。
「何……あなた一体!?」
 何をしたのか。何故こんな場所にいるのか。何が目的なのか――そもそも何者なのか。
 いくつもの疑問が同時に湧き上がり、原はかすれた声を上げる。
 しかし、それに答えることなく“ライダー”は少女の声で一方的に言い放った。
「邪魔だ、どきな。そいつはあたしの獲物なんでね」
「何だと……!」
《キュルル!》
 平針が突っかかろうと上体を起こすと同時に、クリーチャーは目標を切り替えて現れたライダーに飛び掛った。
「喰ったのはガンドッグの装甲と手足か――ハッ」
 しかしライダーはクリーチャーの姿を鼻で笑うと、爪先で平針のガンドッグを引っ掛け、クリーチャーの眼前に放り出した。
「うわぁっ!?」
《キュル!?》
 一人と一匹が空中で激突する。その間にライダーは腕から棘のようなものを2本引き抜き、投げつけた。
「呪縄、縛符!」
 ライダーが凛と言い放つ。2本の棘はそれぞれが一枚の札の形に開き、声に応えるかのようにその中心から光の縄を擲った。
《キュ……ッ!》
 縄は過たずクリーチャーのみを捕らえ、縛り上げる。
「っ……何だ?」
 床に落ちて平針が呻く。見れば縄の正体は単眼の蛇だ。
(こいつもバイオクリーチャーか!?)
 仮面の奥で目を剥く平針に構うことなく、ライダーは次いで足から数本棘を抜いた。
「蒼廉刃符」
「っ!」
 ライダーが唱えると、札が眩い光を放つ。思わず目を背けた平針が視線を戻すと、ライダーの手には表面に複雑な紋様が刻まれた一振りの剣が握られていた。
 剣の紋様に沿って淡い光が走る。クリーチャーが、首をそちらに向け、慄くかのような声を上げた。
《キュ――》
「――夢へ還れ」
 ライダーは無造作に間合いを詰め、携えた剣でクリーチャーの首を――貫いた!
「速……っ!」
 原は壁際にへたり込んだ格好で驚愕の声を上げる。だが驚くのはそこからだった。
 貫かれたクリーチャーの体が剣とともに光を放ち、やがて蜃気楼のように消えうせてしまったのだ。
 残されたのは、フワリと浮かぶビー玉大の球体がひとつ。
 ライダーはそれをキャッチして、ベルト脇のポーチに仕舞い込むと踵を返した。
「……待ちなさい!」
 しばしその光景に見とれていた原だったが、我に返ると、ライダーを呼び止めた。
 腕を動かせないままどうにか立ち上がり、問いを投げかける。
「あなたは何者なの? 今、何をしたの? それに、そのビー玉みたいなの……どうするつもり!?
 それは大事な証拠よ、渡しなさい!」
 鋭く命じる原に、しかしライダーは首を横に振る。
「だったら止めてみなよ。その格好で凄んでも、大して怖かないけどねェ……ここで時間食ってたら、怖いオバサンが帰ってきそうだ。割に合わないね」
 言ってライダーは駆け出した。原はその後をどうにか追う。しかし廊下に出たところで何かがガンドッグの目を塞いだ。一瞬、視界の全てがブラックアウトする。
「何よ、もう!」
 どうにかして振るい落としたのは一枚の札。それが、青白い炎を上げて瞬く間に燃え尽きる。
 そして視線の先に、すでにライダーの姿はない。
「逃げられた……エネミーファイルに諸元登録……っ」
 悔しさに歯噛みして、原はガンバックル内の制御AIに音声命令を下す。
 東堂が到着したのは、ライダーが去った2分後、典子たちが駆けつけたのはさらに5分後のことだった。

『あー、やっと通信回復したわ。テステス、聞こえてるー?』
「ああ、感度良好。しっかしこれは」
 量子からの通信に応えつつ、東堂は周囲を見渡した。
「ひどいね、まったく」
 通信の途絶えた遊撃機動隊舎に裏ルートから潜り込んでようやく辿り着いたら、この惨状だ。
『バイオメアのことは、緘口令敷かなきゃね。さっきもらった報告以外に、被害は出てる?』
「一番重傷なのは部下のプライドだよ。その場にいた奴も、いなかった奴も」
『ま、三人のおかげでデータは揃ったから、お手柄だって伝えてよ。それにねぇ……』
「何だい」
 量子は思わせぶりに言葉を切る。東堂は他に聞く者がいないことを確かめて先を促した。
『原ミョンと典子、後でこっそり隊長室に呼んじゃっといて。今回の件とは別に、じっくりざっくり聞きたいことがあんのよね』
「わかったよ」
 東堂はそれから二、三確認して通信をきった。
 そして携帯電話のメモリーから、行きつけの飲み屋を呼び出した。
 今日は勤務時間が終わったら呑みに連れてってやろう。それが上司の務めというものだ。
 できれば割り勘で済ませたいという本音もあるが。

 モーターショップ石動二階、渡良瀬探偵社。
 タクシーを拾って帰り、足りないタクシー代を石動に出してもらい、ついでに食費もないので昼食をご馳走になり、人心地ついた渡良瀬は、携帯電話を二世代前のものにすれば壊れた奴と無料で機種変更できるだろうか、と必死で検討していた。
 しかも午前中、渡良瀬がいない間に美人の客が来て帰っていった――カオリではない――と相模に聞かされている。
「ちっくしょー、あのワンコロ野郎。厄介なのに目ェつけられたな」
 岸田カオリ探しに血道をあげている場合ではないな、と挫けつつ渡良瀬は忌々しげに机の引き出しの中身を見下ろした。
「やっぱ携帯しなきゃダメか、これ」
 そこには、昨日今日としまいこんだまま持ち歩いていなかった変身ベルト・クラスバックルが、心なしか寂しげに鎮座していた。

 ――――To be continued.

次回予告。
file.05“廃病院の首無し男”
「何か、“大草原の小さな家”みたいな語感だな」

( 2006年06月29日 (木) 20時43分 )

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