[152]file.04-2 - 投稿者:壱伏 充
看板を出して数日。“ライダー”の有無にかかわらず依頼人が来ないことに、渡良瀬がいよいよ危機感を抱き始めたその日の夕方。 探偵社の扉を叩く者がいた。 能面めいた顔立ちの女は、生島建設の岸田カオリと名乗った。 「私と一緒に、今からある所まで来てもらいます。事態は一刻を争いますので」 名刺を出した直後、カオリは開口一番そう言い放つ。 「……話は道すがら、ですか?」 名詞をつまみ上げた渡良瀬の言葉に、カオリは無言で頷いた。
アミューズメントパーク建設地。中央に座する“アトラスパイダー”は一見機能を停止させているだけのように見える。 しかし渡良瀬が覗き込んだスコープが映し出したのは、機体の上面に張り付いた何かの影だった。 全体のサイズはおおよそ大人一人分。黒い体毛に覆われた隆々とした体躯と、肘関節が四つある腕の先に生えた三本の鉤爪。 足は小柄な女性の胴回りほどもあり、背には蝙蝠に似た翼を生やす。 爛々と光る真っ赤な三つ目がチャームポイントだ。 「……バイオクリーチャーの退治は遊撃機動隊のお仕事だろ」 二人がいるのは、事態の推移を見守る作業員たちのさらに後方。アトラスパイダーとの距離は100m弱といったところだ。 渡良瀬がスコープを手渡すと、しかしカオリは首を横に振った。 「セラフ・リゾートグループの意向として、警察・マスコミに動かれてイメージを損なうのは避けるべきだと決定が下りましたので」 セラフ・リゾートグループは生島建設の母体である。 「そんなことやって傷口広げた企業が過去どんだけあると思ってんだ。 大体あのクリーチャー、どっから出てきた?」 呆れたように渡良瀬が言う。カオリは眉一つ動かすことなく答えた。 「作業員からの証言を総合すると、建設地の地下からだそうです」 地下からクリーチャー。非公的機関への依頼。渡良瀬の頭の中でそれがすっきりとした形にまとまった。 「よーするに君んとこのお偉いさんは、“遺跡”目当てで欲かいてると、そういうことか」 「クリーチャーがアトラスパイダーを実質占拠して3時間が経過しています。救出を急いでください」 カオリは淡々と指示を出す。渡良瀬は大きく息を吐いた。 ――破格の報酬に釣られた俺が馬鹿だった。
“ライダーショック”に前後して、世界各地で発見された地下施設。 出自は不明ながらもオーバーテクノロジーと言って過言ではない技術や知識が蓄えられたその地は、多くの人間の欲望を掻き立て争いの元となった。 誰とはなしに“遺跡”と呼び出したそれら施設群は、各方面からのしがらみゆえに明確な所有権規制も行われぬままなし崩しに各国政府が管理下に置くようになっている。 ――ゆえに、早い者勝ち、見つけた者勝ちという考え方もまた根強い。 いくら遺跡の技術が目当てであろうとも、一観光会社が例えば世界征服だの独立国建国だのといった大それた国際犯罪をしでかす可能性は低い。 「警察が来る前にあのクリーチャーどかせってか……で、他の人には話通してあんだろね?」 「ご心配なく。ですが」 カオリは言葉を切り、話しかけて来る渡良瀬に前方を示して見せた。 「向こうが先にこちらに気づいたようです」 「――――!」 渡良瀬が示されるまま指先の方向を見やると、アトラスパイダーがゆっくりと立ち上がり頭(に見える部位)をもたげるところだった。 「復旧した?」 「いえ、あの挙動はマニュアルモードですが、搭乗者がコントロールを奪還したという報告はありません。 例のクリーチャー、便宜上“ラスパ”と名付けていますが、ラスパが機体の制御系にハッキングしていることから考えて……」 ――今、さらりととんでもない事実が語られた。占拠の意味を悟り、渡良瀬はカオリの襟首を引っ掴む。 「それを早く言えっ!」 「は……?」 刹那、アトラスパイダーは八脚を震わせると、猛然と前進を始めた! 「うわああああっ!」 「逃げろぉ!」 「バカ、引っ張んな……うぁあああああ!?」 トラックを、パワーショベルを、資材を蹴散らし薙ぎ倒し、突如暴れだしたアトラスパイダーの動きに、足元にいた作業員たちが我先にと逃げていく。 《キュルルルルルルルッ!》 そして、それを嘲笑うかのようにアトラスパイダーは多機能アームでプレハブ小屋を掴み上げ、遠心力を乗せて投擲した。 小屋は放物線を描いてクレーン車に激突し、巨大な車体を横倒しにする。 巻き添えを受けて組まれた鉄骨が崩れた。 地響きが、渡良瀬たちのいる辺りまで届く。 渡良瀬は状況に背を向け、全速力で逃げた。襟首を掴まれたカオリが抗議してくる。 「探偵さん、なぜ逃げるんですか」 「逃げいでか! こっちに来てんじゃねェか! きっぱりと遊機に通報モンじゃボケェ!」 渡良瀬は叫び返し、空いた手で携帯電話を取り出した。なぜか渡良瀬たちのいるほうへ足を向けるアトラスパイダーは、徐々に距離を詰めてきている。 しかし――パシッという音とともに携帯電話は渡良瀬の手からすっぽ抜けた。 カオリが叩き落したのだ。 落ちる電話。振り返る渡良瀬。止められない足――迫る追撃者。 轟音の響く中、電話の砕ける音だけはやけにはっきりと聞こえた。 渡良瀬は足を動かしながら自分の手を見つめ、その手でカオリの顔を鷲掴みにした。 「何してくれやがりますか依頼人サン!」 「これには事情があるんです。警察は呼ばないでください」 アイアンクローを決められているにもかかわらず、カオリの声は冷静だ。 「――チッ」 渡良瀬はアイアンクローを外し、懐から別のものを取り出した。奇妙な形状の銃――リボルジェクターだ。 銃身をソリッドスローワーモードにして、振り向きざまトリガーを引く。 打ち出されたスタングレネードの閃光と轟音は、しばしラスパを前後不覚にしてくれた。
「で、事情って何だ。振り向かないことか?」 物陰に隠れ渡良瀬が問うと、カオリは途端に表情を歪め言いづらそうに口を開いた。 「今がチャンスなんです。証拠品のディスクを奪う」 「証拠を奪う?」 話がきな臭くなってきた。カオリは顔を背けて続いた。 「今、アトラスパイダーに搭乗しているオペレーターの一人に脅されているんです。 彼はその証拠を肌身離さず持っている。今しかないんです、チャンスは」 思いつめたようにカオリが言葉を紡ぐ。 ここに来てようやく渡良瀬は、彼女の生の感情に触れた気がした。 「彼を救助して私に引き渡してください。お願いします……」 《――キャルルルルルルルルッ!》 カオリの言葉に被せて、アトラスパイダーが身をもたげ嘶いた。 その巨体が夕日を遮り、二人の上に影を落とす! 「!」 渡良瀬はカオリを抱えて跳んだ。2秒前まで二人がいた辺りに自動車が落ちてくる。 「探偵さ……」 「下がってな。それだったら話は別だ」 もつれ合うように転がる二人だったが、渡良瀬は即座にカオリを背に庇うように立ち上がった。
カオリが見上げた先で、一瞬渡良瀬の背中が大きくなったかのように見えた。 「会社の都合なんてモンより、個人の我侭叶えます――渡良瀬悟朗、その依頼確かに承った!」 渡良瀬は力強く言い放つ。振り向く横顔にカオリは希望を見出した。 しかし、渡良瀬の次の言葉はカオリの予想とは真逆のものだった。 「見てな。あんな奴、わざわざ変身するまでもねェ!」 「……は?」 絶句するカオリを置いて、渡良瀬が駆け出していく。 カオリは思わず手を伸ばしかけ、“話が違う”の一言を寸前で飲み込んだ。
「さーて景気よくいってみよー!」 《キュルルルル!》 威勢良く駆け出す渡良瀬を迎撃すべく、アトラスパイダーがアームを次々と振り下ろす。だが、足元へ向かってくる小さな標的を捉えきれないのか、その攻撃は空しく地を穿った。 《キュル、キャルル!》 そして追撃を掻い潜り、渡良瀬はアトラスパイダーの足の間に滑り込みそのまま走る。 「そらそら、知恵が全身に行き届いてないぜ!」 《キュルルルルル!》 肢をたわめ、胴体で渡良瀬を押しつぶそうとするアトラスパイダー、しかし渡良瀬は肢と胴の隙間を通り、一瞬早くその背後へ駆け抜けていた。 振り向きざまに撃ち放つは、リボルジェクターのワイヤーアンカー。 渡良瀬はアンカーの固定を確かめると本体側のウィンチを作動させて自らの体をアトラスパイダーの上に運んだ。 「よっと」 着地したクモの背は、揺れてこそいたが搭乗の便宜を考えてか多機能アームの接続部以外は平板で、手すりも備わっている。 渡良瀬はアンカーを外して手元に巻き取って、コクピットを目指した。 時折アトラスパイダーが体を揺するも、一歩一歩確実に足を進める。 見据える先のコクピットに、根を張る異形が渡良瀬に気付いて振り向いた。 《キュルル……》 「ゴキゲンだったところをお邪魔して悪ィが、まだここのアトラクション、営業してねェってよ」 渡良瀬はリボルジェクターのバレルを切り替え、ラスパと名付けられた異形に向ける。 「そこから降りてくれると、俺もー泣いて喜んじゃうんだけど」 《キャルル……》 ラスパは渡良瀬の言葉が通じたのか、コクピットから体を離し、上中下三列の牙を剥き出しにする。 渡良瀬は威嚇に動じることなく、さらに一歩足を進めた。 「もひとつ悪ィな。ヒトミの方がインパクトあるから、何一つ怖くねェ」 《キュル!》 渡良瀬の挑発に、ラスパが腕を振り上げて天板を蹴り、襲い掛かる。 渡良瀬は慌てることなく引き金を引いた。 《!》 迸る一閃を、しかしラスパは軽いフットワークで避けて見せた――が、その動きが仇となる。 渡良瀬は手首のスナップを利かせ、銃口――リキッドシューターモードから吹き出す速乾性蛍光塗料の軌道を鞭のようにしならせると、正確にラスパの目を狙い打つ! 《キュルル!?》 そのまま渡良瀬に踊りかかろうとしたラスパが目を押さえてよろめく。渡良瀬は次いで再びバレルを切り替えて、ワイヤーアンカーを射出、敵の首に巻きつけた。 「Bomb♪」 《――キュル!》 刹那、リボルジェクターに蓄えられた電力が一気にラスパに流れ込む。奥の手、スタンガンモードだ。 《キュ……ル……ッ》 ラスパが動きを止めて気を失う。どさり、と倒れ付したラスパを蹴り落とし、渡良瀬は高々と拳を突き上げた。 「……ウィ――――――――!」 『ウィ――――――――!!!!』 渡良瀬が吼えると、下の方で雄叫びが沸き起こった。
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2006年06月16日 (金) 19時43分 )
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