[148]Masker's ABC file.04-1 - 投稿者:壱伏 充
モーターショップ石動。 千鶴は目の前で踊る相模の鮮やかな手技をじっと見つめていた。 事故で破損したベーススーツの修繕。 今まで千鶴や、父の石動信介にできなかったことを相模はテキパキとこなしていく。 「――よし」 最後に糸を結んで切ると、先刻まで無残な姿をさらしていた即応外甲の綻びは、綺麗に消えてなくなっていた。 千鶴は思わず拍手した。 「わぁ、すごいです! 近くで見ていいですか?」 「ああどうぞ」 「ありがとうございます!」 相模の許可を得て、千鶴はベーススーツの布をすくい上げた。 目を凝らしてみても、手技がベーススーツに溶け込んでいるため、一瞬綻びの位置を見失ってしまうほどだ。 そばで作業を見ていなければ、破損があったことすら気づかなかったかもしれない。 自分が修復した胸甲の出来が、ひどく稚拙に思えてきた。 そこへ石動が入ってきた。 「どうだ?」 「ええ、終わりました。チェックお願いできます?」 「いや、いい。ベーススーツは専門外だ」 父がそう言って笑う。千鶴は自分が修復した装甲板を取り外して振り返った。 「あの、お父さん、相模さん……私、やり直してくるね」 「ん? ああ」 石動が頷く。千鶴は装甲板を持って作業台に走った。
「……で、お前から見てどうなんだ?」 「そうですね」 小声で訊ねて来る石動に、相模はやはり小声で答えた。目的語が何なのかは、わざわざ確かめるまでもない。千鶴のことだ。 「筋はいいし、向上心もある。将来、いいエンジニアになれますぜ。難があるとすりゃ、同年代に切磋琢磨するライバルがいないってことですかね」 「……前は一人いたんだけどな」 「へぇ?」 石動がぼそっと言う。相模は眉を上げた。 「そのライバル氏は今、どうしてるんです?」 「就職して、遠くに越しちまったよ」 石動はどこか寂しそうに答えた。
「えーっくしょい!」 人工実験島に鷲児のくしゃみがこだまする。実験機の整備で説明を受けていたテストパイロットの女性が、身を引いて顔をしかめた。 「汚いな。せめて口は押さえるものだ」 「すんません、急に鼻がムズってきて。えーと、どこまで話しましたっけ……あー……」 鷲児は女性の名前が思い出せずに口ごもる。女性は肩をすくめた。 「潮。松木 潮だ。いい加減覚えてくれないかな……ホラ、ボードのここからだ」 潮は微笑んで、チェックボードを指差した。
しみじみしていた石動に、より声を潜めて今度は相模が問うてきた。 「んで、そっちは……ワタちゃんはどうなんです? だいぶ渋ってたと見ましたが」 「まあ、な。奴に昔、何があったかは知らんが……あの頑固者め」 石動は石動で、せっかく“仮面ライダー”を入手したのに、それを仕事に活かそうとしない店子に手を焼いていた。 手にした力で傍若無人に振舞われるよりはマシだが、大家としては家賃を払うことに積極的になってほしい。 「客寄せには使うが、ギリギリまで変身はしない……まあ、この辺が妥協点だな」 「ナルホド」 訳知り顔で相模が頷く。こちらは何かを知っていそうだったが、石動に問うつもりはなかった。そのうち話す気になればそれでよし、話したがらない理由を無理矢理ほじくるのは人の道に反する。 そこへ、階段を下りてくる足音がした。視線を向けると、脚立と白いカーテンらしきものを抱えた渡良瀬が、看板の位置を確かめて足を止めるところだった。 そして渡良瀬は脚立を上り、石動が作ってやった看板に布を固定する。 「……何だ?」 「さあ」 石動と相模が駆け寄って見上げると、それに気づいた渡良瀬が二人に声をかけてきた。 「どーよ、これで文句ないだろ?」 得意気に言って布から手を離す。 そこには、お世辞にも上手いとは言い難い字で、こう書かれていた。
file.04 “仮面ライダーはじめました”
即応外甲が世間に出回りだして早10年。いまや、それは確かに世界のあり方を支える文明の利器としての地位を確実なものにしていた。 質量のデータ化保存・再生技術による、名の通り高い即応性。人が鎧を纏った程度の体積と重量でありながらパワーは重機にすら匹敵し、人が直接操作するがゆえの器用さ柔軟さは、一定の局面において精密作業機械を遥かに凌ぐ信頼性をも見せる。 しかし、逆に言えば。 即応外甲に用いられている技術をフィードバックさせることにより、従来型に比べ高いパワーと燃費、シチュエーションによっては必要充分な柔軟さを併せ持つ重機を生み出すことも可能となる。 この考え方を各分野で推し進めた結果起きた技術革新の動きを、一般に“ライダーショック”と呼ぶ。
そして、ある臨海アミューズメントパークの建設に携わっていたサキョウ社製多脚重機“アトラスパイダー”もそうした技術で作られた最新鋭重機の一台だった。 全長10.5m、全高3.8m、重量66t。クローラーと八本の可動脚を併用して現場を縦横に動き回り、上面に備えられた六本の多機能アームを用いて、テキパキと建築物を組み上げていく、伏した蜘蛛に似た巨大マシンだ。 「……もうちょい右か。よし」 操縦は原則的にドライバー一名とオペレーター二名以上で行なわれることになっているが、この機体に乗っているのは主オペレーターの鈴木と、ドライバー兼副オペレーターの柄本の二人だけだった。 人件費を浮かせるため、現場ではよくあることだ。 VRゴーグルを被った鈴木が、バイザーの指示に従ってアームの向きを微調整し、形を成しつつある鉄骨にあてがう。 「マニピュレータ、ロック」 「了解」 鈴木の指示に柄本が従ってマニピュレータをロックする。これでアトラスパイダーのアームのうち二本は位置をキープしたまま本体の命令から切り離された。 後は細かい部位を、専門の即応外甲がボルトで固定し、あるいは溶接するだけだ。 鈴木はゴーグルを外して、外を見やった。コクピットは最も重心に近い機体の上部中央に設けられている。 「柄本よぉ」 一息ついてタバコを一本取り出し、鈴木は何とはなしに呟いた。 「何か、プラモ作ってるみてェな気分だよな。でっかい人間が、さ」 「今さら言うこっちゃないだろ」 タバコを一本貰いつつ柄本が笑う。鈴木は紫煙をくゆらせて続けた。 「だけどな、そのうち本当に一人でビルとか作れるようになってみろ。きつくなるぜ?」 建築技術の進歩はその分だけ肉体労働者の職を奪う。二人はどうにか潜り込んだからいいようなものの、この後もそうしていける保証は無い。 今後は自分たちすらお払い箱になってしまうことだってありえる。 鈴木はしみじみと呟いた。 「どうなっちまうのかね、俺たちの世界は……」 「いきなり青臭ェ。そんなトシでもないだろお互い」 柄本が苦笑した。二人とも不惑は過ぎている。大衆食堂で社会のあり方に愚痴り偉そうに政府のあり方を批判するならともかく、夕陽に照らされて物思いにふけるのが似合う年齢ではない。 「どっちにしても、メシも食わずにする話じゃないやな……ああそうだ」 鈴木も笑ってタバコをコンソール脇の灰皿に押し付けた。 「この前奢ってもらった分、今日返してやるよ」 「へぇ。何だ、大勝したか、昨日の中山」 「そんなとこだ」 柄本の問いに鈴木がにっと笑った、その瞬間。
――コクピット中の電源が突然落ちた。
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2006年06月03日 (土) 20時03分 )
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