[145]file.03-7 - 投稿者:壱伏 充
一人は、先刻鮮やかな手技を披露した相模 徹の“仮面ライダー”。 全身に一分の隙なくフィットしたベーススーツと、クモを象った最終装甲もさることながら、目を見張るのはその両腕。 ベーススーツの高速裁断と縫製に不可欠な機能を有する各種クローを十指に備え、前腕に金属糸を蓄えた姿は、街乗り用とも戦闘用とも異なる、まさしく"異形”。 ドラクルは一度その技を間近で見ているがゆえに、息を呑む。 「あっという間に"ライダー"まとめてダルマにしやがった……これが伝説のリフォーマー、相模 徹の"仮面ライダーテイラ"の実力かよ……!」 ――まるでその呟きに応えるかのように、テイラの複眼が淡く瞬いた。 ドラクルは一歩退きながら、その隣にいるライダーに視線を移す。こちらも、一度見ている。手下に装着させた仮面ライダーだ。 やはり全身にフィットした艶消し黒のベーススーツに、正面からは正六角形を三つ重ねたように見えるシャンパンゴールドの最終装甲。その左胸と大振りな肩当てに被さる不恰好な鉄板と、いやに物々しく左肩に書かれた"群蜂"の二文字。 字の通り、ハチをモチーフにしている仮面の上で、波紋が広がるように複眼が光を放っていた。 相模から聞き出した銘は"仮面ライダークラスト"、だったか。 手下が着た時に比べてやや身が締まって見えるのが気にはなったが、所詮こちらは出来損ないだ。 いや、そのはずだった。 「――ンの野郎!」 固まっていたのも一瞬の話。手下たちは標的を見定めると、彼らに向かって殺到していった。 そしてドラクルは、信じられない光景を目の当たりにする。
つい先ほどの経験から、固まらずにお互い距離をとって襲い掛かることを学習したらしい。 「うらァァァッァァ!」 「やれやれ」 殴りかかってくる即応外甲の懐に潜り込み、その太ももと二の腕に指を引っ掛けた。 小細工を施し、今度は次の即応外甲へ。 「よっ――ほっ――おっと、危ない」 ひょいひょいと、攻撃を仕掛けてくる即応外甲たちの間をすり抜けて、テイラはその度に指を繰る。 同じリフォーマーが手がけたからか、即応外甲の反応にも一定の癖が見え隠れする。テイラは難なく包囲網を抜けると、即応外甲たちに背を向けたまま、両手を開いた。 指の間から落ちていったのは金属糸だ。 それに気づかない即応外甲の一人が、鉄パイプを手に振り返った。 「何だ、逃げてばっかか? いつまでそうしてられっ!?」 彼は振り返った勢いのまま、その場で派手に転倒した。 「おいおい、カッコ悪いぜシモ……っぅおだぁっ!?」 からかおうとしたもう一人も、顔面から転ぶ。二人はもがくように蠢いたが、立ち上がることすらできなかった。 ここに至って彼らは、理解したようだった。もう、自分から動こうとする者はいない。 テイラは一応の親切心で言ってやった。 「分かってるとは思うが、アンタらのベーススーツの手足から糸を抜かせてもらった。 些細なバランスの崩れでバラけるから、動かないほうが身のためだ」 いくら超FRPで軽量化を図ったところで、即応外甲自体の重量は50kg前後が相場だ。 ゆえに人口筋肉の支えを失うと、装着者にその分の重さがまとわりつくことになる。 特に前腕、脛、胸、頭には重点的に装甲が配されていることが多いため、即応外甲に頼りきって日々節制を怠っているような手合いはもう行動不能だ。 「もちろん、即応外甲を脱ぎゃ元通り動けるが……それでかかってこられたら、今度はキンタマ縫い潰すしかないんだよなぁ」 独り言に似たテイラの宣告に、バックルの解除キーを押そうとしていた男たちが一斉に縮み上がった。
「いィヤッハベブ!」 背後から飛び掛ってきたヴィックスを後ろ回し蹴りで撃墜して、クラストは小さく跳んだ。 一瞬前までクラストがいた空間をゴルフクラブが通り過ぎる、とほぼ同時にクラストの足刀が、ゴルフクラブを振り回したもう一人のヴィックスの首筋を打ち据えた。 「んが……!」 「おっと拝借」 昏倒するヴィックスの手からこぼれたゴルフクラブをキャッチして、クラストは振り返りざまにそれを一閃する。 鋭い音と火花を上げて、チタンヘッドがナイフの刃を叩き折った。 「な……っ!」 「あらよっと!」 驚くナイフの持ち主"TT-4(サキョウ社製)"の懐に飛び込み、クラストは腹部に手刀を突き立てる。引き抜いて取り出したのは、TTバックルの制御コンピュータのパーツだ。 「う……お?」 「――そぉら!」 即応外甲が機能停止してくず折れるTT-4の襟首を引っ掴み、クラストはそれを振り回して周囲の敵を薙ぎ払った! 『うわああっ!』 「……クッソがあ!」 ブラックジャック――砂を詰めた布袋を振り回し、スカラベの一体が踊りかかってきた。が、クラストは迷わず手中のTT-4を盾にした。 凶器がTT-4の鳩尾にめり込む。 「げボ……っ!」 「あ、違……」 皆まで言わせることもなく、クラストがフェンシングの如く突き出したゴルフクラブの柄が、スカラベの顎を打ちぬいた。 脳震盪を起こしたスカラベが、気を失って倒れこむ。 「お、おさえこめ!」 『おおおおお!』 すでに恐慌を来しかけていた誰かの指示で、即応外甲たちがドラム缶を縦にクラストに突っ込んできた。 数は6。クラストは手の中の物を放り出し、逆に彼らに向かっていく。 「たたんじま……え?」 「シャアアラッ!」 気を吐く一人に飛び掛り、クラストは掴んだ相手の顔面を支点に倒立して――直上から膝蹴りを打ち下ろす。 「ぬぎっ!?」 「まだまだ!」 脳天から仮面の破片を散らし倒れる即応外甲から、転がり降りたクラストの足払いが、四方から圧し掛かろうとしたドラム缶の一団を横転させた。 「……言っとくが、変身自体久々だからな。手加減はできねェぞ!」 そのうち二人の顔面を掴んで立たせ、新たなグローブ兼盾として、クラストは次の一団を迎え撃った。
「う、うわあああっ!」 聞き覚えのある声がテイラに殴りかかってくる。テイラは慌てることなくその即応外甲の拳を避けざま、背中を突き飛ばした。 「ぶべ!?」 「はーい、じっとして」 ついでテイラは十指を巧みに用いて、即応外甲の両腕両足を互いに縫いつけた。 動きを封じられた即応外甲――リフォーマーのモビィが、自分の状態に気づいてもがく。 「ああ、くそ何で!」 「流しなんかやってると、たまに料金踏み倒そうって輩も出てくるんだ。自衛はしないとな」 とはいえ、針糸で人を傷つけるのは主義に悖るので、こうした手段に出るわけだが。 「あまり自慢できる特技でもないんだが……っと、危ねっ。気をつけろよ」 飛んできた即応外甲を避けて、テイラはクラストに言った。 「ワリーワリー……っ」 クラストは詫びつつ、背後のヴィックスを裏拳で沈黙させ、振り向きざま固まっていた別のヴィックスの集団に向けて蹴り飛ばす。 巻き込まれて転がっていき、一斗缶に埋もれて動かなくなるヴィックスたち。 そんなあまりと言えばあまりな光景に、モビィが掠れた声を上げた。 「ウソだろ……どうしてあんなバカ強いんだよ! さっきイソマツが着た時はこんな……」 「そりゃ君、あれが仮面ライダーだからだよ」 「へ?」 テイラが答えると、もがきながら――首をテイラに向けようとしたのか――モビィは間の抜けた声を上げる。 テイラは仮面の目元を掻いて、小さく息を吐いた。 「セプテム・グローイングの"仮面ライダー"は完全オーダーメイドだ。 お客様の注文、体型、クセ、その他諸々を完璧に見極め、厳選した素材を用い、何度も試着と仮縫いを繰り返して、理想の一生モノに仕立て上げる。 だから、それ以外の人間が着たら、動きはむしろぎこちなくなるものさ」 「うぐ……っ」 モビィがうめく。テイラは戦況を見やり、仮面から手を下ろした。 「リフォーマーを名乗ってんなら、よくこの戦いを見ておくこった」
クラストの回し蹴りがスカラベのバックルを砕き、打ち倒す。これで大半は倒したはずだ。 「ふぅっ、これで残りは……」 「――ここにいるぜ」 一息ついて触角に指を走らせるクラスト。その背後に忍び寄る紅い影が、拳を振りかぶる。 ナックルガードが拳に装着され、肘のノズルが開き―― 「"ジェットナックル"!」 「っ!?」 振り向いたクラストに、ドラクルは必殺の拳を叩き込んだ! 「――うおぉっ!」 吹き飛ばされたクラストの体が、倉庫の壁を突き破って外へと投げ出される。 突き出したドラクルの、拳から肘までを覆う装甲から、薬莢が排出された。 「フン……!」 両腕に増設したブースターの推力に任せて打つ"ジェットナックル"。数多の敵を血だまりに沈めてきた、ドラクルの必殺技だ。 その威力は約15tにも及ぶ。 ドラクルは壁に空いた穴から外へ出て、クラストを追った。 地面に大の字になっているクラストを見つけ、ドラクルは肩を揺らした。 「おいおいライダーさんよォ……まさか今のでオネンネってこたないだろ?」 「まぁな」 あっさり立ち上がり、クラストは首を鳴らした。 ドラクルは拳を突き出して構え、左手で胸をさすった。交差した刹那の間に蹴られたのだ。 「自分から後ろに飛んでダメージを消す……マジでやった奴は初めて見たぜ」 クラストもまた、掌を内に向けた構えを取って答える。 「散々叩っ込まれた、クセみたいなもんさ。じゃねェと、死んじまう」 「ハッ……ライダー着て言う台詞じゃねェだろ!」 鼻で笑い飛ばし、ドラクルはクラストに殴りかかった。 「へっ……!」 振り下ろした拳を、しかしクラストは掌打で外へ押し退けつつ、回転の勢いが乗ったエルボーを胸板に叩き込んでくる。 「――!」 響き渡る硬質な音。驚愕ゆえか動きを止めたクラストを、 「ッシャア!」 ドラクルの左アッパーが殴り飛ばした! 「グ……!」 宙を舞ったクラストだが、そのまま後方宙返りで着地し、地面に手をついてブレーキをかけた。 「そうか」 クラストが顔を上げる。 「深海作業用、三友の"シュリンプ"。生半可なショックじゃ動じないってか」 「よく見抜いたな」 ベース機を言い当てられて、ドラクルが感心して言うと、クラストが首を振った。 「スクリュー取っ払って、装甲増やして……えらく分かりやすいコンセプトだ」 「ああ。ついでに……」 ドラクルはクラストの皮肉っぽい評価を聞き流し、左拳にもナックルガードを着けて一気に間合いを詰めた。 「相模 徹のチューン付きだ。テメーが有利だと思い込んでんじゃねェぞ!」
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2006年05月25日 (木) 18時50分 )
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