[143]file.03-6 - 投稿者:壱伏 充
固まって何やらブツブツ言い出した渡良瀬に不安を覚えた珠美が、そっと手を伸ばす――と、その時。背後の植え込みがガサリと音を立てた。 「キャッ」 「何だ?」 反射的に身を引いた珠美と腰を浮かす鷲児。そして振り返る渡良瀬の前に小さな影が転がり込んできた。 バイクのヘルメットだ。 「こいつは相模の……」 渡良瀬が拾い上げると、ヘルメットの中から鍵がこぼれ出た。 「バイクの……鍵?」 「――にゃ〜!」 鷲児がそれを拾うと、植え込みから抗議の声がかかる。 「うお?」 「……そうか!」 突然の不快そうな鳴き声に驚く鷲児とは対照的に、渡良瀬は何かを悟ったようだった。 鷲児の手からキーをひったくり、渡良瀬は手刀を切る。 「悪ィ、俺こんなとこでボケてる場合じゃなかったわ。ちっと行ってくる。 千鶴ちゃんたちには内緒ってことでヨロシク!」 「え、あ、はい?」 呆気にとられる二人を置いて、渡良瀬はコートを翻し、慌しく走り出した。 「ああそうそう、ありがとな珠美ちゃんも鷲児も! ――行くぜヒトミ!」 「にゃ〜!」 渡良瀬を追うように、植え込みから小動物が飛び出して駆けていく。 呆然とそれを見送って、鷲児はポツリと気付いた事を呟いた。 「……ってか今出てきたの、ウサギに見えたんだけど」 「ハトじゃなかったっけ?」 どちらにせよ「にゃ〜」とは鳴くまい。 釈然としないものを覚えた二人の耳に、バイクのモーター音が聞こえてきた。
相模は縫製金属糸を切って終わりを告げ、自らも変身を解いた。 「できたぜ、動かしてみな」 専用の縫製用即応外甲を解除した相模の言葉に、ドラクルは数歩動いてその場で二、三度パンチを打ってみた。 「……驚いたな、ずいぶん体が軽くなってら。おいモビィ、見てみろよ」 ドラクルは部下のリフォーマーに呼びかけて、そこでモビィがこの場にいないことに気付いた。 「あれ、モビィはどうした?」 「へ?」 「……そう言えば」 ドラッヘの面々も、相模の手技に圧倒されてリフォーマーが姿を消していたことに気付いていなかったのか、顔を見合わせてざわめく。 立ち上がり相模も眼鏡を直して、ドラクルに何か言いかけた、その時。 「大変です!」 駆け込んできたのは一人の青年だった。ドラクルはそれが新人の構成員の声だと、半秒遅れて認識した。 「どしたァ!」 「モビィさんが倒れてました!」 その言葉を示すように、肩にはモビィを担いでいる。 モビィはうめきながら顔を上げ、相模を指差した。 「そいつの、ペットが……」 「サイドカーと猫が消えてました。誰かが持ち去ったんです」 新人が言葉を継ぐ。全員の視線が一斉に相模を射た。 相模が一瞬遅れて、気を取り直したように答えた。 「あ、ああそうだ。俺の仲間がやった。もうすぐ警察が押し寄せてくる――とっとと逃げたほうが身のためだぜ?」 「そりゃまずいな。野郎どもずらかるぞ! ――ただし」 ドラクルは鼻で笑い、拳を突き出した。 「アンタもついてくるんだ」 「置いてってくれればいいのに」 慌しく構成員たちが、持ち込んだそれぞれの荷物をまとめだす。 「そうは行かねェさ」 ドラクルは言いながら相模の肩を叩いた。 「警察が来た場合、アンタは大事な人質だ。協力してもらうぜ――アルマの弱点も教えてもらいたいしな」 「正直に言うと思うか?」 「……ハッ」 相模が睨み返すが、ドラクルに効果はない。 「後戻りできるつもりでいるのか? アンタもプロなら知ってるだろう――このドラクルに手ェ入れた時点で、俺たちとアンタは一蓮托生なのさ。 しょっ引かれたくなかったら、逃げ切るしかねェのさ」 「…………」 ドラクルの脅しに、相模は顔をしかめた。後一押しだ。 高々精度狙撃能力を持つアルマの出方さえ抑えてしまえば、あとはこちらのものだ。 ガンドッグなど、モビィがカスタマイズした手下たち“ライダー”と、全速力で走る軽トラックすら停止させたこのドラクルの“ジェットナックル”で粉砕してみせる。 ドラクルは自信たっぷりに肩を揺らし、振り返った。 「なァに、俺たちに負けはねェ。 それに、あれも出来損ないとはいえセプテム・グローイングのライダーだ。バラせば盾代わりにゃなるだろ」 ドラクルはそう言って、相模が持っていたもう一組のバックルと腕時計に手を伸ばす。 「――待った」 しかしドラクルの腕を掴んで止めたのは、言い聞かせたはずの相模だった。 「何だ?」 再度睨みつける。相模はしかし、今度は退かなかった。 「勝手に着せるだけなら我慢もしたが、バラすとあっちゃ黙ってられねェな」 「ハッ!」 問えば、相模は静かに答える。ドラクルはその手を振りほどいた。 「!?」 ドラクルの膂力に、相模の体が錐揉みして床に叩きつけられた。ドラクルは倒れた相模を見下ろす。 「あァ? ずいぶん調子に乗ってくれるじゃねェかよ。状況わかってんのかテメェ?」 だが相模は、頭を振って体を起こし、ドラム缶に乗ったバックルと腕時計を掴み取る。 「知るかよ。ぶっ壊したきゃ俺の腕でも足でも壊しゃいい。だがな、こいつだけは壊してもらっちゃ困るんだよ」 相模は顔色一つ変えずに言い放つ――ドラクルは気圧された自分を仮面に隠した。 「ルセェ!」 「っぐ!」 手加減して、一発殴る。相模は再び床に転がされた。 だが、相模も表情を崩さない。 怖れることも命乞いをすることもなく、逆に視線でドラクルを射抜いてくる。 「ぬぅ……」 にらみ合うことしばし――そこへ、手下の声が割り込んできた。 「あっ……何か来ました!」 「警察か!」 「いえ……」 外を見張っていた男が、纏ったヴィックスの仮面に手をかけて報告する。視覚にズームをかけたヴィックスが言葉を続けた。 「サイドカーです、一台だけ突っ込んできます!」 「何?」 訝しむドラクルが同じく倉庫の扉から外に目を向け、突っ込んでくるサイドカーを認めた。 搭乗しているのは、薄汚れたコートを風になびかせた男だった。 「アイツは……?」 警察を足止めするために放り捨ててきた相模の客だ。 そこまで考えるより早く、ドラクルは指示を飛ばしていた。 「そいつを止めろ!」 何をしにきたかは知らないが、人質が増えた。警察に対しても、そして強情な相模に対しても。 『うおっす!』 最初のヴィックスを始めとし、さらに変身した幾人かがサイドカーを止めるために扉へと駆け寄る。 そしてサイドカーは扉を潜り抜ける。待ち構えていた装甲の手が男に殺到する。 その中から。 「とァらァッ!」 乗っていた男が、やおらバッテリータンクを蹴って飛び出した! 「んなっ……!」 反射的にヴィックスたちが見上げる先で、その男は奇妙な形の銃を抜き放ち、天井を売った。 打ち出され、屋根に突き刺さったのはワイヤー付きのアンカーだ。 「……ィイィヤッホォーウウィ!!」 男は振り子の如く“ライダー”たちの頭上を飛び越える。その靴裏がドラクルの視界一杯に広がる刹那、ドラクルはようやく避ける事を思い出した。 「おぅっ!?」 勢いの付いたキックを受けて仰け反るドラクルの前に、運動エネルギーを失った男が着地する。その男の脇を、それ以前に男に気を取られた“ライダー”たちの間をすり抜けて、 「テメェら、何を――うぇお!?」 「にゃ〜!」 ウサギともハトともつかない生物が“運転”するサイドカーが、ドラクルを跳ね飛ばした!
跳ね飛ばされた即応外甲がドラム缶の壁に突っ込む。 「でかしたヒトミ!」 男がバイクの怪生物にサムズアップして相模に向き直る。 相模が前の職場にいた頃拾われてきたバイオクリーチャーに、ヒトミと名付けたのはこの男だ。 「……よ、待たせたな」 「遅ぇよ」 相模は苦笑して、現れた男、渡良瀬悟朗にボディブローを入れた。
「で、警察は?」 相模に問われて、渡良瀬はキッパリと答えた。 「呼んでねェ」 「おい!」 相模のツッコミは迅速だ。やがて二人と一匹を即応外甲たちが取り囲む。 相模は小声で問うてきた。 「だったら何しに来たんだよ」 「決まってるだろ。借りを返しにだ――それ、貸してみろ」 「……?」 呟いて渡良瀬は、相模が持っていた腕時計“リストマスカー”を手に取った。
「俺は、どうにも自分とかライダーとか信じられなくってな」
出方を窺い、慎重に即応外甲たちが包囲の輪を縮める。
「だからあの時、お前の申し出を断っちまった。自分の使える力を、わがままで使わないで。結局お前を危険な目に遭わせちまった。悪かったよ」
渡良瀬はリストマスカーを見せ付けるように巻く。顔を向けた先で、何人かの即応外甲が二、三歩後退り、輪の外側にいた若者たちが慌てて即応外甲を着けた。 ドラッヘのおよそ50人が、これで全て変身を完了したことになる。
「だからこいつぁ、俺の責任だ。俺が、お前を助け出す」
次に渡良瀬は、察した相模が手渡した“クラスバックル”にリストマスカーをかざした。腕時計に反応したバックルのランプが赤く、ついで青く点灯する。
「相模 徹が信じてくれた――この渡良瀬悟朗自身をな!」
そして渡良瀬はバックルの端を掴んでバンドを引き出すと、バックルを腰に一周させて巻き付けた。
「――バカヤロォ、何見てやがる!」 『!!』 ここのボスらしき即応外甲が、起き上がって怒号を飛ばした。即応外甲たちが一斉に姿勢を正した。 ボスが、吼える。 「かまわねぇ、やっちまえ!」 「う…………」 「……お……」 『おおおおおおおおおっ!』 我に返った即応外甲約50人が、二人に向かって駆け出す。 渡良瀬は相模と顔を見合わせ、リストマスカーを口に寄せた。 「行くぜ、相模!」 「オーケイ!」 同じように相模もまた、自分のリストマスカーを引き寄せた。
「テイラ……」 それは相模の“ライダー”の銘にして、起動コード。倣うように渡良瀬も囁く。 「クラスト――」 応えて二つのリストマスカーが淡く輝きを放つ。 即応外甲たちが、二人の視界を埋め尽くす、刹那。
相模は顔の横へ引き戻した左腕に右手を添え。 渡良瀬は一度腰まで引いた左手を真っ直ぐ右上に伸ばし。
『――……変身ッッ!!』
同時に、同じ言葉を紡いだ。
ドラクルの目の前で、二人の男が手下たちに押し包まれる。 勝負は、ついた。 「ハッ、ざまぁねぇな」 即応外甲に八方から殴りかかられて無事でいられるはずがない。 相模の腕まで、あるいは命まで潰されたかもしれないが、自分に反抗した末路なのだから仕方がない。
とりあえず警察が来ないという話が本当なのか確かめるべく、次の指示を飛ばそうとして。 ドラクルは気付いた。男二人を始末したはずの即応外甲たちが、それから動いていないことに。 「おい、どうしたお前ら?」 ドラクルが問いかけた。男たちが口々に答える。 「う……動けません!」 「何ィ?」 「……お、おれも。くそっ、引っ張んな!」 「いて、腕がねじれ……ってててて!?」 「何だ、どうなってんだよこれ!」 相模を襲った即応外甲たちが堰を切ったように口々に訴え、あるいは不平を飛ばして、やがてバランスを崩してもつれて転がった。 即応外甲の手足を、互いに縫い付けられた姿で。 「……!」 もう一団、渡良瀬とか言うコートの男に殴りかかった六人が、今度は音もなくくず折れる。 互いの拳や足で、仲間同士討ち合った格好で、 そして、どちらの輪の中にも、標的の二人はいなかった。 「何……だ? おい、どうなって……!」 ドラクルの胸の内から、底知れぬ恐怖が湧き上がる。と、そこへ緊張感のない声が聞こえた。 「あらよっと」 「!?」 振り返ったドラクルが見たものは、担ぎ上げていたサイドカーを地面に下ろした、二人の“仮面ライダー”の姿だった。
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2006年05月23日 (火) 11時52分 )
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