[142]file.03-5 - 投稿者:壱伏 充
渡良瀬は一人、病院中庭のベンチに座っていた。相手は統制の取れた"ライダーギャング"、遊撃機動隊も動いている。歯痒いが、渡良瀬にできることはない。 そこへ近づいてくる気配があった。視線を向けた渡良瀬は軽く驚いて体を起こした。 「よお、鷲児青年に、珠美ちゃん」 「よおじゃありませんよ、探したんすから」 二週間ほど前の事件で知り合ったAIRの整備士、天野鷲児と椎名珠美だ。 「何だよ、誰の見舞いだ?」 「渡良瀬さんのに決まってんでしょ。千鶴ちゃんに聞いたんすよ。それに、お知らせしたいこともあって」 「あん?」 聞き返す渡良瀬に、今度は珠美が答えた。 「実は今度、異勤になったんです、私たち」 「……あー」 渡良瀬は瞬きを繰り返し、恐る恐る問うた。 「この前の件で?」 「ええ、それがきっかけで」 珠美が即答する。渡良瀬の頬を冷や汗が伝った。 「飛ばされちゃった、とか?」 「島流しですね」 またしても珠美が即答する。鷲児があわてて補足した。 「いや、確かに島っすけど! そんな悪い意味じゃなくって! AIRが所有している人工実験島に配置換えになったんですから」 「人工実験島?」 鸚鵡返しに問う渡良瀬に、鷲児が頷く。 「ええ。そこの名物博士の目に留まったんすよ、俺の飛行機が!」 「じゃあ、気分は栄転?」 「はい!」 堂々と頷く鷲児の隣で、珠美もどこかはにかみながら肯定を示す。 渡良瀬は安堵して立ち上がり、鷲児にヘッドロックをかけた。 「何だよオメー、ヒヤヒヤさせやがってよー! よかったな鷲児!」 「うぷっ!? 痛い、いだだだだっ!」 「シュージ君!?」 慌てる鷲児の耳元で、渡良瀬はこっそり囁いてやった。 「あ、でも半分そうでもないか? 小さい島だとあっという間に、珠美ちゃんとの仲がバレるからな」 「そんなんじゃないですってば!」 鷲児が顔を赤くして――彼の名誉のために「酸欠のため」ということにしておいてやろうと渡良瀬は思った――振りほどき、胸を張る。 「それに、夢を叶えるまでは邪念はなしって決めてんスから」 「夢? へぇ〜。どんなのよ?」 渡良瀬が問うと、鷲児は咳払いして答えた。 「いつか、自分で世界に一つだけの飛行機を作るんです。今はまだ、その途中段階ですから」 「一番にあたしを乗せてくれるんだよねー?」 「……うん、まあ」 珠美が付け加えると、鷲児はたちまち真っ赤になって俯く。 渡良瀬は半眼になって、手でメガホンを作った。 「みなさーん、ここにバカップルがいますよー」 『だからそんなのじゃありません!』 否定の叫びはきれいなハーモニーを奏でた。
鷲児と珠美がベンチに座るため、渡良瀬は怪我人なのに板の端に追いやられた。 「つか渡良瀬さん、何気に無茶とかする方ですよね。交通事故でしたっけ?」 「……ま、仕事が仕事だからな」 格好をつけて鷲児に答えてみると、今度は珠美が表情を曇らせた。 前回は上空数十mでターザンの真似事までして、一歩間違えば死ぬような危険を冒している。恩人ではあるが、それゆえに心配にもなる。 「あの……思うんですけど渡良瀬さん、ライダー買ったらどうですか? そんなに怪我するんだったら」 「それは……まあ、ダチにも薦められたけどな」 言いかけて、渡良瀬は言葉を濁した。珠美は意地悪く渡良瀬の顔を覗きこんでみた。 「もしかして、この前の刑事さんですか?」 「――いや。リフォーマーに一人いるんだ」 そう言う渡良瀬の顔が、一瞬痛みをこらえるような色を湛え――一瞬の後に、またもとの飄然とした笑みを取り戻す。 リフォーマー。それが即応外甲作りに関わる職人であることは珠美も知っていた。先日の一件以来、“仮面ライダー”に関心があるのだ。 「じゃあ、格安で作ってもらったり出来るんですか?」 「いや、断った。ライダーは好きじゃないんだ」 渡良瀬は――どこか無理をして――笑って答える。ふと珠美は、渡良瀬の目の奥に何かの光を見て取った。 「前も、あたしたちにライダーになるのはやめとけって言ってましたよね。 理由、聞いてもいいですか?」 「あ、おい珠美……」 珠美は、気がつけば鷲児を無視してふとそんな事を聞いていた。
渡良瀬は苦笑して、答えることにした。 「ライダーってか、即応外甲ってのはな。着てない人間に比べてパワーもあるし、原則打たれ強い。だから何でもできる気になって、バカな真似をし出す奴もいる。 昔のダチが、よりにもよってそういう奴だった」 それは今回の犯人グループにも言えるし、以前殴りこんだスカイウォーカーチームもどきにも当てはまる。 「だから、ライダーに手出しする気はねェし、オススメもしない。俺がそうなりたくないし、お前さん方にもそうなってほしくない。それだけだ」 「でも、続きがあるんですよね?」 「へ?」 答えたら、いきなり珠美にひっくり返された。珠美は指を一本立てて、当たり前のように言う。 「だってこの前の事件のとき、渡良瀬さん……わざわざ元カノの刑事さんのために、ライダー届けに来たじゃないですか、命がけで」 珠美の理屈に、渡良瀬はしかし首を横に振る。 「状況が違うよ。ありゃ、アルマを持ち出さにゃ何ともならなかったし、今の遊機はそもそも即応外甲の使用に制限がかかってるんだ。それに……」 「それに?」 口を滑らせかけた渡良瀬に、珠美が食いついてくる。 ――渡良瀬はしぶしぶ答えた。毒を食らわば皿までも、だ。 「俺は、神谷ならライダーの使い方を間違わないって信じてるからな!」 「やぁん、ラヴラヴぅ♪」 ここぞとばかりにからかい返された。「元カノだっつーに」と苦笑して見せた渡良瀬だったが、続けて放たれた言葉に凍りついた。 「でも、それならあたし、渡良瀬さんもいいライダーになれそうだなって思うかな」 「……はい?」 聞き返す渡良瀬。少しむっとする鷲児をよそに、珠美がきっぱりと言った。 「だって、あの時あたしたちを助けに来てくれたじゃないですか。あたしがそのリフォーマーさんなら、やっぱり渡良瀬さんにライダーオススメしちゃうなぁ」 「うんうん。まあ確かに俺だと不安かも知れないけど。渡良瀬さん、もっと自分を信じてあげましょうよ。 お友達の人だって、渡良瀬さんなら大丈夫って信じてくれたんでしょう?」 鷲児も頷く。 渡良瀬は自分の手を見下ろし、噛み締めるように呟いた。 「俺を……信じる、か?」
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2006年05月20日 (土) 20時00分 )
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